49.0話 守護神
予選リーグ第2戦。8組との試合。
前半7分が経過してロースコア……6-8……負けちゃってる。
でも仕方ないよね?
憂の『次の試合では、ちゃんと点を取る』って、宣言を受けた京之介くんは散々、悩んだ結果、結局、同じスタメンで臨む事で落ち着いた。
私もそれで正解だと思う。
憂がゴールを決めたい以上は、どうしてもリバウンドの機会が増えちゃうからね。拓真くんと勇太くんのツインタワーは必須。それに康平くんと梢枝さんは、憂の為なら何でも出来る人たちだから。
ぴぃぃぃ。「5組9番イリーガルスクリーン!」
……これで6-9。イリーガルスクリーンって言うのは、スクリーンのエラーみたいなヤツ。ブロッキングの一種って感じ? 相手選手の進行を不当に妨げるファール。
スクリーンを仕掛けてる時は動いたらダメなんだ。
憂のフリーを作り出す為に、ブロッキングとイリーガル・スクリーン多発中。
それでも点差が離れないのはさすがだよね。憂は相手ゴール下に張り付いてるから4人でディフェンス。それでもゴールは2本しか許してないんだよ?
ぴぃぃぃぃ。「5組9番ブロッキング!」
「あー! 康平くん! また! これで6対11! 千穂!? これって大丈夫なの!?」
……なんで私に聞くのかな?
目が肥えてる自信はあるけど、すぐ近くに現役のバスケ部員が居るのに。
「試合自体は余裕だよ? いざとなったらベストメンバーで戦えばいいんだから。それにね。序盤で本気出して、点差を開いてから憂に決めさせようとすると難しいよ? 1組戦と同じようになっちゃうから……」
ほら。相手の守備。憂には、ある程度打たせてあげるよ……って、ディフェンスしてるでしょ?
「分かるんだけど……分かるけど、あたしプレッシャーに押しつぶされそう!」
「佳穂がプレッシャーなんて感じる事あったんだ」
「千晶ー!!」
うるさいなぁ……。もう。
……あれ? 憂がフリースローラインのちょっと内側まで、ポジションを下げた。
あそこからじゃ、なかなか届かないんじゃないかな?
「憂! お前! ローポ入れ!」
拓真くんが慌ててる。
……ローポ。
ローポはローポストの略。ゴール下の事だよ。憂が今、居るところはハイポスト。そこでボールを持った選手はローポに繋いだり、外に振って3P狙わせたり……。他にもシュート打つか、切り込んでレイアップシュートに……。
……もしかして……。
その憂に康平くんのパスが入る。
「康平! お前! 馬鹿!」
勇太くん、何気に年上に酷い……あ!
憂のドリブル! 2試合目にして初めて!!
ディフェンダーを迂回しながらゴールに進む。利き手じゃない左手で器用にボールを扱って。鋭い動きじゃないけど、やっぱり巧い。今週の体育の授業中、私たちに教えながら、左手で扱う練習してたもんね。小さな左手でのドリブルにも最後には慣れてたみたいだし。姿勢が低いからディフェンス難しいよ。あれ。
「やべぇ! 梢枝さん、頼む!!」
憂は付いてきたディフェンスを引き連れたまま、レイアップシュートの体勢に。ちゃんと着地できるの!?
憂が左足で踏み切る! ディフェンダーは憂に遅れて後ろから追随のジャンプ!
今までで一番ゴールに近い位置からのシュート。レイアップシュートの基本は『ボールをゴールの上に置く』だけど、少しゴールへ投げ気味。ディフェンダーの手がボールへと伸ばされ……バランスを崩して憂と接触……。
憂はそのまま着地して、その先で梢枝さんが受け止め、2人とも倒れ込んだ……。
……憂は……大丈夫……?
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
2人が転倒した直後、耳をつんざく大歓声。
大歓声の中、スタメン男子3人が憂と梢枝さんに駆け寄る。
その様子を見たのか、一転して静まり返る体育館。
拓真くんがしゃがみ込んで、何か話し掛けた後、憂は康平くんの手を借りて、立ち上がった。
憂に続いて、梢枝さんも立ち上がる。
体育館は、ざわめきと歓声と拍手でごちゃごちゃ。
「憂ちゃん……いい笑顔……」
「ホントだね……」
……佳穂と千晶がうらやましい。少し目が悪いから、私には憂の細やかな表情までは見られない。笑顔なのは分かるんだけどね。
それから、すぐに佳穂と憂が、千晶と梢枝さんが交代した。
「ひりひりしますわぁ……」
梢枝さんは右肘を床に擦って、火傷っぽくなって擦りむいてた。……痛そう。
「――梢枝――ごめん――ありがと――」
「……ええんですよ」
そう言って、優しく憂の頭を撫でる梢枝さん。さすがに憂はされるがまま。負い目があるもんね。
「梢枝さん。自分で後ろに飛ばなかった?」
京之介くんの指摘に「忘れましたわぁ……。夢中でしたし……」だって。
たぶん、嘘。
梢枝さんは憂の小さな軽い体を受け止められたはず。でも、それだと憂に衝撃が……。だから、自分で後ろに飛んで衝撃を緩めた。怪我もかえりみずに……ね。
……やっぱり凄い。梢枝さんは。
「さっきの憂さんのゴール……ファール付きで6点ですねぇ。憂さん……逆転です……憂さんの……ゴールで」
途中から、憂対応の話し方に変わったね。
――――。
「――ゴール――うれしい――」
はにかみながら笑う。
「わがまま――きいて――ありがと――」
そう言ってしばらくすると、今度はポロポロと涙。
「ええんです……やりたいように……やれば……」
憂をそっと優しく抱き締める梢枝さん。
……なんかキレイ。ずるいなぁ。梢枝さん、手が震えてるよ?
