表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/317

57.0話 溢れる笑顔の裏側で

 


 ――6月1日(木)



「あ! 憂は、もう夏服なんですね!!」


「そうだよー。セーラー服は夏服が一番!」


「……そう、です……か?」


 それはちょっと分かりません。


「憂ぅー? 立つよー?」


「――うん」


 愛さんに両手を繋いで貰って、憂が車から姿を現す。


「愛さん? スカート短くなってないですか?」


「可愛いでしょー! 夏仕様だよー!」


 夏服ですからね。


 ……そうじゃなくて。


 なんかどんどん愛さん、エスカレートしてないかな? スカートは膝上5センチから10センチってとこ?

 昨日まで私と同じくらいだったのに……。


「腰で巻いてるんですか?」


 車椅子まで手を引いている愛さんに聞いてみた。一応……ね。


「まっさかー! ちゃんと裾上げしたよー!」


 ……やっぱりそうなんだ。


「千穂――おはよ」


 憂は車椅子に座るとすぐに挨拶してくれた。


「おはよ! 元気? 愛さんが裾上げしてるんですか?」


「そうだよ。上手いもんでしょ?」


「――げんき――千穂も?」


「うん。私も。愛さんって器用ですよね?」


「………………」


 あれ? 愛さん、沈黙?


「今日も――よろしく――ね?」


「裁縫は得意だからねー」


 憂を待ってたんだ。さすが。

『ね』に合わせて小首を傾げた憂の『よろしく』は、トイレの事かな? あれから憂は1人でお手洗いを済ませてる。愛さんには内緒。


「うん。わかってる……よ?」


 憂の真似して小首を傾げてみたら赤くなった。可愛い。


「最近、憂も始めたんだよ。家でチクチクしてるんだ」


「あ。昨日、家庭科で頑張ってたかも。何を縫ってるんですか?」


「……まだ、何か作れる段階じゃないよ。練習中」


 …………。


 ちょっとだけ間がありましたよ? お姉ちゃん? もしかして、私に何か縫ってくれてたり? ちょっぴり期待しちゃいますよ?


「それじゃ、仕事行ってくるね」


「はい! 気を付けてください!」


「憂……しっかりね」


 ――――。


「――うん!」



 車に乗り込んで窓を開けて手を振って。私も憂も手を振り返して。身を潜める康平くんにも愛さんは手を振った。

 あはは! 康平くん慌ててる。


 ……憂は手を上げたらお腹がちょっとだけ見えてた。セーラー服でインナー無しだと、あんまり上げないほうがいいよね。私も気を付けよ。インナー着てるだけど。


 すぐに愛さんは仕事へ出発。

 車を見送ると車椅子の後ろに回り込んだ。


「――千穂――?」


「ん? なに?」


「じぶん――で――」


 そう言うと左足の足置きのアレ……なんて言うんだろ。アレを上げて、両手と左足で漕ぎ始める。

 自分で進むんだね。頑張れ!




「――ん――しょ」


 腕の力で漕いでるって感じだね。左足で向きの調整。両手だけだと右に曲がっていくのは証明済み。巧く車椅子を扱ってる。慣れてきたんだね。


 駐車場からC棟正面玄関への道に合流。

 ……今日は人が多いなぁ。


「あ! 憂ちゃんだ! おはよー!!」


「おはよ――」


「あ。もう夏服なんだ! 可愛いー!!」

「ホントだー!」

「やっばい。超似合ってるー!」


 挨拶からのざわざわ。やっぱり目立つなぁ……。

 でも、みんな憂の進行は邪魔しない。過ごしやすくなったなぁ……。

 今日は普通の白いリストバンドと白のチョーカー。半袖になって、はっきりとリストバンドが見えちゃってるけど、誰もその事には触れてこない。

 ……傷あとの事、広がって良かったのかも。


 憂は必死に漕いでるから、聞こえてないかも?


