エピローグ 約束
―――5月19日(土)
やっと身の回りが落ち着いてきました。
先週はもう、それこそ嵐みたいだったんだよね。
蓼園市に帰ってきた当日は、このまま帰宅は出来ないだろうから……って、検査してから病院の院長先生が私の為に記者会見を開いてくれて……。
それがなかったら、本当に家に帰られなかったんじゃないかと思う。
それだけの報道関係者が詰めかけてました。
お陰で私は有名人。
『今更、顔を隠しても無駄ですわぁ……』
……梢枝さんの言う通りで、ネットでは私の画像……。
あの憂に付き添った記者会見の時の映像の取り込みだね。あれが収拾つかないほど拡散されてました。
捜索に必要だったから。
それと屋上で長い間、抱き合っちゃったこと。
今は落ち着いてきたけど、先週までは大盛り上がりのお祭り状態。
伊藤さんは『こんな小説上がってるっすよ』って、憂と私をモデルにしたんだろうな……って、小説を教えてくれた。
あらすじ見たらそのまんまなんだよね。そろそろ読んでみるつもり。気になっちゃってるから。インパクトあるタイトルで。
……じゃなくて。
顔を出しました。
大勢のマスコミの前に。お父さんと一緒に。
された質問に答えただけだけどね。嫌な質問には保護されたばかりの少女への質問ですか? ……って、川谷院長先生とか、憂のお父さんが助けてくれたし。
もう会見のことは忘れたいです。だからその時の話は無し!
翌日の学園……は、行けなかった。
1日置いてくれたのは、私が未成年だから配慮してくれたんだと思う。
色んな人に話を聞かれました。事件の経緯と保護された時の事。政治問題に発展してるから仕方ないよね?
薬のことは話さなかった。あの秘書さんに迷惑掛けちゃうだろうから。
……一体、何だったんだろうね? あの薬。
私、もしかして薬に耐性あるとか……?
…………。
やっぱり今度、聞いてみよっと。
何となく聞けなかったんだよね。
総帥さんも遥さんも文乃さんも、すっごく優しく接してくれたから。
私が蓼園市に戻ってから2日後に学園に通えました。
やっと会えた佳穂とリコちゃんが大泣きしたくらいで、普通の学園生活。
……授業開始のたびに先生方がね。いちいち私に『良かったね』って言ってくれたくらい。
あとは……。
あとは見られる……だけ。
すっごい見られるんだよ!?
憂のついでじゃなくて、10日くらい経った今でも憂と私を見てる!
考えてみたら、憂と同列に扱われてるってことなのかも。オマケじゃなくなって、単なる仲良し2人でもなくなって……。
憂と私の2人は正式に付き合ってるって認められて……。
眼差しが……。全校生徒ほとんど全員の眼差しが暖かくって……その……困る。恥ずかしいから……。
何かもう、逆に別れることが許されなくなったって感じ?
……離れるつもりもないけど。
約束したし……ね?
今の憂は私の正面で勉強中。相変わらずの漢字の勉強。タブレットを駆使して、読めない漢字との戦い。頑張っても言葉のレパートリー増えないけどさ。自分で調べたら少しは頭に残りそうなものなのにね。
早急の言語野回復が待たれます。でも、時間掛かるのかなぁ……? 渡辺先生と話してみないといけないんだけど、あの先生、茶化しちゃって話なかなか進まないんだよね。聞いても話を捻じ曲げちゃって。でも、話し好きの説明大好き。おっきな矛盾。
きっと、良くない情報は出さないようにしてるんだよね。そう思うと優しい人……なのかな?
島井先生は、ほんっとに優しいからいいんだけど……。専門外なんだよね。
回復するのかなぁ……?
頑張れ、憂の体! ……って感じ。
あ、そう言えば勉強始める30分ほど前。
出迎える私も私なんだけどね。
お隣さんから歩いてくる憂を出迎えてたら……。
……一体、何人居るの? ……って人影。
全員が憂と私の護衛。機械警備にプラスして、24時間営業で何も起きないように見守って下さってます……。
それでも楽になったんだと思うよ?
先週の土曜までは離れた二軒を見ていないといけなかったんだし……。
えっと……。
あれだけの人数。ご近所さんたち、怖くないのかな……?
