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52.0話 女バスのプライド

本日2話目の投稿です。

読み飛ばしにご注意下さい。

 


 ピィィ!!


 前半終了しちゃった。強すぎない? 女子バスケ部。

 女子バスケ部でいいよね? 3年7組って言うより、そっちのほうが分かりやすいから。その強い女子バスケ部にしっかりとリードで折り返してくれた。さすがだね!


「みんなお疲れ! 前半リード! ナイスゲーム!」


 あたしは声を出す。こんな事しか出来ないから。

 この佳穂さんが何も出来ないなんて。レベル高すぎるよ。この試合。



 はぁ……。



 はぁ……。



 男子5人の荒い息遣いと大粒の汗。


 格好いいね! スポーツ少年たち!


 たった5分のインターバル。2千は、かいがいしく彼らにタオルを渡したりと動き回る。気の利く2人は偉いね。


「後半開始……。梢枝さん、佳穂ちゃん、千晶ちゃん、よろしく……。あと、僕と渓やん」


 呼吸を整えながら、きょうちゃんが指示してくれる。


「おっけ! 任せて!」

「……はい!」


 ……ま、そうなるよね。前半、あたしたちが出場したのは4分ずつくらい。あたしが5分。千晶が4分弱。千穂が3分ってところ。


 あたしたちが入ると完全に足手まとい。4人対5人の戦いになっちゃうからねー。


 はっきり言って、すっごい悔しい。


「でも、あたしと千晶が一緒に入って大丈夫なの? 一気に逆転されちゃわない!?」


 ハイスコアのゲームで、リードは7点。相手のファイブポイントシュートがやばい! 反則だよ! あれ! 3-7だけはちゃんと3点とかなんないワケ!?


「拓と勇太を休ませて、インサイドを空けてあげるよ。それなら一撃5点は防げるからさ。みんな、とにかく3P(スリーポイント)ラインの外からのシュートをチェックして」


「了解!」って、あたし。

「はい!」って、千晶。

「わかりました……」って、梢枝さん。

「よっしゃ!」と、康平くん。


「やっと休憩か。きょうちゃん、オレらブランクあるのに容赦ねーから」

「あぁ……マジでな」


 2人は、ほぼ出突っ張り。頑張れ高身長コンビ!


「後半から敵さんはレギュラー中心ですねぇ……」


「……え? マジで?」


 康平くん。激しく同意!

 梢枝さん……その情報、要らないかもです。


「マジだよ。さ、行こっか。勝たないとね!」


 きょうちゃん。格好いいかも……。










 ……後半は、前半と打って変わって、ロースコアゲーム。


 強いな……。拓真くんと勇太くん下げて、インサイド空けた途端にカットインに切り替えてきた。佳穂も千晶も狙われて、何度も突破を許しちゃってる。ファールするより、その方がいいんだけどね。


 5組は渓やん(圭佑くん)のインサイドと、京之介(けいのすけ)くんの3Pシュートで対抗してるけど、インサイドを攻める女バスさんより率が悪い。圭佑くんが何とかインサイドで決めても2ポイントだし。相手が佳穂も千晶も、ほとんど無視して守ってるから……。


 あ……。また千晶のところから……。


 これで逆転……。逆に1点差……。


 時計は……5分経過した!


「先に出る」


「うん! お願いします!」


 拓真くんと佳穂がハイタッチしてチェンジ。これで立体的なバスケが出来る!

 前半のリードはこれが出来たから! 拓真くんはダッシュしてゴール下に!


 拓真くんが高い位置で圭佑くんのパスを受ける! ブロックは届かない! 入った! 再逆転!


「インサイド締めてくよ!」


 京之介くんの言葉に、みんなが力強く返事! 拓真くんが入って元気になったね!


 相手の3Pライン外からのシュート……落ちた!


 拓真くんが入ると、インサイドが強化させるし、落とせないってプレッシャーが強くなるよね。ナイスリバウンド! 行ける! この試合!!




