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28.0話 生徒会長・文乃

 


 ――――5月11日(木)



 昼休憩となり、千穂は憂の手を引き、3階を歩いていた。梢枝も数歩離れて付き添っている。例によってカメラ持参だ。


 彼女らが3階までわざわざ足を運んだ。もちろん目的があっての事だ。逆に目的が無ければ、まず近付かないだろう。上級生のフロアは近寄りがたいものである。



 その目的とは、2人の上級生との面会だ。


 1つは昨日、お菓子ごとエコバッグを渡してくれた3年生に、お礼と共に返却する事。


 もう1つは【今日の放課後、3-15の教室で待っています】と書かれたラブレターの送り主に、お断りを入れる事である。

 C3-15は転室の煽りを受け、消滅したクラスだ。つまりは空き教室なのである。差出人は奇しくも用事のある生徒会長と同じC3-1の生徒であった。

 因みに本日のラブレターは、これ1通だけだった。いや、そんな物が2日連続で靴箱に入っている事自体が普通では無いのだが。




 通り掛かる上級生は2人を見付けると、一様に驚きの表情を見せる。それが小動物を愛でるような表情に移ろい、見詰め、そして何人かは手を振った。千穂は会釈の連続である。憂は表情を固くしながらも、時折、会釈をしている。千晶が居たなら『啄木鳥(きつつき)かっ!』……とでも、2人にツッコミを入れているだろう。


「あ! 君って、憂ちゃんだよね? アメちゃんいる?」


 アレンジ制服の女生徒が、飴を自身の手の平に3つ乗せ、差し出した。

 千穂は、どう断ろうかと思案する。




 素直に受け取れないと言おうとした時、憂が上級生の手をそっと押し返した。


「――ごめん――なさい」


「いただいたら――おこられる――から――」


「おきもち――だけ――」



「………………うん」


 上級生は淋しそうに出した手を引いた。


 千穂は上手な断り方に感心したようだ。たしかにこの断り方ならば、無理に押し付ける事は出来ないだろう。押し付ければ憂が叱られる事になる。それでも尚、強引に渡せば、それは好意では無く、ただの自己満足となる。




「えらいね」


 残念そうにしている飴を渡そうとした先輩に『ごめんなさい』の会釈を入れ、少し離れてこそっと憂に耳打ちした。


「きのう――姉ちゃん――おこられた――」


「あらら」


 その姉のお叱りにより、お菓子を貰った一件で、憂は3回叱られた事になる。今、考えれば憂の……あのお姉さんが、大量のお菓子を前に叱らない訳は無い……と千穂は思う。


「ごめんね」


 その言葉で固まった。何故かは不明だ。

 固まっている最中は足が止まる事もある。今回は止まった。千穂も止まって待つ。周囲の上級生が不思議そうに、その光景を眺めている。


 憂は、しばらく固まった後、ゆっくりと首を横に振った。


「――ううん――ありがと」


 謝意を述べる憂。

 おそらく姉は、千穂と利子が叱った理由を、こんこんと説いたのであろう。そして、断る為のスムーズな言葉は、愛が教え込んだに違いない。千穂はそう思った。




 話し掛けてくる上級生に笑顔で応対し、先々で押し付けられそうになるお菓子を躱し、目的地である3-C1組に到着した。


 既に千穂には精神的な疲労が見て取れたが、3-1と表記された札の下で、その整った顔立ちを引き締めた。これから高等部8000超名の生徒の頂点に君臨する生徒会長と、顔を合わさなければならないのだ。



