表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/317

45.0話 通ってしまう我侭

 


「――拓真――いや――」


「はぁぁ……」


 憂が憮然として言うと、拓真は深い溜息を付いた。憂の気持ちも分からない事はないが、身長問題はどうにもならない。


「…………」

「…………」

「…………」


 グループメンバー全員が、何とかならないものかと考え込む……が、憂の家が近くなる訳は無い。

 すでに6時間目の終了から時間が経っており、憂を含むグループと数名が教室に残っているのみ。そんな寂しい教室で憂が静かに立ち上がった。


「ひとりで――かえる――」


 そう言いながら、リュックサックを背負う……と、慌てて、傍のメンバーが憂を制止し始めた。


「嬢ちゃん。あきまへんで?」


「オレが……一緒に……帰るぞ?」


 憂を1人で帰らせる訳には行かない。これは全員の共通認識だ。取り囲まれて進めなくなる。それだけならいい。最悪、襲われる可能性だって十分に考えられた。



「勇太――拓真と――いっしょ――」


 憂の理解が及ぶと勇太の折角の申し出は、即座に却下された。そりゃそうだ。拓真より大きい勇太が送ると言っても何の解決にもならない。問題は年下に見られるところから始まっている。


「ねぇ? なんで憂……ごねてるの?」


「千穂……知らないのあんただけ……」


「ずっと教科書開いて悪あがきしてたもんね」


「拓真さんと並んで歩くと、ちっちゃい子に見られて嫌なんやそうですわぁ……」


 梢枝の説明を聞き終わると、千穂は憂の頭に手を乗せて言った。


「……ちっちゃいよ?」


「――千穂! あぁ! ――うぅ――」


 その手を頭を振りつつ、両手で払いのける。可哀想に。憂は涙目となってしまった。


「……今のは千穂が悪い」


「千穂! 『ごめんなさい』は!?」


「……ごめんなさい」


「――かえる!」


「一緒に……帰ろ?」


 千穂が優しくそう提案すると、一気に険しかった表情が緩んだ。その緩んだ顔で「――でも――わるいよ――」と……。


 ……なんとも説得力の無い事か。


 空気が弛緩した。全員が苦笑しつつも優しい目をしていたのが印象的であった。





 そして、帰宅中。


 結局、本日の帰宅は憂、千穂、拓真、康平、梢枝……と、なかなかの人数を数えている。


 ……とは言っても、康平と梢枝は少し離れた距離を維持している。

 あくまでも護衛と云うスタンスのようだ。


「千穂ちゃん、わりぃな……」


「ううん。憂の気持ち、ちょっと分かるから」


 千穂は拓真を見上げながら言った。千穂は150cmをちょっと出たくらいの小柄な女の子である。更にひと回りもふた回りも小さいのが居る為に、目立っていないだけだ。


「……あの2人が……」


 拓真は言いかけた口を(つぐ)み、前方で隅に寄りカメラを構える梢枝を見て「はぁ……」と大きく息を吐く。彼らが送り届ければ一気に問題は解決するはずだ。

 しかし、彼らはその提案をしなかった。あの2人もそれはそれで何か理由があるのであろう。責める訳にも行かない。



「明日の朝は大丈夫」


「……え?」


「明日の朝は妹が一緒に行く。それなら憂も嫌がらんだろ」


「……妹、いたんだ。中学生? でも、妹さんと2人だと危なくない?」


「ん? 俺も行くが……?」


 千穂は目を細め、横目からのジト目をぶつける。

 拓真は言葉を略しすぎる事が多い。憂との会話が、それで上手くいっている為に顕著になってきているようだ。


「……だったら3人でって言って欲しかったかな?」


「あぁ……悪い……」



 梢枝の横を通り過ぎようとした時、憂がカメラの前で立ち止まり、レンズを覗き込んだ。いきなりの行動に千穂も拓真も、何事かと立ち止まる。後ろを離れて歩く康平も、訝しげにその様子を見守る。


