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67.0話 佳穂の決断

 


 ―――6月9日(金)2時間目修了後



 今日も憂ちゃんはお休み。淋しい。胸が張り裂けそうって、こう言う気分なんだね。


 ……前にも経験したけどね。

 その時よりも……千穂の時よりも重い気がする。

 親友と……想ってる人との差なのかな? それとも過去の記憶と現在進行系の差……?


 ……わっかんない! あたし、馬鹿だからさ!

 ただ、あたしは確信しちゃったんだよ。あたしは憂ちゃんに恋をしちゃった。


 女の子相手? 


 それは違う。憂ちゃんの心の中は男の子。


 ……それなら問題無いよね?



 昨日、授業中の電話。真後ろからの突然の声。


『先生! ごめんなさい! 大切な電話です!』


 千穂はそう言って、廊下に飛び出した。


 後で聞いたら、憂ちゃんに関する電話だったみたい。戻ってきた時には明るい顔しちゃってて。

 憂ちゃん()へのお見舞いの予定も、その電話でおじゃん。しばらく誰とも会えない……って……。


 なんかイラついた。イラついた理由は単純。千穂への嫉妬。憂ちゃんはいつも千穂を見てるからねー。


「……千穂?」


「ん? なに?」


 憂ちゃん。


 憂ちゃんがいくら想っても千穂は無理なんだよ?


「佳穂? なに?」


 男子も無理なら……あたしで妥協してくれないかな?


 千穂はダメなんだ……。


 ……憂ちゃん……。


 憂ちゃんも傷付くよね……。


「いたっ!」


 ひっどい! 振り抜いてない!? 涙目になっちゃうじゃないか!


「千晶! ツッコミにしては痛いよ!」

「人の事、呼んでおいてぼんやりしてるからでしょ?」

「あたしだって考え事する時あるよ!?」

「呼ぶ前に考えなさい!」


 ……ん?


「ごめんなさい」


 そうですよねー。


「よろしい!」

「それで……なにかな?」


 小首を傾げて優しい微笑み。優しい声。いい子だよね。千穂は。


 ……やっぱり伝染(うつ)ってるね。憂ちゃんの癖。


 さて……っと……。


「放課後……。昼休憩でもいい。話がアルノヨ」


「なんで最後、カタコトなの?」


 ……ん?


「わっかんない。千晶、教えて?」


「知るかっ!」


 ですよねー。




 3時間目終了。


「佳穂! 行こ?」


「はいはい」




「佳穂。ちょっといい?」


 トイレを済ませた帰り道。相棒が声を掛けてきた。


「決めたの?」

「うん。千穂は……」


「……うん。わかってる」

「だからあたしが」

「いいの?」

「いい。憂ちゃんは……」


「……え?」

「もう! 女の子でも……なんだから」

「ホントにいいの?」

「いい! しつこい!」

「わかった……」



『憂ちゃんに告白するって決めたの?』


『うん。千穂はダメだから』


『……うん。千穂がダメなのは分かってる』


『だからあたしが奪い取る』


『それでいいの?』


『いいの。憂ちゃんは男の子なんだから』


『……え? ちょっと言葉足りない』


『もう! しっかりして! 憂ちゃんは女の子の体でも男の子なんだから』


『佳穂はホントにそれでいいの?』


『いい! しつこい!』


『わかった。もう何も言わない』



 ……こんな感じかな? 千晶は違ったりして。


「悲しいね……」


 ……最後にそう呟いた千晶の言葉は、あたしの胸に鋭く突き刺さった。



 4時間目の授業はダメダメ。

 ま、いつもなんだけどね。最近、それでもちょっとは、真面目にやってるつもりだったんだけどね。

 千晶が最後に言った言葉。その理由。

 千穂は憂ちゃんの……今の憂ちゃんの気持ちには答えられない理由がある。

 その理由が頭の中をグルグル回って、あたしまで目が回りそう。


「お前ら、寂しそうだなぁ? 健太さんが混ざってあげよう!」


「健太ぁ! 邪魔しないの!」


 今日のお昼。たしかにちょっと寂しいかもね。


 憂ちゃんが休んだ昨日、康平くんは早退。

 今日は梢枝さんが欠席。昼休憩に入って康平くんがまた早退。


 8人が5人。寂しく感じる。


「これ貰い!」


 だから千穂の弁当箱から卵焼きを奪い取ってみた。


「あー! 後で食べようと思ってたのに!」


 美味ですなー! 相変わらず料理上手だね。千穂ちゃんは。


「好きな物を後で食べる派は損をするのだよ」

「賛同する!」

「……ひぇ?」


 あ。変な声出た。凌平くん。いきなり乱入。これはびびるって。凌平くんは寮のおべんとなんだ。

 ……寮生?


