表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/317

44.0話 徒歩で通学

 


 ―――5月15日(月)



 あー。久しぶりだな。優んち行くの。

 事故現場行った後以来か?

 あん時立てた線香は何だったんだ?


 ……まぁ、いいか。


 元気なんだ。優が。難しい事は考え無しだ。



 革靴に足を突っ込む。


 今朝は、うるさい妹は朝練。あいつ、朝練ねぇ時は俺と一緒に行きたがるからな。

 ……明日からどうすっか?

 千穂ちゃんらと相談か?


 それとも立花家の新しい家族っつって、憂の事、話しちまうか?


 (あいつ)も親も憂の事、気付いてねぇし。けどよぉ……。あいつ、優に惚れちまってたしなぁ……。受け入れられるか? 憂を?



 俺ら本居家と立花さんちは、去年までは家族ぐるみの付き合いだった。今は希薄になっちまったけどな。それも仕方ねぇ。元々、俺と優の付き合いから始まった親交だからな。


 バタバタと(せわ)しねぇ足音。母さんうるせぇ。


「拓ちゃん、もう行くの? いつもより早くない?」


「あぁ。ちょっとな」


「拓ちゃん、最近、良い事あった? 優く……あ。ごめん……」


 思わず苦笑いだ。今でも俺の前での優の話はタブーなんかよ。もう1年以上経ってんだけどよ。


「吹っ切れた。問題ないさ。行ってくる」


「……そう。いってらっしゃい」


 俺は玄関の扉をくぐる。



「――あ! ――拓真――おはよ――!」


 なっ……何で!?


 玄関先には憂が居た。いつもの純正制服。

 ……セーラー服。よく着てるよな。俺が憂の立場だったら……。


 考えたら駄目だな。これは。憂だって理由があるんだ。


 ん? なんか……スカート短くなってねぇ?

 膝、全部見えてるぞ……。


 憂の後ろには、一家総出の立花家。憂を養子に……って、話すんか。でけぇ決断したな。立花家。まぁ、その内バレるなら早ぇ方がいいか……。


「……拓ちゃん……誰? その可愛い子……」


 ……母さん。声、(かす)れてんぞ。


 俺は玄関の扉を全開にする。


「立花さん!? 皆さんお揃いで……」


 焦ってんな。一家総出の立花さんちなんて、母さんが見るのは1年以上、空いてんだし。

 まぁ、あれだ。あれは優にゃ見えてねぇだろうけどな。


「いや……ははは。その子は、私たちの新しい娘です」


「もう。お父さん、説明になってないよ。……おはようございます。たっくんのお母さん……」


 憂の姉さんが憂の傍まで寄り、挨拶。


 たっくんのお母さん、優のお姉さん……。こんな呼び方してたんだ。両家は。名前や渾名で呼ばれてんのは、俺と1つ下の妹、美優(みゆ)。立花さんちは優だけだ。


 ……もう、『たっくん』は正直やめて欲しい。俺、180超えてんだぞ?



「おはようございます……。お久しぶりですね。皆さん……」


 皆さんの中、当然、憂は含まれねぇ。マジで微妙な立場だよな……。


「お久しぶりです。この子は……」



 憂の姉さん……愛さんは表向き(・・・)の設定を母さんに告げる。

 優の病室の後に入った施設の子……ってヤツな。一緒に後遺症についても話す。ゆっくり、短くってのな。



「さぁ……ご挨拶……」


 憂は説明の間、凍ってた。無表情で変化無し。

 ……変わる時もあるよな。この違いは何だ?


 まぁ、いい。


「――憂です――はじめまして――」


 神妙な顔して、愛さんの説明聞いてた母さんの表情が驚きに変わり、ゆっくりと悲しみに染まる。


 ……そうなるよな。普通は。

 表向きの設定だと、憂の存在は優の代わりに立花家に貰われた、可哀想な子だ。


 あ? 母さんが真面目な顔付きに変わってんな。


「はじめまして……憂ちゃんは……今……楽しい?」


 おいおい。マジか。すげぇ質問だな。もし、『たのしくない』とか言ったら、絶縁状態に陥るぞ。


「――たのしい」


 憂は笑顔で言った。



 ……可愛いじゃねぇか。



「拓真……。憂ちゃんと仲良くしてあげてね」


「……あぁ」


 母さんは憂の母さんに視線を戻す。


「幸さん……貴女、また穏やかな顔に戻れたんだね。あの事故から貴女ずっと無表情で……でも、今年に入ってから前みたいに物腰の柔らかい貴女を見かけて……。どうしたんだろうと思ってて……。気にはなったけど聞けなくて……。貴女が戻れたのは……憂ちゃんのお陰?」


