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60.0話 謝罪と謝罪

 

 俺らはリムジンに移動中。どうにも落ち着かねぇ……。

 俺はもちろん初めての体験だ。 千穂ちゃんも初めてだろう。梢枝さんは……この人ならあるかも知れない。

 当然、蓼園さんの車だ。憂は乗らなかった。愛さんの車に乗った。


 島井先生は自分の車を出して、1人で移動。

 渡辺先生たちは病院に残った。仕事中だからって言い訳だ。正直な話、病院の皆さんが羨ましかった。好き好んでこんな大物と食事したくないよな。


 黒塗りのリムジン、赤の軽、白のセダン。珍妙な車列を形成している。想像すると変な気分だ。


 蓼園さんは少し不機嫌。憂が愛さんの車に乗った影響だろう。


「肇さま。その不機嫌なお顔をなんとか出来ませんか? 憂さまのご学友が可哀想です」


「ハルカくん……。少し考え事をだな……」


「考え事とは、憂さまがこちらへのご乗車を拒否された理由ですか?」


「うむ……」


「……お分かりになりませんか?」


「解らんから困っとる」


「憂さまが撥ねられた車はどんな車でしたか?」


「!?」


 あー。なるほどな。憂が最初に()かれた車は黒塗りのリムジンだったはずだ。流石に車は換えてるだろうけどな。


「それが理由だと浅慮(せんりょ)しております」


 センリョ……って浅い考えだよな? 少し失礼じゃねぇのか? 総帥さんは車の事に気付かなかったんだろ?


「……ハルカくん……。君は言葉を選ばんな」


「これは失礼致しました」


 やっぱりそうなんか。この秘書さん、この人も特殊な人だ。まぁ、そうじゃねぇと務まらねぇよな……。


「車を一台、増やしてくれ。色は……」


 ……車を増やす? 簡単に言ってくれる……。


「白がいいと思います……」


 千穂ちゃんすげぇな……普通、横槍入れられるか?


「どうしてでしょう?」


「白が憂にとって落ち着く色なんです」


 ……そうなんか。知らん情報だ。憂になってからだろうな。


「ほう。それは良い情報だ。千穂くん。感謝する」


「いえ……そんな……」


「ハルカくん。白だ。これからは白で贈り物だ! ははは!! これで受け取ってくれるだろう!! 何を贈るべきだと思う!?」


「肇さま。少しお声が大きいかと。余り大きいと流石に運転手たちに聞こえてしまいます」


 ハルカさんは梢枝さんをチラリと流し見た。一番、心配そうな顔をしてたからな。たぶん、防音処置がしてあるんだろーよ。この車、どんだけ金掛かってんだ?


「……梢枝くん」


「……はい」


 さすがに緊張してんな。前、総帥でも敵に回すって言ってたが、この人を敵に回したんじゃ憂から離れにゃならねぇ。今回の事件は護衛としては明らかなミスだ。クビにされなきゃいいが……。そうなったら梢枝さん、どうすんだ? 学園外で憂に会うんか? それか……諦めるんか?


 ……憂との縁を切れるんか? 今の梢枝さんに。



 ……にしても溜めるな。総帥さん。


 じっくり梢枝さんを見て……、あれはきついぞ……。


「似合うじゃないか!」


「……ありがとうございます」


 とっさに礼を言えるんか……。やっぱりこの人も半端ねぇ。たしかに梢枝さんも純正制服似合ってるけどな。


「康平くんから聞いているぞ。ずっと着るんだそうだな? それなら儂が夏服も冬服も誂えてやろう」


「……喜んで」


 遠回しな言い方だな。つまり梢枝さんも康平も許されたって事だ。




 それで、昼食。

 どんなとんでもない所に連れて行かれるかと思ったら、やっぱりとんでもない所だった。駅横のドでかいホテル。これも蓼園グループ企業だってよ。知らんかった。

 そこの上の階にある高そうな店。たぶん、フォーマルな格好じゃないと入れない店だ。康平が居なくて助かった。俺ら制服だからな。そこの奥にある個室。椅子の座り心地が良すぎて居心地が悪い。


 堂々としてるのは総帥とその秘書さんだけだ。島井さんでも落ち着きねーって……。

 秘書さんも同席ってのはありがたい。なんか傍に立ってるってイメージだった訳だが、ありゃ何のイメージだ?


