表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/317

30.0話 定期検診

ツイッター始めちゃいました。今更ですが(笑


@EXtM2bxjG1tMuLM


更新予定はこちらで告知を行います。

……って言っても、3日に1度くらい覗いて頂けたら更新してると思いますけど。

 



 ひとしきり腹を抱えて笑った3人は、真剣な表情で話し始めた。



 先ほど笑った理由は単純だ。優は亡くなった事になっている。しかし、実際には生きている。幽霊に成り得る訳は無いのだ。例え、生霊となって出てきても、その姿は憂のはずである。

 優、若しくは憂が無表情でドリブルし、道行く人を追いかけるシュールな絵を想像し、吹き出したのだった。



「ワイは憂さんがやりたいようにやればええって考えや。前にも言うたけど、それで怪我してもしゃーない思う」


「…………」


「ま、明日にでも女子勢混ぜて多数決ってとこじゃね?」


「あれー? 男子勢みっけ!」


「放課後ぶり。女子勢って、わたしたちの事? 何の話?」



 突然、現れたのは佳穂と千晶のコンビであった。千晶は小さめの花束を抱えている。彼女たちも、この祭壇のような場所への用事らしい。

 花束にはピンクのガーベラとトルコキキョウ。この2種の花には共通の花言葉がある。


 ―――『感謝』―――


 彼女たちにも、彼女たちの想いがあるようである。



 問い掛けるだけ問い掛けておいて、千晶は献花すると、そっと手を合わせた。

 佳穂もいつになく真剣な表情で合掌している。


 問い掛けられたまま、絶賛放置中の男子3人は黙ったままである。已むを得まい。この状況で返答など、出来る者が居たら見てみたい。



 千晶は顔を上げると佳穂を見やる。佳穂が手を下ろしたタイミングで、改めて「……で、何の話してたの?」と問い直した。


「明日の球技大会の話し合いの話や」


「話し合いの話ね……」


 千晶も佳穂も康平を憐れな捨て犬を見るような目で見た。


 ……たしかに妙な物言いだった。しかも考える時間は沢山あった。だが、そんな目で見るのはやめてあげて欲しい。グループ内での扱いが少し酷いと思われる。仮にも年長者だ。彼のキャラ……と言う事で良いのだろうか?


「明日のHR(ホームルーム)でさ。憂が「どうしたの!? それ!?」


 勇太が話し始めた為、勇太に目を向けた佳穂は、驚きに声を上げた。勇太の左口角は軽く切れ、頬骨付近は腫れている。明日には痣になっているかも知れない。


「いや……ちょっと……ね」


 言いながら缶コーヒーを押し付けた。佳穂は続けて、拓真の異変にも気付いてしまった。

 拓真も同じように左の頬が腫れている。隠そうとする素振りを見せる勇太と違い、堂々としている。


「痴話ゲンカでもしちゃったの?」


「せやね。似たようなもんや」


 千晶の言葉に反応したのは康平だった。喧嘩を一瞬で鎮圧された2人は、ジト目で彼を見ている。


「ほどほどにね。憂ちゃんが見たら悲しむよ」


 その言葉に今度は2人して項垂(うなだ)れた。康平にも言われたばかり、だからであろう。



「男子の青春話は置いといて……」


 彼女たちなりの配慮なのだろう。佳穂も千晶も、それ以上は追求しなかった。


「……明日のHRで何?」


 自分が(さえぎ)った事を棚に上げて、佳穂は勇太に続きを促した。


「憂さんが「康平さんはごめん! 静かにしてて! 説明下手そうだから!」


「あ……はい。じゃなくて! 姐さんらも『さん』付け禁止や! 頼むわ!」


 両手を合わせて拝む康平。話が進まない。頼むわ。


「でも、年長者相手だし……」


「俺、今年中には20歳(はたち)……。広まったら『おじさん』とか呼ぶ奴が絶対、出てくる。それ、マジで嫌なんよ……」


 言い淀んだ千晶に、康平は切ない胸の内を吐露(とろ)した。素と思しき口調が出ている。それは、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。


「康平く「(こう)ちゃんでいい?」


 無難に『くん』付けにしようとした千晶に佳穂が言葉を被せた。いきなり飛躍しすぎに思えたが、佳穂は意地悪な笑みを浮かべている。いじる気満々の様子である。


「『さん』じゃなけりゃ、何でもいいでっせ!!」


 康平の瞳が輝いていた。感動しているようだ。

『いや、ちゃんはちょっと……』と云った反応を期待していた佳穂は、なんとも言えず面白くなさそうであった。




 その後、結局、拓真が説明する事と相成った。勇太も簡潔に纏める能力は、いまいちだった。そう言えば、憂の転入初日。勇太の自己紹介は拓真に『長い』と、ひと言で切り捨てられていたはずだ。拓真が説明係となるのは必然だろう。