 それから少しして、千晶が駆け寄ってくる。リードは3点。


「千晶! お疲れ様!」

「千穂ー! いじめられたー!」

「はいはい! 後で聞いてあげるよ!」


 ハイタッチしてチェンジ。もう1組。梢枝さんと勇太くんがチェンジ。


「みんな! フォローお願い!!」


 私のザルなディフェンスが狙われるのは分かってるから。


 あれ? 相手もメンバーチェンジしてるね。キャプテンマーク付いてるぅ……。


 やっぱりきたぁ……。私の目の前。


「千穂ちゃん! 距離詰めて!!」


 あ! 3P!? 打たれた……。



 ばしゅ。



 ……今ので5点。卑怯だよ。逆転されて更に2点差。


「どんまい! 次からチェックしてこ!」


「はい!」


 私は攻撃には参加しない。私が何とかできる相手じゃない。センターライン付近で待機。


 遠いゴール前では立体的なパス回しから、京之介くんの3Pシュート!


 ……落ちた! あ、相手ボール……運が悪い? 違う。拓真くんにも勇太くんにも相手ディフェンスが体を寄せてる。リバウンドの範囲を狭めたんだ……。


 ……え!?


 ロングパス!? 速攻!?


 獲れる!!


 私は走る。ボールの軌道に向かって。


 ジャンプ!!


 ばち!


 手に当たった! ボールは!? あった! 相手()の5番が突進してくる。

 先に獲れる! ボールを取って停止! 5番も急停止! ……止まり切れない?


 ……一歩前に。また停止。衝撃に備えて。



 どん!



 痛い……。吹き飛ばされちゃった……。



 ぴぃぃ!



3-7()5番! チャージング!!」


「――千穂! ――ナイス!!」


 ……え!?


 よく通る澄んだ声……。声の発生源を探す。


 憂だ! 憂が来た!



 5組のベンチに居たのは、車椅子に座った憂。その後ろにはリコちゃん先生。


「「「わぁぁぁ!!!」」」


 大歓声……。憂の姿に気付いた人と、自惚(うぬぼ)れかも知れないけど……私が体を張った事に対して。私、下手だけどルールだけは知ってるから。


「もう! 何なの! この子!?」


 5番さん。ぶつかってきたのは貴女です。ぶつかってくれると思って一歩前に出たんですけどね?


「1年生に怒鳴らないの! 先輩らしくしなさい!」


「……ちゃこ」


「ごめんね。キミ、ファール狙ったよね?」


 手を差し伸べて下さった大きな先輩。キャプテンマークの人。


「ルール詳しいんだね。それに見掛けによらず根性あるし」


 先輩の手を取って立ち上がる。


「ルールだけは知ってるんです」


 スポーツ少女らしくベリーショートな先輩は、にっこり笑って下さった。


「キミのプレーで同点だね。負けないよ。憂ちゃんには悪いけどね。女バスのプライド掛かってるんだから」


 言いたいこと言うだけ言って、ディフェンスに戻るその先輩。


 根性ある? 無かったよね。私。

 憂の為に……って、必死なだけ。

 私も……変わってきたのかな?


 今はケガなんか、全然怖くない。不思議な気分……。








 ゲームは進行する。


 千穂が体を張り、ファールを誘って2点。折角、同点にしたものの、そこから3-7の3Pならぬ5Pシュートがスパスパと入り始めた。

 いくら空中戦を制し、ゴール下からの得点を積み上げても2点。点差は、あっと言う間に開いていった。その点差は14点。


 渓やんのイライラが限界に達し、女バスの3Pシューターに厳しいディフェンスをし掛け始めた。ファールを辞さない構えだ。


 そんな時だった。


「たにやん――カッカしない!」


「おちついて――まもって――!」


 良く通る澄んだ声。平常よりもスムーズに発された言葉は、半ば無意識だったのかも知れない。歓声の中でも、憂が張り上げた声はしっかりと響いた。

 大体育館の中だけでは無く、おそらく出場メンバーの心にも響いた。


「拓真――勇太――インサイドしめて――!」


 如何な全国トップレベルの女子バスケ部でも、全員が3Pを高確率で決められる訳では無い。きょうちゃんと渓やんが冷静に3Pシューターに対応し直すと、3-7……。女子バスケ部の得点は伸び悩み始めた。