「どうぞ……」


 ウェイターさんがメニュー表を手渡してくれた……が、さっぱり分からん。フランス語だろうな。

 みんなそうだったんだろう。蓼園さんにお任せした。


「儂は肉の時はここと決めとるんだ。拓真くんはどうかな? 2人前食べるかね?」


 ……初めて話し掛けられた。結構、人懐こい顔するんだな……。


「いえ。お昼ですので……」


「ふむぅ……。皆、儂を前にすると遠慮していかんな」


 ウェイターさんに目配せしながらそう仰った。そりゃ遠慮するだろうよ。いくらすんだよ。この店のメニュー。


「今日、一番自信のある肉を持ってきてくれ。後は任せる。あぁ、そこの少年には多めにな」


「かしこまりました」


 かっけぇ……。このウェイターさん、すげぇ。堂々してるよ。

 ……っつーか、なんで多めなんですか。


「儂はな。君たちに本当に感謝してるんだ。憂くんの希望が叶えられたのは君たちのお陰だ。ありがとう」


「い、いえ……そんな……」


 千穂ちゃんが慌てながら答えた。


 ……そうだよな。否定でいい。


「拓真さま? どうなさいました?」


「いえ……気を悪くされたら申し訳ないんですけど……」


 前置きは必要だよな? この場合。


「僕らは蓼園さんに感謝される理由が無いです。僕らは憂と一緒に居るのが当たり前なんで……」


「ほう? そうか……」


 蓼園さんはニヤリと笑った。ちょっと……怖いんですけど。


「そうだったな! 実は優くんの試合のビデオを手に入れたんだ。以前、優勝した事があっただろう! たしかに君は優くんと阿吽の呼吸だった!」


「あの試合の!?」


 あ。やべぇ。思わず……。


「贈ろう! ハルカくん、手配しておきたまえ! もちろん千穂くんにも勇太くんにもだ! いや、全員にだ!」


「ありがとうございます!」と愛さん。

「やった!」と千穂ちゃん。

「かしこまりました」は、もちろんハルカさん。


 そういや、ハルカさんってどんな字、書くんだ? 名字は?


「一ノ瀬さん。拓真くんが聞きたい事があるそうですよ?」


 ……なんで分かった? 島井先生?


「タイミングが見付かりませんでした。申し訳ありません。(わたくし)、一ノ瀬 ハルカと申します。遥か遠くの遥です。今後とも宜しくお願い致します」


 ……だから何で分かるんですか? よく見てりゃいいんか……?





「お待たせ致しました」


 運ばれてきたのは、スープやらサラダやら鉄板に載ったステーキやら……。コースじゃないのか。助かるわ……。

 ステーキも切り分けてある。箸だ。俺、これが嬉しいわ。


「ははは! 驚いたようだな! 儂はコースでちまちま来るのが苦手でな! いつもこうしている! 箸もそうだ! マナーなど気にせず食そうじゃないか!!」


「――たべて――いい?」


「おぉ……すまんな。しっかり……食べると……いい」


 ――――――――。


 憂のいつもの仕草に、総帥の目尻が下がる。憂への配慮も忘れてない。ベタ惚れしてるんすね……。


「――いただきます」


 ……なんかこの店には似合わねぇな。


「いただきます!!」


 ……総帥もならっちまった……マジか……。


 みんな頂きます。俺もした。何年ぶりだ?


 憂がひと口。その高そうな肉を食べてひと言。


「もうちょっと――やいて――?」


「かしこまりました」


 ほんの少し待つとバーナー持参で戻ってきた。そのバーナーでレアがミディアムに。ミディアムがウェルダムにと変わっていった。


 すげぇいい匂いで……。


「俺……僕もお願いします」


 ……とか、言っちまった。


「なんだ? この血の「肇さま?」


 遥さんが総帥に耳打ちすると、態度が一変した。


「そうだな! 儂もたまにはよく焼いた肉を味わってみよう!!」


 ……これも憂への配慮だ。血が駄目かも……とか、遥さんは思ったのかも知れない。この人ら……いい人だよなぁ……。


 話は盛り上がった。蓼園さんは憂と話しながら、器用に俺らにも言葉を飛ばしてきた。千穂ちゃんみてーに。

 遥さんも丁寧な言葉遣いのままだったが、上手く話を繋げてくれた。


 この昼食会が終わった頃には、随分と総帥との距離が近くなった。


 んで、マジで美味かった……。










 憂たち4名はリムジンと軽自動車に送られて、学園に戻った。


 既に5時間目が始まっていた為、注目を集める事は無く送迎車用のロータリーへと降り立った。このロータリーよりも普段、愛が送りに使っている駐車場の方が近いが運転手は知らないのだろう。


