32.0話 生徒集会の裏側で
……埋もれちゃった。
PV数やばいっす(苦笑
まぁ、雌伏の時なんでしょう。きっと。
『カクヨム』さんでも投稿開始しました。
更新はこちらが随分と進んでますけどね(笑
……生徒集会、すっごい人だったよ。5月なのに、冷房入ってるほど。
たった今、私たちの教室に戻ったところ。憂は、すぐに自分の席に座った。席の場所は覚えたみたいだね。私は……やっぱり憂のすぐ横だね。自分の机に、もたれるように腰かけた。康平くんはまだ、廊下を覗いてきょろきょろしてる。
憂は……生徒集会でも大勢に話しかけられたんだ。すっごく困って、げんなりしてた。だから人に酔った事にしてね。生徒集会から抜けちゃった。
憂に関するプリントが配られたはずのC棟の中でも、ほとんどの場合で、ゆっくりとは話しかけて貰えないからね。
でも、仕方ないと思う。ゆっくり話しかけてたら、他の人が話しかけちゃうから。だから他の人に負けないように話さないといけない。難しい問題だよね。
教室に戻ったのは、私と憂と康平くんの3人だけ。あとの仲間たちは気になるからって、大体育館に残ってる。
私たちが昨日、生徒会長と一緒してたのは、みんな知ってるはずだからね。私は……もう、どうにでもなれって感じかな? たぶん、生徒会長さんは憂の事に触れると思う。昨日の今日で生徒集会とかタイミング良すぎるもん。
「千穂――ごめん――ねる――」
ん。憂は机に伏せちゃったね。午後はお休みの時間だからねー。蓼学じゃなかったら毎日、怒られてるんじゃないかな? ホント、蓼学で良かったよね。
……入学金は、お高いんだけどさ。
ちなみに生徒集会の様子は、梢枝さんが撮ってきてくれる約束。梢枝さん万能説が私の中で芽生えてます。
私たちが大体育館に到着したのは、5時間目の開始ぎりぎりの時間だったんだ。
憂の食事が遅くて、そのあとトイレに行って……大体育館まで10分使って到着だったからね。私が1人で行けば、普通に歩いて5分くらいなんだけどな。憂にとっては微妙に距離があるよね。
大体育館は観客席付きのホールみたいな体育館。バスケとかバレーとかの色んな大会の会場にも使われるんだよ。完全にホームゲームになるから有利なんだよね。よその学校から見たら、かなり卑怯なんだと思う。満員の場合には360°、蓼学の生徒やOB、PTAから見下されるんだからね。こんなでっかい体育館作ってホームゲーム化しちゃうのも、もちろん学園の作戦だと思う。なんかね。生徒数増加に命賭けてるって感じ?
でも、この大体育館。建てた時はC棟が無い頃らしくてね。今では手狭になっちゃってるんだよ。観客の収容人数は5000人。高等部の在籍生徒数は、今年も8000人超え。生徒集会は強制参加じゃないから何割かは来てないと思う。でも、今の生徒会長……文乃さんの人気って凄いし、これが終わったらHRがあるし……。遅くなった私たちは立ち見状態。
席、空いてないなぁ……とか、観客席の最後列後ろの通路で思ってたら、近くの3年生男子2人組が憂に気付いて譲ってくれた。あそこで好意を受けちゃったのが失敗だったかも? 拓真くんと勇太くんが憂を挟む形だったから、ほいほいと近づけなかったと思う。喧嘩した後でバンソーコー付きだしね。立ってた場合は、立ちっぱなしに憂が耐えられるかどうかが問題になっちゃうんだけどね。
生徒会長の文乃さんは、まず生徒会予算の報告。いつもはこんな報告は各棟の生徒集会でやっちゃうみたい。席を譲ってくれた3年生が言ってたんだよ。だから少し質問してみた。優しい人みたいだったしね。
質問した内容は生徒会長の選出方法。この学園では各棟から、それぞれ棟の代表者を選挙の形で決めちゃうんだって。その代表者から生徒会長が選出される……って、その先輩は言ってた。入学直後に聞いてるはず……とか追加の言葉があったけど……覚えてないよ?