 あ……。1人、傍に寄って来ちゃった……。


「憂ちゃん、パンツ見えてる……」


「――え!?」


 ……え? あ。しまった。短くなったスカートで車椅子を足も使って漕いだら……。


「ぁ――ぅ――」


 ……ちっさい蚊の鳴くような声。俯いて、見えた耳は赤くて、足をギュッと閉じて、両手でスカート抑えて……。


「かわいい……」


 まったくです。


「千穂ちゃん? 車椅子押してあげていいかな?」


「あ。はい」


「ありがと!」


 私の名前もついでに広がっちゃったな。気にしても仕方ないけど。


「憂ちゃん、進むよー」


「――うん」


 ゆっくり進み始める車椅子。みんな優しいな。今が理想的なのかな?




 憂にパンツの事を教えてくれた人は2年生の先輩だったよ。

 玄関をくぐったら「またねー」って、2年生の下駄箱の列に入っていったから。


 私は10cmほどの段差を越える為に、車椅子の後ろ側にあるでっぱりを踏みながら、下向きに力を込める。上がる前輪。


「わぁ――!!」


「あ。ごめん……」


 2回に1回は声を掛けずにやっちゃう。憂もいっつも驚いちゃう。


「千穂ぉ――!」


 振り向いて『ほ』の母音のまま、唇を突き出した。不満そうだね。


「ごめんって……」


 謝っても、唇は突き出されたまま……。


 もう! そんなに怒らなくてもいいじゃない。忘れちゃうんだって……。


 あ。そだ。


「えい」


 その唇を押してみる。そうしたら頬を膨らませた。


「あはは!! 可愛い!!」


 愛さんの情報、ホントでした!


「――あははは!!」


 もっと怒るかと思ったけど笑ってくれた。怒ってるフリだったのかも? 憂の事、見てる人たちも笑顔。康平くんも梢枝さんも笑顔。


 なんかいいよね! こういうのって!


 笑いながら康平くんから憂の上履きを受け取って、憂の靴を履き替えさせてあげる。ちっちゃい上履き。

 康平くんは紳士さんだね。スカートの女の子の足元にしゃがみ込むなんて事、しないんだから。


「ありがと――」


「うん。行こっか」



「憂ちゃん、千穂ちゃん、おはよー!」

「おっ! 夏服きたぁぁぁぁ!!」

「おはよっ!」

「おはよー」


 教室に行くまでもいっぱい挨拶。時々、変なのが混じってるけど、気にしたら負けだよね。とにかく目立つし、それくらい何を今更!


「――おはよ」


 憂も笑顔を振りまいてる。周囲を幸せにしながら進んでいく。



「憂ちゃん! 千穂ちゃん! おはよ!」


 廊下でたむろしていたクラスメイトがドアを開けてくれた。


「おはよ! ありがと!」

「――おはよ」



 教室に入ると、ほぼみんな笑顔を向けてくれる。そして朝の挨拶。凌平くんはまだダメみたいだね。千晶が『悪い人じゃないみたい』とか言ってたけど、ホントかな?


「おはよう」


「――たにやん! ――おはよ――!」


 ……元気いっぱいだね。圭佑くんは笑い掛けただけで行っちゃった。話したいことたくさんあるよね……?


 憂も……だよね。憂は、まだ知らない。2人にバレた事、憂に話してもいいのかな?

 愛さんに聞かなきゃだよね。


 ぜーんぶ解決したら最高だよね。私にも出来る事あるかな?





 笑顔の多かった午前の授業が終わって昼休憩。今日は木曜だから憂はこれから早退。


 憂は自分で車椅子を自走する気が無くなっちゃったみたい。パンツ見えるからね。自走って言葉はググル先生に聞いてみました。足を置く部分はフットレストって言うみたい。さすがは先生。物知りだよね。


 こんこん。


 応接室のドアをノック。がちゃ。


「どうぞ」


 学園長先生の渋い声。聞き慣れちゃったなぁ……。

 学園長先生、開けてからどうぞ……って。毎回、ノックしたらすぐに開けてくれるんだよ? ずっと、ドアの前で待っておられるのかな?


「失礼します」


「こんにちは」


 ……あれ? なんで愛さん?


「――あれ?」


 憂も。そりゃ不思議だよね。


「お姉さんはね。早退してしまったらしいですよ」


 学園長先生が疑問に答えてくれた。


「なんかね。出世しそうになったから逃げてきちゃった。私はペーペーがいいのに。役職なんか要らない。面倒くさくなっちゃって……」


「……お姉さん。私の前でそれを(おっしゃ)いますか……」


「あ。ごめんなさい」


 学園長先生はTOPですからね……。


「千穂ちゃん、これから病院、一緒に行く?」


「お姉さん! 千穂(漆原)さんはまだ授業があります」


 苦い顔の学園長先生と、笑顔のお姉さん。

 なんで唐突に板挟みですか?


