278.0話 思い出と現在を秤にかけて
本日、もう一部分投稿しております。
順番前後しても何の問題もありませんが、順番に拘る派の方は1ページ前からお読み下さいませ。
そこに「277.1話」が置いてあります。
下記より本文です。
↓
愛さんが出してる、ちゃりちゃりってカップとスプーンの当たる音を聞きながら、そっとすすってみた。
「おいし……」
ちょっと熱いけど、私は猫舌違うから。
熱いくらいが好き。香りがいっぱいに広がるから。
チェーン店のコーヒーって美味しいよね?
美味しいから全国展開とか出来る……んだよね?
「幸せそうな顔。千穂ちゃんはコーヒー好きだねぇ。大人っぽいよ?」
大人っぽい! そう言われると嬉しいですけど……。
「残念ながらミルクも砂糖もありなので……」
「ブラックがかっこいいとか、大人だとか、誰が決めたんだろうね」
言い終わって愛さんはコーヒーをずずっとひと口。
……えっ……と?
なにかの比喩……だよね?
……流そう。
愛さんもミルク砂糖あり。気取ってないんだよね。それなのに格好いいのはなんでなのかな?
「固定概念って嫌だよね」
……引っ張るんですね。
えっと……。誰かが決めた価値観?
倫理とか、そんなの? 性別がどうとか?
そんな話なのかな?
「コーヒー飲み終わったらさ。ショップ巡って、それからゲーセン行って遊ぼうね」
にっこりと笑った。
何だったんだろう。
コーヒーって言われたからついついひと口。おいし。
「……ダメ?」
「順番、逆のほうがいいかもです」
そうしないと荷物抱えてゲーセンってなっちゃいますよ?
お店回って、買うとは限らないけど。
「違いないわ。あはは」
……でも、欲しいもの出てくるよね?
憂と一緒だとYUUしか行けないだろうし。
「……にしても」
「しても?」
愛さんは周りをキョロキョロ。
私も釣られてキョロキョロ。
何人かと目が合う。
お店のお客さんも店員さんも、お店の外を歩いてる人も。
「気にされなくなったよね」
……そうですか? そうでもないかも……。
「ほとんど」
付け加えられた!
「あはは。かっわいい。パッと表情変わった」
「変わりもしますよ?」
「千穂ちゃんは元々見られる側だからね。そうじゃなくて、私も千穂ちゃんも印象から消えちゃった感じ。道行く人からね。好意的なもの多いでしょ? 『あ、あの子可愛い』って」
「それは……」
……はい。
憂との通学再開までそんな感じでした。
「あとは、イヤラシイの」
「はい!」
胸に目が行って、ガッカリ顔になったりとか!
あれは失礼ですっ!!
……憂といるとちょっと違う。私の事を思い出すんだろうね。
そのほとんどの人が見守ってくれてるって感じの目。
「……憂といるとさ」
「見守られます」
「え?」
愛さん、驚いた。即答したから。
ちょうど、考えてることだったから。
「……千穂ちゃんも同じか」
……? 私に向けて言った感じじゃなかった。呟いちゃった……?
「……修学旅行くらい行かせてあげたくてね」
ですね。それは私も思う。
私も憂を放っておいて、修学旅行とか絶対、楽しめないし……。
「待って貰ってるけど、本当にもうギリギリ……」
夏休みと冬休み。
蓼学ってやっぱり特殊なんだよね。
夏休みとか冬休み中に修学旅行。普通の学校と外したいからだと思う。
行き先はいっぱいあるけど、それでも人数多いから。
だから普通の学校がなかなか行かないタイミングで修学旅行。
5組以外はもう締め切ってるんだって。行きたい人は夏も冬も行ける。5組にだってどっちも申し込んでた人もいる……って、それはどうでもいいや。
問題は、憂が無事に過ごせるの? ……ってとこ。
「国内ならば何の問題もない。北海道だろうが沖縄だろうがな」
あはは……。
口真似。全然似てないです。
「……とは言われても、教員以外の人がゾロゾロ付いて歩くようなのもどうかと思うし」
確かにそれは……。蓼園市だから問題ないだけのような気も……。
「そこで1つ試金石」
え? 何かまた試してみるのかな?
「高等部男子バスケ部の定期交流戦……。知ってる?」
「聞いてます。チラッと聞いただけですけど……」
勇太くんが言ってた。
毎年、蓼学と東部の藤校はお互いに遠征し合って練習試合をしてるんだって。
それはそうだよね?
