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36.0話 贈り物

 



 ――――5月13日(土)



 私立蓼園学園は進学校だ。土曜日も普通に授業である。1年時は午前中のみ、4時間の授業。2年3年は隔週ではあるが、フルに6時間授業である。ただし、部活動に勤しむものは免除など何処かアバウトなのは、この学園ならではかも知れない。



 この日、駐車場で千穂と合流した憂は、取り囲まれる事は無かった。『憂ちゃん、千穂ちゃん、おはよう!』と言った声ばかりであった。

 ……いつの間にか、千穂の知名度も上がってきているようだ。


 憂の下駄箱もポツンと上靴が入っていただけ(・・)だった。

 憂を妬んだ犯行と思われる画鋲の仕込みも、周囲を悩ませたラブレターも入っていなかった。いや、憂も一応は悩んだのかも知れない……が、よく分からない。



 教室を覗き込む者も激減した。生徒会長の言葉が効いているものと千穂は思う。それでも覗き込み、居座る者には、ある集団が声を掛けていた。

 彼らは1人1人にゆっくりと、憂とそのグループの現状を説明していた。


 千穂は生徒会長に心の中で感謝した。昨日の生徒集会の影響に違いないと。


 たしかに文乃の生徒総会の言葉。その意味は大きかった。C棟の生徒たちは牽制し、互いに監視し合う形となったのである。


 更には【立花 憂ちゃんを愛でるスレ】改め、【憂たんをそっと見守るスレ】から端を発した『憂ちゃんをそっと見守る部(仮・申請中)』のメンバーが文乃の言葉に勇気を貰い、行動に移し始めたのだ。


 ……無論、梢枝がその様に誘導したのではあるが。


 何はともあれ、近いうちに憂の望んだ平穏が訪れる。今朝の一連の流れは、そう予感させるものであった。





 そして、現在。朝礼が終わり、1時間目開始前の時間。


「憂ちゃん! これ! プレゼント!」


 テンション高く佳穂が渡したのは、1辺が3cmほどの白い正方形の小さな箱である。ピンクのリボンで可愛らしく括られている。


 憂は小首を傾げて問う。


「――なんで――?」


「え!? な……なんで……?」


 一瞬で(しぼ)むテンション。どこか滑稽だ。


「いいから……開けて……?」


 そんな佳穂をジト目で見つつ、千晶が助け船を出す。説明できない理由があるらしい。


 憂は小首を傾げたまま、リボンを不器用に解き、小箱を開ける。

 中に入っていたのは、小さな小さな赤い巾着袋であった。


 それを見た憂はもう一段階、首を深く傾げる。肩、凝るよ? ……と誰か言ってあげて欲しい。


 佳穂は、その小さな巾着袋を(つま)み上げると、憂の鼻先にそっと寄せた。


 傾げられた首が元に戻り、口元が綻ぶ。次第にその可憐な顔に、満開の花を咲かせていった。




「――これ――あの――えっと――」


 佳穂から小さな巾着袋を受け取り、しばらくクンカクンカと、その香りを堪能した後、口を開き始めた。


「――その――うぅ――」


 何かを言いたいらしい。


「ことば――でない――」


 笑顔は消え、悔しそうに呟く。


「慌てなくて……いいよ」


 ふんわりとした優しい微笑みを湛え、佳穂は憂を(なだ)める。そんな顔を出来たのかと初見の者は思ったに違いない。



 ……そして、憂は固まった。言葉を探しに旅立ったのであろう。





 彼女が固まった時は説明。


 さぁ、始めよう。



 ―――憂が受け取ったプレゼント。それは『匂い袋』だ。



 昨日の放課後、憂を含めた4名が病院に向かうと、勇太は1つの提案をした。それに賛同し、同行したのは佳穂と千晶の2名である。康平は何か用事があったのだろう。そそくさと学園を後にしてしまった。

 そして蓼園モールに行き、何か良い香りの物を……と探し始めた。


 先ず真っ先に、千晶が提案した物は香水である。

 だが、その提案は佳穂が全身全霊を持って却下した。


『それじゃ、憂ちゃんのいい匂いが消えちゃうじゃない!』


 これが却下の理由であった。いい匂いなのか? 憂は自分の匂いを嗅いでおけばいいのでは……?