 1度、肩で大きな息を()くと、3-1のサイドスライドドアの取っ手に手を伸ばした。その瞬間、ドアは軽い音を立ててスライドし、千穂は反射的に伸ばした手を引いた。


「おっ!」


 教室を出ようとした男子生徒が、手を引いたきり、反応出来ない千穂とぶつかりそうになり声を上げた。幸いにも男子の反応速度は早く、ぶつかってはいない。


「あー。ごめん! 1年生? C3-1組(ウチ)に何か用事かな?」


 センター分けで眼鏡の上級生が、優しく声を掛けてくれた。

 千穂はその声音に内心、ホッとしながら「はい。生徒会長さん、いらっしゃいますか?」と、要件を伝えた。


「ちょっと待ってて。それとも入る?」

「いえ! その……」

「はは。冗談だよ。上級生の教室とか入りにくいよね」


 その男子生徒は人懐こい笑顔で教室内に戻っていった。

 憂の姿は目に入らなかったようだ。ちょうど、千穂とドアに陰に収まっていたらしい。


 だが、周囲の上級生は今度こそと、立ち止まった彼女らを逃さない。

 早速とばかりに2人の女生徒が話し掛けた。


「こんにちは! 1組に用事? 特進だけど、明るくていいクラスだよ!」

「この子、憂ちゃんだよ。ゆっくり話してあげないと」

「あ……、そうだったね」

「こんにちは――」


「声、可愛い!!」


 話掛けた2人組の声を皮切りに、どんどんと人が集まり始める。

 梢枝は離れた場所で撮影中である。助ける気は無いようだ。





 わいわいがやがやと騒がしい人垣の中心で、2人が困っている時だった。


「ちょっと! 私のお客さんに何やってるの!?」


 ひと際、大きな声が響いた。


 艶やかな黒髪ロングに、やや吊り上がった瞳。容姿端麗、頭脳明晰を素で行く生徒会長、柴森(しばもり) 文乃(あやの)の登場である。

 ビデオカメラを回す誰かと、キャラ被りしているのは、きっと気のせいであろう。



 どうやら、生徒会長は教室に居なかったようだ。

 廊下を歩いているところで騒ぎに出くわし、声を張り上げたのだった。


 文乃の声に、人垣が徐々に(ほつ)れていく。

「みんな、ごめんね。気持ちは分かるわ。でも憂ちゃんの事も考えてあげてね」と取り囲んでいた女子へのフォローを忘れない。

 こう言った所が人望を集める基となっているのかも知れない。



 ドアを少し開き、教室から顔を覗けている先ほどの眼鏡の少年が、文乃に声を掛ける。


「かいちょー。よく会長のお客だって分かったね」

「こんなに人を集められる人物なんて限られてるわ。その上、外から本人の姿は見えない。憂ちゃんしか考えられないでしょう? その憂ちゃんには預けたものがあるから……。目的は私だと思ったのよ」

「へぇ。なるほどねー」


 人垣が完全に解け、姿を現した千穂に少年は話し掛けた。


「ごめんね。僕ら男にはね。あの輪に入る事、出来なくてさ」

「いえ! 大丈夫です!」

「こう言うの……、いつもなの?」


 少年の質問に、千穂は逡巡し、答えた。


「1階では遠巻きに見てるだけになってきてます……。でも、他の階に行くと……違うみたいです……」


 言い難いのは当然の内容だった。1年生は憂たちに気を使い始めたが3年生は……と、言っているようなものである。


「困ったものね……」


 文乃は誰にともなく呟いた。




 しばらく千穂と文乃は言葉を交えた。……と言っても、千穂が現状を愚痴り、それを文乃が聞くと言う構図であった。生徒会長が実に見事な聞き上手だった為だ。眼鏡の男子も聞き役として、その場に留まっている。