ほとんど毎回、決勝戦で当たってるんだし、県内に他のまともな相手が居ない……。それはお互い様。だから、いい練習相手を求めてるんだ。相手の情報収集も兼ねて……ね。
それよりも!
『今年は拓真も戻ってきたし、いい勝負出来るんじゃね? こいつはやっぱすげーよ。もうちょい身長あれば最強のパワーフォワードなのによー』
その時は、もうちょい身長あれば……に、全部持って行かれちゃった。
私の前でそれはないよーって。憂には聞き取れなかったみたいだけど。
「その藤校さんから提案されてるんだよ。次の定期戦で憂に是非、会わせて欲しいって……」
立花 優として……かな?
向こうにとっても特別な存在だから……だよね? もしかしたら藤高の連続出場を阻んでいたかもしれないから……。
「そこがチャンス……なんだけど……」
尻すぼみで消えていった愛さんの言葉。
提案されそう。試金石……なんだよね?
「この際、こっちに来て貰うんじゃなくて、向こうに行ってテストしたいなって……」
……なるほどです。
県内って言っても少し遠いし、今の見守られてるような目が他の地域でも通用するのかなって。通用するのなら修学旅行だって……って。
「それにさ。千穂ちゃんも一緒に……って」
「いいですよ。喜んで」
「ありゃ即答」
驚いた愛さんに微笑んでおく。嬉しいんですよって意思表示。
嬉しいに決まってますよ? また前みたいに頼られるとか。憂のこと、やっぱりお世話したいし。
結構、無理してたんですよ? でも憂が一時的にでも離れたいなら仕方が無いって。
「じゃあ、決定の方向でいい? 警護の体制は保証します」
「はい。お願いします」
「じゃあ、大事な話がまた1つ終わったし、出よっか?」
問い掛けた愛さんはコーヒーの残りをぐいっと。
私、あんまり飲んでないや。冷めちゃってるし……。愛さん、話しながら飲めていいな……。
ちびりとひと口。
……あんまり美味しくない。
「あの……」
おずおず聞くと「なに?」って。私は素直に「もう一杯、いいですか?」ってお伝えしました。
可愛いぬいぐるみさんがゆっくりと浮上……。
よし。上がった。あとは運。きちんと落ちてくれるかの問題。よく穴に引っかかっちゃうんだよね。
アームが移動して……よし!
「取った! すっごーい!!」
「取れました!」
「一発で取っちゃう? 普通」
「得意なんです」
クレーンゲームも。
「私の部屋のぬいぐるみって、全部これで取ったものなんですよ?」
「あれ全部!? 壁際にいっぱい置いてあるの全部!?」
「はい!」
「じゃあ私のも取って貰える!?」
「……いいですケド」
「……けど?」
やっぱり荷物いっぱいになっちゃいますよ? ……って意味を込めて、抱きかかえるサイズの大きめぬいぐるみを掲げてみた。
「千穂ちゃん? ブサイクなぬいぐるみが好きなのは、自分が映えるから?」
「そんなことありませんっ! 可愛いじゃないですか!!」
「……うん。それならいいんだ。うん」
……煮え切らないですね。ちょっと潰れた顔とか可愛いよね?
なんで解って貰えないのかな? 佳穂だって千晶だって……。
「それでさ! あれ! あのぬいぐるみ!」
「……はーい」
荷物の増加確定……。
「それでさ。千穂ちゃんの一番得意なゲームやってみて? どこで練習してるの? 家に据え置きとか無いよね?」
「据え置き?」
「くっ……。据え置きって単語も知らないのにゲーム超上手いとかどうなってるんだ……」
「…………?」
「まぁ、いいや。教えて? どのゲームが得意?」
「……あっちのです」
「ここで上達したの?」
「そうですね。ゲーセン来て何もしないのも寂しいからってやってたら上手くなっちゃいました」
「よっしゃ! それじゃ行こっか!」
撃つ。
撃つ。
撃つ。
動くものに集中。
でも、私を攻撃しようとしてる人だけ。
手を上げてる人は撃っちゃダメ。
撃つ。
撃つ。
あっ!!
