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48.0話 天高く跳べ

 


 ―――5月24日(水)



「「「おおぉぉ…………」」」


 C棟体育館が多数の観客のどよめきに揺れた。


 第一コートでは、球技大会開幕試合となる1組vs5組の試合が行われている。

 5組はC棟1年の部の優勝候補に挙げられた。その上、女子たちの容姿の平均値が高い上に、大注目の憂が出場している。

 この体育館は大体育館とは違い、観客席など用意されていない。その大体育館に比べ、小ぢんまりとした体育館は人で溢れかえっている。多くの者がコートの周囲、或いはステージで立ち見しているのだ。そのほとんどが授業をサボタージュした他の棟の生徒たちだろう。たまたま授業の受け持ちの無かったと思しき教師の姿もちらほら見られる。


 ……ちなみに大体育館では、バドミントンの試合が開催されている。



 試合開始前、5組のスターティングメンバーが試合前の礼の為、整列するとその時点で体育館はどよめいた。スタメンの中に憂が入っていたのである。


 その憂は、もっぱら守備で健闘……いや、大活躍しているのである。


 対戦相手の1組は特進クラスである。勉強は出来るものの運動は……と言った面々が、スタメンの中に何人も入っている。

 憂は、ゴール真正面の3Pライン付近に立ちはだかっている。立ちはだかると表現するには、余りにも小さいのだが、そこは雰囲気を重視して欲しい。

 彼女は1組の選手の腰の高いドリブルにサッと手を伸ばしては、相手ボールを弾き、スティールを成功させ、緩いパスに無意識で手を伸ばしてはカットしている。


 その度に体育館が揺れているのだ。



 冒頭のどよめきも憂がパスカットした事によるものである。


「――梢枝――」


 憂のカットと共に走りだした梢枝は、憂が前方にポイっと放り出したボールを収め、綺麗なレイアップシュートを決めてみせた。

 そして、すぐに守備にと戻ってくる。


 1組は試合開始5分で早くも諦めモードへと陥りそうだ。


 それでも、このコートを取り囲む観客を前に戦意を奮い立たせ、憂へと近づく。


 憂のポジションを頑なに狙う1組の動きには、理由がある。

 3Pラインを囲むように憂の左右、ゴール45°のポジションには、梢枝と康平が。90°のポジションには、やや内側に寄った状態で拓真と勇太がどっしりと守備に付いているのである。

 彼らは存在感だけでやばいモノを見せている。ちまっこい少女を狙うのは已むを得まい。


「こっちだ!」


 ゴール下に入り込んだ1組の5番のビブスを付けた選手が、手を挙げパスを仰ぐ。

 それを見たボール保持中の3番が憂の頭の上を超えた、山なりのパスを出す。


「……なんだこりゃ?」


 そのボールは拓真の手に簡単に収まる。拓真はカットしたばかりのボールを前方にぶん投げながら叫ぶ。


「康平!!」


 山なりのボールを見た瞬間にカットを予測した康平は、既にセンターラインを越えていた。


 拓真からのボールは唸りを上げるように、康平の手に近づく……と、康平の掌でバチィ!! ……と、大きな音を発した。


「痛ったぁー!! 手加減しとくれやー!!」


 文句を言いながらも弾いてしまったボールに自ら追い付き、そのままショットを決める。



 ……1組がゴールを得られないまま、8分が経過した。


 そこで、1組がメンバーチェンジを行う。


 入ってきた7番は経験者かも知れない。とっておきなのだろう。彼はきちんとボールを扱っており、まっすぐ憂の脇に切り込んできた。憂の反応は間に合わず、初めて2Pエリア内にボール保持者の進入を許す……が、素早く康平と梢枝が取り囲む。苦し紛れに出したパスは勇太の長い手に収まった。


 ……全て、きょうちゃんが練り上げた作戦である。


 試合開始10分をこの陣形で戦い、憂を引っ込め、そこからは様子を見て、随時メンバーチェンジしていく予定だ。


 その10分が経過した途端、5組は5人全員。ガラリとメンバーを入れ替えた。



 10分間、無失点。その結果を前に、きょうちゃんは先にノルマの10分間を消化してしまう作戦に出たようだ。



 そこからは打って変わった守備体勢を取った。


 コートの片面を使った、ハーフコートマンツーマンディフェンスである。


 レベルの若干高い相手選手には、渓やんときょうちゃんが対応に当たり、前半終了間際まで僅か1ゴールに抑え込んでみせた。


 ピィィィィ!!


 前半終了の長い笛が吹き鳴らされると、いきなり佳穂が怒鳴った。


「2千! 積極性が足りないよ!」


 ……1組が可哀想である。ほどほどにと言う言葉を佳穂は知らないのだろうか?



