277.1話 千穂ちゃんとデート ~side立花家~
リクエストあったので差し入れ致します。
本日、278話も投稿致しますので宜しくお願いします。
下記より本文です。
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ドドドド……。
「……うるせえなぁ」
とてつもない勢いで階段を下る音が響き、剛がぼやいた。
確かに1階で過ごしていた時、喧しい。憂も兄の隣で音のした方向を見上げている。
ダダン!
「……こけかけた」
その通りだ。愛はまさしく階段の残り1段を踏み外した。冷や汗を掻いてしまうやつだ。……などと剛が思った瞬間、ドアが勢いよく開け放たれた。もちろん、ドタバタと足音を響かせた人物、愛によって。
「さ! それじゃ出掛けるからね! お母さん? 剛? 今日一日、憂は任せた!」
「テンション高けーよ……。解ったからはよ行け」
「剛ちゃん? 言葉遣い。憂ちゃんが真似するわ」
姉のテンションがヤケに高い。彼女は愛しの子とデートなのである。
「うぅ――?」
そして、付いていけない子が一名。何が何やら分からず、小首を傾げてしまった。
愛がいつもとは違う装いな事には気付いているようだ。
「ん? 姉貴! 憂に説明してねーだろ!」
「してない! したら絶対に付いてくる!」
憂の様子で全てを悟った剛は、今後の説明がめんどくさいのか、拗ねる妹を見たくないのか噛み付こうとした……。
「ずるいぞ! 憂? 姉貴が「それじゃ!! 行ってきます!!」
……が、ものの見事に言葉を被せられた。尚も戦おうとする様子は見て取れたが、その時には既にドアがピシッと閉められ、剛はそこでようやく諦めた。彼の気持ちは1つだ。せめて憂に説明していけ。
「あらあら……。忙しいわねぇ……」
「……バカ姉貴」
「……父さんにはお願いしてくれんのか」
「妥当じゃないかしら?」
寂しそうにドアを見詰める父だが、彼は基本的に子どもたちに関しては深入りしていない。愛も解っていて、名前を加えなかったのだろう。きっと。
「――どこに――?」
「母さん! それはあんまりだ……」
「あら? お世話、お願いされたところで、憂のお勉強を見てあげないわよね? どこかに連れて行ってあげるわけでもないわよね?」
「………………」
ぐぅの音も出ない可哀想なお父さんはさておき、憂の『どこに?』は、兄に向けられた質問だ。その証拠に今もじっと剛の横顔を見詰めている。
「…………」
相当なプレッシャーだろう。
きっと憂は答えを貰えるまで、兄の顔から目を背けない。
「――どこに?」
2度目の質問が飛んだ。
父にも母にも目を向けない。ただただ兄の横顔を見詰めている。ちなみに剛は、単に点いているだけのテレビを見ているフリをしていた。今、必死こいて考えている最中なのだ。千穂とデートなどと言えば、どうなるかまるで分からない。
ふーん。
……で済む可能性もあれば、僕も行く! ……などと駄々をこねる可能性すらある。
「――ねぇ?」
「あー……。デートだ」
「――え!?」
つい本当のことを語ってしまったと言うよりは、ある程度、真実味を混ぜた嘘の前兆と言ったところ……だが、これがこの日、大きな勘違いだけど真実。
そんな妙なものを生むことになる。
「――だれと!?」
「さぁ? そこまで……知らね」
「――むぅ」
不満そうである。
しかし、知らぬと言われればそれ以上は何も言えず。モヤモヤを隠すことなく、唇を突き出し、不満をアピールしたのだった。
兄、作戦成功である。
「よし! 憂? どこか……行きたい……場所あるか……?」
兄妹の会話が一段落したタイミングを見計らって、父が動いた。妻に色々と責められた汚名返上なのだろう。
L字のソファーで兄妹の斜め前方に位置取る父のその奥では、母が微笑みを湛えている。いつもの事だ。この母は、微笑んだまま黒い事でも考えていられる人物である。
「――ないよ?」
即答である。考える様子すら見せず、迅が汚名をすすぐ機会は消し飛んだ。
「親父って、大概見てねーよな。憂は行きたい場所があっても行きたいとか滅多に言わねーよ? こいつ、自分がどっか行くと大勢が動かないといけなくなること、知ってんだよ。だから言わねー。ただし、バスケの施設は除く。あそこだけはいつでも行きたい言うからな」
「へぇ……。剛ちゃんはよく理解してあげてるのねぇ」
母の表情は変わらない。声音も変化がない。だが、どこか嬉しそうだったのは、気の所為ではないだろう。たぶん。