隠れる。
間に合わない時は足を離して隠れる。
また踏む瞬間は注意。
よし。
撃つ撃つ撃つ。
隠れる。
そうじゃなくて。
集中……。
もっと……。
集中……。
もっと……。
……。
…………。
………………。
……………………。
……やられちゃった。
「ぱちぱちぱちぱち!」
愛さん……。なんで口で……。
「千穂ちゃん! 噂には聞いてたけど、ホントに上手いっ!!」
「あはは……」
長くプレイしちゃってごめんなさい。
「美少女が真剣な顔して銃構えて。萌えた。ありがとう」
「何のことですかっ!」
美少女とか言われると……。なんかその……。
恥ずかしいですっ!
「他のお客さんも……ほら」
周りをきょろきょろ。
釣られてきょろきょろすると……。やっぱり。このゲームするといつもいつの間にか見られてる。
「それじゃ、ショップ見て回りましょ!」
だから私はいつも逃げる。
なんか、気恥ずかしいし……。嫌だから……なのかな? 男の人の視線……。
この辺、ちょっと解らない。
「おっけぃ。それじゃ行こっか!」
「……ほちゃん?」
……ん。
「……ほちゃん?」
……あ。
「千穂ちゃん?」
あ……。
「ごめん……なさい……。寝ちゃってました」
遊び疲れて寝ちゃってたとか……。私、やっぱり子どもだ……。
「もうすぐ着くよ? 千穂ちゃんち」
「はーい」
目をごしごし。
……寝顔見られちゃったかな? 運転中だからそれはない……?
信号で止まった時とか……。
「お父さん、居るかな?」
「居ますよ。寝てると思いますけど……」
時間は守るんだよね。お父さん。
だらしないけど……。
あ、私の家!
「愛さん! あっちです!」
「分かってるけど……。駐車場……。100円パークとか知らない?」
「……えっと。学園の方向には無いです」
……確か。気にして見てないから……。あったらごめんなさい。
「……困ったもんだね。蓼園市は人口増加中だから住宅地に駐車場少ないんだよね。さっき見付けたけど、満杯」
角を曲がって、曲がって曲がってウロウロ。
車も大変なんですね……。そう言えば、カーナビとか付けてない。嫌いとかかな? 自分で憶えたいとか?
「あ。ちょっと止まるよー?」
「はい」
どうしたのかな?
「康平くんが距離縮めてきた」
「あ。ホントですね」
愛さんが窓を開放するとその横に単車が一台。康平くん、いつもありがと。わざわざ存在感まで消してくれて。
「やっほー」
「駐車場探してんですよね?」
あれ……?
「うん。そうなんだけど、無いんだよー」
「千穂ちゃんの家の前に停めればいいですよ? 俺が見てます」
……関西弁みたいなのじゃない。
愛さんもなんか気さく……。
「あ、それ助かる! お願いねー」
「了解です」
またうぃぃぃんって窓の音……締まった。
「ん? どした?」
車を再発進させる前に私をチラ見してのひと言……って、二度見されたっ!
「……なんでもないです」
「……そ?」
「……はい」
「…………」
でっかい車が発進。
……。
……もしかすると康平くんがお兄ちゃんになっちゃう日が来るのかも。
その場合、私が子ども欲しかった件とか乗り越えて告白してくれないといけないだけど……。
……正直、康平お兄ちゃんはありかも?
「こっち? グルグル回ったから、方向感覚狂った」
「あっちです。左……」
「ん? 左?」
愛さんのこういうところ、なんか微笑ましい。珍しいからかな? 普段、格好いいのに、ちょっと抜けてる時があって。
これがギャップ萌えなのかな?
「あ! 分かった! 千穂ちゃんサンキュー!」
「いえ……」
今日は元々、私が送り迎えして貰ってるんですよ?
「邪魔な車……」
「……ですね」
曲がって出てきた車。前に止まってる車。
交差点に近いところに停まってるから、愛さんの大きな車だと邪魔。広い道じゃないし。
「よっ……」
右端、コンクリートの塀とぎりぎり。愛さん、うまいです。
邪魔な車を迂回中……。
「そりゃ!」
そろそろ通過ってタイミングで一気にハンドルをぐりぐり。
私、あんなの出来る自信ない……。
ほら、この助手席が停まってた車ぎりぎり……って、人乗ってた!
……外国人?
