31.0話 黒いリストバンド
登場人物紹介、大苦戦中です。
多いんだよっ! ……って、自分にツッコミ入れてます。
未完成でUPして、追加していこうかな……とか思っています。
―――5月12日(金)
「おはよ!」
「千穂おはよー! 相変わらず早いねー!」
「おはよ。今日は勇太くんと一緒じゃないんだね」
「千穂が嫉妬の目で見詰めるから」
「千穂はそんな目で見ないよ。可愛い彼女がいるから」
「千晶っ!!」
なんか私……最近、いじられキャラになっちゃってるよね。こんなはずじゃなかったのに。
「――佳穂――千晶――おはよ」
何テンポも遅れて憂も挨拶する。ううん。逆だよね。私たちのテンポが速かっただけ。なんかハイテンション挨拶だったし。
「憂ちゃん……おはよ。今日も……可愛いね」
佳穂もうんうん頷いてる。憂は俯いちゃった。毎日言われてるのに、まだ『かわいい』って言葉は恥ずかしいみたい。顔は見えないけど、はっきりわかるよ。耳が口程に物を言ってるから。つまり……耳が赤くなってるんだ。
今朝の登園も、昨日に続いて平和だったんだよ。
ちょっとシャクだけど、昨日から梢枝さんに言われた通りに早く来てるんだ。
憂が1人だと、すぐに取り囲まれちゃうのはホントだから。
私と歩いてても、立ち止まったりしたら取り囲まれちゃうからね。
あの小さくてハンデのある体だと、逃げ出す事もできないから……守ってあげないとね。
お姉さんは『ありがとう。よろしくね』って、言っただけだった。
この前の電話の話って言うのは、人の耳があったらダメな内容なんだと思う。優の事……なんだろうね。
お姉さんは車の傍で、私たちが見えなくなるまで見送ってくれた。心配そうなのにどこか暖かい。不思議な目だったな。
康平くんも梢枝さんも早く来てるみたい。私より早いのかな? たぶん、そう。
憂を迎えに行く前。正面玄関で見かけた時、康平……くんが、憂の上靴をチェックしてた。知らない人が見たら変態さんだよね。私は知ってるからいいけどさ。
梢枝さんがすればいいのに……って、ちょっとだけ思ったけど、梢枝さんなら一蹴しちゃうと思う。
『ウチの仕事は記録ですから』……とか言って。
その梢枝さん。隠しカメラを設置したみたい。康平さ……康平くんが空いてる下駄箱をチェックしてたから間違いないと思う。
そこまでする必要あるのかな?
…………あるんだよね……きっと。
佳穂と千晶が男子勢に挨拶してたらリコちゃん到着。
「おはようございます!」
「おはようございますー」
「おはよー」
リコちゃん先生の元気な挨拶に、教室中からお返し挨拶。私も挨拶。憂も遅れずにしっかりと挨拶。
ホワイトボードの上のシンプルな丸い時計を確認。いつもの通りの8時50分。リコちゃんって、抜けてるように見えてしっかりしてるんだよね。
リコちゃんは教卓に両手を付く。最近の朝礼でのいつもの姿勢。
「今日は……」
たっぷり溜めるんだよ。最近。どうせ『何もありません』だよね。
「お知らせが……」
はいはい。『ありません』ですよねー。
「ありました! そろそろこのネタもお終いにしようと思ってたんですけどね。引っ張れて良かったですよー!」
…………。
沈黙の教室。
日本かぶれのハリウッドの人が、大暴れしそうな言葉になっちゃったよ。
明日もそのネタ引っ張るのかな?
「えー。急な話なんですけど、生徒会が生徒集会の開催を申請しました。本日の5,6時間目のHRの時間を利用しての全生徒集会となります。自由参加ですけど、なるべく出てくださいね。5時間目が始まる前に、各自で大体育館に集合ですよ。クラス単位で集まる必要は無いそうです。」
ざわざわ。リコちゃんの言葉が途切れる前にいたるところでざわざわ。
そりゃそうです。当たり前。生徒数、かなり多いから。全員集めるだけで時間かかるから。
「生徒会側は早めに終了すると言ってるみたいですけど、球技大会の話し合いの時間は、かなり短くなっちゃいますね。皆さん、ある程度は決めておいて下さいね。サボって帰っちゃったりしたら、勝手に決めちゃいますから気を付けてください!」
「「はーい」」とか何人かの気のない返事。
その中に「せんせ? いきなりなんで?」って声が混じってた。
有希さんの疑問は当然かも。私も知りたい。
「生徒会の申請理由は、学園内の風紀と現在の環境について……だそうですよ。急な話でしたので私も詳しい事は分かりません」
風紀? 環境? なんか嫌な予感……。でも、まさかね。
「最後に今日の1時間目は数学です。新しい先生ですからねー。みんな優しくしてあげてねー! それじゃ!」
しゅた! ……って手を上げてリコちゃんは教室を出た。1-5の担任の先生もなかなかテンション高いよね。
その1時間目の数学。新しい先生は若い女の先生だったよ。
その先生は、ゆっくりと憂に問い掛けてくれた。誰かさんとは大違い。それで憂が正解するとそれはもう、ものすごく褒めちぎったんだ。
先生は添枡が教えた範囲が分かってなかったみたい。いきなりの交代劇だったし、仕方ないと思う。それで、ちょっと先の問題を出しちゃったから。それを憂が正解したから。憂もよく予習してるよね。見習わないと。
……数学、得意だったっけ?
