30.0話 定期検診
ツイッター始めちゃいました。今更ですが(笑
@EXtM2bxjG1tMuLM
更新予定はこちらで告知を行います。
……って言っても、3日に1度くらい覗いて頂けたら更新してると思いますけど。
ひとしきり腹を抱えて笑った3人は、真剣な表情で話し始めた。
先ほど笑った理由は単純だ。優は亡くなった事になっている。しかし、実際には生きている。幽霊に成り得る訳は無いのだ。例え、生霊となって出てきても、その姿は憂のはずである。
優、若しくは憂が無表情でドリブルし、道行く人を追いかけるシュールな絵を想像し、吹き出したのだった。
「ワイは憂さんがやりたいようにやればええって考えや。前にも言うたけど、それで怪我してもしゃーない思う」
「…………」
「ま、明日にでも女子勢混ぜて多数決ってとこじゃね?」
「あれー? 男子勢みっけ!」
「放課後ぶり。女子勢って、わたしたちの事? 何の話?」
突然、現れたのは佳穂と千晶のコンビであった。千晶は小さめの花束を抱えている。彼女たちも、この祭壇のような場所への用事らしい。
花束にはピンクのガーベラとトルコキキョウ。この2種の花には共通の花言葉がある。
―――『感謝』―――
彼女たちにも、彼女たちの想いがあるようである。
問い掛けるだけ問い掛けておいて、千晶は献花すると、そっと手を合わせた。
佳穂もいつになく真剣な表情で合掌している。
問い掛けられたまま、絶賛放置中の男子3人は黙ったままである。已むを得まい。この状況で返答など、出来る者が居たら見てみたい。
千晶は顔を上げると佳穂を見やる。佳穂が手を下ろしたタイミングで、改めて「……で、何の話してたの?」と問い直した。
「明日の球技大会の話し合いの話や」
「話し合いの話ね……」
千晶も佳穂も康平を憐れな捨て犬を見るような目で見た。
……たしかに妙な物言いだった。しかも考える時間は沢山あった。だが、そんな目で見るのはやめてあげて欲しい。グループ内での扱いが少し酷いと思われる。仮にも年長者だ。彼のキャラ……と言う事で良いのだろうか?
「明日のHRでさ。憂が「どうしたの!? それ!?」
勇太が話し始めた為、勇太に目を向けた佳穂は、驚きに声を上げた。勇太の左口角は軽く切れ、頬骨付近は腫れている。明日には痣になっているかも知れない。
「いや……ちょっと……ね」
言いながら缶コーヒーを押し付けた。佳穂は続けて、拓真の異変にも気付いてしまった。
拓真も同じように左の頬が腫れている。隠そうとする素振りを見せる勇太と違い、堂々としている。
「痴話ゲンカでもしちゃったの?」
「せやね。似たようなもんや」
千晶の言葉に反応したのは康平だった。喧嘩を一瞬で鎮圧された2人は、ジト目で彼を見ている。
「ほどほどにね。憂ちゃんが見たら悲しむよ」
その言葉に今度は2人して項垂れた。康平にも言われたばかり、だからであろう。
「男子の青春話は置いといて……」
彼女たちなりの配慮なのだろう。佳穂も千晶も、それ以上は追求しなかった。
「……明日のHRで何?」
自分が遮った事を棚に上げて、佳穂は勇太に続きを促した。
「憂さんが「康平さんはごめん! 静かにしてて! 説明下手そうだから!」
「あ……はい。じゃなくて! 姐さんらも『さん』付け禁止や! 頼むわ!」
両手を合わせて拝む康平。話が進まない。頼むわ。
「でも、年長者相手だし……」
「俺、今年中には20歳……。広まったら『おじさん』とか呼ぶ奴が絶対、出てくる。それ、マジで嫌なんよ……」
言い淀んだ千晶に、康平は切ない胸の内を吐露した。素と思しき口調が出ている。それは、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。
「康平く「康ちゃんでいい?」
無難に『くん』付けにしようとした千晶に佳穂が言葉を被せた。いきなり飛躍しすぎに思えたが、佳穂は意地悪な笑みを浮かべている。いじる気満々の様子である。
「『さん』じゃなけりゃ、何でもいいでっせ!!」
康平の瞳が輝いていた。感動しているようだ。
『いや、ちゃんはちょっと……』と云った反応を期待していた佳穂は、なんとも言えず面白くなさそうであった。
その後、結局、拓真が説明する事と相成った。勇太も簡潔に纏める能力は、いまいちだった。そう言えば、憂の転入初日。勇太の自己紹介は拓真に『長い』と、ひと言で切り捨てられていたはずだ。拓真が説明係となるのは必然だろう。
……そして……。喧嘩の理由も結局、暴露する羽目になった。
「んー? あたしは憂ちゃんがやりたいなら、やらせてあげたいよ?」