あっ。思わず目線を逸らす。
目が合っちゃった。何人か乗ってた。外国人ばっかり……に見えたから。
「よっしゃ、一発で曲がれた!」
ぱちぱちぱちぱち。
「褒めたまえ!」
「愛さん、すごい! 格好いい!」
「あはは!」
喜んで頂けて何よりです。
……それにしてもこの辺で外国人とか珍しいな。
元々、観光の目玉がない蓼園市だから、外国人って珍しいんだよね。
康平くんや絵里さんに言っておく? 怪しい外国人が居たって……。
でも、なんか……。
外国人ってだけで……?
それって、憂のこと、差別してた人と変わらないんじゃ……。
…………。
いいや。もう1回、この辺りで見掛けたら教えることにしよ。
先回りして私の家の前に単車を横付けしてた康平くんに、ゆっくりと近づいていく。
ちょっと手前で停車。
「はーい。到着しましたー。先、降りて?」
「はーい」
もっと塀に寄せるんだろうね。
じゃないと大きいから邪魔だし。さっきの車みたいに。
降りたら康平くんが手を上げて私に挨拶。
「お疲れさま!」
言いながら避けると車が前進。壁ギリギリに寄せ……た! さすが! お父さんより絶対、運転上手!
エンジン停止と同時に愛さんはドアを開けた。
素早い。
「ほいっ! 康平くん、キーよろしく!」
「確かに預かりました」
「あははっ! 堅いぞ! もっと笑っていこう!」
「……敵わんなぁ」
康平くんも笑った。ちょっと可愛い。ちょいかわ。
今度、お兄ちゃんとか言って、からかってみよっと。
「それじゃ、どうぞ」
「千穂ちゃん! 買った物忘れてる!」
「あ」
そうだった。憂が好きなんだろうって愛さんが教えてくれた、光沢のある黒いストッキング。UV加工の涼感仕様。
今回は色々見て回ったけど、これだけ。これと私の取った新しいぬいぐるみ。
好きな服もあったけど、そこは我慢。愛さんが支払っちゃうから。
……愛さん、よく見てるから気付いたとは思うんだけど、今回は強引に来なかった。きっとお父さんとの話の前だったから。
一体、何の話なんだろうね……?
憂とくっつけたい愛さんだから、今朝と同じかな?
お父さん、味方しちゃいそうだし……。
……って思ってたら予想外の切り口でした。
『……実はウチの隣の家が引っ越して、空いてまして……』
これを聞いただけでお父さんは理解。
それどころか、起きてた!! ズボラなお父さんが!!
『色々と僕も忙しいんだよ?』だって。
どこかに出掛けてたみたい……。あのお父さんが。
それより意外なのが、お父さんがその引っ越しに乗り気ってとこ……だったり。
「どうかな? あとは千穂の気持ち次第だよ?」
「………………」
私の気持ちは決まってる。
近ければ近いほうがいいよ……? 憂のこと、心配だし、一緒に通学するには便利だし。
でも、お父さんの言ったことって本当?
「千穂ぉ? 話、聞いてる? 何度でも言うよ?」
お父さん! せっかく、下向いてるのに覗き込まないでっ! 近いっ! 近いですっ!!
「この家なんて、大した思い出じゃない。ほんのちょっとだけなんだ。お母さんが付けちゃった、柱のちょっとした傷なんて心に仕舞っていられるんだよ? アルバムだって思い出の品だって沢山ある。
もう16年も前に亡くなっちゃってるんだ。千穂が大事だから引っ越ししたって、お母さんは怒らない。
……亡くなったお母さんよりも、生きてる僕の気持ちも考えて?
僕が仕事終わるまで、千穂が家に1人なんだよ? もちろん、僕が帰宅するまでは、絵里さんが外で守ってくれてる。
でも、安心出来ないんだ。
何度でも言うよ? 僕はお母さんとの思い出よりも千穂のほうが大事。だから立花さんと一緒に守られよう? そうしたら安心する人が増えるんだ。僕を含めてね」
……私と憂。寄りを戻させたい人がいっぱい。
急がなくてもいいのに……。
なんでそんなに急ぐんだろう?
私たちってまだ16歳なんだよ?
言ってみたい。
でも。
…………。
解る。
私だって、千晶は凌平くんに想いを届けて欲しいし、佳穂だって……ね?
みんなが上手くいく方法なんてない……けど。
もうちょっと長い目で見て欲しいな……なんて。
……だから。
「……答え……。今月末まで待って下さい」
こう言ってまた先延ばしにしちゃいました。