リコちゃんが言い忘れてたに違いないよ。そう言う事にしておきます。
予算報告が終わって一段落。その時にC棟の生徒に見付かっちゃった。その人が騒いじゃったから、他の棟の人たちも騒ぎ始めちゃってね。
それで、逃げてきちゃったってわけ。
すぅ。
すぅ。
規則正しい、穏やかな寝息だね。
呼吸安定。バイタルサイン正常! ……なんてね。
「千穂さん。ちょっといいでっか?」
じぃぃぃぃ。
ジャージ上のファスナーを下げながら近づいてくる康平……さん。
な……何かな?
康平さんは私を真剣な顔で見ながらジャージを脱ぐ。現れるTシャツ。そして、厚い筋肉。そんなのジャージの下に隠してたんだ……。すっごい……じゃなくて! なに!? なんですか!?
……康平さんはジャージを憂の肩に掛けてくれた。
ちょっと……びっくりしたよ?
「千穂さん?」
「え……あ。はい。なんですか?」
思わず敬語。康平さ……くんが困った表情に……。
「千穂さん? なして敬語? 嫌や言うとるやないか……」
「あはは……ごめんごめん。康平くん」
言った途端に笑顔な康平くん。いかつい顔なのに可愛いとか思っちゃったじゃない。ちょっと反撃しとこ。
「私だって『さん』付け嫌だよ?」
康平くんは小首を傾げて思案。それは可愛くない。
伝染っちゃうのかな? 憂の癖。
「せやかてなぁ……。護衛対象者の大切な人やさかい……なぁ……」
大切な人……か。たぶん、そうなんだよね。憂は……たぶん、まだ私の事を想ってくれてる。
……どうしたらいいんだろうね。
「千穂さん?」
「『さん』付け嫌や! やめたってや!」
真似してみた。あはは。困っちゃってるね。
「千穂……ちゃん……」
うわ! むず痒い! 言うんじゃなかった!
「……うん。何かな?」
……言ったものは仕方ないよね。憂は『さん』付けって、嫌じゃないのかな? 康平くんの年齢を理解してるか解らないけどね。
「梢枝から聞きましたわ。傷痕の事……」
「そう……」
……仕方ないよね。梢枝さんが言わなくても、すぐに広まるし。
「あれは事故後に……事故とは違う理由で出来たものでっか?」
「そう……だと思う。私も直接は聞いてないんだよ。そんな事、聞けないし……。でも、面会した1月……。総帥さんが記者会見で……優が……んだから辞任するってニュースが流れて、そのあと。その時には、もう右手首と首には包帯が巻いてあったんだ……」
「さいでっか……」
憂を見ながら言ったその言葉とその表情。辛そう。悲しそう。最初は雇われたから……仕事だからって、近づいたのかも知れないけど、今は憂に惹かれてるんじゃないかな? 違うのなら、かなりの役者さんだよ?
「他に……何か知ってまっか?」
他に……?
「康平くんと梢枝さんが、どこまで知ってるのかわかんないよ?」
康平くんはアゴに手を当てながら、ちょっと歩いて自分の席に座る。私の席の斜め後ろ。私は自分の机に腰掛けてるから、微妙な距離感。
「俺に届いた総帥の指示は『立花 憂を護衛し記録する事』……それだけだ。事故の後遺症に苦しむ不憫な子だから守って欲しい……。それしか聞いてないんだよ。千穂…ちゃんたちの事も何も聞いてなかった」
……関西弁じゃないね。普段から偽物っぽいけど。
「……それは誠意?」
「え? 何が?」
うーん。すっとぼけなのか、素なのかわかんない。康平くんって掴みどころがありすぎて、逆にわかんないんだよね。梢枝さんとは違うタイプ。
「……信用できない?」
信用……できるよ。まだ、ほんのちょっとのお付き合いだけどね。この人は大丈夫。梢枝さんも大丈夫。だから憂が優だって事も話した。女の感ってやつなのかな?
