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284.0話 その時は突然に

 


 ―――5月7日(月)



「千穂は今日、どーすんだー?」


「今日はバスケ会もないし、遊びに行こうか?」


「んー……。ちょっと勉強しないとまずいかも……」


「遊びまくってるからだー!」


「ホント。GW、何もない思ってたから声掛けたのに、逆に誘われるとかありえない」


「……そんなこと言われても私だって」


 放課後の会話だ。

 ゴールデンウィーク中真っ只中の5月3日。憲法記念日に千晶は千穂を誘った。

 翌日、山城と大守の両家でお出掛け。山城のお父さんの発案により、北の県境にある牧場へ。そこで焼き肉パーティーを開催する。サプライズだ……と、いきなり伝えられた。

 千晶の父は娘の中で地に落ちてしまった評価を回復させようと必死こいているのだ。


 その時の電話で千穂は、同日。漆原家と立花家で急遽、旅行が決まった……と千晶に告げたのである。県外の水族館に行くから付いてきて……と。


『……来られないよね? お出掛けするなら……』


 千晶は逆に誘われたと言ったが、この程度の事だ。本気で誘った訳ではない。

 そもそも漆原家が誘われたのが、5月3日になってからなのである。

 千穂に非があるわけでもない。単なるいじりだ。

 佳穂に至っては、憂と家族ぐるみの付き合いを行なう親友へのやっかみだ。


「もういいよー。どこ行ったかも感想も聞かんぞ? 惚気られるだけだし」


「だね」


 薄暗い水族館をチョイスした理由は、修学旅行テスト第2弾と云ったところだろう。

 その1泊2日の行程は、現在、千穂が元気に話しているように、無事に完了したそうだ。


「惚気って言うか、事実を伝えるだけなのに」


「その事実が惚気な件」


「だな。ところで一緒に勉強するー?」


 バスケ会は、少し静かになっている。

 バスケ部の練習が本格的なものになっており、おいそれと拓真も勇太も圭祐も京之介も外れられないのが実情だ。美優も大切な一年生時分。不参加が多くなっている。


 ……それでも残ったメンバーを集めてやっているのは、憂がやりたがるからに他ならない。

 その憂は本日、午前中を以て早退してしまっている。

 蓼園総合病院で少女に血液を与える為だ。本日が手術日なのである。成功率は決して高くない手術だが、奇跡を起こした憂の血を貰えるとあって、少女も意志強く、手術に向き合っているらしい。


 その憂の血の成分だが、ここにきて思わぬマイナス要素が見付かった。

 万能と思われたβだが、抗生物質の働きまで元々の血中成分と結託し、阻害してしまうらしい。生み出された免疫も強力だが、何らかの炎症でも発してしまった時、苦境に立たされる。

 もちろん、その炎症にもβもαも効力を発揮するのだが、抗生物質に関して言えば、初めて見付かった負の要素とも捉える事が出来るだろう。万能に見えていたが、状況によっては……と、云った処だ。




「お買い物もしないと……」


「じゃあ帰るかー。それも寂しいんだけどなー」


「うん。ごめんね?」


「最近、千穂が主婦もやってること忘れかけてた。凄いね。千穂は」


 千晶の言うとおりだ。

 千穂が部活をしていない理由は、運動嫌いと併せて家事があるからだ。ところが、この頃の千穂はバスケ会で体を動かしつつ、家事を(こな)し、引っ越しの荷物まで纏めている。


 この引っ越しに関しては先日、結論が出た通りだ。

 立花家の隣りに出来た空き家。そこへ引っ越し、警護を容易くしようと。

 これにより、父・誠人の心配は激減することになる。

 千穂も何だかんだ言って、憂の母の高い家事スキルをまた教えて貰える……と、喜んでいる。通学に関してもわざわざ憂の家まで遠回りする必要もなくなる。実はメリットだらけなのだ。


 ところが、残念ながら手続きに関して少々、遅れを取った。

 先住者の引っ越し理由は、介護と地元定住の為。

 このGWを利用して、親御さんと最後になるかも知れない旅行に出掛けていたので、なかなか連絡が付かなかったのである。


「……その問題も引っ越ししたらなくなるのかな?」


 買い物をしないといけない。

 今回、一緒に遊ぼう提案に続き、佳穂の一緒に勉強提案を却下した理由はこれだ。

 千穂は可能な限りのまとめ買いをし、買い物の機会を減らすことでバスケ会との両立を成している。


「……むぅ。まぁ、千穂に倒れて貰ったら困るから憂ちゃんちの隣りに引っ越すの許す」


「あはは、ありがと」


「お礼の必要がどこにあった?」


 佳穂とすれば、また一歩、憂との差を拡げられた気分なのだろう。

 だが、佳穂も自分の気持ちが再び解らなくなっている。簡単に言えば、千穂と憂が寄りを戻す事を望んでいる気持ちが隠せなくなってきているのだ。間違いなく憂の事が好きなのに、親友の想いも大切にしたい。そんな矛盾した心だらけの持ち主になってしまった。