2時間目は保体。今日も自分たちで好きなところに行っておっけー。
やっぱりC棟体育館なんだね。憂がキラキラ輝く瞳で見上げてるし。悔しいけど、ホンットに可愛い!
「バスケ……?」
即座にうんうん頷くお姫様。ま、仕方ないかな? 昨日は最初からウトウトしてて、全然出来なかったし。
「わかったよ……はやく……行こっか?」
『はやく』って言ってる辺りで憂は立ち上がった。なんか犬っぽい。振り回される尻尾が見えるよ。そんなの生えてる訳ないのにね。
今日も着替えは、体育館傍の更衣室。扉を開けると人影いっぱい。けっこう混雑してますねー。
2時間目が終わって、すぐに向かったんだけどな。手前で立ち止まってる憂の両手を佳穂と千晶が引っ張り込む。いい加減、慣れてくれてもいいのに。
あ。梢枝さんは当たり前のように憂の少し後ろね。
「「「きゃ~○×△□#」」」
真っ赤な顔で入室した憂に、6組女子軍団の歓声……って言うか悲鳴。こっちもいい加減、慣れてくれてもいいのに。それにしても6組勢多いよ? 全員じゃないとは思うけど……。
火曜日なんて2人だけだったのに。
5組は私たち以外、ちらほらくらいなんだけどね。
憂をベンチに座らせてあげたら、6組女子軍団が周囲に集まっちゃった。下着の人は近づいて欲しくないんだけどな。
でもね。それでも少しは他のクラスの子たちにも、憂に近づく機会は必要なんだと思う。ガス抜きって感じかな?
「やっぱりここで着替えなんだねー!」
「憂ちゃんは……バスケ?」
「うん。みっきーの言った通りだね!」
「6組ってC棟体育館使うの卓球だけだからねー」
「そうそう。ここだけ。「――バスケ」んに会いに「「きゃ~○×△□#」」
うん。大混乱です。憂がちょっとしゃべっただけなのに。愛されキャラだねー。でも着替えないとねー。みっきーさんは火曜日で着替えをご一緒した人かな? お互い会話だけで終わったし、わかんない。
……じゃなくて、着替え。
「憂? 着替え……」
憂に耳打ちするとすぐに動き出した。2回の遅刻は覚えてるみたいだね。
私たちは少し離れて見守り開始。
スナップボタンをプチプチ外して、脇のファスナーを上げて……。今日はスムーズだね。昨日もスムーズだったけど。
憂はセーラー服を脱ぐ前に、巾着から体操服を取り出して膝の上に乗せる。下着姿の時間を短くする工夫が見られますね。
赤い顔のままで白いセーラー服を少し苦戦しながら脱ぐ。続けてインナーのシャツ。またすぐに体操服を頭からすぽん。
おー。なかなか早かったね。6組女子たちも空気を読んだんだろうね。今は静か。騒がしくするのは着替え終わってから。たぶんだけど、間違いないと思う。
ぽんぽんって、右手左手の順番で体操服から、白くてほっそい手が生える。可愛い着方してるんだよね。ちっちゃい子みたいだよ。右手が使いにくいからそうしてるのかも知れないけどね。
……あれ? 最初の時は私が頭からかぶせたような……。
私のせいかも?
「憂ちゃん……リストバンド……なんで?」
…………?
嘘!?
普通、聞く!?
想定外!
どうしたらいい!?
何か切り抜ける方法は!?
梢枝さん! 梢枝さんは知らない! 佳穂も千晶も知らない!!
「――ばか――した――から――」
…………。
あー……。
……憂を……とめる事も。
私……ダメだなぁ……。
静かになっちゃった。はは。
……みんな聞いちゃったよね。
「噂……本当だったんだ……」
……?
腕を掴まれたから見上げるとその人物は梢枝さん。
「これで……ええんです……」
そっと耳元で囁かれる声。
どうして……?