 後部座席、憂の座る反対側から車椅子を降ろし、憂の側のドアに付ける。すぐさま千穂が駆け寄り、愛を手伝い始めた。


 ゴン!


「――いた!」


「憂!? 痛かったの!?」


 ――――――――。


「ごめん――つい――」


 ……どこかに軽く手をぶつけてしまった時などに、思わず口走ってしまうのと一緒だろう。ついつい口を突いてしまったようだ。


「もう。ややこしい子ね」


「…………」


 千穂もジト目で憂を見ている。本当にややこしい。


「憂ってね。よくぶつけるのよ。今みたいに。痛くないから気を付けないんだろうね。いつか脳震盪起こすよ」


「あ。それ分かります。何度か見てます! 前に消しゴム落とした時も机に頭ぶつけてました!」


「……困った子だよねぇ」



 そんな様子を見て『ふむぅ……』と、総帥は唸っていた。またBIGな贈り物でも考えているのかも知れない。




 彼ら学生組が教室に戻ると、そこは異様な空気だった。本日、金曜日の5,6時間目はHR(ホームルーム)。学校によってはLHR(ロングホームルーム)とも言われているだろう。



 5時間目の始業と共に入室した利子は不満顔だった。憂たち4人以外、全員が顔を揃える中、隠すことが出来なかった。


 教室内も重苦しい雰囲気だった。幾人もがヒソヒソと2人(・・)を見つつ言葉を交わしていた。



『犯人の割り出し、説教は不要です。既に問題は解決しました』


 昼休憩中に頂いた学園長の言葉だ。


 利子も愚か者では無い。むしろ生徒たちと積極的に交流を図る良い教師だ。犯人の目星は付いていた。以前にもそれとなく『悩みがあるなら聞きますよ?』などと、何度か声を掛けていた。

 だが、2人は最悪の形で利子の言葉を無碍(むげ)にした。2人への怒りの矛先も向けられず、何も出来ず、歯痒い想いなのである。


 その為、HRの開始の言葉は沈んだものだった。


「皆さん、HRを始めますよ。とりあえず最初に……、大運動会の参加者の追加募集について……です」


 憂の一件について話すものと予想していた教室はざわめいた。たしかに運動会の話など、優先度が低い。妙な空気の中、ざわめきを無視して利子は続ける。


「既に憂さんと千穂さんが参加の意志を示してくれています。皆さんも如何ですか? ……憂さんの怪我は両足となってしまった為に、参加は更に難しいかも知れませんが……」


 静まり返る中、視界の端で利子は教室内の廊下側、中ほどに座る瀬里奈と陽向(ひなた)を捉える。彼女たちは俯いている。最初からこうだった。反省しているのだろう。後悔しているのだろう。

 それでも、ひと言だけでも皮肉を言わなければ、自身の気持ちが収まらなかったのだ。

 怪我の為、目下、車椅子生活中の少女が参加の意志を示していた。そんな心優しい憂になんて事をしてくれたんだ……と、言外に込めて。


「はーい! あたし、参加しまーす!!」


 真っ先に参加を表明したのは、やはり佳穂だった。佳穂も当然、腸が煮え繰り返る想いをしている。それでも、この空気が嫌だった。『みんな仲良く』をあくまで貫く。これが佳穂流なのであろう。


