5.0話 友人たちの安堵
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今日は6.1話まで投稿します。たぶんじゃなくて投稿します。
利子は憂の自己紹介が終わり拍手が止むと、少女に寄り添い、空いている席の1つに案内した。
空いている席は全部で9つあった。1クラスの定員は40名である。転室の為に4月のクラス編成時には、そんな人数なのである。そこから40名近くに増加していく。つまり編成当初に比べ、年度末にはクラスの数自体が減少している。
これもこの学園の名物だ。評判の悪い教師のクラスは、クラス自体が消滅してしまうのだ。教師には恐ろしいシステムだろう。
空いている9つの席。その中で利子は憂を窓際2列目の後方2列目に案内した。これは当初の打ち合わせ通りだ。利子にバレると言うアクシデントがあったものの、元々この席に案内するよう指示を受けていたのだ。
何かと面倒見の良い漆原 千穂に、憂をしばらく任せると言うのが大義名分であった。
予想通りに不満の声は聞かれた。しかし憂を教室に入室させた後、千穂が一番に声を上げた事。そして憂が『立花 憂』である事を理由に強引に押し切った。立花 優と漆原 千穂が付き合っていた事は有名な話だったからである。
これで憂と憂の事を知っている3名が一緒になった。
この1ヵ月を振り返ってみよう。
―――本居 拓真と新城 勇太の2名はクラス編成当初、窓際前方に陣取っていた。窓際最後列の特等席をしれっと確保したのは千穂とその友人2名であった。
だが、拓真と勇太。優の親友コンビは大きい。身長的にである。
後ろの生徒たちの邪魔になった彼らは、自然な形で最後列に回った。後ろに回った彼らに押し出される形で、窓際の生徒たちは1つずつ前に移った。そうして、知っている3名はごく自然に合流した。千穂の隣も元々は彼女の友達が座っていたが、拓真と勇太の存在感に気圧され、千穂の前に移った。
これは計算されていた事であった―――
席が決まり、小さな憂が着席すると、千穂が当たり前のように挨拶した。何気に憂の足は踵が届いていない。ぶーらんぶーらんさせ、所在無げだ。ちなみにコレはこの日の内に椅子を下げることで解決している。
「千穂です。憂ちゃん、よろしくね」
そのひと言を切っ掛けにまた混沌が始まる。どうにも落ち着きの無いクラスである。
「憂ちゃん、可愛いね。千晶です。よろしく」
「勇太だ。よろしく!」
「あたし佳穂! 憂ちゃん、愛してます!」
「憂さん、よろしくー」
「本居です。立花さん、よろしく」
「ちょ……おま……拓真! 硬いぞ! 緊張してんのか!?」
「おーい! お前らずるいぞー! 健太くんですよー!!」
「憂ちゃん、はじめまして!」
「緊張? んなもんしねぇ……」
「健太! うるさい!」
利子は頭を抱える。なんで私のクラスはこうなのかと言わんばかりだ。気持ちは分かる。
「はい! STOP!!」
暴走挨拶をとめる為、声を張り上げたのは千穂だった。
その涼やかな声で教室を静かにさせ、ふいっと憂に視線を戻す。
その美少女の表情を見て、早速とばかりに声を掛けた全員が反省した。猛烈に反省した。
明らかに困っていた。物凄ーーく困った顔をしていた。若干、涙目なほどだ。
千穂が担任に申し出る。
「先生? まだ時間ありますよね。申し訳ないんですけど……残りの時間を立花さんへの質問タイムにできませんか?」
願ったり叶ったり。利子にとって、渡りに船の提案だった。元よりその時間に充てるつもりだった。2時間目が終わった瞬間に、憂が大勢のクラスメイトに取り囲まれるのは、目に見えているからだ。
「そうですね。漆原さん、提案ありがとう。それじゃあ、席のご近所さんから順番に自己紹介と質問を……って形でいいですか?」
「OK!」
「健太! 変な質問しないのよ!」
「それじゃあ、言い出しっぺの私から……」
外野(主に健太)の声をスルーし、千穂が手を挙げる。
「うわ! なんかずっこい!」
「何気にちゃっかりと良いとこ持ってくのが千穂だよね」
「こほん!」