 ……そして……。喧嘩の理由も結局、暴露する羽目になった。




「んー? あたしは憂ちゃんがやりたいなら、やらせてあげたいよ?」


「わたしも佳穂と一緒。千穂は反対する訳……あ!!」

「あ!」


 突然、2人は顔を見合わせた。2人とも焦りが浮かんでいる。


「どないしたん?」


「千穂……忘れてた……」





 千穂は、モール内のコーヒーショップで待っていた。彼女は歩道橋には近付かない。事故以来、1度たりとも訪れていない。憂として生存している事を知った後もだ。西館と東館の移動も、わざわざモールを出て迂回する徹底ぶりだ。彼女にも、あの場所への想いがあるようである。



 ジャラジャラ。


 店のロゴが入った、透明なプラの使い捨て容器。その底に僅かに残った氷をかき回す。


 ズズッ。


 薄まり、ほとんど水となったアイスカフェラテを、はしたなく(すす)る。


 ブルル。


 手の中のスマートフォンが揺れた。彼女は、基本的にいつもマナーモードにしている。以前、授業前のマナーモードへの変更を忘れ、注目を浴びたことがあるからだ。彼女は元来、目立つことを嫌う性質(タチ)なのである。


 振動はメールの着信を知らせるものだった。


【From:梢枝さん】


 件名は表示なし。タップすると内容が表示された。


【添枡は依願退職となりました】


 彼女は小さな吐息をふぅと漏らす。それはなんとも複雑な表情だった。



 コンコン。


 通路側、窓際に座る千穂は反応を示さない。彼女は、このモール内の通路側の席が嫌いだ。道行く多くの男性客が不躾な視線を送ってくる。時には窓ガラスを軽く叩き、気を引こうとする。憂と共に行動すると目立たないが、彼女とひと度、離れると注目を浴びる。千穂もどこぞの芸能人のように美人さんなのである。

 それでも通路側の窓に面した、この席に座った理由。


 ……単に、そこしか空いていなかったからである。


 コンコン。


 千穂はイライラしている。友人2人が戻って来ない。すぐに戻ると言って別れたはずだった。それなのに、待てど暮らせど戻ってこない。


 コンコン。


 しつこい相手を睨みつけ、追い払おうと顔を上げると、そこには両手を合わせ、しきりに頭を下げる友人2人の姿があった。




「ありがとうございましたー!」


 店を出る千穂の背中に、機械的で無い感情の篭った感謝の言葉が掛けられる。その声に幾分か気を取り直した千穂は、出迎えた友人2人におどけて見せた。


「おっそーい!」

「ごっめーん!」

「ごめん! 1人で寂しかったかー? ちほー?」


 初等部以来の親友たちと軽くじゃれ合うと千穂は、少し離れた場所に佇む男子3人に気付いた。とにかく背の高い勇太、高身長に引き締まった肉体の拓真、ほぼ平均身長だが、顔付きがいかつく、筋肉の鎧を纏う康平。


 ……目立って仕方の無い3名なのである。


「あれ?」


「うん。偶然! 世間は狭いよねー!」

「そうそう。あ。千穂は近づいちゃダメだよ」


「え?」


 千穂は小首を傾げて3人を見る。誰かの仕草が伝染(うつ)ってきているのだろうか?


 千穂は言われた通り、律儀に近寄らず凝視する。若干、目を細めている。少し目が悪いのかも知れない。


 拓真と勇太は、千穂に背中を見せている。

 康平は千穂に手を振り返してくれた。


「なんで?」


 千穂は小さく手を振り返しつつ、聞いてみた。


「千穂だから」

「うん。千穂だから」


 2人の言葉にムッとした表情になる……が、すぐに柔らかい表情に変化した。気を取り直したらしい。男子3名に向けて歩き始める。


「やめたげて! お母さん!」

「2人とも逃げてー!」


「誰がお母さんですかっ!」


 千晶の言葉に思わず足を止め、抗議する……が、千穂はお母さん気質である。それは間違いないだろう。


 2人は逃げなかった。自らの足で千穂に近づいていった。


「よぉ……」

「うっす……」


「どうしたの!? 2人とも!」


 千穂の声のトーンが跳ね上がった。親友2人の努力実らずバレてしまった。当たり前だ。2人は単に茶々を入れただけである。




 拓真は()()然々(しかじか)と、自ら説明した。

 


 閑話休題(それはともかく)