「好物は空腹時こそ、より美味く感じる。よって、好物こそ優先するべきだ」


「待て待て! 健太さんは反対だ! 好きなもんは多少腹が膨れても美味い! だからこそ、締めとして後に回すのだよ!!」


 ぷぷ。口調、真似てるし。健太くんって面白いんだよね。あたしとだったら延々と話せそう。


「なるほど……。一理あるな。今度、試してみるとしよう」


「……お前、意外と話分かるヤツなんだな?」


「……なんだと思っていた?」


「憂ちゃんラブの変態星人」


 グサッ!! 痛い! あたしに流れ弾が直撃してるよ!!


「ラブは認める! だがそれが変態とは憂さんに失礼だろう!? 訂正したまえ!」


 えー? 認めちゃうの? ライバルって事? マジでー?

 変態って、どう言う意味ー? ロリなアレ? でも、憂ちゃん15歳。たしかに失礼だ。


「すまん! たしかにお前の言う通りだ。訂正する」


 訂正早い! 君たち仲良くなれそうだね?


 ……あ。


 千穂も食べ終わったね。


「千穂? 行こっか?」


 屋上に……。






「佳穂? 話ってなに?」


 あー。罪悪感。千晶に遠慮して貰って良かったよ。あたし、どんな顔してんだろ?


「……佳穂?」


 ごめん。今日、こればっかりだね。

 ……さ。始めるよ!


「あたしさ!」


「は、はい!」


 ビクってなった。

 そんなに怯えなくてもいいじゃない。ちょっと傷付いた。


 …………。


 やば! 余計に緊張してきた! でも言え! 言うんだ!


「憂ちゃんが……ね。頭痛、治って……学園に戻ってきたらね」


「うん」


 一気に言っちゃえ! 出来るよ! 佳穂!!


「こ、く白しようと、思って……るんだ!」


 あぁ! もぉ! あたしってばダメダメ!!


 それより! 千穂は!?


 俯いて……深刻な顔して……。あ。顔上げた。口開こうとして、やめて……。また俯いちゃった。


 あ。また顔上げた。

 ……やっぱりキレイだね。いつもほんわかしてて可愛い系だけど、真剣な顔したら美人さん。


 似てるね……。憂ちゃんと一緒。


 千穂と憂ちゃん。お似合いなんだよね。可愛くて、綺麗で……。


 ……。悔しいけど。でもダメなんだ。今の憂ちゃんだと……ダメ。



 千穂は苦しそうに何か言いかけて、またやめる。


 ……仕方ない。あたしからか。


「千穂? 将来の夢……変わってない?」


「……え?」


「今もまだ『お嫁さん』?」


「…………」


 返事できない……ね。認めちゃったら憂ちゃんを諦める事になるもんね。


「憂ちゃん。可哀想だよ……」


 こう言ったら千穂が可哀想だけどね……。もう、あたしは引かない。

 あの……頭痛に苦しみながら、それでも教室に残ろうとした憂ちゃんを見て、思った。憂ちゃんを幸せにしたいって。

 憂ちゃんに千穂の事、教えたら……。


 ………………。


 傷付いちゃうよね。千穂より重いのかも……。

 それでも……。それでもあたしは……千穂も憂ちゃんも解放してあげたい。あたしの告白が実ったら、ぜーんぶ解決するんだ!!


 ……きっと。



 1日のタイムラグはあたしらしくない。でも、考える時間が欲しかった。


 上手くいってる8人の関係を壊すかも。

 千穂の気持ちも憂ちゃんの気持ちもいっぱい考えた。


 結論。


 千穂から憂ちゃんを取り上げる事が千穂の為にもなる。千穂は、ちゃんと男子と付き合わなきゃいけないんだから。

 あたしは愛する憂ちゃんと付き合って、めでたしめでたし。


 ……………………。


 千穂。同意してくれるとあたしの気分も楽だったんだけど……ごめん。


「あたし……憂ちゃんを奪うから……。千穂が憂ちゃんじゃダメな理由を話してでも、あたしは千穂から憂ちゃんを奪い取る!」


「……佳穂……」








 その頃、憂の自宅では……。





「憂……。お願い。寝て……?」


 ……憂は小首を傾げて、時間を掛けて私の言葉を理解する。


「――大じょうぶ」


「だから……どうして……?」


「―――」


 憂は答えてくれない。お母さんも心配そう。剛も心配してたけど、大学に追い立てた。午前中は寝る事も無く、剛を捕まえて読みの勉強してた。昨日、覚えた分は全部、忘れてたけどね。


「お願い……心配……なんだ……」


 憂は巾着を縫う手を休めない。針を持たせるのは怖い。でも、きっと大丈夫。千穂ちゃんのお陰で憂の想いは、『痛みが無くなる』から『頭痛が無くなる』に変化したから。


「憂? こっち見て?」


 しばらくすると憂はようやく手を止め、私を見上げた。どこか不満そう。何でよ?


「どうして……大丈夫……?」


 また小首を傾げる。今日は昨日みたいに理解が早くない……。


「――わらわない?」


「笑わないよ」


「――ほんと――に?」


 だから! 笑わないって言ってるでしょ!!