「千穂――きてくれる――の?」





 そして、なし崩しに蓼園総合病院最上階に来ちゃいました。

 なんでこうなったんだろうね?


 ナースステーションで島井先生と渡辺先生、愛さんと私。

 すっごく場違い感があるんですけど……。


 愛さんに車の中で憂のパンチラ……チラじゃないね。なんて言うのかな? その事を話したら『あちゃー。そんな事になるとは……』って。スカートはもう1枚あって、そっちはまだ裾上げしてないみたい。明日からそっちを履いてくるって。


 その憂はVIPルームで検査中。


『見ないで――ぜったい――』って、どんな検査してるんだろ?


「どんな検査してるんですか?」


 聞いちゃった。気になることは聞いてみないと……ね?


「血液の採取と正確(・・)な身長体重に女性としての成長具合……ってところかな? 僕はもっと色んな検査が必要だと思うんだけど、島井先生が怒るんだよー」


 もっと色んな検査って何だろ?


 憂が見られたくない理由は何となく解っちゃったかな?

 制服、脱いじゃってるんだろうなー。


「それはそうと渓くんと池上くんはどんな子かな? 試合で見た事はあるけどね。広がらない?」


 圭佑くんと京之介くんかぁ……。


「大丈夫……だと思います」


「……思うって……」


「たぶん……」


 そう言われても、話し始めたのって球技大会前くらいからだし……。

 バレてから何日経ったのかな? 今まで大丈夫だからきっと大丈夫……だよね?

 あ。そだ。

 憂は、ほぼ間違いなく、彼ら2人の事を思い出してるし……。


「彼らにバレちゃった事、憂に話してもいいですか?」


「知らないのかい!?」


 突然、島井先生がおっきな声で乱入。驚きますよ?


「……はい。憂もたぶん思い出してて「それは憂さんが可哀想だ。すぐにでも教えてあげよう」


 ……そうだったんだ。早く言ってあげれば良かったかも。


「……島井先生。大丈夫ですか? その……憂ちゃんが」


「そうだねぇ……。ちょっと心配……いや、ちょっとどころじゃ……」


 興奮して泣いて喜んだりしちゃったら、他の生徒たちは、なんでってなるよね。

 先生たちの会話はその辺りの事を言ってるんだと思う。


「ここで教えてあげても、いざ顔を合わせてペラペラと昔話をしちゃっても困るよねぇ……」


「千穂ちゃん? 他の生徒の居ない時に彼らを混じえて話す事って出来る?」


 今度は愛さんが乱入。どうかな……?


「難しいけど……善処してみます……」


「いつもごめんね。学園内の事は千穂ちゃんたちが頼りなんだ」


「……頑張ります」



「千穂ちゃんからの話は終わったかな? 今度は僕からいい?」


 渡辺先生の雰囲気が変わった。真面目な話かな? この先生って、最初は笑顔が張り付いてて嫌だなあ……って思ってたけど、慣れちゃうと人懐っこく見えてきちゃった。


「僕の予想では、そろそろ過呼吸が起きる。足首の捻挫に端を発してね。脳が『痛みが必要だ』と判断してくれれば……だけど。島井先生、怖いこと言ってたんだよ。憂ちゃんの体に傷をいっぱい付けたら痛覚が戻るはずとか。こんな優しい顔してとんだサディストだったんだよー! きっと毎日、鞭でーとか思ってたんだよー」


「「「………………」」」


「……今までの憂さんの回復から理論的に答えを導いただけだよ……」


「「………………」」


「……そ、そんな目で見ないで欲しいのですが……」


 それは仕方ないと思いますよ? 島井先生?


 こんこん……って、ノックの後に開かれるドア。このドアの違和感は凄い。このナースステーションが殺風景だから豪華さが調和してないんだよね。でも、VIPルーム側を豪華でこっちを質素とか、要らない労力だからそのままなんだろうね。


「島井先生ー! 終わりましたよー!」


 えっと……専属看護師の……あれ?