「千穂は――あし――つかって――!」


「ただで――うたせない――!」


 憂の指示の下、再び点差を詰め始める。



 千穂の出場時間が10分に達すると即、康平と入れ替わる。


 残り4分。得点は8点のビハインド。

 ここに来て、5組は戦力的にベストメンバーとなった。


 男子5人を揃えたディフェンスは、女バスの攻撃の手段を切り取った。

 苦し紛れに放つ3Pシュートはリングに弾かれ、勇太ないし拓真の手に収まった。

 攻撃では確率の下がるアウトサイドのシュートを捨て、高さを活かした勝負に徹する。


「――2点ずつ――かくじつに――!」


 ベンチの横。車椅子に座り、声を張り上げる憂の指示だ。

 その憂に応えるように勇太がこの日、2度目のダンクを捻じ込む。


「――勇太――」


 憂は驚きに固まり、その直後、「――すごい!!」と、弾ける笑顔を見せた。



 残り1分と少々。点差は2点。逆転が現実になってきた時だった。

 相手キャプテン、女バスの中心選手。ちゃこと呼ばれる少女が3Pラインから1mほど離れた位置で苦し紛れに放ったシュートが、リングに(かす)りもせずゴールネットを揺らし、5点を加える。


 ……残り1分を切る。


 憂は梢枝を呼び、何やら耳打ちする。


「フェイク――カットイン――ファールを――」


 梢枝は顔を近づけた憂に、赤面しながらもしっかりと頷く。


「ちゃこぉぉぉ!!! あんた凄いよぉぉぉ!!」


 女バスキャプテンのちゃこは、ハグに来たチームメイトであり、クラスメイトである仲間を制し叱咤激励する。


「まだ……。終わって……ないよ! ディフェンス1本!!」


 ちゃこは息も絶え絶え、ディフェンスへと駆け出す。


「――康平――梢枝と――!」


 即座に康平と梢枝がハイタッチし、チェンジする。


「外からだけは打たせないよ! インサイドは捨てて!」


 ちゃこのディフェンス指示に女バスが反応。散開した。


 ボールを受けた梢枝が3Pラインの外側からシュートの体勢に入る。しかし、シュートは放たれない。フェイクに掛かった6番の脇をすり抜け、梢枝は切り込む。梢枝に5番が反応し、レイアップシュートを防ごうと同時に跳ぶ。


「撃たせて!!」


 ちゃこの声は届かなかった。

 焦った5番のディフェンスはまともに梢枝と衝突した。5番の体力も削られていたのだろう。


 ……更にそのシュートはリング上をクルクルと周る。


「「「あぁぁ……」」」


 梢枝のボールは惜しくもゴールに嫌われた。

 しかしシュート体勢の梢枝へのファールによる3点と、更には5組のボールで試合再開。残り20秒と少々。点差は4点。


「憂さん、ごめん!」


 梢枝の謝罪が響く。憂から授けられた作戦は最後の瞬間に崩れ去った。5点を狙うと見せかけ、切り込む。焦った相手からファールを誘い、一気に1点差に詰める。ファールにより、ボールは5組のスローインとなる。バスケの事になると良く頭が回るようだ。