「それ痣になるよ!? 憂になんて言うの!?」


 はい。3度目の説教です。2度目が軽かっただけ、幾分マシと思われる。

 だが……「はぁ……」と溜息を付いた勇太には、更なる叱責が待ち構えていたのだった。



 お母さんと謂われた理由。


 当の本人にも気付いて欲しいものである。




 その後、再び憂の球技大会について話した。


 千穂は『え? 私は反対どころか応援するよ?』と簡単に言ってのけた。


 康平の『さん』付けやめて攻撃は『うん。それじゃ君呼びさせてもらうよ?』と、躊躇いなく了承した。何故か康平は、その返答に寂しそうにしていたのだった。



 千穂。この少女は空気を読む能力が若干劣っているのかも知れない。所謂、微天然さんなのだろう。





 その頃、憂は蓼園総合病院の最上階に居た。定期検診の為である。


 憂は白い肌をほんのりと赤く染め、もじもじと体を揺らしている。その類稀(たぐいまれ)な美貌も羞恥に染まっていた。

 それもその筈、現在、下着姿である。


 それでも今はまだマシと云える。

 ほんの数分前は、その下着まで取り払われていた。

 人としての成長、そして女性としての成長度合いを測る為である。


 本日の検査は島井の指示の下、専属看護師の女性2名……。山崎 佑香(ゆうか)と五十嵐 恵によって行われている。

 憂の入院時には、看護部長が付く事もあった。勤務ローテーションの都合で、2人が合わない時があるからだ。



 この病院でも憂の女性化について知る者は少ない。ごく少数により、その秘密を保持しているのである。



「はい。憂さん。乗って」


 佑香が憂の手を引き、身長計へ乗るよう促す。

 憂は身長計の柱に背中を付けると、気を付けの姿勢を取る。

 即座に横規(おうぎ)が憂の頭頂部に、優しく降ろされた。


「えっと……137.1センチ……。変わって無いですね……」


 恵がデジタル表示された数値を読み上げると、即座に佑香が記録する。その呼吸はぴったりである。


 憂は137と言う数字を聞き取り、不満気に唇を尖らせてしまった。


「体重は増えてたよ?」


「110(グラム)ですよね。誤差の範疇じゃないですか……」


「減るよりいいよ? 先週も80g増えたんだし」


「そうですけど……」


 恵は憂の体を見る。細い。成人向けのBMIでも、児童・生徒向けのローレル指数でも痩せすぎである。


 今回の測定に於ける憂の体重は25.85kgであった。

 おや? 今回の計測によりローレル指数では、ぎりぎり痩せ気味の範囲に突入したらしい。喜ばしい限りである。

 以前、教室内で憂が28キロと言ったのは、80gの増加を何やら勘違いしたか、聞き違えたか何かであろう。


 憂は恵の視線に気付き、両手を動かし、小さな躰を可能な限り隠そうと四苦八苦し始めた。


「あ……。ごめん。制服……いいよ」


 恵の言葉を早めに理解すると、すぐに動き出した。

 最上階(ここ)のナースたちは、憂との会話に慣れておりスムーズである。どうやら多少は略したほうが解り易いらしい。



 恵は着衣を眺めつつ、憂の目覚める以前と現在を比べてみた。



 遡ること半年前。


 憂は、痩せこけていた。躰の節々には骨が浮き出ており、頬は()けていた。それでも尚、美貌を誇っていた。眠ったまま一向に目覚めない憂を、恵は姫と呼び、大切に看護していた。その眠りがまるで、お伽噺の世界にて、王子様のキスを待っているかのように見えたからである。


 その頃に比べ、今の憂は比較にならないほど健康的だ。まず、血色が良くなった。かなりの色白であるが、それは健康的な白さだ。青白くは無い。相変わらず痩せてはいるものの、頬は膨らみ愛らしさはいっそう増した。浮き出ていた(あばら)は、ほぼ隠れ、胸も僅かながら膨らんだ。


 そして何よりも、閉じたままだった瞳が開かれている。その姿は、初めて見た姿から思えば奇跡と言えた。



 憂の着衣は祐香の手助けにより、手早く終わった。彼女がその道のプロと云う事もある。しかし、それ以上に憂自身が彼女を心から信頼している事が要因であろう。

 憂が目覚めてから、接してきた時間は家族を差し置き、専属看護師たちが一番、長いのである。



 制服を整え終わると「うん! やっぱり可愛い!」と、佑香は遠慮ない賛辞を送った。


 憂は俯き、頬を赤く染める。恵は青白い顔をしていた憂と、脳内で比較し頬を緩める。元気に表情をコロコロ変える憂が、可愛くて仕方ないと云った処か。


 そんな憂に、恵は「学校……どう?」と問い掛けてみた。


 彼女は答えなど、聞かなくても判っているだろう。穏やかな表情が学園での様子を物語っていた。それでも憂の笑顔が見たいが故に、()えて問い掛けてみたのだ。


 憂は顔を上げ、小さく頷くと恵の期待通りの笑顔を見せてくれた。


「――たのしい」


 その笑顔に釣られ、看護師2人も笑顔を見せたのであった。


 憂は、それからしばらく2人の質問責めにあった。慣れた2人によって引き出される言葉は、少女の苦には、ならなかったようだ。


 憂は次第に声を上げ、笑い始めた。



 その時、隣室のナースステーションでは、島井が身体測定の終わりを、まだかまだかと待ち侘びていた。






この30話。元々は29話の後半だったりします。

長すぎたんで、ちょっきんと切り離しました。


切り離したところが悪かったのか、ブクマが減りました。

……そんなものなんですかね?

すぐに見限られるとか……ちょっと、怖いっす……(汗


それよりも、話の進展の無さなんですかね? それについては心当たりがあります。

どうなんでしょう? 進展、早めた方がいいですか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブックマーク、評価、ご感想頂けると飛んで跳ねて喜びます!

レビュー頂けたら嬉し泣きし始めます!

モチベーション向上に力をお貸し下さい!

script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