279.0話 中学生に混じって(上)
―――4月24日(火)
わたしは2時間目は英語の授業に参加……。
あらためて受けてみると子供騙しな授業もいいところですね。日本人の英語力は低くて当然です。
もう授業内容はいいですね。どうでもいいです。This is だろうと、なんだろうと好きにやって下さい。
わたしは単なるオマケです。
さくらちゃんもオマケです。
翼くんも。翼くんってやっぱり親が好きだったんだろうね。サッカー。世界的な大ヒット作の主人公と同じ名前……。
……それは今、関係ないですね。
梢枝さんなんて私たちよりも、もっとオマケです。
憂ちゃんの中学1年生時代の同級生。
全員集める訳にもいきません。ですので、護衛として参加している梢枝さんを除いて協力者は5名。
……当時の状況に近付けることで記憶への扉をノックする。
本当にそれでいいのでしょうか?
眉唾ものじゃないの?
どうせやるなら完全再現のほうがいいんじゃないの?
判りません。判らないと言うよりは判断が付かない。このほうが正確かもしれませんね。
梢枝さんによると脳の専門家である渡辺先生も『色々試してみるといいよぉ?』だそうで。
『こうすればいいよ』みたいに言って下されば、話は早いんですけどね。
1年C組。
この教室が当時、わたしも憂ちゃんも使っていた教室です。優くん……ですかね?
高等部の2年生が憂ちゃん合わせて7名も増えてるものだから、40人超えてしまっています。ぎゅうぎゅう詰めの教室。拓真くんだけは中1時代の同級生なのに参加せず……。
理由? 分かりますよ。
中等部。しかも1年生の中に紛れ込んでしまっては中学生たちが可哀想という、彼なりの配慮です。決して、憂ちゃんが恋敵だから協力しないわけじゃありません。
……たぶん。
拓真くんって外見怖くて大きいけど、やっぱり下級生に人気あるし……。
考え過ぎだと思うんですけどね。
現にこの教室……。1年C組の生徒さんは、大喜びで話を受けてくれたそうです。
授業前に話を少しだけ聞いただけですが、待ちに待った1日らしいです。
憂ちゃんを見たくて蓼学を中学受験したって子も居て、影響力凄いなとか思います。まぁ、最初からですね。復学当初からです。カリスマって言うんでしょうか?
……そんな理由だと親御さん、大変。蓼学は入学金高額だから……。
今年度はかつてない志願者数で落ちた子も。これが蓼学史上初。それが中等部でも高等部でも発生。
本年度は願書が殺到したらしく、蓼学志望の生徒さんに初めてまともな入試試験が行なわれました。
蓼学高等部はD棟が完成したにも関わらず、来る者は拒まずの姿勢を遂に貫けなくなったんです。
全員を受け入れてしまったら、転室に支障を来たします。高等部の最初は30~32名程度。これを崩したらダメ。パンフレットにもクラスの移動の事は載っています。取材も多い蓼学最大の特徴ですからね。
そう言えば、初等部、中等部を1つの学園として切り離す……?
高等部が切り離されるのでしょうか?
ともかく、その話は加速中らしいですね。
今年の3月以降、蓼園商会も蓼園市も憂ちゃんの地盤を固める為に動いた。
敵に回りそうなら自分から申し出て、さっさと蓼園市を離れろ……。その支援はしてやる。
ニュース情報でも梢枝さん情報でも、色々と取り繕った言い方してたけど、要はこんな制度を導入したんですよね。
この目論見は当たったそうです。
『悉く策が当たるんは、事前の調査が巧いんやろねぇ……。当たる策を弄せば負けんわぁ……』とか言っておられました。
その策により人口の流出が激しかった。それ以上に流入したんですけど、そこは置いといて……。
今まで、初中等部の新校舎建設に向けて少しずつ買い上げてきた土地に合わせて、一気に買収を進めたんだそうです。今年度中には立ち退き終了するとかしないとか?