「私が知ってるのはね……。優が憂になったって事と、事故の後遺症の事だけ。それも全部は教えられてないと思うよ。思考能力低下、記憶障害、言語障害、軽い右マヒ。フラッシュバック。これは知ってるよね? あとは嗅覚障害。痛みが無いなんて知らなかった。忘れてたって島井先生は言ってたけど、そんな大事な事、忘れるかな?」
ちょっと……寂しいよね。
私は……私たちは信用されてないのかなぁ……?
「学園復帰の為に話した事は? 話し合い……してるはずだよな?」
「憂が優だって事は隠さなきゃいけないんだって。それが優の為なんだって。優の為ならって私たちは協力してる。私も優が変な目で見られるとか絶対に嫌だし、これからも協力するよ。島井先生が何か隠してる事は分かってるけどね」
「それで……いいのか……?」
「島井先生の憂を見る目……見た事あるよね? あの目って、ちっちゃい頃に見た事ない? 私……あるんだ。私が転んて泣いた時とかにね。お父さんがあんな目してた。今じゃそんな目、あまり見ないけどね。時々程度」
「そう……あ。さいでっか……。あー。関西弁の事、忘れとったわー」
ぼりぼりと頭を掻く康平くん。
「あはははは……」
何か無性に面白くてね。でも、すぐ近くで憂が寝てるの思い出して尻すぼみ。
「みんなそれぞれ憂さんの事を考えてんのやなー」
……うん。そうだね。
それからしばらくは、他愛のない話が続いた。
『憂さんと付き合ってたんよね?』などと康平は時折、混ぜ込んでいた。どうやら優の事が聞き出したい様子であった。
だが、優の話に触れようとした途端、千穂は憂を見詰めたまま動かなくなった。明らかに優の事は話したくないと云った様子を見せる。康平が質問を変えると千穂は、また答えていた。
その憂は、いつの間にか自身の左腕を枕に横を向き、その愛らしい寝顔を千穂に見せている。
千穂はハンカチを取り出すと、憂の口元を拭う。涎が垂れていたようだ。
「んん――」
憂は、そのハンカチの感触に愛らしい寝顔を顰める。
「ぅぅ――ゃ――」
はっ! っは! ……はぁ。
そんな時、憂に異変が起きた。千穂が訝しげに「……憂?」と、その顔を覗き込む。
はぁ……ひっ! はっぁ……。
呼吸が乱れ、苦しげに端正な顔を歪める。千穂と康平の表情に焦りが浮かぶ。
「……憂?」
「ぃゃ――ぃやだ――」
「憂!?」
「憂さん!?」
「ぃやだあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
憂は叫ぶ直前に体を起こした。そして絶叫……。
千穂は憂を抱き締めた。ガタリと椅子を倒し、康平は駆け寄る。
「あ。はっ! ひぃ――は、はぁ――ひゃぅ――」
「憂!? 憂!?」
「ひゃ――あ。ひゅ――ぅ――」
「憂ってば!!」
「過呼吸だ! 千穂さん! 慌てず……落ち着いて……背中を撫でて……」
康平は自身をも落ち着かせるように、千穂にゆっくりと語りかける。その間も憂の呼吸は激しく乱れている。涙と鼻汁と涎が千穂の純白のセーラーカラーを汚していく。
千穂は康平の言葉を受け、背中を優しく擦り始める。
それから何分経ったであろうか。
「すぅ――はぁぁ――すぅ――はぁぁ――」
「そう……薄く吸って……深く……吐く。……すぅ……はぁぁ……すぅ……はぁぁ……。そう……上手だ……」
康平の指示に従い、憂は呼吸を取り戻していく。
「憂……大丈夫……。大丈夫……だよ……」
憂は過呼吸を起こす直前、『嫌だ』と叫んだ。おそらく夢の中で事故の瞬間を見た……。千穂はそう思う。
