56.0話 何気ない日常
投稿時間につきまして。
18時前後と云う投稿時間の括りを外させて頂きます。これからは何時にでも投稿致します。
括りがあると、生活を支配されてしまいまして……(苦笑
自動投稿よりは手動投稿の方が人目に触れるチャンスがあるので、そこは拘らせて下さいませ。
3日以内の投稿は引き続き、継続させて頂きます^^
―――5月31日(水)4時間目・家庭科
「――こう?」
「そう! えらいわねー!! かわいいわねー!!」
おばちゃま? かわいいは関係ないと思いますよ?
憂ちゃんは一生懸命頑張ってます。ハマっちゃったんですかね?
今日は久々のお裁縫。憂ちゃんは、いつものエプロン姿が似合いすぎてて、可愛くて困ります。
ここは2階。千穂はエレベーター使うつもりだったみたいなんですけど、そこは男子勢。サッカー部の男子たちが車椅子ごと抱え上げてくれました。わたしも優しくされたいとか、ちょっとだけ思いました。もちろん、そんな事は誰にも言いませんが。
今日の授業は、前回の反省を活かして、授業の開始前から拓真くんにテーピングされました。今回は京之介くんに借りて。
圭佑くんと拓真くん……勇太くんもだね。彼らはギクシャクしちゃって痛々しいです。わたしたちには普通に話してくれてますけどね。
彼は月曜日、転室届を出したって京之介くんから聞きました。京之介くんも一緒に提出したそうです。
圭佑くんの気持ちは解ります。わたしも同じ経験をしましたからね。
でも……なんとかならないのかな? このままじゃ悲しすぎます。同じ夢を抱いた仲間ですからね。一ヶ月間の待機期間中に何とかなるって信じています。
「千晶先生?」
「なんでしょうか? 佳穂くん?」
『教えてー!』だよね。佳穂の事ですから。
「返し縫いって何ですか?」
………………。
この子はホントに女子ですか? 20点減点です。
「憂ちゃんに聞いて下さい。今、上手にやってますよ?」
「え?」
じっくりと遠目に憂ちゃんの手元を観察する佳穂さん。憂ちゃんはひと針ひと針すっごく丁寧に縫ってるね。満足するところに針が刺さるまで、何度も何度もやり直してて……。見てて、すっごく健気です。真面目な顔して物事に取り組む子って可愛いですよね。憂ちゃんの場合は綺麗とも思えるから不思議なんですけど。
「行って参ります!!」
佳穂さんは、ビシっと敬礼して行ってしまわれました。
「憂先生?」
同じ切り出し方ですか? 3点減点です。これで本日の評価はマイナス33点です。ダメダメですね。
「憂ちゃん先生?」
……憂ちゃん反応ないね。
「あのぅ……憂先生?」
「――んぅ?」
やっと顔を上げたね。集中……って言うか、熱中しちゃってたのかな? あの『んぅ』も可愛いよね。あれは優くんの頃からなんだそうです。咄嗟の時に出ちゃうんだとか。千穂情報だから確かな情報。
「返し縫い……教えて……下さい」
憂ちゃんは小首を傾げて、考えて……。
「千穂に――きいて――?」
それが正解です。千穂は完璧女子力の人ですから。佳穂は残念そう。がっくり肩を落としてます。千穂にじゃなくて、憂ちゃんに教えて欲しいんだもんね。
あ。復活した。今度は言われた通り、千穂に向き直りました。憂ちゃんの言いつけを破るワケにはいきません。佳穂ってば、面白い。
「千穂先「先生ー! この子に教えてあげて下さーい!」
「誰!? どこ!? どこがわからないのぉー!?」
ぷぷっ……。千穂ってば酷い! おっかしー!