「私、そんな無表情でしたか……?」


 優の母さん……相変わらずボケボケだな。

 ……論点違うぞ。



「お通夜状態から脱却できたのは、間違いなく憂の……この子のお陰ですよ」


 憂の姉さん……愛さんは、憂を優しく見詰め、肩を抱きながら微笑んだ。


 ……クソ……綺麗なんだよ。愛さん。


「あはは! ――あかいよ――拓真!」


 …………。


 うっせーよ。



 母さんはツッカケを履いて出てくる。

 その勢いのまま、憂の母さんにハグだ。


「たっくんのお母さん……」


 優の母さんは慌てた様子も見せず、受け入れる。


「……良かった。本当に良かった。もしも憂ちゃんが優くんの代用品だったら……私は貴方達の事、許せなかった……。でも、憂ちゃんの今の笑顔で確信持てました。また……家族ぐるみでお付き合いできるかしら?」


「喜んで!」


 憂の母さんの嬉しそうな声と、半べその母さん。


 ……なんだよこれ。憂が退院してから調子狂うような事ばっかりじゃねぇか。



「……拓真」


「……兄さん?」


「憂の事……頼むな……」


 ……それだけ言って、憂の兄さんは、背を向けて行っちまった。


「わかってる!」


 門を出て、遠ざかる後ろ姿を追い掛け、声を掛けたら、手を上げてヒラヒラ。あの人、チャラくなってたのに髪も黒に戻って……。心境の変化か?


 ……あの人、大学4年だっけか? 就活なだけか? ……わかんね。



「憂! 行くぞ!」


 キリ無さそうだからな。愛さんも憂の父さんも仕事じゃねぇの?


「――うん!」


 足を引きずりながら小走りで駆け寄ってくる。嬉しそうだな。

 ……こけんなよ。


「まぁ! 偉そうに! 憂ちゃん、ごめんね! 拓ちゃん! ペース合わせてあげるのよ!」


「――いってきます」


「わかってんよ!」



 ……みんな通学路を曲がるところまで見送った。

 俺ら、そんな餓鬼じゃねぇよ。





 歩き初めて10分ほど。


 ……遅い。しゃあねぇのは解ってんだけどな。普段ならもう着いてんぞ。まだ、半分も進んでねーじゃねぇか。


 それよりだ。


 ……なんだこいつらは。後ろから追い付いちゃあ、並走しやがる……。


 とんだ集団登校だな。一旦、並んで追い越してくヤツらも居る。それも半数くらいだ。残りの半数は俺らの周りで並走。……30人超えたか?



 お? また追い越してった。兄妹か?

 中等部の兄ちゃんと初等部……低学年か? そんな兄妹。


「ねぇ見て見て! お兄ちゃん! あのお姉ちゃん、すっごいかわいいよー?」


 妹さんが憂に気付いて、ベタ褒めだ。まぁ、気持ちは分かる。


「んー? お前の方が……」


 兄貴が言いながら振り向いて、途中で言葉が途切れた。

 ……おい。そこで止まってやるな。妹さん、可哀想じゃねぇか。


「兄妹かなー? いっしょだねー! わたしたちと!」


 妹か……。まぁ、そう見えるだろうな。この身長差だ。


 あん? なんで立ち止まったよ? 仕方ねぇから立ち止まったが……。遅刻すっぞ。

 俯いて、ぷるぷるしてんな。お。顔上げた。なんで睨むんだよ……。しかも涙目じゃねーか。


「――拓真と――いっしょ――いやだ!」


 ほら、危ねぇ。走り出そうとして、つんのめったところを憂の右腕を掴んで支えた。


「文句……無しだ……行くぞ」


 そのまま右腕を支えながら歩く。


「うぅ――くやしい――」


 ……。


 ……聞こえてんぞ。




 ……それから更に5分。集団の人数がくっそ増えた。うぜぇ。


「うぅ――ぐすっ――」


 ……はぁ……。


 ……泣かれても困るんだが。


 新しく合流したヤツらはヒソヒソ俺に文句言って……。


 ……うぜぇ! あぁ! うぜぇ!!



 あ? 前から純正制服? 千穂ちゃんじゃねぇか。なんで前から?

 勇太も佳穂千晶コンビも現れた。


「おはよ! 遅いから心配で迎えに来ちゃった! それよりこの集団、何? それに何か、憂を連行してるみたいだよ! 遠目に驚いちゃった! あ! 憂、泣いてるじゃない!?」


 いくつ質問してんだ。


「1つずつと憂の事、頼む」


「……1つずつ? そっくりそのままお返しします!」


 あ? 何の事だ?

 千穂ちゃんは憂の手を取る。


「ちほぉ――」

「何、情けない……声……出してるの?」


「『質問は1つずつ頼む。あと憂の事をよろしく』って言うべきですわぁ……」


 あ!? 梢枝さん、集団に混じってたのか!?


 あぁ!? 純正制服!?