 ……あー。ダメ。怒っちゃダメ。


「笑わない」


 憂は縫いかけの巾着袋に目を戻す。


「ゆめ――見たから――」


 やーっと理由を話してくれた。夢……かぁ……。


「夢? どんな……?」


「――――――?」


 あ。固まっちゃった。思い出してるんだね。私は考えでも纏めてみますか。


 以前の機能回復は、事故の夢がサイン。先生方の推測。

 ごく僅かずつ再生してる脳。それは回復させたい機能に集中してる……?


 ……そういう事なのかな?



 憂は、また私を見上げる。早かったね。


「――わすれた――」


 ……忘れたって……。


「わらった――!」


「笑ってないよ!?」


「――どう――だか――」


 ……心を読んだつもりかな? 少し呆れたけど、笑っていません。


「それが……どうして……大丈夫?」


 小首を傾げる。やっぱり理解が遅い……。遅いって言うより、元に戻った……? でも、痛みはある。今日も何度も裁縫しながら痛いって……。わからない。どう言う事?


「だいじな――ゆめ――」


「大事な夢?」


「だったと――おもう――」


 ……。


 ……忘れたんだもんね。




 それから憂はいっぱい話してくれた。

 あの怖ろしい頭痛は来なかった。本当に大丈夫だった。話し終わったら寝ちゃったけどね。


 憂の可愛い穏やかな寝顔を見詰めながら、憂の話をまとめてみる。


 憂は時々、自由に考えられる夢を見るんだって。嬉しそうにそう話した。

 普段はふわふわしてて、ゆっくりなんだって。そこはよく解らない。憂の世界の話なんだろうね。


 その夢。以前は事故直前、たっくんと勇太くんとモール内を歩いてるシーンから事故までの夢だったって。今は違うんだって。内容は覚えてないらしいけど。


 私の予想では歩道橋(あそこ)に連れていった時、その夢を思い出した。記憶と一緒に。

 だからその夢は見なくなった。だから過呼吸も起きなくなった。あそこに連れていった事は無駄じゃなかったのかもね。


 それで今は違う夢が機能の回復のサインになってる……と、思う。


 その夢を見た事だけ覚えてた憂は、わざと眠らなかった。頭痛の切り離しに成功したのか試したかったみたい。


 あ。そうか……。


 何となく理解出来てきた。


 憂の脳は頭痛の切り離しに成功した。でも、嗅覚の回復から、あんまり期間を空けずに痛覚の回復と思考能力の改善。


 たぶん性急過ぎたんだ。


 憂の想いに応えて、脳は頭痛を切り離した。その分、見返りとして思考能力、記憶能力が以前の状態に戻った。


 そう考えれば辻褄は合うね。


 正解かどうかなんて判らないんだけどねー。


 憂が起きたら病院の最上階(あそこ)に連れて行こう。私の推測が役に立つか分からないけど、話す価値はあるよね?

 昨日、定期検診に行けなかったしさ。



「んん――」


 ……憂?


「いや――だ――」


 …………嫌だ?


「たすけて――」


 何!? 怯えてる!?


「お姉ちゃん――」


「憂!? どうしたの!?」


 その『大事な夢』!? 怖い夢なの!? 前と一緒!?


 憂の瞳が薄く開かれる。私を認識するとギュッとしがみついてきた。


「憂? 大丈夫だよ……」


 憂を優しく胸に抱く。そしたらジタバタ抵抗して脱出。何なのよ?


「――こわかった」


 どんな夢を見たんだろうね。

 ……覚えてないのかな?


「よめない――かんじ――おそわれた――」


 ……は?


「ちょう――こわかった――」


 …………は?


「よめる――かんじ――すくなくて――」


 …………。


 …………はい?


「――まけた――」


 読める漢字と読めない漢字が戦って?


 それで負けた? 何それ?


「さかなたち――がんばった――のに――」


 ……魚偏の漢字ね。あんたそればっかり覚えてるもんね。

 その夢、面白いじゃない。見てみたいよ? 私も。


「さいご――(あね)だけ――だった――」


 他の漢字は全滅して、最後は『姉』だけが戦ってたって?


「どー言う意味よ!?」


「ひゃあ――!」


 なんかむかつくっ! ほっぺたむにー! 軽くだけどね。おー。伸びる伸びる。


 でも『千』も『穂』も負けちゃったんだ。この漢字は覚えてるよね? 千穂ちゃん大好きだし。

 ……千穂ちゃんには悪い気がするけど……嬉しいかも。

 昨日は千穂ちゃんに完全敗北しちゃったからね。これで少しは私も面目躍如ってところかな?


 ん……?


 あれ……?


『愛』はどこ行った?

 強かったのは『姉』だけで『愛』じゃないのか!? 『愛』も負けたのかっ!?

 複雑な気分じゃないかっ!!


「いひゃい――! ――いひゃいよ!?」


 すぐにほっぺを解放。痛み確認よーし!


「――なんで?」


 憂は、ほっぺを擦りながら恨みがましく私を見上げてた。




 作者は「好物は先に食べる派」です。

 憂も、その昔(とは言っても作中では1ヶ月前)、ハンバーグから食べ始めたので「先に食べる派」ですかね?

 書く機会があったら判明すると思います(笑

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