「じゃあ、わたしも……」


 続いたのは当然、千晶だ。彼女たちはワンセット。行動は、いつも一緒だ。


「あ。じゃあ、俺も」

「健太が参加するなら……お前も参加するよな?」

「あ、あぁ……。うん」


 いつか憂と食事を共にした健太と同じサッカー部の友だち2人も参加の意を示した。

 そこで流れが出来た。どんどんと参加の意思を生徒たちが示していく。

 勇太も康平も参加を表明した。


 利子の持つ名簿に、次々と丸が付けられていく。


「もう全員参加でいいんじゃない!? そうしよう! あんな事があった後だし……さ!」


 佳穂は千穂からの【許す方向で。】と言う指示を実行しようとした。瀬里奈も陽向も巻き込んでしまう腹積もりだったのだろう。

 この短い指示については、千晶が正確に裏側まで把握した。許すとは全ての罪を赦す事に他ならない。少しでも罰を与えれば、憂を愛でる者たちが2人を許さないだろう。


「佳穂ちゃん……。私は反対……」


「え……?」


 反対したのは女子サッカー部に所属している、大運動会参加表明済みのさくらだった。彼女こそ、憂の転入当初にはイジメの犯人2人と行動し、そして離れていった少女である。彼女は最近、もっぱらサッカー部の仲間である結衣(ゆい)と一緒に過ごしている。結衣は高等部から蓼学に入った生徒だ。


「セナ! ヒナ! あんたたちなんでしょ!? なんでまだ5組(ココ)に居るのよ!! さっさと出ていけば!?」


 2人は何も言えない。俯いたまま口を開けない。


「さくらさん!」


「リコちゃん!」


 利子が止めに入ろうとしたが、結衣に阻まれた。





 ―――梢枝にバレた2人は1度は学園を出た。フラフラと宛も無く徘徊した。そこに学園長直々の電話があり、呼び出された。


 蓼園学園は転室のシステム上、素行不良の生徒が集団を形成しても何ら不思議は無い。だが、素行不良の生徒たちが集合したクラスは過去、1度も発生していない。この学園は入学金を高く、授業料を低目に設定されている。


 喫煙、喧嘩、一方的な暴力などには、容赦の無い処分が下せる為に……である。

 生徒たちはそれを理解しているが故に、集まらない。


 ……今回の一件は重罪だ。彼女たちは退学を覚悟し、中央管理棟の学園長室を訪れた。

 その厚いカーテンが引かれた重厚な空間で待っていたのは、余りにも意外な言葉だった。


『立花さんは許したいと言っているそうです。私もなるべくなら穏便に済ましたい。学園に残りたければ1つだけ条件があります。C棟1年5組に残り、許しを請う事です。それが条件です。転室届は取り下げさせて頂きました』


 無理のある条件だった。憂はクラス中……。いや、学園中の庇護欲を一身にかき集めている存在だ。その憂をいじめ、傷を負わせた。自分たちに向けられる白い目と敵意を想像し、2人とも退学をさせられないのなら自主退学を……と、考え始めた時だった。


『言い忘れました。今回の件、総帥閣下がお怒りです。その意味……わかりますね? 大丈夫です。逃げ出さず、真摯に向き合って下さい。あの立花さんが貴女方を許す……と言っているのです。彼女の言葉は何よりも重いのですから』


 瀬里奈と陽向は退路を絶たれた。憂の言葉の重さ。その意味も解らぬまま、屋上へとフラフラと足を運んだ。良からぬことさえ考えていたのかも知れない。


 しかし、そこには康平という先客が居た。彼は何も言わず、ただ同じ時間を彼女たちと共有した。昼休憩が終わる間際になり『ほな、行きましょか?』と、彼女たちを教室へ促しただけだった―――




「ごめん……なさい……」


 謝ったのは陽向(ひなた)だ。ようやく顔を上げると涙をいっぱいに溜めていた。

 瀬里奈は沈黙したままだ。


「……誰に言ってんの? 私に謝られても困る」


「聞いて……? 私たち、痛みが無いなんて知らなくて……。知らなかったのってみんなもでしょ!?」


「は? 何言ってんの? 私が怒ってるのって、そんな事じゃないよ。私もね。最初は憂ちゃんに……。その……イライラしたよ。可愛いからチヤホヤされて……って。今、思えばみっともない単なる嫉妬。私はね。あれから憂ちゃんを真面目に見た。そしたらね。すっごい良い子だったんだ。なんでみんなが憂ちゃんに優しいか解る? わからないよね? あんたたちは憂ちゃんから目を背けて、勝手にどんな子か判断してさ。その上、変な風に考えてロクでも無い事して……。私が怒ってる理由、勘違いしないでよね」