問いかけた6組の子。その子は憂の左手首に優しく触れた。
「ごめん。聞かないほうが……良かった……かな?」
憂と質問した子を見比べる。憂は小首を傾げてる。その子の目は潤んでて……。
……?
他の子たちも……。
「何があったか……なんて……聞かないよ。でも……もう……ダメだからね……絶対」
……憂は何も言わない。ちょっと長いから、理解が追いつかないのかも。それとも、何も言えないだけ? わからない。
「味方だよ。あたし。河し「私も!」
質問した子が名乗ろうとしたみたい。でも、その言葉は遮られた。
「憂ちゃん、友達……なれるかな?」
「大丈夫! 何も怖くないよ!」
「ぅやぁぁぁ――!」
「みんな憂ちゃんの味方だからね」
みんな……優しいね。優しい……。このロッカールームのほとんど全員が憂に優しい。憂の周りに集まらなかった子も……なんて言うのかな? 同情? ……悲哀? そんな表情で憂を見詰めてる。
その中心で憂は、下着姿の子に抱きつかれたり……で、目を白黒させてた。
それからは6組の子と、普段は遠巻きに見てる5組の子。その子たちがお世話しちゃった。上靴を脱がすのも、ハーフパンツを足に通すのも、立ち上がるフォローも、その後にハーフパンツを引き上げるのも。
あー。スカートも脱がされちゃったね。
憂は放心状態でされるがまま。制服も6組の子がロッカーに丁寧に収めてくれた。
…………。
…………えっと。
…………なんか。
過保護ですね!
手を出しすぎるのは良くないよ!
憂も何やってんの!
「気持ちは分かるよ。うん」
「千穂。眉間にシワ」
「知りませんっ!」
あー。なんかイライラする。
「取られてしもうたら困りますか?」
…………。
取られたら……嫌だな。なんだろう? すっごく、もやもやするんだよね……。
………………。
あ……そうだ。
「どうして……これでいいんですか?」
「それは後にしておくれやす。必ず話しますよって」
……むぅ。
煮えきりませんね。
あ! 今日、体育館シューズじゃない。バスケットシューズだ。この前、お昼ご飯で一緒した優子さんが憂の巾着から取り出したのは、紛れも無いバッシュ。ハイカットで靴底がピンク。女の子っぽい色使い。
あれって、憂の病室に置いてあったバッシュだよね?
「それは――じぶんで――」
騒がしい中でも通る声。
憂は優子さんからバッシュを受け取る。
ゆっくりと足を通して、丁寧に靴ひもを締めていく。憂が蝶結びをしようと左手で輪っかを作る。
右手でもう片方の紐をつまんで……失敗。
憂の目の前の女の子が代わりに結ぼうとしたけど、「――じぶん――で」って譲らない。きっと、バッシュには想いが詰まってるから。
「あ……千穂?」
千晶の声が聞こえたから「行ってくるね」って言っておいた。近づくと憂の前の子によけてもらって、そこにしゃがむ。
……やっぱりまだ結べてないね。右手が不器用だから予想通り苦戦中。
真剣な顔で結んでた憂が私に気付いた。
「千穂――おねがい――」
「きつく……だよね?」
「――うん」
憂は……優はローカットのバッシュだったんだ。そのローカットのバッシュの紐をこれでもかってくらい、きつく強く結んでたんだよ。
私は紐の交差してる部分を引っ張って、つま先側から締め直していく。
これでもか!
……ってくらい引っ張る。交差してる部分を1つ1つ、足首に向かって順番に引っ張る。最後に足首で蝶結びして、片方おしまい。
もう片足を同じようにしてたらチャイムが鳴っちゃって……。
みんな慌てて体育館に。私たちだけが取り残されちゃった。
優子さんが「うまい事言っておくね!」って言ってくれたから大丈夫……かな?