それから着工。
来年度中には私立蓼園学園ともう1つの学園が誕生する……。
……どれだけ大きくすれば気が済むんでしょうね。
わたしたち生徒にとっては有り難い事ですけど。初中等部が移転すると高等部の敷地ががっつり増えるわけですので。
あれ? 今年、買収で来年着工……。
…………。
わたしたちに恩恵無いし。
……別にいいですけど。
退屈ですね。
復習授業にもなりません。
さくらさんも同じみたいですね。
欠伸しちゃってる。あはは。
それでも付き合ったのは友情の賜物。
今日はなるべく新しい部分は授業進めないんだって。リコちゃんセンセもそう言ってたけど……。それでも、C棟2-5全体にとってはマイナス。
なのに、みんな『いいよ』って……。
幸せ者ですね。憂ちゃんは。
この中等部の生徒さんも、憂ちゃんの為にわたしたちまで受け入れて下さったんですよ?
憂ちゃんの中1時代の記憶を取り戻せる可能性があるなら。たったこれだけの理由で。あくまで可能性の話ですからね。
大事な時期なんですよ? この中1の4月5月は……。ここで付いていけるかどうかが今後の成績を決めていくんです。わたしは上手くいきましたけどね。佳穂なんて大変だった。
佳穂とも千穂とも3年間一緒になれなかったんですよね。私は。
この1年の時、千穂と佳穂は一緒でした。楽しそうにしちゃってて妬けた記憶があります。
憂ちゃん……じゃなくて、優くんとは……。ほとんど接点なし。拓真くんと仲の良い、途中まで声変わりもしてない可愛くて元気な男子って感じでしたね。でも、その頃のわたしは恋愛とかそんなの興味なし。
……今考えると勿体無いですよね。優くん、きっと誰でも断らなかった。たまたま1番に告白したのが千穂だったってだけな気が……。
……その憂ちゃんは中学生もクラスメイトも協力してくれてるのに、何をしてるんでしょうか?
落ち着きなく、あっちを見、こっちを見。
あ。目が合った。
当時に合わせて髪を降ろしてるからちょっと恥ずかしい。制服は……。白スカートを引っ張り出して合わせました。中等部時代はわたしも真っ白制服。佳穂も。多かったんですよね。案外。
……にっこり。手、振られました。
それでいいの?
なーんにも思い出せてないんじゃ……。
最初の頃は固まったり、じっと外の景色眺めたり、急にソワソワしたり……。考え込んだり。
……よく考えたら変わってないですね。最初も今も。
梢枝さんは寂しそう。過去のクラスメイトじゃなくって、護衛としての中等部授業参加だから真後ろに座っておられますので。
それでも後ろ姿の鑑賞にはなりますね。憂ちゃん大好きですから。梢枝さんは。
……憂ちゃんがキョロキョロしたり、手を振ったりするものだから他の生徒さんの落ち着きが奪われていますね。憧れの先輩の1人である憂ちゃんが急にクラスで近くの席に……。
まぁ、そうなりますよね。
梢枝さんも視線を感じるのかな? 右後ろの少年が熱視線を送っていますからね。
中等部の男女構わず虜にしてしまう梢枝さん、半端ないです。
あの少年、後でからかわれたりしないか心配です。
今年度は、いきなり襲ってきた災害の影響で遠足は中止。身体測定は延期。マラソン大会も延期。いきなり行事が飛びまくりですからね。
……まだからかわれるほど仲良くなってないかな?
彼が外部入学だと仮定して……ですけど。
はぁ……。
1年生の心配してても仕方ないですね。
……。
……あと、終わりまで5分も……。
どうにも長いですね。
…………。
…………。
キーンコーンカーンコーン。
あ。授業時間違うの忘れてました。
3時間目は体育ですよ。
私たちは着替え完了。
中3の時の体操服、普通に着れちゃいました。どうやら成長していないようです。
ほっとけ。
ヒナちゃんも中学時代の体操服ですよ。2人して体育館を見上げて立ち尽くしています。
意外と憂ちゃんの2年の同級生って女子少なめ……。
3年生の時のクラスの子が多いんだね。セナちゃんと有希もだし。明日香ちゃんもだっけ?