 言葉の足りない憂の指示を理解し、実行した梢枝も流石である。


「ディフェーンス!!! 梢枝(10番)にダブルチーム!!」


 ちゃこの怒声に反応し、梢枝へのパスコースが塞がれる。点差は4点。梢枝の3Pエリアからのシュートしか逆転……いや、同点の可能性すら無い。


「――みんな!!」


 高く澄んだ声に5組の出場メンバー。拓真と勇太。渓やんときょうちゃん。そして、梢枝は憂を見る。


 憂は、左手の拳を突き上げ、親指を立てていた。水曜日の試合中、渓やんが見せたサイン。それは優として最後にコートに立った試合に於けるサイン。優たち5人で戦った最後のサインをあの時、渓やんは見せていたのだ。


 ―――『スクリーンを仕掛け、フリーを作り出せ』


 そのサインに元チームメイトの男子は動き始める。

 そして、梢枝もまた反応した。


 梢枝だからこそ、1度見ただけの、そのサインを理解し反応できたのだろう。


 拓真と渓やんが自身の体で壁を創り上げ、その間を梢枝1人が擦り抜け、同時にきょうちゃんのスローインが梢枝に入る。


 残り10秒。動揺する女バス4人(・・)。3Pエリアからのゴールが決まれば即座に逆転である。



「ごめんね!!」



 ちゃこが梢枝に体を思い切り寄せ、激突する。



 ピィィ!!



3-7()4番プッシング!!」



 ボールは転々と転がる。5組のスコアボードに2点(・・)が加点される。ファールで時計は止まらない。余りの事態に5組の誰1人反応できない。憂も黒目がちな目を見開いた。



 ピィィィィィィ!!



 無情にも試合終了を告げる長いホイッスルが吹き鳴らされた。


 5組の出場していたメンバーは、がっくりと膝を付き、或いは仰向けに寝そべり、悔しさを表現する。


 ひと時の静寂を越え、激しいブーイングと僅かな歓声が会場を支配した。

 観客もなかなか理解が及ばなかったようだ。時間を掛け、1-5の敗戦と最後のワンプレーで何が起きたかを理解すると、その遣り方に怒りを露わにしたのだ。


 止まないブーイングの中、両チームは整列を促される。



 肩で呼吸をする最後に出場していた9名と、ラストのみの出場の為、息は乱れていない梢枝が整列する。

 試合終了時、ベンチに座っていた者たちも整列。

 その中に小柄な少女に車椅子を押された、もうひと回り小柄な少女が混じる。


 パジャマ姿にカーディガンを羽織り、右の足首をギプスで固定された少女。

 少女は車椅子を押していた少女の手を借り立ち上がると、全員が揃って一礼した。1-5のほとんどのメンバーは悔しさを隠さず、もう一方の3年生は、ほとんどの者が複雑な心境をその顔に宿していた。


 顔を上げると、小さな小さな少女は笑顔を見せ、握手を交わしていく。

 車椅子の少女は、その最後に青チーム……3-7のキャプテンと握手を交わした。


 世の不幸を一身に背負うが如き美少女。

 その少女の晴れ晴れとした笑みと握手。


 次第にブーイングは収まり、盛大な拍手を背中に受けつつ、5組バスケ代表は試合会場である大体育館を後にした。




 ちゃこは卑怯な勝ち方をした自覚があった。全ては蓼園学園高等部女子バスケットボール部の誇りを守るために。

 ところが、この1年生への勝利は、今まで積み重ねたいくつもの勝利の中で、最も後味の悪い勝利だった。

 あの時、5点を狙うだろう梢枝(10番)にブロックに行くほうが、後味は良かったのかも知れない。撃つと判っているシュートを止める自信もあった。だが、それは逆転の可能性を生む行為となる。

 彼女はその逆転を芽を確実に摘む方法を実行した。変則のルールを最大限に活かし、ファールで試合を終わらせた。


『ごめんね……』


 握手の際、浮かない気持ちで少女に謝った。


『ないす――げーむ――ありがと――』


『でも……』


『つよいほう――勝った――それだけ』


 そう言って、はにかんだように笑う儚い少女に、ちゃこは救われた気持ちとなったのであった。





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