逆だったりして。
この辺は泥棒さんも絶対スルーだから。絶対。わざわざ、こんなに警備会社の人がひしめいてる地域は狙わないって。
それを知っているからかな? だよね? 立花さんちの送りは無し。1人で歩いてきた。憂の自由はある程度保証してあげてるって感じ。
今日、私の部屋に来てるのは、憂と2人での取り決め……って言うか、約束。
その内容を話したら、立花家のみなさんとお父さんとで会議を開催。決め事をしました。
憂と一緒に木曜は私も学園をお休み。
とにかく、しばらくの間は憂と一緒に行動。憂が心配するし、私も憂が心配だから……。
うん。勉強厳しいけど、これでいいと思う。わざわざ離れる必要ないんだよ。就職に失敗しても、憂ってすっごい稼いでるみたいだから。ブランドYUUとか、色々。
木曜の5時……。17時くらいで憂の仕事が終わるから、手の空いてる私は、日曜と木曜のご飯担当。他の曜日は立花のお母さんとお姉ちゃんにお願い。問題だった晩ご飯はいつもご一緒。
だから負担、一気に減っちゃいました。手が空いてる時には手伝いに行くけどね。私も完璧主婦になるんだ。専業か兼業か知らないけど。
それからお互いお風呂して、2人の約束はここ。ここの時間。
交代でのお部屋訪問。一緒に居る時間を出来るだけ増やそうね……からの約束。
通学も一緒。
一緒に歩いて学園へ。帰りも一緒。
単に、前に戻っただけなんだけど、やっぱり違うよね。
また相思相愛に戻ってると……ね?
やっぱり、お手々繋いで歩いているんだけど、ここは特権……なのかな?
普通なら冷やかされてばっかりなんだろうけど、何も言われない。
いつでも憂は右足の動きが悪くって、いつでも転びそうだから。
「――よし!」
……びっくりした。
急に起動されると驚くよ?
起動はしてたっけ? 憂は勉強。私は勉強そっちのけ。
……これでいいのかな?
とか思ってたら、向かい合わせに座ってた憂が立ち上がった。
今日もするんだね。おべんきょ開始から30分。計ったように正確……って、タブレット使ってたし、時間見てたのかな?
憂の場合、時間とか気にしなさそうだし、なにかの影響で体内時計は優れてるとかありそうだしなー……って、これは偏見だね。良くない。
私に背中を向けて、窓際に移動して……。頭の後ろに手を組んで……。
「――いち」
さぁ、始まったよ。憂の筋トレ。
「――にぃ」
しゃがんで立って。
「――さん」
スクワットだね。
「――しぃ」
使わなくなった私の勉強机の左でやってる理由。
「――ご」
バランス崩した時に掴まれるから。
「――ろく」
憂は本気。本気で球技大会優勝狙ってる。
「――なな」
厳しいと思うんだけどなー。
「――はち」
凌平くんが辞退しちゃったから去年と同じメンバー。
彼は自分が登録したら拓真くんたち、バスケ部所属の人たちの出場時間を減らすことになるから……って、やめちゃったんだよね。
……どうなのかな?
去年より佳穂も千晶も私だってバスケ巧くなったからいけるのかも?
女子の得点1.5倍。去年はその恩恵は、ほとんど梢枝さんだけのものだったしさ。5組の場合。
メンバー決めるHRでは、ちょっとだけ荒れたんだよ?
2年になって待機期間は復活したけど、すぐに転室届は出せる状態なんだよ。最初の1か月間は転室ダメ! ……なのは、1年生だけ。いきなり仲の良い子のクラスに移動して、交友関係を広げない! ……って選択を邪魔する為の制度。
だから2年生には関係なくて……。
勇太くんが拓真くんに怒ったんだよ。
お前、オレらはA棟の7組行くつってただろって。転室届も出してたんだって。打倒・3年生だった2年生の結束を拓真くんが思いっきり破壊した形。
拓真くんは憂とバスケしたいんだよね。だから立候補したし、去年のメンバー全員を推薦。巻き込まれた形の勇太くんも京之介くんも圭祐くんも、にこにこ笑顔の憂には勝てなくて、結局、そのまま5組代表。
決まったら本気なんだよ? 本気でバスケ部倒してやろーぜ! ……って張り切ってる。憂も。
「――じゅう」
…………。
じゅう? 少なくない?
あ。振り向いた。
「千穂も――」
「やらないよ?」
寂しそうだけど、そこはそこ。
私はバスケ会で運動十分できてます。これ以上は必要ないんだよ?
「――じゅう――いち」
うんうん。憂は頑張って?
「じゅう――に――」
筋力、まだまだ足りないんだからね。
あ。メッセージ届いてる。
千晶【いよいよ明日だね】
【そうだね】……と。
……どうなるんだろ? 独立の是非を問う住民投票。
総理大臣が思いっきり文句言ってた。こんな投票は認められないって。
ケンカ状態。蓼園市と国との間で。
あの慈愛の看護部長って言われてた鈴木市長が……って、恵さんが言ってた。とんでもない変わりようなんだって。
…………憂が振り向いてる。スマホ画面に目を落としてるけど気配を感じる。
13回目、聞いてないし。
「――千穂?」
「…………」
集中してるフリ。筋トレはしません。嫌いなの。
……よし。また向こう向いた。
「――にじゅう」
ずるいっ! いくつ数字飛ばしてるのっ!?