 それが最初に絡んでしまった故の、責任感に起因するものか、純正制服3人組を観賞する為かは不明である。前者だと思いたい。


「あの……色々と聞いて頂いて、ありがとうございました」


 千穂は、しっかりと頭を下げる。この少女は礼儀を弁える事が出来るようだ。


「なんか、愚痴ばっかりですいませんでした……」


 会話がひと段落ついた事が分かったのか、憂は巾着からエコバックを取り出した。すると、一緒に入れていた白い洋封筒が、ひらりと落ちてしまった。


 文乃はその封筒を拾い上げ、憂に手渡そうと差し出した。


「昨日の……ラブレター? いいわね」


 にっこりと笑顔を見せると、憂は俯いてしまった。

 俯いたまま、おずおずとエコバックをラブレターと交換するように差し出す。

 憂の肌は、ほんのりと紅潮している。白い肌はすぐに感情を示してしまう。

 千穂は若干、ムッとした表情を見せたが、すぐに隠してしまった。複雑な乙女心なのである。



 文乃が受け取ると「ありがとう――ございました――」とぺこり。

 そんな憂に、文乃は慈しむように目を細める。しかし、俯いている憂には見えていない。


「あの――」


 そう言ってから少し考える。


 数秒の後、少しだけ顔を上げ、上目遣いで「――さとう――せんぱい――いますか――?」と、言葉を紡いだ。


「佐藤? 2人……居るけど……?」


 答えたのは文乃では無く、眼鏡の男子だった。

 憂は小首を傾げた後、口を開く。


「――ゆうぅぅ!?」


 その口を千穂は慌てて塞いだ。顔も知らない佐藤 勇輝先輩の名誉を保持する為に。


「うぅぅ――!」


 憂は抗議の声を上げているのだろう。千穂はゆっくりと手を離した。


「千穂――! うぅ! あぁーー!」


 細く、柔らかな淡い栗色の髪を、わしゃわしゃしながら叫ぶ。


 ……何がしたいのか?


 それから憂は少しの間、「あーあー」と声を漏らしていたのだった。





 しばらくすると憂は落ち着いた。唇を尖らせ、不満そうなままであったが。

 そんな憂に文乃は問う。


「さっきの……お手紙……佐藤くんから?」


 最後は小声であった。周囲には依然、多くの3年生が生徒会長と大注目の転入生の遣り取りを見守っているからだろう。その3年生達は口々に憂と千穂の可愛さを語っている為、なかなかに騒がしい。おそらく関係の無い生徒には聞こえていない。いや、この生徒会長と男子生徒もラブレターに関しては関係ないのだが。


 千穂は項垂(うなだ)れた。これからお断りを入れようとしている相手がバレてしまう。これでは佐藤くんが哀れすぎる。千穂は思考を加速させる。目に映る全てがスローモーションに……なる訳が無かった。そんなチート能力は残念ながら無い。