「わたしも佳穂と一緒。千穂は反対する訳……あ!!」
「あ!」
突然、2人は顔を見合わせた。2人とも焦りが浮かんでいる。
「どないしたん?」
「千穂……忘れてた……」
千穂は、モール内のコーヒーショップで待っていた。彼女は歩道橋には近付かない。事故以来、1度たりとも訪れていない。憂として生存している事を知った後もだ。西館と東館の移動も、わざわざモールを出て迂回する徹底ぶりだ。彼女にも、あの場所への想いがあるようである。
ジャラジャラ。
店のロゴが入った、透明なプラの使い捨て容器。その底に僅かに残った氷をかき回す。
ズズッ。
薄まり、ほとんど水となったアイスカフェラテを、はしたなく啜る。
ブルル。
手の中のスマートフォンが揺れた。彼女は、基本的にいつもマナーモードにしている。以前、授業前のマナーモードへの変更を忘れ、注目を浴びたことがあるからだ。彼女は元来、目立つことを嫌う性質なのである。
振動はメールの着信を知らせるものだった。
【From:梢枝さん】
件名は表示なし。タップすると内容が表示された。
【添枡は依願退職となりました】
彼女は小さな吐息をふぅと漏らす。それはなんとも複雑な表情だった。
コンコン。
通路側、窓際に座る千穂は反応を示さない。彼女は、このモール内の通路側の席が嫌いだ。道行く多くの男性客が不躾な視線を送ってくる。時には窓ガラスを軽く叩き、気を引こうとする。憂と共に行動すると目立たないが、彼女とひと度、離れると注目を浴びる。千穂もどこぞの芸能人のように美人さんなのである。
それでも通路側の窓に面した、この席に座った理由。
……単に、そこしか空いていなかったからである。
コンコン。
千穂はイライラしている。友人2人が戻って来ない。すぐに戻ると言って別れたはずだった。それなのに、待てど暮らせど戻ってこない。
コンコン。
しつこい相手を睨みつけ、追い払おうと顔を上げると、そこには両手を合わせ、しきりに頭を下げる友人2人の姿があった。
「ありがとうございましたー!」
店を出る千穂の背中に、機械的で無い感情の篭った感謝の言葉が掛けられる。その声に幾分か気を取り直した千穂は、出迎えた友人2人におどけて見せた。
「おっそーい!」
「ごっめーん!」
「ごめん! 1人で寂しかったかー? ちほー?」
初等部以来の親友たちと軽くじゃれ合うと千穂は、少し離れた場所に佇む男子3人に気付いた。とにかく背の高い勇太、高身長に引き締まった肉体の拓真、ほぼ平均身長だが、顔付きがいかつく、筋肉の鎧を纏う康平。
……目立って仕方の無い3名なのである。
「あれ?」
「うん。偶然! 世間は狭いよねー!」
「そうそう。あ。千穂は近づいちゃダメだよ」
「え?」
千穂は小首を傾げて3人を見る。誰かの仕草が伝染ってきているのだろうか?
千穂は言われた通り、律儀に近寄らず凝視する。若干、目を細めている。少し目が悪いのかも知れない。
拓真と勇太は、千穂に背中を見せている。
康平は千穂に手を振り返してくれた。
「なんで?」
千穂は小さく手を振り返しつつ、聞いてみた。
「千穂だから」
「うん。千穂だから」
2人の言葉にムッとした表情になる……が、すぐに柔らかい表情に変化した。気を取り直したらしい。男子3名に向けて歩き始める。
「やめたげて! お母さん!」
「2人とも逃げてー!」
「誰がお母さんですかっ!」
千晶の言葉に思わず足を止め、抗議する……が、千穂はお母さん気質である。それは間違いないだろう。
2人は逃げなかった。自らの足で千穂に近づいていった。
「よぉ……」
「うっす……」
「どうしたの!? 2人とも!」
千穂の声のトーンが跳ね上がった。親友2人の努力実らずバレてしまった。当たり前だ。2人は単に茶々を入れただけである。
拓真は斯く斯く然々と、自ら説明した。
閑話休題。
「それ痣になるよ!? 憂になんて言うの!?」
はい。3度目の説教です。2度目が軽かっただけ、幾分マシと思われる。
だが……「はぁ……」と溜息を付いた勇太には、更なる叱責が待ち構えていたのだった。
お母さんと謂われた理由。
当の本人にも気付いて欲しいものである。
その後、再び憂の球技大会について話した。
千穂は『え? 私は反対どころか応援するよ?』と簡単に言ってのけた。
康平の『さん』付けやめて攻撃は『うん。それじゃ君呼びさせてもらうよ?』と、躊躇いなく了承した。何故か康平は、その返答に寂しそうにしていたのだった。
千穂。この少女は空気を読む能力が若干劣っているのかも知れない。所謂、微天然さんなのだろう。
その頃、憂は蓼園総合病院の最上階に居た。定期検診の為である。