 ……と、思われるが、そう言う問題では無いのであろう。

 佳穂が言うには、『ミルクみたいな甘い香り』らしい。隙あらばハグしようとする、彼女ならではの情報……いや、千穂も知っているか。



 次の提案はアロマキャンドル。勇太の提案だった。この提案には佳穂も千晶も驚いた。意外なロマンチストぶりを見せたからだろう。彼の口から、そんな単語が出てくるとは思ってもいなかった。

 しかし、この提案も佳穂によって却下された。


『それじゃ、憂ちゃんが喜んでスンスンしてる姿を見れないじゃない!』


 この理由には千晶も賛同した。憂の喜ぶ顔が見たい。これは彼女たちの共通認識だったようである。


 憂に香りを付ける物は除外。その上で、憂にその場で喜んで貰える香りの物。



 3人は煮詰まった。煮詰まってしまった為、誰からと言う事なく、3人が3人ともググル先生に聞いてみた。


『あ……これなんていいんじゃないかな?』


 千晶のスマホには、匂い袋が表示されていた。佳穂も勇太も納得の品物だった。

 ……勇太に至っては匂い袋の存在自体を知らなかったみたいだが、そこは今は関係が無い。



 こうしてプレゼントの品は決定した。


 だが、本当に大変なのはそこからであった。肝心の匂い袋が見付からない。色々なショップの店員に聞き、サシェと言う香りの良い、似たような洋風の袋は見付けた。


 『これじゃない!』


 可愛いデザインの物も沢山あったが、求めるものとは違った。


 憂は多くの巾着袋を使っている。ファスナーも無く、持ち運び時には手首に通しておけば良い巾着袋は、憂にとって使い易いものなのである。その為、憂は姉の手作り巾着を多用している。だからこそ、小さなの巾着袋である、匂い袋が欲しいのだ。



 匂い袋探しは難航し、半ば諦め、サシェで妥協しようとした時だった。


 たまたま通りがかった、モール内のスーパーマーケットの片隅。特設されていた京都の物産店で、ついにそれを見付けた。


 そこで香り、デザインを吟味し選んだのが、この赤い匂い袋なのである―――




「――すごく――うれしい――ありがと――」


 散々考えた上で憂が発した言葉は、実にシンプルなものだった。

 だが、3人はその表情にやられてしまった。憂は瞳いっぱいに涙を溜め、儚げな微笑みと共にその言葉を紡いだのだった。


 ……元親友に惚れてしまったのか?

 勇太が少し心配だ。


 ……ん?

 

 性別面では問題ないのか? ややこしい。


 いや、きっと彼の場合は前日の苦労を思い出し、感慨深いだけなのであろう。





 キーンコーンカーンコーン


 1時間目の授業は世界史である。


 キーンコーンカーンコーン


 1時間目の授業は修了した。

 いや……延々とモンゴル帝国がどうとか、そんな話をしてもつまらないだろうと思う。

 ただ、憂はタブレットを駆使して頑張っておりました。千穂も上手くフォローしていました。

 ……とだけ語っておく。


 憂は授業が終わると、早速とばかりに匂い袋を取り出し、その香りを楽しみ始める。

 憂の(とろ)けた表情が、多くの者を癒やしたのは言うまでも無い。





 キーンコーンカーンコーン


 2時間目の授業はOCオーラルコミュニケーションである。


 私立蓼園学園のOCは、日本語禁止である。特進クラスに限っては。

 つまり、一般クラスは比較的緩く、日本語OKである。



 鐘の音が鳴り終わると同時に入室したのは、入学当日の午後、眠る憂の肩に、自身のカーディガンを掛けた英語の女性教諭・山下と非常勤講師・デイビッドである。デイビッドは、さほど大きくない。175cmと言ったところか、体型も痩せ型でヒョロリとした虚弱な印象を受ける。



「 Mr.Keinosuke Ikegami? 」(池上 京之介さん?)


「 Yes 」(はい)


「 How's it going? 」(調子はどう?)