3回連続の遅刻なんだけどね。
憂はチャイムが鳴り終わると、心底申し訳無さそうな顔で「また――ごめん」って。私は苦笑いしながら首を「ううん」って横に振った。仕方ないよね。
憂の支度が終わって、私たちも急いで着替えた。
「憂ちゃん、見てもいいのにー!」って佳穂が言ってたけど、憂は力一杯、目をつむってて可笑しかった。
着替えながら梢枝さんに、さっきの質問をしてみた。残ってたのが『知ってる』メンバーだったから。
「ウチも……もしかして痕でも隠してはる? ……とか、思うとりました。千穂さんもいけずですねぇ」
……うん。いけずですね。
火曜日に憂が優ってバレて、今日までの3日間、伝えられてなかったから。周りが『知ってる』人だけになる機会って、ホントに見付からないんだよ。
「タイミングが無かっただけですよ」
本当の事を言ったのに「そう言う事にしておきますわぁ」だって。
ちょっとムッとしたら意地悪そうな顔で笑ってた。からかわれてただけっぽいです。
「千穂? 話逸らされてるよ」って千晶の声で思い出した。本題。
梢枝さんをジト目で見たら、もっと意地悪な顔をしてた。なんだかなぁ……。
「勘違いしてくれはったほうが、ええと思いませんか? その方が憂さんと優さんが繋がりにくい思いますわぁ。わざわざ目立つ黒のリストバンドなんもそう言う事やと思いますえ?」
自殺って言葉を使わずに、言葉を選びながら話してくれた梢枝さん。
その内容に私の目からウロコ。佳穂も千晶も。たぶんだけど。
みんな頭の中身なんか見えないから。脳の状態なんかわからないよね。優の事故は、ほとんど全員が知ってるはず。大きなニュースだったから。だから、憂の後遺症の原因が自殺って広がれば、優との根本的な接点が遠く離れるんだね。なるほどなぁ……。
……島井先生もご家族も教えてくれればいいのに。
「敵を欺くには、先ず味方から……ですわぁ。島井先生とは気が合いそうですねぇ」
そう言えば、某数学教師騒動で、この人もやってたね。
佳穂と千晶を見ると、2人とも白い目で梢枝さんを見てた。私も白い目で見ておいたよ。
梢枝さんは嬉しそう。喜ばせただけ?
きゅっきゅ。
憂が歩いたり、軽くステップ……? 踏んだりしてる音が響いてる。
着替え終わってからも、話は続いちゃった。梢枝さん、全く急がないんだよ。いつもと同じゆっくりしたしゃべり方。
「わざわざ両手にリストバンドしてはるのも、なるほど納得ですわぁ。本当は右にあるんやないです?」
「はい……」
きゅっきゅ。きゅっきゅ。
直接、見たことは無いけどね。初めての……ううん。2回目の面会だね。1回目の時は憂が転んで即、終了しちゃったから。
その面会の時、右手に包帯巻いてた。うん。これは間違いない。
「普通は左にあると思いますわぁ。こんなとこでもミスリード誘ってはる。これはこれで後遺症を苦にしての行為や無く、元気だった頃の行為……だと思わせる効果がありますねぇ」
きゅっきゅ。
「憂ちゃん、どう?」と千晶の声。
――。
「――いい――あるき――やすい――」
そう、すぐ答えた憂の目がキラキラ輝いてて、思わず見とれちゃった。
みんなそうだったみたい。
「ほな、行きましょうか? 遅れてますよって……」
梢枝さんの声で、ようやく更衣室から動き出した。ものすごく遅れてるのは、梢枝さんがゆっくり話すってのもあるはずなんですけどね。
更衣室を出たら康平くんがいた。
「姐さんら、遅いわ!」
私たちの姿を見ると即、文句。クレーム。
「ごめん! 大事な話しててさ!」
「わかっとるからここにおったんやろ……」
……この人も梢枝さんと一緒で凄い人なのかな?
抜けてるように見えるのは演技なのかなぁ?
「たまたまやと思いますえ」
………………。
なんで考えてる事に答えちゃうかな?
私みたいな凡人にはわかりません。
体育館に入って、先生のとこに行ったらさすがに小言を頂いた。
憂が『――ごめんなさい』って言いながら、ぺこりと頭を下げたら、すぐに終わったけどね。
この日の憂はフットワークが良かった。いつもよりは……だけどね。ハイカットのバッシュのお陰だと思う。足首をフォローしてくれてるんだろうね。
ゲーム形式で練習試合をした時、私から見たらナイスパスを左手で何本か出したんだよ。でも、バスケ経験者……って言うか、優のパスに慣れた人にじゃないと難しいタイミングで出てくるから、受けられる相手がいなかったんだ。
旧中等部男子バスケ部のメンバーは、そのゲームに入ってなかったからね。
憂のフォローは梢枝さんがしてた。バランスもあまり崩さなかったんだけどね。バッシュ効果もあるけど、憂自身が無理してなかったって感じ。
拓真くんの鋭い視線もあったしね。加減しながらだったけど、楽しそうだったよ。
唯一、通った憂からのパスは、梢枝さんがそのまま持ち込んで綺麗なレイアップで決めてた。記録上、アシストが付くかは微妙な感じだったけどね。
私の目から見て、梢枝さんは間違いなくバスケ経験者。ホント、謎の多い人だよね。
『憂さん、ナイスですわぁ!』
そんな梢枝さんの言葉に、憂は微妙な表情をしてた。公式試合だったとしたら、アシスト付くか微妙なのを憂も知ってるからだね。
それでも活き活きした表情だったんだけどね。