憂は白い肌をほんのりと赤く染め、もじもじと体を揺らしている。その類稀な美貌も羞恥に染まっていた。
それもその筈、現在、下着姿である。
それでも今はまだマシと云える。
ほんの数分前は、その下着まで取り払われていた。
人としての成長、そして女性としての成長度合いを測る為である。
本日の検査は島井の指示の下、専属看護師の女性2名……。山崎 佑香と五十嵐 恵によって行われている。
憂の入院時には、看護部長が付く事もあった。勤務ローテーションの都合で、2人が合わない時があるからだ。
この病院でも憂の女性化について知る者は少ない。ごく少数により、その秘密を保持しているのである。
「はい。憂さん。乗って」
佑香が憂の手を引き、身長計へ乗るよう促す。
憂は身長計の柱に背中を付けると、気を付けの姿勢を取る。
即座に横規が憂の頭頂部に、優しく降ろされた。
「えっと……137.1センチ……。変わって無いですね……」
恵がデジタル表示された数値を読み上げると、即座に佑香が記録する。その呼吸はぴったりである。
憂は137と言う数字を聞き取り、不満気に唇を尖らせてしまった。
「体重は増えてたよ?」
「110gですよね。誤差の範疇じゃないですか……」
「減るよりいいよ? 先週も80g増えたんだし」
「そうですけど……」
恵は憂の体を見る。細い。成人向けのBMIでも、児童・生徒向けのローレル指数でも痩せすぎである。
今回の測定に於ける憂の体重は25.85kgであった。
おや? 今回の計測によりローレル指数では、ぎりぎり痩せ気味の範囲に突入したらしい。喜ばしい限りである。
以前、教室内で憂が28キロと言ったのは、80gの増加を何やら勘違いしたか、聞き違えたか何かであろう。
憂は恵の視線に気付き、両手を動かし、小さな躰を可能な限り隠そうと四苦八苦し始めた。
「あ……。ごめん。制服……いいよ」
恵の言葉を早めに理解すると、すぐに動き出した。
最上階のナースたちは、憂との会話に慣れておりスムーズである。どうやら多少は略したほうが解り易いらしい。
恵は着衣を眺めつつ、憂の目覚める以前と現在を比べてみた。
遡ること半年前。
憂は、痩せこけていた。躰の節々には骨が浮き出ており、頬は痩けていた。それでも尚、美貌を誇っていた。眠ったまま一向に目覚めない憂を、恵は姫と呼び、大切に看護していた。その眠りがまるで、お伽噺の世界にて、王子様のキスを待っているかのように見えたからである。
その頃に比べ、今の憂は比較にならないほど健康的だ。まず、血色が良くなった。かなりの色白であるが、それは健康的な白さだ。青白くは無い。相変わらず痩せてはいるものの、頬は膨らみ愛らしさはいっそう増した。浮き出ていた肋は、ほぼ隠れ、胸も僅かながら膨らんだ。
そして何よりも、閉じたままだった瞳が開かれている。その姿は、初めて見た姿から思えば奇跡と言えた。
憂の着衣は祐香の手助けにより、手早く終わった。彼女がその道のプロと云う事もある。しかし、それ以上に憂自身が彼女を心から信頼している事が要因であろう。
憂が目覚めてから、接してきた時間は家族を差し置き、専属看護師たちが一番、長いのである。
制服を整え終わると「うん! やっぱり可愛い!」と、佑香は遠慮ない賛辞を送った。
憂は俯き、頬を赤く染める。恵は青白い顔をしていた憂と、脳内で比較し頬を緩める。元気に表情をコロコロ変える憂が、可愛くて仕方ないと云った処か。
そんな憂に、恵は「学校……どう?」と問い掛けてみた。
彼女は答えなど、聞かなくても判っているだろう。穏やかな表情が学園での様子を物語っていた。それでも憂の笑顔が見たいが故に、敢えて問い掛けてみたのだ。
憂は顔を上げ、小さく頷くと恵の期待通りの笑顔を見せてくれた。
「――たのしい」
その笑顔に釣られ、看護師2人も笑顔を見せたのであった。
憂は、それからしばらく2人の質問責めにあった。慣れた2人によって引き出される言葉は、少女の苦には、ならなかったようだ。
憂は次第に声を上げ、笑い始めた。
その時、隣室のナースステーションでは、島井が身体測定の終わりを、まだかまだかと待ち侘びていた。
この30話。元々は29話の後半だったりします。
長すぎたんで、ちょっきんと切り離しました。
切り離したところが悪かったのか、ブクマが減りました。
……そんなものなんですかね?
すぐに見限られるとか……ちょっと、怖いっす……(汗
それよりも、話の進展の無さなんですかね? それについては心当たりがあります。
どうなんでしょう? 進展、早めた方がいいですか?