「 I'm fine. 」(げんきです)


「 It is more than anything. 」(それは何よりですね)



 非常勤講師・デイビッドは点呼を取っていく。日本語の五十音順で並んだ名簿のようである。英国出身のネイティブな発音による点呼と、その後に続けられる、ごく簡単な質問は5組の生徒たちに、程良い緊張感を与えているようである。





「 Mr.Kenta Takami? 」(鷹見 健太さん?)


「 I'm here! 」(はい!)


「 How Are you doing? 」(元気かい?)


「 Great!! 」(最高です!!)


「 Oh, you're so excited! What’s going on? 」(すごいテンション高いけど、どうしたかな?)


「 It is always like this. 」(いつもですよ)


「 HAHA! That's nice! 」(はは! それはいいね!)


 デイビッドは健太の冗談交じりの英語を気に入ったようである。健太は得意科目は英語らしい。意外過ぎる。



 そして、鷹見 健太の次は立花 憂である。上機嫌のまま、憂の名前を呼ぶ。


「 Ms.Yuu Tachibana? 」(立花 憂さん?)


「――――――」



 …………。


 返事が無い。上機嫌だったデイビッドの表情が陰る。


「……憂?」


 千穂が憂の二の腕を肘で突っ付く。憂はぼんやりとしたまま反応しない。

 デイビッドは教壇を降り、窓際より憂の席に近づきながら、ゆっくりと、もう1度問うた。


「 Ms.Yuu Tachibana? 」


「――え? ――はい――」


「 English,please. 」(英語でお願い)


 憂は小首を傾げると「――え?」と困り顔だ。周囲の友人たちは、心配そうに2人を見ている。


「 Dave...? 」と山下先生が心配顔で問い掛ける。デイブは全世界のデイビッドさんの愛称として広く使われてる。


 今回のこの英語教師の心配は憂に対してでは無いようである。デイビッドに対して向けられている。

 添枡の一件がある為だろう。あの一件以降、憂に対し、どこか腫れ物に触れるような態度となった教師も多く見られている。


 山下先生の心配にデイビッドは(つたな)い日本語で応える。山下だけで無く、生徒たちにも聞いて欲しい事柄なのだろう。


「ダイジョウブ。ワタシハ、ゆうさんと……5くみのみなさんに……イイタイこと、あるだけです」


 デイビッドは憂に向き直る。彼は、青い瞳で少女を捉え、優しい口調で問い掛けた。


「ユウさん……? アナタは……キイテ……いましたか?」


 憂はいつもの通り小首を傾げ、ゆっくりとデイビッドの言葉を理解すると、立ち上がり、頭を下げ謝罪する。


「――ごめんなさい――」


 そう。謝罪である。憂は聞いていなかったのである。


「OK……。すわって……クダサイ」


 デイビッドはジェスチャーを混じえ、優しく憂に着席を促した。



 憂が着席を見届けると、教室内を見回す。


「ワタシは……そえますセンセイの……じかん……みたこと、アリマス」


 突然、出てきた添枡の名前に教室内の空気がもう一段、張り詰めた。このクラス内で彼の名前はタブーとまではいかないが、好まれない。


「すばらしい! そう……おもいマシタ。カレは……本当に……proプロfessionalフェッショナル! アレダケ、こどもたちニ……しんけんナ……かおを……できる、Teacher……ノーノー……professor(プロフェッサー)! デシタ!」


 デイビッドは顔を紅潮させ熱く語っている。5組の面々の中には、嫌悪感を隠さない者も居る。

 憂は真剣な表情で聞き入っている。タブレットは未使用である。どこまで理解できているかは不明だが、熱く語る何かは伝わっているのかも知れない。


「3くみハ……いまも、しんけんデス」


 3組は添枡が担任であった。添枡が依願退職した後も真面目に勉強に勤しんでいるらしい。さすがは特進クラスである。真剣にやらねば置いていかれる。


「5くみハ……ドウデスカ? Ah...Oh... 」


 大事なところなのだろうが、デイビッドは言葉を詰まらせてしまった。良い日本語が思い付かない様子である。


「 Um...Ms. Yamashita, could you take attendance of the rest of the class instead of me? 」(すいません……山下さん、点呼を取っておいて貰えますか?)


 彼は背広のズボンの後ろポケットから、スマホを取り出すと操作し始める。慣れた手付きだ。


 山下先生は彼の依頼通り、点呼を取り始める。彼女の点呼は質問無しの簡素なものだ。





「 Ms.Chiaki Yamashiro? 」(山城 千晶さん?)