「……ゆ……憂さん?」


 ファインダー越しの、絶世の美少女のどアップに梢枝は動揺している。梢枝の動揺も見慣れてきた。彼女が唯一見せているウィークポイントは憂である。憂にだけは滅法、弱い。


「――にあってる――よ?」


 憂は、『よ?』のタイミングで、いつもと逆の右側に首を傾げた。

 どうやら純正制服の事を言っているらしい。たしかに梢枝も似合っている。


「…………そ……そうですか?」


 梢枝はファインダーから目を離し、直接、憂を見やる。

 ……(あらわ)になった、その顔は……なんとも締りのない顔をしていた。憂との遣り取り以外では凛とした和風美女なのだが……。


「これから――ずっと――ね?」


 ……やけに可愛らしく言っているように思える。バーガーショップで味をしめたのか?

 とんだ小悪魔だ。梢枝で遊んでいるのだろう。憂の名誉の為に別の見方をするとすれば、純正制服の存在を増やしてしまい、自身を少しでも目立たなくしようとしている……とも考えられる。真実は憂のみぞ知ると云った処か。


「分かりました。夏服も冬服も仕立てますわぁ……」


 ……良いのだろうか? 榊 梢枝、今年度19歳。卒業時には21歳だ。本当に良いのだろうか?

 本人がまんざらでも無い様子なのだから良いのであろう。


 いつの間にか合流していた康平は、しょっぱい顔して梢枝を見ていたのだった。





 それからは憂と梢枝が珍しく2人で談笑しながら歩いていた。梢枝は普段、自ら憂に話し掛ける事はほとんど無く、基本的に一歩引いた立ち位置だ。必要以上に近付かないようにしているものと思われる。

 しかし、今回は違った。憂から話し掛けられた為、喜んで会話している。それはもう、楽しそうに嬉しそうに……だ。

 だが、会話をしながらの歩行は、憂には向いていない。すぐに足を止め、考え込んでしまう。帰宅の途につき15分は経つが憂や拓真の家まで、半分も進んでいない。憂のせいで実にまったりとした時間となっている。




「……つまり……妹さんが拓真くんと一緒に行くのは火曜日、木曜日、土曜日なんだね。それ以外……朝練のある、月水金は今のままだと拓真くんと2人で……って事だよね?」


 憂と梢枝の後ろでは、千穂と拓真の会話が続いている。先ほど、拓真が妹の美優(みゆ)について、本人不在の中、紹介したところだ。何でも拓真と優に憧れてバスケを始め、中3の今、レギュラーポジションを獲得し、全国大会に向けて突っ走っている最中らしい。ボジションはSG(シューティングガード)3P(スリーポイント)シューターらしい。拓真は当然だが、千穂は元バスケ観戦マニアだ。やけに詳しい。会話は盛り上がっていた。



「あぁ……。妹にもまだ話してないけどな……」


「うーん……。それじゃあ、私、明日、憂の家に行くよ。迎えに」


「あ!?」


 拓真が驚き、上げた声に千穂が少したじろぐ。拓真はひょろっとした勇太と違い、比較的、筋肉質でがっしりとしている。そんな男に『あ!?』とか言われれば、男でもびびる。やめてあげて欲しいものだ。


「悪い」


 そんな千穂に気付き軽く謝った後に、前をゆっくりと歩く憂を顎で示しながら続ける。


「元々はこいつの我侭(わがまま)だろ。そこまでやってやる必要ねぇよ」


「……そうかも。でもね。そこまでしてあげたいんだ……とか言っちゃってみたり? 先週の途中から早く学園に行ってるんだし、うちを出る時間なんか、あんまり変わらないよ? だから大丈夫!」