憂は小さく空気を吸い「ふぅぅぅ……」と長く吐き出すと笑顔を見せた。
康平は、その笑顔を最後に声掛けを終了した。
千穂は笑顔を見られなかったものの、呼吸が落ち着いた事を感じ、憂への抱擁を解いた。
「憂……? ……落ち着いた?」
千穂の言葉に、憂は肩で息をしながら答える。
「はぁ――あり――がと――ふぅ――」
「ううん……」
憂は繰り返し、酸素の取り込みを行ない、呼吸を整える。
康平の指示した薄く吸って深く吐くという行為は、飽和し切った血中酸素濃度を下げる為の指示である。
過呼吸が落ち着いた今、今度は酸素の取り込みが必要なのだ。
康平はそれをゆっくりと待つ。憂の行動待ちには、すでに耐性が付いているようだ。千穂はハンカチで憂の小さな顔を拭う。その顔は色々とベチャベチャだ。
ある程度は拭けた。拭けたがもう少し何とかしたい様子だ。
憂の呼吸は拭いている内に、完全に正常なものへと戻っている。
「憂……? 立てる? 顔、洗いに行こ?」
憂の返事は無かった。行動もしない。左に小首を傾げ、表情をも固めた。
「なんどめ――かな――?」
少し待ったら話し始めてくれた。
……フラッシュバック。夢が原因で起きるなんて思わなかったな……。
やっぱり事故の時の……なのかな? 何度も……って。
「――びっくり――?」
「…………うん」
何が起きるかなんて知らなかったから……。
「だいじょうぶ――なれた――から――」
慣れた……って……。
あんなに苦しそうで……。
思わず、また抱き締める。
いたたまれない。
可哀想……。
代われるものなら代わってあげたい……。
そんな気持ちがあふれて。とまらなくて。
――――――――――――。
「千穂――いい――におい――」
………………。
……何を言ってんの……こんな時に……。
――――――。
「……憂さん? 今……なんて……?」
いい匂いって……え?
……えっ!?
「わっ――!」
康平くんの言葉がゆっくり私の頭に浸透……。すぐに肩を掴んで憂の体を離して、その顔を見詰めた。ちょっと乱暴になったけど、それは許して。
憂の綺麗な顔が、いつも以上に輝いてた。何とも言えない笑みを浮かべて……それでも頬に涙が伝って……。
がらぁーーーー。
スライドドアが開く軽い音が聞こえた。
「ただいまー! あー!! 千穂が憂ちゃん泣かしてる!!!」
「あ……ホントだ……。今度は何したの?」
今度は……って何よ。
……って思ったけど、先に聞かないといけない。
嘘。冗談でした……とかじゃないよね?
「千穂ちゃん、待っとくれや」
康平くんが待ったをかけてきた。康平くんはドアを見てる。釣られて私も……。
佳穂、千晶に続いて入ってきたのは拓真くんと勇太くん。
ちょっと遅れて梢枝さん。
「千穂!? どう言う事!? 説明!!」
「ちょっと待って……」
なんかみんな私を見てる。責められてる気分なんだけど……。実際、佳穂は責めてきてるし。
「佳穂ちゃん、待ったってや。梢枝。終わったんか?」
「終わる前に抜けさせて貰いましたわぁ。混雑は目に見えてますから……」
「他の連中は?」
「……まだやと思います……けど、見ときますわぁ」
そう言って、梢枝さんはスライドドアを受ける側に背中を預けて、ドアを足で止める。廊下の様子を見ててくれるみたい。
「千穂ちゃん?」
康平くんにしっかりと頷いて、憂に向き直る。
「千穂……一体、「佳穂」
千晶が佳穂を止めてくれた。
「憂……? におい……わかるの?」
「――うん!」
涙はもう止まってた。涙の跡を残したまま……ただ全開の笑顔だったよ。