「優子ちゃん……?」
ヒナちゃん……。声が震えてる。
「行こっか……」
「うん……。行こ……」
私もちょっと緊張……。
中学2年生。3学年も離れた子たちの中で失敗したらどうしよう……って。恥ずかしいよね。体育はそこまで苦手じゃないけど、佳穂ちゃんたちみたいに得意まではいかない。
でも、私たち女子は見学中心!
目的は憂ちゃんに中等部の体育館で暴れまわって貰うことだから!
そう考えようね!
「待ってー!!」
「…………?」
「あ! さくら!」
走ってきた。
憂ちゃんは? 一緒じゃないの? どこで着替えてるのかな?
「さくらって3年間、憂……くんと一緒だったんだよね? 今日は忙しいね」
「そうなのよー。超大変」
3年間かぁ……。
すごいね。少ないパターンなんじゃないかな?
あ。もしかして……。
「……優くんの事、好きだったりした?」
「え? 優子ちゃん?」
「ないない。さくらは年上好き」
「そうなんだ……」
セナちゃんは好きだったんだよね? モテモテだぁ。確かに可愛かったもんね。元気でムードメーカーだったし。今で言う健太くん的ポジション?
「あ……。居はった……」
梢枝さんだ。なんで体育館の中から?
「こっち――!」
ひょっこりと憂ちゃん登場。
体育館で着替えたんだね。
「――バスケ!」
あはは……。嬉しそう……。
「――はやく!!」
「あはは……。行こっか」
ヒナちゃんが体育館に足を向けると「そだね」ってさくらちゃんが追従。
さくらちゃんは運動部だしいいよね。私はやっぱり……尻込みしちゃって。
「体操服、どうしたの?」
私は着れたけど、さくらちゃんとか背も伸びてるし無理だよね?
「佳穂ちゃんに借りた。処分しなくて良かったーだって」
佳穂ちゃん、背、高いからね。ちょっとうらやましい。
私も有希の影響で彼氏欲しくなっちゃったし。
誰か居ないかなー?
「あ、あ! 憂先輩! ずるいです!」
憂ちゃん、男子に混ざってバスケ。
そうだよね。女子とやったんじゃ違うもんね。無くなってる記憶は男子の頃の記憶だから。だから男子と。
「『先輩』は要らね! 遠慮なく呼び捨てしてやってくれ!!」
……その男子たちはやりにくそう。
男女の垣根が高い時期だった気がするよ? 中学2年って。私だけかもしれないけど。
「で、でも!」
「よっしゃ! ナイスパスだ! 憂!」
だ、だんくしゅーと。
勇太くん、元気だなー。中学生相手に暴れちゃって……。あれでいいの? 190センチ混ざったらダメでしょ。
「すご……」
「半端ない……」
「高等部のバスケ部レギュラーが来るって卑怯じゃない……?」
現役中学2年生女子たちの感想。言いたいこと分かる。
「優くんとの思い出ってある?」
さくらちゃん……。突然だね。しっかりとウチのクラスの男子4名+憂ちゃん対授業お邪魔中の2-G組H組合同代表チームとのゲームに目を向けたまま。
何かあったっけ……?
「直接関わったわけじゃないけど、覚えてるのあるよ?」
ヒナちゃん? 何だろ?