前の席の友人2人を咳払いで牽制すると、隣に座る憂に座ったまま、話しかける。立つと見下ろす形になってしまうからだろう。
「漆原……千穂です。はじめまして」
憂は小首を傾げ、少し思案した後、笑顔を見せた。窓際の千穂を見ながらの笑顔だった為、ほとんどのクラスメイトはその笑顔を見られなかったが、千穂の友人2名は釘付けだ。どうやら見惚れているようだった。
「――千穂――はじめまして」
この場の利子を含め、知っている4名は内心、胸を撫で下ろした。ここで、『ひさしぶり』とでも言われたら全てが台無しになっていたところだ。
憂もどうするべきかしっかりと理解出来ているらしい。
「質問は……とりあえず1つだけ……ですよね?」
「そうですね。時間にも限りがありますので」
「えっーと……」
千穂は顎に手をやり、少し悩んだ後に質問した。
「憂ちゃん……何歳?」
「「「「…………」」」」
そこそこ静かだった教室内。それが彼女の問いを機に不気味なほどに静まり返った。ビデオカメラを回し続ける女生徒とジャージ上下の男子生徒が、ぶふっと咽ただけだ。
「うわー。久しぶりに天然さんなとこ見た」
「うん。懐かしい感じだね。こんな千穂」
小声で話す友人2人に、千穂が何か物申そうとした時、憂が口を開いた。
「――じゅうよん――さい?」
ほら見なさい! ……と言わんばかりのドヤ顔の千穂がそこに居た。
「ほら見なさい! ちっちゃすぎるし、同い年に見えなかったんだよ?」
「ちょ! ちょっと待って! 憂さん!」
思わず口を挟んだ利子は、思い出したかのように、ゆっくりと言い直す。速い言葉は理解が追い付かないと言う主治医の言葉を文字通り思い出したのだろう。
「……立花さん……あなた……15歳よ」
続けて周囲を見回し、改めて宣言した。
「たしかに15歳です。今日、公式書類で確認しました。間違いないです。長い間、意識が無かったそうなので、混乱しているのだと思います。たしかに15歳ですよ! 立花さんは15歳です!」
大事な事なので3回言ったようです。いや、3回言ったようだ。たしかに高等部にいるのであれば15歳だろうと全員が納得する。不満そうなのは千穂くらいなものだ。
利子が何か言いたそうな顔で千穂を見ていたが、千穂本人は気付いていないようだった。君は『知って』るはずでしょ!? ……と云った処か。
「それじゃ、次、俺いきまっす!」
物凄く長い手が挙がった。彼は学年で最高身長なのだ。
「オレ……新城……勇太……。俺……自分より……小さい人の……「長い」
隣の拓真がひと言で勇太の言葉を遮ると、突然、憂の頭をよしよしと撫でた。撫でながら反対の手で勇太を指差しながら言った。
「これ……こいつの……癖。悪気は……ない」
効率主義者である拓真らしい行動だった。
「こらぁ! てめー!」
「さわったー! 拓真くんずるい!」
周囲の生徒が批難の声を上げるが、その手は頭の上に置かれたままで離れない。
しばらくされるがままだった憂も表情を変える。目を細め、歯を噛み締めている。白く小さい綺麗な歯が見えている。怒ったらしい。
両手で拓真の手を掴み、自分の顔の前に誘導する。そして、小さな口を精一杯開く。
「うぉ!」
慌てて手を引く拓真。噛み付きにきたのだ。
「「「「おおぉ……」」」」
ざわめく教室。拓真は憂の予想外の行動に驚き、納得する。
(そういや、こうなる前も力じゃ勝てんから噛み付いてきてたな……)
憂と拓真は初等部の時、ほぼ同時にバスケを始めた。拓真が始め、幼馴染の優が追いかけたのだった。そこから一気に拓真の身長は伸びた。今では180cmを超えていると思われる。対して憂は160cm手前で伸び悩んでいた。腕力でも勝てなかった為、結構な力を入れて噛み付いてきていたのだった。ちなみに勇太は更にでかい。
懐かしさが込み上げてきたようだ。彼は、これまで憂の変化に激しく戸惑っていた。亡くなったと思った幼馴染であり親友である優が性別を変え、少女となって帰ってきたのだ。当然だと云えるだろう。
その戸惑いが、今の遣り取りで若干、薄まったのかも知れない。優が帰ってきたと言う実感を、ようやく得たのであろう。少し涙目で憂を見詰めていた。