「祐香ちゃん、憂ちゃんはちゃんと成長してた?」


 そだ。祐香さん。祐香さん。祐香さん。


「渡辺先生……。なんか変態っぽい……」


「……いや。違うからね。島井先生と違って」


「山崎さん、結果は?」


 あ。島井先生スルーした。ちょっと顔が怒ってますよ?


「身長は全く変化ありません。スリーサイズもほとんど……。でも体重は順調です! 26.4キロですよー!! 太ももとか随分、健康的になってます!」


「26キロ!?」


 視線が集中しちゃった……。


「あの……憂って、学園で28キロ……って自分で……」


「……逆サバ?」

「勘違い?」

「……うーん」


 ちょっと……衝撃的な情報……だったかも。


「みんな――こっちで――はなそ?」


 憂がひょっこりと顔を覗かせた。こいつめ。


 あ。歩いてきたんだ。ギプスも外してある。


「先生の判断を仰ぎたかったんですけど……憂さん、歩き始めちゃって……」


 憂に続いて顔を覗かせたのは恵さん。うん。こちらの茶髪のお姉さんは恵さん。伊藤さんの印象は強いんだけどなー。


「憂さん。ちょっと失礼……」


 島井先生は憂に近寄ってしゃがみ込む。裸足の左足を掴むと「先生。そっちじゃないです」って、恵さんが指摘。ちょっと面白いです。


 あらためて右足を上げて貰って、観察。もちろん、恵さんが憂のフォローして。


「うーん……判らない。座って貰おうかな?」


「先生。真面目にやってください」


 さっきので動揺してるんですかね?



 それから憂に座って貰って、右足首と左足首を見比べたり、両足首一緒に触れたり……。温度を診ておられたのかな?

 ちっちゃい足が可愛い。


「……痛みの反応が診られないので断定は出来ませんが、完治と言っても良いでしょう。念の為、今週中は家でもギプスはしておいて下さいね」


 砕けた感じが無くなって完全にお医者さん。足首の捻挫ってそんなに早く治るものなのかな?


「……早いねぇ」


 やっぱり早いんだ。ありがとうございます。渡辺先生。


「困りましたねぇ」


 …………なんで?


「こんなに早く治っちゃうとはね。これはいよいよ島井先生が鞭を持ち出すかも……」


「渡辺くん!!」


 あ。ついに怒った。


「痛み……かぁ……」


 愛さん!? 何もしないですよね!?


 やめたげてくださいよ!?







 一方、その頃、学園内。

 梢枝も康平も早退済みである。彼らは木曜日の午後は早退している。2人で話し合いでもしているのか、総帥と会っているかしているのであろう。


「ちやほやされていい気になってマジむかつく。あんなんなった原因だって自殺でしょ? ぶざけてるよ。単に自業自得じゃない! 車椅子に乗ってから男子たちまで世話焼くから余計に頭にくる!!」


瀬里奈(せりな)……声が大きい……」


「誰も居ないって。屋上になんか誰も来ないよ」


「そうだけど……」


「問題はあの2人よ。あの子が転入した途端、急に目立ち始めてさ! 何だっての!?」


「身辺警護だって。総帥絡みだよ。やばいよ……」


「何言ってんの? もうすぐ転室なんだからバレやしないって」


「でも……」


「最近は上靴引っくり返すだけだよ。あいつ。隠しカメラもとっくに撤去してるし。大人しくしてた甲斐があったわ」


「……やるの?」


「ちょっと『痛い!』って泣かせるだけだよ。少しは大人しくなるでしょ?」


「……そうだね。わたしも気に入らないから。男子に媚び売ってるとことか。今日だっていきなり夏服。スカートまで短くしちゃってさ」


「だよねー。さ、みんな帰る時間まで寝て待とう?」


「うん」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブックマーク、評価、ご感想頂けると飛んで跳ねて喜びます!

レビュー頂けたら嬉し泣きし始めます!

モチベーション向上に力をお貸し下さい!

script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] 学内いじめな、チヤホヤされてるって周りから見ても思うか?普通、配布された紙に書いてあることちゃんと理解出来てるんかな、?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