「ほら、覚えてない? スズメバチ」
「あー! あった! あったね!!」
「優子ちゃん、声でっかい。びっくりした」
「ほら……。周りの子たちも」
……見学中の女の子たち。ごめんね。
ちょっと興奮した。優くんって私たち女子との絡みって本当に少なかったんだね。話した記憶もない。
そんな優くん。
私にも入ってる字なんだけど、名前の通り優しいんだなーって思ったエピソードが1つ。
それがヒナちゃんの言ったスズメバチ。
夏前だったかな? 詳しく覚えてないけど、開けてた窓から授業中の乱入者さん。それがスズメバチさん。
もう大騒ぎ。でっかい勇太くんとか涙目で今思い出したら面白い。先生もおばちゃん先生だったからハチさん相手には役立たずで。
そんな中で大樹くん。優くんと仲の良かった、今もバスケ参加中の大樹くん。サッカー以外はダメなのかな? 存在感ないよ。健太くんとかそれなりに動けるのに。
じゃなくてスズメバチ。
大樹くんがそのスズメバチを教科書丸めて退治しようとしたら『可哀想だよー』って優くん。
窓から出してあげようとして、何人か協力してね。女子も居たような……。勇気あるよね。私には無理。
じゃなくてスズメバチ。
教科書とか駆使して、窓際まで追い詰めて……。
最後にそっと……。ノートだったかな? それで押し出そうとした優くんが反撃されちゃって。チクってやられて……。
すぐに保健室急行から念のために救急車……。
懐かしいなー。翌日には笑い話にしてたよね。その辺がムードメーカー。今の健太くんポジション。
でも、絡みなし。
もっと話しかけてれば良かったなぁ……。
憂! めっちゃ楽しそうじゃん!
活躍出来ると思ったらコレか! 憂もやっぱバスケやってて目立ちたい部分もあったんだろうなー。部では裏方みたいに自分の仕事に徹してたけどよ。
ほりゃ? 撃て? いいんやで?
「ブロックいかんから撃ってみ?」
スティールもせんぞ?
お。顔が怒った。シュートきたぁ!
ん。外れたな。こりゃ。
「あっ! くそっ!」
ほれ見たことか。そんなイライラしてるからだぞ?
この身長差じゃスクリーンアウトも要らんわな……っと!!
「勇太――ないす――!! こっち――!」
お。センターライン超えてんじゃん!!
外れてオレが取るとこまで予測済みってか!
それじゃあ期待に答えて……。
ローングパース!!
取れよー!
……取った! 手ぇ痛そうだな。わははは。
そのまま、ゴール下までドリブル。レイアップいけ……って、立ち止まってシュー……。バンクショットか。安全策だなぁ……。
でもまぁ、転倒とかされても困るけど。
あ。ゴール向こう。千穂ちゃん、発見。来たんか。
あそこ、指定席だったもんなー。
中1の終わり頃から中2の始め頃までだったっけ?
そっから告白実ったんだよなー。うらやましい。
この中等部体育館には、二階席みたいなんがある。立ち見エリアっての?
よー分からんけど、そこから見下ろせる仕様。
毎日のように千穂ちゃんはそこで練習を見に来てた。長時間じゃなかったけどよ。今、考えりゃ家事があるからってか。
……あそこ立たれるとよ。
通常時はいいんだ。通常って言うか、平常?
でも千穂ちゃん、大のバスケ観戦好きだから時々興奮して、柵ギリギリに身を乗り出して……。そうすると見えちゃうんだ。優も何回も見てるはず。
内緒だけどな。
今でも思い出せるぜぃ。千穂ちゃん、美少女だかんなー。毎日観戦に来る子。実は部内で争いになってた。みぃーんな躍起になってたっけ? いいとこ見せてやろーって。なっつかしいなー。
……やっと攻めてくる気になったか。憂が戻るの待っててくれたんかー?
そろそろ本格的に手加減してあげっかー?
あ! 憂ちゃんよ!? 何、あっさり抜かれてんの!? 棒立ちじゃんか!!
ぎゃー! 大樹ちゃん、使えねー! あ。レイアップ。上手い。高さないけどなー。
入った。これじゃ、オレの出番無し。
それよりよー。
どうなっちゃったん? 憂は?
気になったもんだから、3Pラインの頂点まで移動して、立ち尽くす憂を覗き込んでみた。
「――千穂」
タイミングばっちしで呟かれた。
……思い出したんか。涙ぐんでるしよ。
そうだぞ。あそこでずっと見てたんだ。お前をよー。
もう……。
忘れんなよ?