「千穂ちゃん! 交代よろ!」
「え!? あ! はい!!」
勇太くんの声にびっくりしながらハイタッチしてコートに。いつの間にか10分経過してたんだね。
スコアは……20-13。憂のゴールで12-11だったよね? さすがだな。気楽に行けるよ。
「はい! 千穂! ボーッとしない!」
ボール飛んできた!
「きゃ!」
ぴっ! ……短い笛。
……避けちゃった。
「もう! 何やってんのよ!」
「ごめん!」
「あはは! どんまい! 落ち着いて行こう。十分、勝てる相手だから」
……京之介くんって優しいよね。今まで、ほとんど話した事無かったけど、バスケに一生懸命で優しくて……どことなく優みたい。
「千穂ぉぉ!!」
「ごめん!」
私ってば、ぼんやりしすぎ。集中集中!
「千穂――しゅうちゅう――けが――」
……憂に言われちゃった。たしかに集中しないとケガしちゃうよね。
憂に負けてられない! 私だってゴール決めたいんだから!!
ぴぃぃぃぃ!!
試合終了。大歓声の中、体育館を後にする。終わってみれば完勝!
歓声の中で退場するのって……。
すーーっごい気ーっ持ちいいっ!!
なんて言うのかな? ヒーローになった気分?
そんな高揚した気持ちで、選手の控室でもある自分たちの教室へ。
1試合目終了後と違って結構、大勢いました。
サッカーは初戦で敗退しちゃったみたい。バスケと違って、サッカーはトーナメント方式だからね。リーグ戦なんかやってたら1日じゃ足りないから仕方ないよね。
「おぉ! バスケ組の帰還じゃん! 次から応援するからな!」
声を掛けてくれたのは健太くん。
……私も1ゴール上げちゃいました。これで2試合連続。もちろん、みんなのフォローがあってこそなんだけど、やっぱり嬉しいよね。
これで5組は2試合連続で全員得点。ツインタワーの存在が大きい。外しても何度でも拾ってくれるからね。
そんな事を話してたら、憂がひと言。
「ぜんいん――むり――」
「おとなしく――する――」
『全員得点はもう無理だよ。ボク、点を取りに行かずに大人しくしてるから』かな?
……その方がいいんだろうけどね。梢枝さんがケガしちゃった事が引っかかってるんだと思う。ちょっと寂しいかも。
すぐに梢枝さんが慰めの言葉をかけ始める。なんか、梢枝さんが変わった気がするんだけど……。前は一歩引いてたよね?
「その事なんだけどさ。次の試合、作戦変えて行こうと思ってるんだ。僕、憂ちゃんのパスセンスに期待しててさ。次の9組にはバスケ部のでかいのが居てね。ゾーンディフェンスで戦ってくるのは間違いないから」
「……でかいの?」
京之介くんの言葉を聞いて、佳穂が勇太くんを見る。気持ちは分かるけど、失礼じゃない……あれ? 失礼でも無いのかな?
「はは! 勇太ほどでかくないよ。拓くらいかな? 拓よりでかいかも。2人は憶えてないかな? 藤校に勝った試合。あの試合でスタメン張ってたセンターの人だよ」
「あー! 覚えてる覚えてる! あいつリバウンドなかなか強かったよなー!」
……私は憶えてないかな? 相手チームの人、あまり見てないから。勇太くんは憶えてるんだね。やっぱり選手目線だと違うのかな?
「……藤校か。懐かしいな」
「それじゃあ、そいつ、全国制覇のメンバーな訳か」
「いや……それがさ。あの試合でウチに負けてレギュラー剥奪されちゃったみたいなんだ。それで高等部はウチに……ってワケ。まだ控えだけど、将来的にはセンターでスタメン張るよ。勇太が戻ってこない限りはね」
「藤校って?」
「佳穂……。そこからなの? 藤校は長年、蓼学バスケ部の全国進出を阻んでる東部の学校だよ。千穂に連れられて佳穂も応援に行ったじゃない」
「あたしは千晶と違ってお馬鹿だから、記憶に無いですよぉーだ。千穂ぉー。千晶がいじめるよー?」
「……佳穂? それ、めんどくさいよ?」
「……傷付いた」
……それもめんどくさいよ?