「……まぁ、いいけどな。明日からなのか? 明日は美優、朝練ねぇよ?」


「一緒に行ってくれるか分かんないでしょ? 話聞いた限りだと、複雑なんじゃない? 優に憧れてたんでしょ?」


「憧れってか……いや、悪い。忘れてくれ」


「……それって」


「答えねぇぞ。千穂ちゃんには特に」


「…………とにかく! 明日、憂の家に行くからね」


「……わかった」





「あらあら! まぁ、大勢で! いつも憂がお世話になっております」


 憂たち一行は実に30分以上を掛けて憂の家に到着した。拓真の足で8,9分の道を、である。

 憂の母は、玄関先で憂の帰宅を今か今かと待っていたようだ。


「はじめまして」と挨拶する梢枝と康平に対し、千穂は挨拶に困っていた。


 千穂は実は憂の母とは1度、会った事がある。1度だけ、憂の家にお邪魔した事があるのだ。しかし、その事を憂の母が憶えているか分からない。優の死を知った時も、それを受け入れる事が出来ず、優の家への弔問を躊躇っている内に、そのまま生存の事実を知ったのだ。


「……お久しぶりです」


 よって1人だけ遅れての挨拶となってしまった。


「お久しぶり……? まぁ! 千穂ちゃんじゃない! 元気そうね。おばさん嬉しいわ……」


 憂の母から見れば、息子が初めて連れてきたガールフレンド。早々、忘れられる存在ではない。






 更に5分後。千穂は何故か1人、憂の家のリビングに居た。

 他のメンバーは、それぞれ帰宅の途に……いや、ご近所さんな拓真は、とっくに帰宅済だろう。


 千穂は所在無げに視線を彷徨わせる。


 憂と憂の母は、にこにこと千穂を見詰めている。


 千穂は緊張を誤魔化すようにオレンジジュースをひと口啜る。


「凄いわねぇ……。可愛いわねぇ……」


「んっ! こほっ!」


 千穂は思わず(むせ)てしまった。声を掛けるタイミングが悪すぎだろう。


「あら! 大丈夫!?」と幸は千穂に駆け寄り背中を擦り始めた。誰のせいだ?

 憂も千穂の背中を擦ろうと手を伸ばしたが、背中に触れる事を躊躇う内に母に先を越されてしまった。「あ――」……と、微かに声を漏らし寂しそうだ。昨日、ホテルで素肌に触れた……いや、済まない。誤解を与える言い方をした。


 言い直そう。


 昨日、千穂の背中を流したのは誰だ。制服越しに触れるなど何を今更。

 ……と言ってみたものの、憂は、ただ単に昨日の出来事を忘れただけかも知れない。


 咽た千穂は涙目だ。経験者は多くないかも知れないが、オレンジジュース等の柑橘類で咽ると炭酸ジュース並に痛い。あれは何故だろうか? 世界には不思議がいっぱいである。


「純正制服……汚れ無くて良かったわね。真っ白だから目立つのよねぇ。私も汚さないように気を付けてたわ」


「え……? おがあ……んんっ!! お母さん、蓼学の卒業生なんですか?」


「そうなのよ。高等部の1期生。あら? 年齢がバレちゃうわね。2年目から、その制服になったのよー。懐かしいわね。今もきちんと取ってあるのよ。ちょっと黄ばんじゃってるけどねー。それでも、思い出のセーラー服だから」


「へぇ……。取っておいたほうがいいんですね……」


「うん。ぜっーーたい、取っておいたほうがいいわよ。愛の制服も取ってあるんだから!」


 話をしている内に千穂の緊張は解れた様子である。緊張していた理由はなんとなくだが理解できる。幸は元彼氏である優の母である。もしかすれば義母となっていた人物かも知れないのだ。今となっては、その可能性は限りなく低くなってしまった。残念な話である。



 それから、幸の話は剛の帰宅まで延々と続いた。千穂を気に入ったらしい。千穂に夕食まで勧めたが、千穂には父の夕飯を作る使命がある。おいそれとご相伴に預かる事は出来ない。それを理由に遠慮したのだった。