「観察するこった。憂にもっと近づきゃ見えてくるんじゃねーの? 行きたいとこだってよ」
「……そうだな。そうしてみるか」
「あら? お世話は必要ないわよ? 愛ちゃんが居なくても剛ちゃんが居るし、私だってこの子たちのこと、見てるもの」
一刀両断である。
縁の下で一家をしっかり支えている筈の父・迅だが、母・幸にとっては、物足りないのだろう。しかと微笑んだまま、この後もしばらくディスり続けたのだった。
1時間後。
憂は勉強机に向かっている。
実は何気に勉強の出来る兄・剛は、教える方面も得意だ。一時期は家庭教師をアルバイトに選んでいた事もある。整った顔立ちのイケメンだけに、教え子に手を出していなかったか不安だが、現在の女日照りを見る限り、真面目にバイトしていたのだろう。
教え上手。そんな情報を憶えているのか、見て貰う内に得た情報か、憂のほうから兄にお願いしてきた。実は、姉が居ない時にはよくあるパターンではある。
そんな兄が出した指示は、やっぱり漢字の読みである。教科書をスムーズに読めねば、他の勉強どころの騒ぎではない。何も始まらない。
『こっからここまでの読めない漢字を書き出せ?』
この指示を出した剛は、スマホを触っている。ソシャゲかSNS辺りだろう。
黙々と机に向かう憂が少し可哀想な状況……だが、暇なものは暇だ。読めなかった漢字を集中的に潰していくやり方に問題はない筈だ。
スマホを弄り回している場所は、憂のベッドだ。椅子は、勉強机の椅子しかないので、仕方なくベッドに腰掛けている。
姉も未だに一緒に寝る事もあり、女の子の香りいっぱいの部屋……だが、ムラムラするなんて事にはなっていない。彼はノーマルな人間だ。姉や妹に欲情する事はない。遺伝子レベルでそれだけはやめておけ……と、刻み込まれている。いくらキレイな姉でも、可愛い妹でも、性的な対象からは外れている。
「…………?」
スマホを操る手が止まった。
どうにも長過ぎる気がしたのだ。書き出す範囲は、そんなに広くない。
手の中のスマホを待機画面にすると、音もなく立ち上がった。
集中していると思しき、年齢の割に小さな妹にこっそり近づいていく。
「あ! 憂! お前やっぱり!」
「――あっ! う――」
剛は見てしまった。慌ててソレの画面を落としたが、唯一の特技と言ってもいい憂のアイテムを。
……憂はタブレットでチャットに勤しんでいたのだ。
折角、勉強を見てあげている筈なのに。
「……何してんだよ」
「うぅ――。ちゃっと――」
正直者だ。素直に言えた憂に思わず笑みが溢れる。
微笑んだまま、自身のスマホを展開していく。憂の言ったチャットとは、例の名無しアプリの事だ。憂が隠したタブレット画面もはっきりと見た。
憂【午後からでいいから、誰かバスケしよ?】
【やります!】美優
【俺ら、午後から自主練よー。先輩たちに行くっつったわ。やりたいなら早く言えって……】圭佑
【行くぞ―!】佳穂
【つきあいますえ?】梢枝
【そうゆうこった。俺らはパスな】拓真
【え? 佳穂、あんた……って、いいや。わたしも、さんかしますよ?】千晶
【憂? ごめんね?】京之介
【すんません! しごと中ですわ!】康平
【済まない。今日は日が悪い。次は予め伝えてくれると助かる】凌平
「ひーふーみー……5人か」
「ごにん――、すくない――」
「仕方ねぇ。俺も……混じるわ」
……相当、優しい兄なのである。
ぶっちゃけ、高校生たちに混じってバスケは精神的にきつい筈だ。剛も大学を修業し、社会人だ。妹の為ならば。これだけで参加を決めた。
「――ありがと!」
バスケをするには、5人と6人の違いは大きい。バスケに関してはほとんど憶えているんじゃないか、と云う憂は、輝く笑顔でタブレットを再び手に取った。既に勉強は放置状態である。
彼女の手には大きなタブレットをじっと凝視すると、ポツリと呟いた。
「――千穂は?」
姉はデート中らしい。なので返事がないのは憂も解る。憶えていれば、だが。
千穂に関しては情報を得ていない。
「――――?」
じぃぃ……っと、タブレットを見続ける。
憂も待つと云う行為は得意だ。障害の影響だが、その気になれば、延々と待ち続けることも可能だろう。
3分、5分……と、経過した頃、「千穂は――?」
もう1度、兄に問うた。今度は、兄にしっかりと振り向き、見上げて。
「さぁ? 知らね」
ふいっ、と顔を背け声の高さも変えずしらばっくれた兄は、嘘に長けているのかもしれない。