 陽向は、また下を向く。簡単には許して貰えない事は理解していたが、取り付く島も無い。


「だからさ。早く出て「待ちたまえ!!」


 佳穂や健太でさえ、止めに入れなかった状況を打ち破った人物は余りにも意外な男だった。かつてはキザ男と呼ばれた今年度の1年生、最初の転室者である加瀬澤 凌平。


「僕は……初めてイジメと言うものを目の当たりにした。何も出来ず、ただ怖いと思った。だが……、その……さくらさん、だったか? 君が今、彼女たちを責めている事が似た物に感じてしまうのだが……。その……済まない……」


 正に正論であった。途端に微妙な空気が漂う。


 教室の後部のドアが開いたのは、そんな時だった。

 車椅子乗車の憂を先頭に教室内へと帰還する。その憂はスマホ準備済みだ。千穂からの借り物である。


 ……当然ながら全員の視線が憂に集まった。


「――な――なに?」


 憂以外の3名は状況を理解している。

 勇太がチャットで逐一、伝えてくれていたのである。解っていないのは憂だけだ。


「憂ちゃん! 大丈夫だった!? 私……ごめん! もっと強く2人を止めれば良かった……」


 さくらがネット包帯に包まれた左足、ギプスを嵌めた右足……と交互に見る。さくらは今にも泣き出しそうだ。



 ――――――。



 憂は、さくらの言葉と、千穂の囁きを織り混ぜ、理解すると口を開く。


「さくら――ありがと――だいじょうぶ」


「そこまで酷くないって。斜めに入ったから、そこまで深くないって。ちょっと痕は残っちゃうかもだけど……」


 補足した千穂の言葉は半分が本当。半分は嘘である。


 憂の左足第三趾、中指の付け根2cm付近から入った針は骨近くまで達していた。憂が立ち上がった際に深く刺さってしまったのだろう。

 しかし、憂は傷の治りが早い。異常なほどに。


 酷い状況を暴露しては、ネットを外す時期が遅くなってしまう。その上、傷が深いモノと分かれば、傷を付けた2人への風当たりはどうにもならないほどに強くなってしまう恐れがあった。それは憂の想いに反する。


 そんな中、ギィと椅子を鳴らして瀬里奈が立ち上がる。真っ直ぐ憂へと近づいていく。

 千穂も拓真も梢枝も……さくらも憂の前に立ちはだかり、壁を創り上げた。


「ごめん。よけてくれない? ……謝りたいから」


 その言葉を聞くと、ゆっくり道が開かれた。拓真と梢枝は警戒は解いていない。彼らはすぐに飛び掛かれる体勢だ。


 そんな中、瀬里奈はゆっくり近づくと深々と頭を下げた。


「ごめんなさい……!」


 陽向も駆け寄り、隣りに並ぶと、同様に深く腰を折った。


「――いらない――よ?」


 許して貰えなかった。無理もない。

 2人は瞬間、そう思った。学園長の言葉も忘れて。


 頭を上げられない2人の眼前にスマホが差し出される。


「――ボク――こんな――だから――」


 ……スマホを受け取る。


 そこには一生懸命入力したであろう、長文が表示されていた。

 漢字こそ千穂たちの助けを借りたもの、憂自身が想いを綴った文面だ。


 それをじっくり時間を掛けて読むと彼女たちの瞳から、ついに涙が零れた。



 憂の入力した文章は自分を卑下したような文章だった。鈴木看護部長に話した内容の通り。


 自分は、いじめられて当然の存在である事。

 だからいじめた人に責任は無い……と。


 最後は、


【嫌な気持ちにさせてごめんなさい】


 こう締め括られてあった。


 読み終わった事を察したのであろう。


「――ごめんなさい――」


 憂は、そう言って頭を下げたのであった。


「許す……そう()われてますわぁ……」


 梢枝の言葉は、すぐに全ての人の心に落ちた。


「憂ちゃんがそう言うなら……。私も言い過ぎた。ごめん」


 さくらが2人に向けて謝罪する。憂が許すのであれば自分も許そう。そんな気持ちで。


「そんな……やめて……」


 瀬里奈は涙に塗れた声で、嫌々と首を振り、さくらに呟く。


『彼女の言葉は何よりも重いのですから』


 その言葉の意味をようやく理解した2人なのだった。




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