「 Yes,I'm here. 」(はい)



 山下は点呼を取り終えるとデイビッドの近くに寄り、生徒たちに背を向け、ヒソヒソと英語で会話する。



 山下は会話を終えると生徒たちに向き直った。


「えー。皆さん。私も不安になったので添枡先生の……きっかけとなった出来事について聞いてみました。デイブは、その時の暴言、暴行に対しては全面的に批難して下さいました。教師としてあってはならない行動だと。だから、それを踏まえた上で安心して聞いて下さいね。デイブの言いたい事には私も思うところがありますので……」


 山下先生の言葉に教室内の空気が一段階、軽いものとなった。

 そして「 Dave 」と彼を促す。


 彼は教卓に立つと、申し訳無さげな表情で頭を掻いてから語り始めた。


「ごめんナサイ。わたしモ……ニホンゴ……べんきょうふそく、デシタ。ひとに、いえないデスネ」


 そこまで言って苦笑した後、再び日本語を紡いでいく。


「やましたセンセイニ、ききマシタ。ニホンゴ、むずかしい……」


 Oh……と、額に手を当て大げさに天を仰いだ後、正面を向き、表情を引き締め直す。大げさに見えるジェスチャーはお国柄だろう。


「わたしガ……センセイニ……おそわった……コトバ」


「それハ……」



『ナガサレルナ!』



「5くみ……ぜんぶ、そう。でも……ゆうさん、とくに……あなたニハ……あなたダカラこそ、このコトバ……Present(プレゼント)……したいデス。もうイッカイ、イイマス。『ナガサレルナ!』。じぶんを……じぶんを……Oh...」


 デイビッドは、またもや大切なところで言葉に詰まってしまった。困った顔で山下に救いを求める。

 なるほど。日本語が拙い自分と言葉が出にくい憂。言葉での意思疎通への難と云う共通点がある。その為、熱く語っているのであろう。


「自分を……強く……持ちなさい……」


 引き継いだ山下の言葉を小首を傾げ、ゆっくり理解すると「――はい――!」と憂は力強く頷いたのだった。


 教師と講師、2人の口元が綻ぶ。


 山下もまた、1週間、過去3度の授業に於いて、憂を見てきた。

 少女の辛い過去と、今現在の健気な姿が相俟(あいま)ち、既に思い入れの強い生徒になっている。

 その少女は現状に甘んじ、流されてると感じていた。自分の意思を持つ事も無いように見えていたのだった。


『流されるな』


 自分がデイビッドに教えた言葉。

 その言葉に力強く頷いてくれた、薄幸だが絶世の、脆く儚い美少女。きっと彼女の中の何かが変わる。そんな風に思えたのだった。




 それから、授業は平常に戻った。いや、平常では無いのか?

 この日の授業では、今まで英語に挑戦しなかった生徒も、拙く発音の悪い英語を果敢にも駆使し始めた。いつもより生徒にやる気が感じられた。英国人の熱い語りにより、5組全体の空気が変わったのである。



 OCの時間の最後、デイビッドは自身は普段、授業の無い時間には、中央管理棟の外国人講師控室に他の非常勤講師と共に居る事が多いと言う事。そこを訪ねてくれれば、いつでも話にも勉強にも応じる事。そして、デイビッド自身、今よりも日本語の勉強に勤しむ事を約束した。




 余談ではあるが、この話は総帥の耳に入ると、(いた)くデイビッドを気に入り、次の非常勤契約の更新の際、正規採用される事となるのだった。




はい。英語出来る方が読まれたら分かると思うんですけど……私、英語出来ません。

調べながら苦労して書きました(苦笑


元々は退場した添枡先生の役目だったんですけどね。


暴走させてしまった事でこんな事に……。


……と言うわけで英文やら、和訳やらに「こう修正したほうが」などありましたら、ご指摘お願い致します。

「なんか変だよ」等のご指摘では英語ダメなんで、修正できません……(苦笑



※私めに赤ペン先生が降臨なさいました。

 英文を修正しております。

 9/11に……。


 報告遅れました。反省しております……。


 そして赤ペン先生、ありがとうございました!

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