 そしてインターバル無くサイドを変更し、後半開始のホイッスルが鳴った。棟内の優勝チームが決まる土曜日には5分のインターバルが設けられいる。試合数の都合だろう。


 その直後、甲高い声が響いた。


「――千穂! ――千晶!」


「ボク――できた――!」


「――――――?」


 そこまで言って小首を傾げる……が、すぐに口を開いた。


「じしん――もって――!」


 また、途中で忘れたのだろう。すぐに思い出せて何より。

 それよりも……どうやら憂も手加減を知らない人種のようだ。優の頃もそうだった事は言うまでもない。この子は試合となれば、人が変わる部分を持ち合わせている。

 だが、その言葉に勇気を貰ったのか、後半5分が経過するまでに千穂も千晶もゴールを上げたのであった。


 ……その後も5組は容赦無かった。千穂、千晶、佳穂が規定の10分間の出場を果たすと拓真、勇太、梢枝の3名を加え、ベストメンバーを揃えたのである。康平と梢枝の2人を比べると、能力的には康平が上だが、梢枝には1.5倍得点の特別ルールがあるのである。


 このベストメンバーの投入は、きょうちゃんから見れば、大切な調整の場と謂ったところか?

 しかし、余りにも一方的な試合展開に観客も引いてしまった。


 残り5分。試合開始時に大いに盛り上がり、現在は静まり返ってしまった体育館で康平が声を上げた。


「きょうちゃんはん! 憂さんがうずうずしてまっせ!!」


「りょーかいっ! 僕が出るよー!」


 きょうちゃんは、すぐに反応した。彼も気まずい雰囲気には気付いていたようだ。ゲームに参加したくてウロウロしている憂に駆け寄り、ハイタッチする。それだけでメンバーチェンジ成立である。時計はもちろん止まらない。あくまで30分で収めてしまうのだ。おそらく各チームのメンバーに課せられた、10分間の試合出場時間も正確には計られていない。



 そして、憂がコートに立つと体育館内がにわかに色めき立った。



 ハイカットバッシュの効果もあり、足取りは普段よりも安定している。それでも尚、足を微かに引きずる小さな少女は、期待を一身に背負い、この試合で初めてセンターラインを越えていく。


 対する1組のメンバーも憂のゴールを防ぐ為、ポキリと折られていた気持ちを再び繋ぎ直す。可能な限りのベストメンバーに交代し、5組と相対する。憂のゴールを防ぐ事が僅かに残ったプライドの最終防衛ラインとなったのである。


 憂は相手ゴールの正面、3Pラインの外側に陣取る。()にとって、慣れ親しんだ攻撃のポジションだ。その憂に2名のディフェンスが張り付く。あくまで憂にだけ(・・・・)は得点させないつもりであろう。


 ゆっくりボールを突く渓やんは、左手の拳を突き上げ、親指だけ立てた。バスケ部時代には優が出していたサインを彼が代わりに出したのだ。


『スクリーンを仕掛け、フリーを作り出せ』


 拓真と勇太は指示を受け、憂に張り付くディフェンスに駆け出す……が、その前にスクリーンを仕掛けた人物が居た。1組のメンバーチェンジのどさくさに紛れて梢枝と交代していた康平である。彼はサインの事など知らない。偶然だろう。

 それを見て、渓やんは憂に向かい走り出す。理想は手渡しに限りなく近いパスだ。


「憂さん! 前の! お返しや!」


 康平は以前の2on2。拓真&勇太を相手にした時の事を言っているのだろう。律儀な男である。


 康平の進路妨害(スクリーン)により、創り出された空間に憂は駆ける。

 1組の何人かが憂へのパスを防ごうと動くが、拓真と勇太によって阻止された。ファールぎりぎりのプレイだ。


 頼りになる仲間たちによって創り出されたフリーの憂に、渓やんからの優しいパスが入る。


「「おぉ……」」


 思わず漏れた試合会場内のざわめきを背に、少女は左足で跳ね上がり、左手でシュートを放つ。相変わらず綺麗なフォームだ。


「スクリーンアウトッ!!」


 渓やんの声に拓真と勇太は素早く反応し、リバウンドの為のポジションを確保する。


 ゴンッ!


 「「あぁ……」」


 無情にもリングに弾かれたボールは空中、高い位置で勇太の手に収まる。

 余りにも高い位置でのリバウンドに声も無い1組を余所(よそ)に、勇太から再び、憂の手にパスが手渡される。


「憂! 何度でも! 撃て!」


 憂が放った2本目のシュートは、勇太の声で我に返った1組のブロックの指先に触れ、リングを掠る事も無く落下した……が、今度は拓真が跳び、ボールを確保する。



 その後も5組の擁するツインタワーの圧倒的な空中戦の威力と、渓やんたちの必死のマジディフェンスにより、ボールを支配し続けたもの憂のゴールは生まれる事無く、残り30秒を切った。