すぐにドタドタ駆け寄るおばちゃま。相変わらず元気な先生ですね。
「あ、あの! 返し縫い……で「返し縫いねー!! できないの? かわいいぃぃ!!」
おばちゃまは後ろから佳穂の手を取って……。うっわー。凄いプレッシャーだよね。あれは。
「こう! こうするの!! そうじゃなくて! あーもう! 不器用で可愛いわねぇ!!」
不器用言われてるし。あはは。
「――せんせ? ――ここは――?」
「まぁまぁ!! 憂ちゃんから聞いてくれるなんて!! 嬉しい!!」
ホント、一生懸命。憂ちゃんにとっては、出来そうな事を見付けたって感じなのかな?
「ただいま……。疲れた……」
「あははは! お疲れ様!」
「笑うなー!! 千穂に酷い目に遭わされた! この恨みー!」
「憂ちゃんが悲しむよ?」
「千晶ー!!」
ホントの事ですよ? 佳穂さん?
「あの……」
……?
声の主を確認すると、そこにはキザ男さん。違った。凌平くん。相変わらず鬱陶しい髪型。目が半分くらい隠れてて、一部分だけ顎に届いてる。
「あの子は「憂ちゃん」
問答無用ですね。佳穂ちゃん。
「憂さん……は、その……障がいでもあるのか?」
「「………………」」
……嘘でしょ? 文書だって配布されたのに。第一、どのクラスでも1度は噂になってるよね? 友だち居ないの?
「あんたはー! なんっにも知らないんだね!!」
「あ……あんた!?」
「自分で聞いてきなさい!」
「う……うむ。分かった。済まない」
「え? ちょっと待って?」
「ごめん。まさか本当に聞こうとするとは思わなかった」
わたしもです。この人、常識抜けてないですか?
「千晶……どうする?」
「仕方ないよ」
「そうだよね」
「どうする?」
「千晶に」
「……わかった」
「……今ので何が分かった?」
……普通なら分かりませんよ。
「単刀直入に言います。憂ちゃんは後遺症があり、脳にダメージを負っています。言語障害、記憶障害、右麻痺などです。憂ちゃんはそれでも頑張ってます。邪魔しないであげて下さい」
「千晶?」
「いいの」
「……そう?」
「うん」
憂ちゃんは男子に……今の異性に興味無いと判断します。だからこれくらいで丁度いいんです。
凌平くんは……泣きそう!?
「千晶……?」
「予想外」
「……凌平くん? どしたの? ショックだった?」
堪らなかったのかな? 佳穂が優しく声を掛けた。
「どうして……。どうして……」
……泣き出した。この人って……実はいい人なのかも?
勉強マシーンから人に目覚めちゃった感じ? 横柄で偉そうな言葉遣いも人との付き合い方を知らないから?
ちょっと見方変わった。
あれ? どこ行くの?
……彼はそのまま家庭科室を後にしました。
「――先生――?」
「はいはい! なになに!?」
「ごめん――もう――いっかい――」
「可愛いわねぇ!! 何度でも教えてあげるわよぉ!!」
おばちゃま。ゆっくり話すって事、知らないんですかね?