「あぁ。じゃ、次は俺。本居……拓真……。こいつの……保護者」
「おい! オレは終わりだったのか!? まだ質問してねーぞ! あとこいつってなんだ! 保護者ってなんだ!」
勇太が抗議しているが、拓真はすぐに自身の紹介を切り上げた。現時点での長い会話は危険だと判断したようだ。憂がボロを出す恐れがある。
憂は「あはは」と声を上げて笑っていた。言葉が少なめの効率主義者である拓真は、憂との会話の相性が良いらしい。実際に冗談も理解している様子だ。
そして3名……いや利子を含めた4名は内心、胸を撫で下ろしたに違いない。久しぶり……と言う最悪の流れが回避できたからである。他の優を知る元クラスメイトや元中等部バスケ部員は憂に写真を見せた上で、憶えていない事が判明している。
「それじゃ、次はあたしね!」
憂の前に座る、如何にも活発そうなショートカットの少女が名乗りを上げる。座ったまま大きめの声で話す。どうやら千穂の時から、その流れで決まったらしい。
「……大守……佳穂。憂ちゃん……愛してます」
唐突に愛の告白が始まった。皆、質問はどうしたのだろう。アピール合戦へと突入している。
教室内は微妙な空気だ。スルーするべきか非難するべきか、迷いが感じられる。そんな周囲を他所に佳穂は更に続ける。
「ひと目惚れです」
佳穂の表情は真剣そのものだ。何故か冗談には見えない。いや、本気なのか?
憂の顔色が真っ赤に変化した。俯いてぷるぷる震えている。
「はい。告白はまた今度ね。次の人」
利子は笑顔で切り捨てた。賢明な判断だろう。担任の先生に促され、千穂の前の少女が言葉を発した。佳穂の告白は無かった事になったようだ。
「山城……千晶……。誕生日……教えて?」
「――7月――7日」
千穂以来の質問だった。その質問に憂はすぐに答えた。どう言う基準か解らないが時々、反応の早い憂なのである。
利子は気付かなかった様子だが、これは危険な質問だ。元カノと親友2人の目が泳ぐ。誕生日が憂と優は当然ながら一緒だ。小細工はしなかった。憂の混乱が目に見えていたからである。
優と憂が同一人物と言う真実は、いつかは公になる……と、主治医の島井は言った。だが、出来るだけ遅らせたいとも語っていた。
遅らせる事に何の意味があるのか3人には分からなかった。
遅らせたいのなら、優を知らない生徒を集めた方がいい。むしろ他校でも……と思いをぶつけたのは拓真だった。島井から、その答えは貰えなかった。ただ、優さんの為……とだけ言われた。納得はいかなかったが、引き下がるしか無かった。事故後の優の事は、自分たちよりも主治医の島井の方が詳しいのである。
「7月7日ね。ありがと」
千晶は手帳にメモしていた。千晶だけではなく、多くの者が手帳なり、スマホなり、ガラケやノート、果ては掌にメモしていた。7月7日はえらい事になりそうである。
「はい、次の人……」
いい加減、長くなるので中略させて頂く。
結局、時間が足りず全員が自己紹介と質問orアピールを済ませる事は出来なかった。
その中で気になった質問をピックアップしておきたいと思う。
「気にしてたらごめんだけど、身長は?」
「137cm」と憮然として答えた。
「好きな人は?」
この質問には答えず、千穂をちらりと見た。
「得意な教科は?」
「体育――だった――」と寂しそうに答えた。
「好きなスポーツは?」
「――バスケ」と俯き、鼻を啜った。千穂がハンカチを手渡した。鼻をかむような真似はしなかった。
「スリーサイズは?」
質問した少年は背後の女生徒に本気のグーパンチを喰らった。
憂が笑顔を見せ、先生を含めた全員が見惚れた。
「学校に戻った気持ちは?」
「――――うれしい」と、満面の笑顔を見せながらも頬に涙が伝った。
こんな所だろうか。泣いたり笑ったりと忙しすぎと思うかも知れないが、憂は感情のコントロールに難がある。これも後遺症の影響らしい。感情にストレートな上に起伏が激しいのである。
以上で憂たちにとって長い、クラスメイトには短い2時間目が終わったのだった。