「憂さん! 来い!」


 何を思ったか、ボールを保持した憂に康平が喚く。

 彼はバレーボールのレシーブのように手を組み、腰を落としていた。


 憂は迷いなく康平に向かって駆け出し、その手に左足を掛け、手を踏み台にジャンプする。康平は、その左足が伸び切ると同時に両手を振り上げた。


「拓真ぁ! 勇太ぁ! しっかり受け止めろぉぉ!!」


 1つに束ねられた髪を靡かせ、憂の軽い躰は康平の豪腕により高々と空中を舞う。


 ……そして、憂はリングの上から両手でゴールにねじ込んだ。


 ………………。


 インチキダンクシュートである。


 憂は生存本能が働いたのであろうか? 咄嗟にリングを掴み落下速度を落とすと、その躰を拓真と勇太が優しく受け止め、事無きを得たのであった。




「「「………………」」」




「「「うわぁあ#△○~@*~×○!!!」」」


 しばらくの沈黙の後の大歓声。大混乱の中、ゲーム終了のホイッスルが鳴り響いた。



 ……しかし。



 試合終了の礼が済んでも、先ほどの憂のゴールが加点されない。次第に沸き起こるブーイングの中、審判団は苦悩していた。憂のゴールは何らかのファールと成り得るものだ。


 審判団は観戦していた女子バスケ部顧問に判断を仰ぎ、両チームのキャプテンが招集された。詳しい説明は省くが、その顧問は憂のダンクシュートは間違いなくファールであると宣告した。

 その上で憂の勇気に免じて、2度と危険を伴う同じプレイをしない事を条件にゴールを認めたいと語った。

 1組のキャプテンは、その判断を晴れやかな顔で受け入れた。ゲームが終わった今となっては、点差が広がったところで何の変化も無い。彼も高々と宙を舞った美少女に魅了された1人だ。


 そして、その判断のアナウンスが流れると同時に、スコアボードに女子加点を含めた3点が加点されると、再び大歓声に包まれたのであった。








「康平……あれは無いわ……」


「あぁ……怪我するぞ。しかもファールだ」


「えー? 元バスケ部のメンバーから見たらダメなの? 宙を舞う憂ちゃん、綺麗で格好良かったよー?」


 鳴り止まない拍手の中、C棟体育館を後にした5組バスケメンバーは、慣れ親しんだ5組の教室で休憩中である。


「なんで、あれがファールなのかな?」


 千晶が質問してしまった。詳しい話は避けたかったが、ここにはバスケ経験者が多いので問題ないだろう。


「テクニカルファールって言って、相手への侮辱行為って見なされる……? ……あれって、テクニカルファールでいいんか?」


 ……勇太は自信無さそうだ。その他の面々に期待するとしよう。


「アンスポーツマンライクファールじゃないの?」と次に口を開いたのは、きょうちゃん。


 その長い名前のファールは簡単に言うと、スポーツマンシップに反する行為へのファールである。


「その場合、誰がフリースロー打つんだ? フリースロー有りの真っ当なルールの場合?」


「………………?」


「…………さぁ? 選んでいいんじゃない?」


 現役バスケ部員も元バスケ部員も……誰も正確には答えられない。

 そんな姿を見て、康平がひと言。


「なんや、頼りになりまへんなぁ……」


「「お前が言うな!!」」


 声が重なった拓真と渓やんは顔を見合わせる。お互い、へんてこな顔を見せてしまっていた。


「あんすぽーつまんらいくふぁーる――?」


「「「憂!?」」」


 続いて、いくつもの声が重なる。ほぼ全員だ。


「な――なに――?」


 憂がたじろぐ。無理もない。

 ……と言うか、周囲が驚いたのも無理もない。今までに無い、長い単語が憂の口から飛び出したのである。


「悪い。続けろ……」


「――うん」


 拓真の言葉に気を取り直し、話し始める。


「――のりで――つい――ごめん」


 その謝罪にバスケ経験者たちは苦笑いを浮かべ、そうで無い者はクエスチョンマークを浮かべる。いや、1名だけ例外がいた。


 ……その前に、ノリでやったのか?



「どゆ事?」と問い掛けたのは佳穂だ。


「アンスポーツマンライクファールは……ね。一発退場の時もあるんだよ」


 佳穂の疑問に答えたのは、経験者たちを差し置いての千穂だった。千穂はバスケのルールにも精通しているらしい。


「千穂ちゃん、詳しいね……って……そうだった、ごめん」

「ううん……。大丈夫」

「憂ちゃんも詳しいよな! 元バスケ部か何かなん?」


 きょうちゃんの失言をすぐに渓やんがフォローするが、それも口早だった。憂への配慮が無く、失敗である。憂は小首を傾げてしまった。


 その頭の位置は、すぐに戻った。


「――まぁ――いいや」


 ……いいのか?


「つぎ――点――とるから――」


「「え?」」


 どうやらインチキダンクでは、自分の中でゴールとして認められないらしい。バスケ小僧の熱い魂が込み上がってしまったようだ。


 こうして、きょうちゃんは作戦の練り直しを迫られたのであった。




 ついついノリでやっちゃいました。

 高々と舞ってみて欲しかったんです(笑

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