 そして、その夕食後。憂を混じえ、家族会議が開催された。


 議題は当然、『憂の登園について』である。


 千穂に『千穂と拓真&妹でのローテーション案を提示された』と幸は話した。憂が拓真と2人での通学を嫌がった事も当然、話した。

 ご近所さんの拓真はともかく、通学ルートが違うであろう千穂には申し訳ないと思った幸は、返事を保留した。家族での話し合いの後、電話すると。


 話し合うと言っても憂の徒歩通学に同行できるのは、空いている時の剛か、専業主婦の幸しか可能性は無い。


 この母か兄が同行すると云う案を時間を掛けて説明されると、憂は強硬に反対した。やはり家族同伴は恥ずかしいのだそうだ。


 他の意見を出しようも無く、すぐに話は纏まった。結局、千穂と拓真&妹のローテーション案に頼る事となった。もちろん拓真へも電話し、妹の美優は快く承諾してくれたと確認済みである。






 その家族会議の頃……。梢枝は自宅マンションで日課である裏サイトの確認をしていた。


 今日は流れが変わっているようだ。



 328:憂たんに平穏が訪れた……。嬉しい。

 329:匂い袋買ってしまった。モールの雑貨屋が大量入荷した。ウチの生徒の間だけで大流行w

 330:憂ちゃんの自宅判明。まさかの立花 優と同じ。つまり憂ちゃんを引き取った立花家は故・優くんのご両親

 331:自殺の理由って何かな……。いじめ? レ○プとか?

 332:そろそろ夏服ぅぅ! 待ち遠しいぃぃ!!

 333:>330スネーク乙 まじか?

 334:>329遅い。愛情が不足してるぞ

 335:夏服か。手首と首の傷痕はどうすんだろ?

 336:>330マジで!? 憂たん、優くんの代役って事?

 337:>331その話題は禁止って何度も。10分※禁止な

 338:憂ちゃん可哀想……。

 339:夏服って言えば脇! ……だよな?

 340:>335そのままリストバンド&チョーカーじゃね?

 341:千穂たんて、その優くんと付き合ってたぞ……

 342:>335首は未確認。チョーカーの下は謎。

 343:暗い話は抜きで可愛さを語ろうZE

 344:>330ストーカーか? お前は?

 345:>330マジで?

 346:>339同意はせんが否定もできん。むしろヘソだろ?

 347:千穂ちゃんの笑顔の裏に……。泣けてきた。

 348:>330亀レスすまそ。それじゃ、憂たんて、優くんの代役として立花家に引き取られたんか。可哀想情報追加じゃねーか……orz

 349:良い事言ってくれた。このスレはそうあるべきだ

 350:俺も小首を傾げて見詰められたいぃぃぃぃ!!! 名前、呼び捨てにされたいぃぃぃ!!!

 351:>348いや。そうでもない。楽しそうにしてた。良くして貰ってるみたいだ




 梢枝は大きく息を吐き出した。

 この新しい330の情報により、憂は更なる同情を集める事になるだろう。学園内の庇護欲を一身に集め、益々、憂は守られる立場となっていく。それは千穂と親友2人を始め、憂のグループ全体にも向けられる事になるかも知れない。


 憂=優。この真実が明るみになった時、憂の守られる立場は大きな力となるはずだ。


 そして、脳の再生。これは世界中の研究者の垂涎の的となる。研究者たちの干渉への大きく頑強な盾でもある。


 梢枝は、島井たちの用意周到さに呆れ返りながらも、何処か楽しそうだ。



 ふと、白い制服が目に入る。


 憂に褒められた。この出来事を思い出し、梢枝は1人破顔した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブックマーク、評価、ご感想頂けると飛んで跳ねて喜びます!

レビュー頂けたら嬉し泣きし始めます!

モチベーション向上に力をお貸し下さい!

script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