「梢枝さん!? どしたの!? 超似合ってる!!」


 佳穂ちゃん、声でけぇよ。


「その事には触れんとって下さいな……」

「総帥からのプレゼントですわ。着てかないと任を解くって……」

「……康平さん? 余計なお喋りは必要ありまへんえ?」

「すっごい。3人になっちゃったね。純正……」

「そうだね……。あたしたちもやっちゃう? 千晶次第だけど……」

「ホンマの事()うて何が悪いんや?」

「いや、絶対着たかったんだって」

「着たくなかったら拒否して終わりだろー? 梢枝さんの場合」

「わたし? 無理無理。無理だよ?」

「ほーほー。その解釈はありでっせ!」

「好きに()うて下さい……」


 ……なんだよ。これは。


「あー! 憂ちゃんのスカート短くなってるー!!」

「ホントだ! 憂、可愛い!!」

「おぉ……すげーな……」

「憂さん、それ反則や……」


 セーラー服の上を捲くられて……やめろ……。


「うっそー!? 折ってない! 裾上げ済み!?」

「ひゃああ――――!!」

「佳穂!? 何やってんの!?」

「ちらっと見えたお(へそ)……可愛い膝小僧……。良すぎですわぁ……」

「……ちょ……ワイは見てませんで……」

「憂ちゃんって、インナーシャツ着てなかった?」

「お姉さんの頃と生地が変わって、ほとんど透けなくなったの、愛さん知らなかったみたい。昨日、話した……」

「千穂! ぐっじょぶ!」

「よしよし……怖かったね……」

「あ! 千穂の胸が……」

「大きくなってる……」

「ちょ……女子!? その話題やめれ!!」

「底上げしやがったなぁー!?」

「憂さん……いいですわぁ……」

「ちょ!! 佳穂!? やめて!!」

「佳穂さん!?」

「佳穂! わたしも混ぜて」

「やだぁぁ!」


 ………………。


「あー! うるせぇ! 周りの連中もさっさと行け!! 康平! あんたもどっから現れた!?」



「――いこ? ちこく――する――」



 ……お前が1番の原因じゃねぇかな?






 それからしばらく。一行は50分を過ぎ、到着した。


「お前ら遅い! 朝礼でリコちゃん、心配してたぞ!」


「……無事で良かった」


「ホント。私たちも心配したんだからね」


 ……順番に健太、副委員長の優子、委員長の有希だ。他のクラスメイトたちも何人かうんうん頷いている。


「今日から憂が徒歩だから……」


 何故だか責められているのは千穂である。

 でかい、若しくはいかつい男子3人には当然、言いにくい。

 女子たちも、先ず梢枝は論外だ。手痛い反撃が予想される。

 佳穂と千晶は、絶賛セット販売中。千晶はともかく、問題は佳穂だ。これまでを(かえり)みるに、彼女は気が強いものと認識されている。


 ……よって、クレームの窓口は、いつも千穂なのである。不憫な立場だ。


「へぇ……徒歩なんだ。憂ちゃん……大変だった?」


 有希が心配そうに憂を覗き込む。憂は小首を傾げ、熟考した後に言った。


「――あるいみ?」


 ツッコミを入れたそうな何人かが、その言葉を飲み込む。たしかに全然、状況が伝わってこない。


「人――いっぱい――」


「誰が集めてるんですか……」


 小声早口の千穂の言葉は聞き取れなかった様子である。不満そうに唇を尖らせる。


「それにしても千穂ちゃんたち、余裕だよね」


 優子が感心したように言った。


「え? 何が?」


「え?」


 言った優子と言われた千穂が顔を見合わせる。


「中間テストだよ? ……今日」


「あはは……だいじょうぶ。うん。だいじょうぶだよ」


 昨日、良い子の寝る時間以上に、早く眠りに就いた千穂なのであった。


 ……忘れていたのか?



 ……教室の廊下側の最後列では、梢枝の周りにもう1つの人だかりが出来ていた……と、追記しておこう。





 さて、簡単にだが中間テストの様子を語っておくとしよう。今回の中間テストは主要科目のみである。僅か一日で済ませ、明日からは通常授業である。


 まず千穂は大苦戦の様子だった。小休憩時間は即座に教科書を開き、アンダーラインしてある箇所を頭に詰め込んでいた。昼休憩時も昼食もそそくさと済ませ、教科書を開いた。

 それでも6時間目が終わった直後、涙目になっていた。

 涙目の千穂に憂が『――よしよし』と頭を撫で、余計に千穂を凹ませていた。


 佳穂は空欄の多いテストだった……が、本人は全く気にしていない様子だ。

 勇太も同様である。佳穂と勇太の脳は、どこかが筋肉で出来ているのかも知れない。


 千晶は全問埋めていたようだ。千晶の成績は中等部時代、二桁台と言う上位を維持していたので当然だろう。


 拓真もまた、ほとんどの問題を埋めていたようだ。

 千晶ほどでは無いが、拓真も勉強は出来るほうである。


 梢枝と康平は遊んでいた。全テスト70点狙いで何かを賭けて遊んでいたようである。



 そして……問題の憂。


 憂の科目によってだが、意外と回答を埋めていた。佳穂よりも埋めていたかも知れない。

 今回のテストは科目によっては、ルビが振ってあった。おそらく憂への配慮である。流石に国語、英語は、振り仮名無しであったが。


 それでも上出来である。

 テストの結果が待ち遠しい。


 もしかしたら佳穂や勇太より上と言う、番狂わせを演じるのかも知れない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブックマーク、評価、ご感想頂けると飛んで跳ねて喜びます!

レビュー頂けたら嬉し泣きし始めます!

モチベーション向上に力をお貸し下さい!

script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