憂ちゃんは真剣におばちゃまが操る自分の手先を見詰めています。
結局、憂ちゃんはこの授業中、先生を何度も捕まえていたのでした。
……おばちゃまに懐いちゃうとは予想外です。
「じゃーん!!」
昼休憩の半ば、憂が弁当を食べ終わった直後だった。
「佳穂……? 何これ?」
千穂と憂との合体席に広げられた物。
それは―――
―――単なるお菓子の群れである。
千穂はその中の1つを手に取ると、苦い顔をした。
その手の平ほどのサイズのお菓子には『ゴーヤクッキー』と銘打ってある。千穂はその味を想像したのだろう。
「面白いでしょー!?」
「……誰が食べるの?」
千穂の疑問はもっともだ。わざわざこの場所に持ってきた以上、やることと言えば1つだけである。
「大試食大会ー!!」
千穂は断固反対の構えだった。わざわざ美味しくなさそうな物を食べたくない。憂にも食べさせたくない。その類の心情だったのだろう。
そんな千穂を引き込むべく、佳穂は卑怯な手段に打って出た。
憂を味方に付けたのである。憂は、今でこそお菓子の類を余り食べなくなったが、元々は好きだったのだ……とは言っても、その情報を佳穂は持ち合わせていない。偶然である。
その憂は興味津々に『ポ○トチップスプリン味』の袋を凝視している。
「――ぽてち――ぷりん――?」
小首を傾げ、想像し始める。けれど、どんな味か想像は付かない。
「ルールは簡単! じゃんけんで勝った人が負けた人に食べさせたい物を選ぶ!」
「それじゃ、相手によって手加減しちゃうんじゃない? 男子が不利だよ」
千晶の指摘は的を射ている。男子不利のルールに成り兼ねない。
そこで梢枝が提案した。最初のみ、適当に選んだ上でじゃんけんし、負けた者が食す。更に負けた者が次に試食する物を選ぶ。その繰り返しならば公平性を保てる……と。
そのルールで決まり、第1回戦。負けた者への罰ゲームは憂が興味を持った『ポテ○チップスプリン味』に決定した。
「それじゃ、行くよー! じゃーんけーん……ぽん!」
「あーいこー……でしょ!」
「あーいこー……でしょ!」
「あーいこー……でしょ!」
「あーいこー……でしょ……!」
……当たり前だ。人数が多い。すぐにルールが追加された。『グーとパーでわかれましょ』の応用版だ。各ゲームの最初はグーとパーのみで勝負し、人数の少ない方を負けとした。
「グーと……パーで……わかれましょ!」
きちんと憂への配慮が成されているのが面白い。そして奇跡が起きた。康平1人がパー。残りの皆はグーである。
「じゃんけんなら勝ってるやん!」
「「ぷぷっ」」
「笑わんといて!」
文句を言いながらポテト○ップスプリン味の袋を開く。
「プリン臭や。マジか」
プリンの匂いのポテチ。なかなか想像出来ない。
康平は1枚、指先で摘むと、恐る恐る口に運んだ。
「まずっ!」
「「「あはははは!!」」」
「――いいな――」
何か聞こえた。憂は食べたかったのか……? 意外と好奇心旺盛な子である。いや、見た目から意外に思えるだけで、元々だろう。
「康平くん! 次の選んで!」
「よっしゃ! これや! ラムネカレー味!!」
「うわぁ……」
「これはエグいね……」
「どこで見付けたのよ!?」
「え? 昨日の放課後そこらじゅう歩きまわって……」
「珍しく別行動したがると思ったら……。暇人」
「なんだとー? グーと……パーで……わかれましょ!」
会話の途中でいきなり振ったグッパー。咄嗟にチョキを出してしまった者が居た。勇太だ。
「佳穂……そりゃないよー」
「フフフ……」
「憂……よく……出せたね」
「憂ちゃん遅れたらどうしてたのよ?」
「あるあるだな」
「やり直し。他の人が遅れたらその人に決定してた」
「時々やっちゃうよね」
「勇太はんの負けでええんですよね?」
「じぶんで――びっくり――」
勇太はラムネのカレー味を何粒か纏めてひと口ぱくり。
「カレー味にラムネの甘さが相まってこれは何とも……」
「……まずいんですか?」
「まずい!」
「「「あはははは!!」」」
罰ゲーム付きのゲームは進んだ。奇妙な菓子の評判は悉く悪い。
康平の罰ゲームは実に9回中4回を数えた。8人の勝負でその回数は実に多い。確率異常とも謂える。持っているやら、持っていないやら微妙なところだ。