「――はい」


 憂は、なんとも素直な良い子である事か。

 憂の返事により千穂の必死の思量は、ごくあっさり強制終了と相成った。


「それで……付き合うの?」


 センター分けの眼鏡の男子生徒が、遠慮無く問い掛ける。


「憂!」と声を上げるのを少し躊躇した。先輩との会話に割り込む行為に気が引けたのだ。


 その若干の躊躇いが致命傷となった。声を上げた時には、憂はふるふると頭を横に振っていたのだった。


「この子は!!」


 千穂は、憂の両方のやわらかほっぺを掴み、むにーと伸ばした。無論、加減はしている。そもそも力一杯引っ張っても、憂は痛みを感じない。


「――にゃ――にゃんれ?」


 目を白黒させながら、憂は抗議するのであった。






 それからおよそ10分弱。

 千穂、憂、文乃。ついでに梢枝は中庭に居た。話が長くなると判断した文乃が、人の多くない中庭で食事がてら、千穂の話を聞くことにした為だ。


 気のいい眼鏡の男子生徒は、女性同士の相談事に混じる訳にはいかないと遠慮し、C3-1で別れたのだった。


 弁当を回収する為にC1-5に一旦、戻った時には大いにクラスメイトに驚かれた。まさかの生徒会長付き……だったからである。


 その際、何故か突然、憂が泣き出す事態が発生したが、今は落ち着いている。





「ラブレターなんですけど……実は困ってるんです。憂がまともに読めないから、私たちが代わりに開いて読んであげないといけないし……」

「……それは抵抗あるわね」

「そうなんです。でも、今回みたいな当日の時間指定とかあったら……」

「相手が待ちぼうけ」

「そうなんです! だから読んであげてるんですけど……」

「周りの目も気になる」

「はい!」



 千穂にとって、文乃との会話は気持ち良いもののようだ。

 常に先回りし、言葉を繋いでくれる。横で咀嚼を繰り返す誰かとは大きな違いだ……などと言う事は、流石に千穂は思ってもいないだろう。


 千穂と文乃の会話のログは、次々にタブレットに表示されている。全部、平仮名である。ほとんどの人には読みにくいが、憂には読み易いらしい。


 憂は五月晴れの空の下、美味しそうに弁当を突付き、消化器官に取り込みつつ、タブレットの文字を消化している。間に合っていない様子なのが残念だ。


 このアプリは島井が総帥に依頼し、総帥のゴリ押しにより開発されたアプリである。昨日、完成したばかりだ。だが、完璧ではない。所々、音声を認識できず、歯抜けになっているが憂は気にせず読んでいる。


「それで憂ちゃんの気持ちはどうなのかしら?」


【そ・でゆうちゃんのきもちわどう・・かしら】


 ――――。


 憂は表示された文字を、そこそこの時間で理解する。


「――めいわく」


「そう? それはラブレター自体が迷惑って考えていいの?」


【そう? そ・わらぶれた・じたいがめ・わくってかんがえてい・の】


 憂は小首を傾げて止まってしまった。カタカナを自動認識してくれれば、理解も早いのかも知れない。バージョンアップが待ち遠しい。




 憂が固まった時は状況説明。これに限る。


 この中庭は、コの字型の校舎の中央部分に存在している。方角的にもこれで正解だ。A棟、B棟も同じ作りである。コの字の南側。 _ の部分が1~8組、反対の北側が9~16組となっている。それぞれ、北校舎、南校舎と呼ばれている。

 北校舎と南校舎を繋ぐ東側には職員室や放送室、家庭科に使われる教室などが入っている。そちらは東校舎だ。


 つまり、中庭は1~16組全てから見える。その為、多くの生徒が何事かと中庭を覗き込んでいる状態である。




「――そう――です」


 あの難解な平仮名を理解し、回答した。その割には速かったような気がする。やはり常人とは、どこか違う回路を持っているのだろうか。


「わかったわ……。佐藤くん……私から……伝えるね」


【わかったわ さとう・ん わたしから つたえるね】


 先ほど少々時間がかかった為か、ゆっくりと文乃は話した。それはタブレットさんにも、分かり易かったらしい。

 しかし答えたのは千穂だった。


「え? でも、それじゃあ……」

「大丈夫よ。上手に伝えるから」




 そこからは憂が転入してからの日常について、千穂が語る展開となった。


 文乃は千穂の話を引き出しつつ、窓から見詰める生徒たちに視線をやった。慌てて視線を逸らす生徒たちの姿に、文乃は軽く眉を顰める。


 千穂から、憂についての話を引き出してみると、深い思いやり……愛情と謂っても良いかも知れない。それを強く感じたのだった。


 ……その間、憂はマイペースに弁当を突付いていただけだった。







 そして5時間目の体育の授業。またもや遅刻した。千穂が文乃との会話を楽しむ余り、移動と更衣がある事を失念していた。これが大きな要因だった。


 その5時間目の保健体育の授業は、前回と同じ球技大会に向けての好きなものを選ぶ形だった。


 当然のようにバスケを選んだ憂だが、襲いかかってくる睡魔の前にバスケコート上で敗れると云う、なんとも器用な事をやってのけた。

 立ったまま寝てしまい、崩れ落ちた体は、憂の様子を良く見ていた千穂と梢枝によって受け止められ、事無きを得た。



 この情報はすぐに広がった。


『5,6時間目は憂ちゃんの、おねむの時間』


 数日後にはC棟の生徒たちには、そのようにインプットされたのだった。



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