「……話を続けてもいいかな?」
はい。ごめんなさい。
「球技大会はね。この時期だから、1年はバスケ部が散ってる。問題なく勝てる相手だよ。2年、3年はバスケ部が同じクラスに固まってるけどね。だから、今の内に憂ちゃんのPGを試しておきたいんだ」
そう言って、憂を見詰める京之介くん。
……あれ?
「憂? もうお昼ごはん?」
「はい。試合中に寝るワケには行かない言わはって、食べ始められましたわぁ。3試合目が終わったら昼休憩やさかい、すぐに眠りはるんやと思いますえ?」
涙ぐましい……は、なんか違うね。なんだろ? 微笑ましいとも違うし。適切な言葉が見付かりません。
けど、憂は憂なりに考えてるんだね。
そして、第3試合。5組は、ほぼ消化試合。9組も2連勝でほぼ消化試合。1位通過か2位通過の差だけ。
それで試合は……これまた圧勝。藤校中等部出身の現役蓼学バスケ部員の彼は、未経験者のメンバー混じりの中、孤軍奮闘。特に勇太くんには敵意剥き出し。凄い気迫で怖かった……。あの人にも色々な想いがあるんだと思う。
……けど、5組はツインタワー。1人じゃ対抗できませんでした。リバウンド数でも勇太くんの勝ちじゃなかったかな?
その……。
3試合目のスターティングメンバーは私にとって、感動だった。
きっと、拓真くんも勇太くんも同じ想い。
憂をPGに、京之介くん。渓やん。拓真くんと勇太くん。
藤校の打倒に成功した、あの優勝した春と同じメンバー。
自陣でボールを預かって、ゆっくりと運んでる憂の嬉しそうな表情が印象的だった。
でも作戦としては失敗。大失敗だったかも。
憂は瞬間的には良いパスを出す……んだけど、持続しない。相手も憂がボールを持ってる内がチャンスだと思って、憂に仕掛けてきたんだよ。
たぶん……なんだけど、憂は無意識での動きと意識しての動きに、すっごく差があってね。
とっさにディフェンスをかわす事もあれば、ぼんやりとしてる内に何も出来ずにボールを失う時があったり。きっと頭で考えて行動するとダメなんだと思う。
……なんだか、同じ顔した2人の選手がいるみたいな?
それと今までの2試合、20分の出場時間でいくらか疲れてた……のかな?
最初の2試合は、楽な相手だったけど、シュートだけはいっぱい打ってたもんね。フリーは憂が足を使って……じゃなくて、周りが頑張って作ってたんだけどね。
結局、午前中の3試合で憂が働いたのって、レイアップシュートの1発と、初戦のディフェンスだけ……だね。
悔しいのかな……?
……って思ったけど、バスケが出来ればいいみたい。
昼休憩で教室に戻った時には、にこにこしてて上機嫌だったよ。
……すぐに寝ちゃったけどね。
午後も5組は強かった。結論から言いますと……見事に1年の部、優勝!
有言実行した京之介くん、格好いいかも?
午後の2試合。スタメンは最初の試合と同じ5人。その試合から憂が5組の守護神と化しちゃった。
きっかけは決勝トーナメントの第1戦。つまり、1年代表決定戦。この試合で主審だったのはB棟の2年生女子。審判って、バスケ部の人が狩り出されてるみたいなんだよ。
その試合、憂は眠そうにぼんやりしてた。
……眠かったからかな? 無意識での行動っぽいのが増えてた。
1組との試合でしてたみたいに、サッと手を伸ばしては相手のボールを弾いてた。
……言葉が悪いけど、手癖の悪いおサルさんみたい。
そんな憂に苛立ったんだと思う。相手の選手が強引にカットインを仕掛けて……。憂は、たぶん無意識。素早く反応して、真正面から衝突されたんだ。
相手が突っ込むのを見て、康平くんと梢枝さんがあらかじめ、憂に寄ってたからケガしなかったけどさ。レイアップの時と同じように倒れ込みながら憂を助けてくれてね。
それで怒った。拓真くんも勇太くんも梢枝さんも康平くんも。
……あと、主審が。
それからは主審の笛が猛威を奮った。攻撃に参加せず、ゴール真正面の3Pライン付近から動かない憂。その憂に相手選手が接触したら、その瞬間に笛。こぼれ球の取り合いになったら笛。とにかく笛。
憂も立ってるだけじゃなくて、おサルさんみたいに手を出すから、相手にはホントに厄介な存在だったと思う。
その流れは決勝でも続いた。正に5組のゴールを守る守護神。憂へのファールは女子へのファールで5組に2点。なんと男子のフィールドゴール1本の価値。
その上、中学時代、全国制覇に近いレベルまで行ってた4人がいるんだから負ける訳が無いよね。
でも、土曜日のC棟内での戦いは厳しい相手がいるんだって。
3-7組。このクラスに女子バスケ部の3年生が集まってるみたい。
女子バスケ部は全国トップレベルなんだよ……。
私みたいな素人には、どうにもならないレベルだよ?
梢枝さんからの情報を聞きながらね。
……私、逃げ出したくなっちゃったよ。