そんな康平を憂が羨ましそうに見ていたが気のせいだろう。
「――やった――」
佳穂は持ってきた謎お菓子たちは11個だった。その10個目。ついに憂が敗北した。千晶とのタイマンじゃんけんに負けた時、口を突いて出た言葉がコレだ。
「「「…………」」」
「嬉しそうだね」
「うん」
「全部、試食して貰えば良かったんじゃね?」
それを言ってしまうと元も子もない。
憂は千穂に封を切ってもらうと、キャラメルヨーグルト味を口に入れる。
もぐもぐすると表情筋が緩んだ。
「――おいし――」
「旨い……のか?」
「俺、試してぇ……」
「キャラメルにヨーグルトはありでしょ?」
「無いですわぁ……」
「ちょっと1つ」
「あ! 佳穂ずるい!」
キャラメルヨーグルト味を佳穂が1つ試食した。主催者権限を振りかざした横暴である。
「あ! これホントに美味しい!」
「え!? マジで!?」
「私も1つ……」
「オレ、このゴーヤクッキーに興味が……」
「ウチはこれに興味あります……」
「キャラメ○コーンメロン味。勝負だ」
そして混沌へ……。
「うっわ、これまっじぃ!!」
「美味しい! びっくり!」
「お前ら健太さんを混ぜろー!!」
「あたしらも混ぜろー!」
「ラムネカレー味。これはダメですわぁ……」
「いける。嘘つきがいた……」
「佳穂? どうするの? 大混乱だよ?」
千穂が収拾の付きそうに無い状況を見て問うた。お菓子たちは、もはや誰の手に何があるのやら判らない。クラスの至る所に散っていった。
「ん? こうなるの分かってた。時間無いし、いいんじゃない? 楽しめたし」
「あんたらしいね。圭佑くんと凌平くんが混じってこなかったのが残念ってところ?」
2人をちらりと見ながら、千晶が少し小声で聞いた。
「ま、ね。せっかく拓真くんも勇太くんも付き合ってくれたんだけどなぁ……」
「……で、それどうするの?」
千穂が佳穂の手の中のプリン味の例の物を差す。
「これ? 憂ちゃん……どうぞ」
憂の顔が喜びに包まれる。佳穂はこの為にポテチのみ確保していたらしい。
「――ありがと」
「すっごい興味ありそうだったからね?」
憂はそのポテトを小さな口に入れ、パリポリと噛み砕き、柳眉を顰めた。
「――まず!」
飲み込んだ後でべーと小さな舌を出した。
「憂……まずいって感覚あったんだ……」
千穂の言いたくなる気持ちは分かる。いつも『――おいしい』と、相好を崩している印象が強い。
「……だね」
どうやら千穂だけでは無かったみたいだ。
キーンコーンカーンコーン……。
5時間目の始業の鐘と同時に利子が現れる。
プリン味の例のヤツは、まだ残っていた。誰しも1枚食べてリタイアしてしまう為だ。
利子は教卓に付くと鼻を鳴らした。
「……何? この匂い……」
5組内には不思議菓子たちの匂いが篭っていた。
利子はキョロキョロと周囲を伺うと、その目が佳穂の持つ袋で止まった。
「リコちゃん! これ、食べてみて!」
本来ならば叱らなければならない状況だろう。しかし、クラスのほとんどが期待に満ちた目をしていた。憂も、その中の1人。
利子は佳穂まで歩みを進めると、一枚、手に取り口に含んだ。
……固唾を呑む生徒たち。
パリ……バリ……と、それの砕ける音が漏れる。
「……まず!」
「「「あははははは!!」」」
クラスの至る所で笑声が沸き起こる。だが、その笑い声はすぐに止むこととなった。利子が2枚目に手を伸ばしたのである。
「んー! 何これ! まっずい!!」
「…………リコちゃん。気に入ったならどうぞ……」
「え!? ホント? ……じゃない、佳穂さん! お菓子は休憩中に食べ切るか仕舞っておくかして下さい! これは没収しておきます!!」
……利子はどうやら、ごく稀に見られる『まずい物を食べるとヤメられなく人種』のようだ。足裏の匂いフェチなどと似ている人種だ。互いに否定し合うと思われるが、似ていると感じるのだから仕方がない。
かくして、プリン味のモノの入った袋は没収と相成った。
ソレのその後の……利子の後の行き先は不明のまま、クラスの生徒たちは忘却していったのであった。