「じゃあ、行くね。康平くんに悪いし」


 彼は、もはや空気だ。

 邪魔をすることなく、空気と化し、3人娘の会話をBGMに佇んでいた。

 参加する時はとことん参加するが、それは大半の場合、いじって貰っている最中だ。


「途中まで一緒に行くぞー!」


「そこからはまたコレと一緒……。なんでわたしは、こんなのとこうなっちゃってるんでしょう?」


「コレって誰の事だー?」


「予想通りだと思うよ?」


「あ。ちょっとむかつく。千穂の癖に」


「わかる」


「なんでそうなるの……?」


「千穂だから」


「千穂だから」






「じゃあね」


「また明日ー!」


「あれ? ちょっと待って? 明日って憂ちゃん、休むんだっけ?」


 千晶の問いにバイバイと手を振る千穂が腕を下ろすと、同時に足も止まってしまった。いや、赤信号を前に止まっただけだ。

 どうにも締まらない3名だが、昔からこうだ。

 佳穂のボケ役も千晶のツッコミも定着していない頃から、ふにゃふにゃしている。


「来るよ? 車椅子でだと思うケド」


「そっかー。憂ちゃんも大変だー。でも、人助けしてて凄いよなー。あたしもたまには献血してみるかなぁ……」


「貴様の汚れた血など欲する者は存在せん」


「…………」


「…………」


 千穂と佳穂が2人思わず見詰め合う。

 視線で会話している……訳でもなさそうだ。


「千晶の中二心が大爆発。今まで良く隠してたなー」


「違うっ! 言ってみただけ!」


「言えるだけで凄いと思うよ……?」


「か、帰るっ!」


 中二的な台詞で盛大に滑った千晶はダッシュした。言い換えると、逃げた。


「あ、待てよー! 千穂、また明日!」


「うん! ばいばーい!」


 以上、東門を抜け、少し進んだところにある憂が轢かれかけた信号での遣り取りだ。

 彼女たちは今でも注目の存在であり、沢山の生徒と少数の児童が見守る中での出来事だった。


「………………」


 小さくなっていく親友2名から目線を外すと丁度、歩行者信号が青へと変化した。

 千穂が横断歩道の縞々を渡り始めると、同じように渡る生徒、児童たちに混じっていたスーツ姿の女性が寄り添った。


「あ、絵里さん、よろしくお願いします」


「ううん。こちらこそ」


 憂も拓真も居ない、千穂独りでの帰宅時には絵里がご一緒する。

 ターゲットとの接触を積極的に行えと云う、4月に発せられた蓼園綜合警備の急な方針転換に沿った形だ。だがそれは千穂限定らしく、同様に警護が継続されている愛にも迅にも接触は成されていない。憂の家族は距離を保ちつつ、警護されている。


 ……憂本人の場合は話が別だ。


「これからお買い物行きますけどいいですか?」


 信号を渡り終えたところで足を止め、絵里に確認する……が、「はい。もちろんです」と困ったように笑った。千穂が依頼した訳ではない警護。そんなSPに気を遣う必要など、どこにもない。邪魔なら邪魔と言い切ってしまえば、以降は邪魔にならないよう尾行する形になるだろう。なのに千穂は相手を気遣う。

 きっと、私のせいでごめんなさいくらいに思っている。


「……憂、大丈夫ですかね?」


 絵里は抽象的な質問だと思った筈だ。

 血を抜く事に対してか、その行為によって交わされるであろう意見が、か。


「大丈夫ですよ。千穂様が信じておいでになれば」


「そうですね。あ、やっと渡り始めた」


 小走りで横断歩道を通る康平の事だ。

 千穂が絵里と合流した頃からスマホを耳に当てていた。その通話相手は憂ではないだろう。康平だけは依頼者・憂の形になっているが、彼の所属する探偵社と蓼園綜合警備は情報を共有している。せねば、ぶつかる。学生に混じる2人とその他の護衛の間で。


 それはこの康平と絵里の間でもそうだろう。


 ところがスタンスは違う。

 千穂が歩みを再開させると、康平は距離を置き、追尾を始める。

 絵里は隣で千穂と歩調を合わせ、今日の学園での出来事を聞き始めた。





「あ! 大根菜付いてる! 嬉しー!」


 なので、千穂の買い物の様子に困惑している。当然、1人の時は粛々と買い物していくのだが、誰かが一緒だとこうなってしまうらしい。


「大根の葉っぱ……。美味しいんですか?」


「美味しいんですよ! 和えてみたり!」


「……あえる?」


「え?」


「ううん! あえる。分かりますよ!」


 こんな風に絵里さんは料理をしない人と認識し、スーパーを出ると、そこからは裏道だ。

 広い道は消え失せ、愛が車で迷ってしまったように、狭く、コンクリートの壁だらけの一方通行だらけとなる……が、徒歩の千穂には関係ない。

 ヤケに似合う、大根の葉っぱがはみ出した重そうなエコバッグを下げ、軽快な足取りで進んでいく。

 絵里は千穂から奪い取った牛乳パックの入った重いエコバッグをぶら下げ、同行する。何メートルか後方では康平がストーカーよろしく離れず付いていく。

 この十字路を渡って左に折れ、更にその先の交差点を右に。後は直進すれば千穂の自宅……と云った距離。
















 ―――そこで憂の周囲に関する一連の騒動、最大の事件が起きた。












 横断歩道も何もない、小さな交差点を渡り切った直後だった。


「あ……。ちょっとごめんなさい」


 絵里は護衛対象者(ターゲット)との距離の感じる、丁寧口調の抜けない言葉選びで断りを入れ、スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出す。