「――おしまい」
いつもは30回してるのにっ!
「つぎ――ふっきん――」
スウェット姿の憂は「よいしょ」って、いったん座ってから寝そべ「いたっ――!」
机に頭ぶつけた……。
両手を床について、体を起こすと前にずりずり。お尻を前に移動。
もう1回、体を横たえると膝を立てて……。こっち見た。
「――千穂ぉ?」
わかってる。わかってますよ。
触れ合いたいんだよね?
3日に1度くらいは一緒のベッドで寝てるし……。
でも、変なことにはなってないんだよね。
憂自身が諦めてるってこともあるんだけど、それ以上に怖いんだろうって思う。
私が拒絶するのも、その……。女の子として女子の私とそうなっちゃうのも。
だからこうやって、体の触れ合うコミュニケーションを求めてるんだよ。どこまでだったら私が怒らないか探ってる……とかね。
「――ちほぉ――」
あららら……。泣きそうな顔。はいはい。行きますよ。
「はーい」
返事して立ち上がったら嬉しそうな顔。ワンコみたい。
座テーブルを迂回して、憂の足元に。
「…………」
「千穂――!?」
そんなに驚かなくても……。
女の子同士だし?
腹筋する子の足の甲に座るくらいするんじゃないかな?
「どうぞ?」
小首を傾げて言ってあげたら赤くなった。あはは、可愛い。
「――い――――ち――」
やっぱり腹筋、苦手だよね。私も苦手。やれば出来る回数増えるのかな? ……しないけど。
「――に――――」
2回目でぷるぷるするのはいつものこと……。
「――い――――」
………………。
「――さ――――」
「つん」
「ひぁぁぁ――!!」
あ。悲鳴上げた。ついつい、お腹をちょんって。
「――なに! ――するの!?」
あ。怒った顔、キレイ。
「ごめんごめん」
にっこり。サービス笑顔だよ?
「うぅ――」
あはは! 何も言えなくなった!
あ。また頭の後ろに手を組んだ。頑張るね。
「――さ――――」
「つん」
「――――さ――」
ぴくっ……ってなったけど、頑張るね。なんか、こう……。いたずら心を刺激してきて困る。
真っ赤だ。
「――ん――――」
はい、あと2回だよー。
スクワット30回、腹筋5回、背筋15回。腕立て伏せは出来ない。
「――やめた。じゃま――するから――」
……諦めちゃった。もっと邪魔しようと思ったのに。
私にもこれくらい触ってもいいよー……とか? そんな意味も込めてるのに。
ちょっと、恥ずかしいね。だから言わないけど。
「――千穂?」
「あ、うん」
よけなきゃね。お尻を浮かして立ち上がると、憂の足が伸びて、私の足の間に。
「――よい――しょ」
……背筋、するんだね。
もぞもぞと一回転。うつ伏せになった憂は手を後ろに。
また腰を下ろして、今度は足首の辺りに軽く座る。
「――いち」
……柔らかいなー。相変わらず。
「――にぃ」
なんか、さっきよりいたずらし易かったり。
「――さん」
目の前にお尻。
「――し」
触っちゃう?
「――ご」
……それとも。
「――ろく」
後ろで組んでる手を捕まえてみる?
「――なな」
愛さんが引っ越しに紛れて……。
「――はち」
私に渡した通販アイテム。
「――きゅう」
聞いてみたんだよ?
「――じゅう」
なんで私に……って。
「――ふぅ」
そしたらお姉ちゃんは、まず『ごめん』って謝った。
あれはあのマンションから引っ越す時に、込められたメッセージだった。
拘束具みたいなのもあったから……。
愛さんと憂のお母さんは、話し合った結果、私にあの……。子どもはダメ! ……なセットを私に……。
今は状況が違うんだけどね。
これを使ってでも捕まえちゃっていいんだよ……って。
無理矢理でも……、拘束してでも繋ぎ留めていいんだよって。
憂は……。
今も私とは心の繋がり……って言うか……。なんて言うんだろうね。プラトニックって言うの? それじゃないとダメって思ってる。
……私は違うんだけどなー。
でも、私だって焦らない。
待つことには慣れちゃったから……。
「――じゅう――いち」
これからはずっと……。
「じゅう――に――」
将来についてもいっぱい考えてる。
「じゅう――さん――」
一緒に生きていくんだ。
「――じゅう――よん」
ずっと待つよ?
「――じゅう――――ご――」
高校卒業するまで! だけど!
「――ふぅ――はぁ――」
だから……。
今は時々いたずらするくらい許してね?
ターゲットはやっぱりお尻! パンツの線が浮き出た2つのお山をターゲットに鷲掴み!
「――千穂?」
えいっ!
「ひゃあああああ――!!」
……私って、実はいじめっ子体質なのかな?
憂も大変だね。これからずっと続くんだよ?
ここまで長いお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
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