「……え? ちょっとごめんね!」


 画面を確認した直後の2度目の『ごめん』は素の口調が出ていた。驚きの表情で。


「…………? あ、はい」


 千穂は何やら察したように頷く。

 絵里の電話の相手は、彼女の上司や更にその上。どの道、大物からの電話なんだろうな……と。

 断りを入れた絵里は、千穂から離れて狭い交差点を引き返し、端へと駆けていった。ターゲットに話の内容を聞かれる訳にはいかないのだろう。

 そんなタイミングで千穂が交差点を左に曲がった先から、白い小型の車が姿を表す。それだけではない。今しがた歩いてきた道からも黒いセダンが。


 白い車の存在に気付いた千穂が、小さな交差点、正面から来た車を避けようとほんの1メートル下がり、電柱の陰に入った。やり過ごすためだ。たった2台の車でごっちゃになってしまうのは、愛の事例でも解る通りだ。

 康平も絵里も後方の黒いセダンに道を譲るべく、端に寄り、交差点で分断された瞬間。


 黒いセダンが康平と絵里の進路を塞ぎ、停車。斜めに。コンクリの壁にフロントを擦らんばかりに。

 電柱に潜む形となった千穂の横では小型の車が止まった。即座に後方のドアが開け放たれ、大柄の黒人が飛び出し、千穂に迫る。


 異変を察した康平が邪魔をする黒いセダンのボンネットを跳び越えようと動いた瞬間、助手席のドアが蹴り開けられたのか、吹き飛ばされ、コンクリートブロックに衝突、転倒した。


 絵里は黒い車を迂回しようと後方に回り、そこで停止した。千穂の手首を掴み、引きずり込もうとしている黒人に負けない体躯の白人が後部座席から、出現。



 ―――拳銃のような黒い塊を向けたのである。



 それでも! ……と千穂を助けるべく、スマホを投げ出し、エコバッグを捨て、絵里は動こうとした。自らの危機を承知の上で。


「待てっ!!」


 だが、止めたのは協力関係に有る筈の、転倒後、すぐに立ち上がった康平だった。

 抗議の眼差しを向けようとした時、それが絵里の目に入った。



 ―――そこには千穂に口径大きな銃らしき物を向ける運転手の姿が。



 黒い車に阻まれる2人の千穂専属警護をあざ笑うように、前方の白い小型車の奥では、千穂が抵抗をやめた。

 元々、時間の問題だったが千穂は黒人によって示された。

 白い車両の運転手が黒のセダンの方向に拳銃を向けている事に。



 ―――結果、康平と絵里の2名は千穂の命を守る為に動けず、千穂は2名の命を守るべく、自ら白の小型車に乗り込んだ。



 事が終わると、外国人たちは車に乗り込み、逃走を開始した。





 2台の車両が消えた先には、踏み付けられた大根の葉が無残にも散らされていたのだった。












「相手、誰や!?」


 康平は怒鳴った。絵里を気遣う余力など微塵も感じさせない。


「えっ!?」

「電話の相手や!」


 言うなり、路上に投げ捨てられた絵里のスマホに向けていく。


「あっ! 私の上司っ!!」

「丁度ええ!」


 スマホを拾い上げると同時に怒鳴り上げる。


「漆原 千穂が攫われた! 至急、総帥に知らせろ!」


 フィルムか本体液晶なのか。ひび割れてしまったスマホを持ったまま、康平は駆け出した。千穂の家の先。そこに単車が置いてある。


「あんたも来い! 連絡役が要る!」



 到着までの2分間ほど。

 その時点では、もう既に康平のスマホがピピピピ……と、緊急アラームを発していた。

 総帥かその秘書が発したものだろうが、確認する間も惜しみ、自身のスマホ内のとある機能をONした。


 GPSによる探索だ。

 康平は祈るようにスマホを操作していく……と「クソッ!!」と声を上げた。千穂のスマホの電源が落とされているのか、基地局が電波を拾えないのか……。


 それは契約した者の居場所の確認が出来るアプリだ。

 スマホは定期的に微弱な電波を基地局に送っている。千穂は不測の事態に備え、普段から位置情報をONにしている筈だった。


「出すぞ!」


 一か八か。

 康平は連絡・情報収集役として、絵里を乗せ単車を走らせていった。



 ―――誘拐犯の車が逃走した方角へ。




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