277.0話 千穂ちゃんとデート
―――4月22日(日)
やっば! 時間ギリギリじゃんか!
気合い入れすぎた! 髪型あっさり決まったのにさ!
ダッシュ!
部屋から飛び出して、壁に沿って一周!
階段もダッシュ! 一段ずつだけどさ! 落ちたら憂に何も言えんくなる!
ドドドド。足音すまん!
うお!! 最後の一段、足滑った! 怖かったぞー。ちょっぴし冷や汗。
お陰で頭冷えたわ。
トイレ前を通過。玄関は一旦スルーして、リビングへ。
居る居る。一家団らん中。
「さ! それじゃ出掛けるからね! お母さん? 剛? 今日一日、憂は任せた!」
「テンション高けーよ……。解ったからはよ行け」
「剛ちゃん? 言葉遣い。憂ちゃんが真似するわ」
へへーん。怒られてやんの。
でもまぁ、煽るんはやめといたろ。
不機嫌お兄ちゃんと一緒に過ごす羽目になったら憂が可哀想だ。
「うぅ――?」
おっと。憂。
そんな小首傾げて主張されても困る。
今日は憂のお守りをしてられんのだ。
「ん? ……姉貴! 憂に説明してねーだろ!」
「してない! したら絶対に付いてくる!」
デートの相手の問題でね!
「ずるいぞ! 憂? 姉貴が「それじゃ!! 行ってきます!!」
すまんね。時間ないのは本当だ。
「あらあら……。忙しいわねぇ……」
「……バカ姉貴」
「……父さんにはお願いしてくれんのか」
「妥当じゃないかしら?」
「――どこに――?」
「母さん! それはあんまりだ……」
そんな和気あいあいな喧噪を背中に受けつつ、玄関を飛び出す。
久しぶりにヒールだぞ? 走りにくいわ。
でもね。キレイなお姉さんは好きですか? ……ってね!
憂の事、お願いする時、お父さんって言わなかったっけ?
勢いで喋ってたから分からん。
抜けてたとしたらマジですまん。
でもお父さんは、マジで憂のお世話には関わらないからなー。
いっつも一歩引いて見てやがる。
仕方ないとは思うけどさ。
私の時もそうだったし。お母さん任せとは違うんだけどね。
外から見守ってくれてる感じ?
……それでいいわ。
お風呂の心配とか、トイレの心配とかされたら困る。ドン引きしかねんよ。私は。
お父さんはお父さんで自分の立ち位置を保ってくれてるんでしょ。
えっと……。信号、次を左折だっけか?
千穂ちゃんちに行くのって、相当に久しぶり。
初めて行った時は驚いたっけ? 予想外のでかさにさ。
……誠人さんにとって、奥さんとの思い出もあるんだろうから無理言えないけどさ。
お隣さんが引っ越した。
わざわざ挨拶に来てくれたよ。
『親の介護が必要になったし、家業も継ぎたいので郷に帰ります』
『そんなのじゃないんですよ! ウチは先日の災害の前から立花さんには頑張って欲しいと密かに応援してましたから』って。
それで、そのお隣さん。
家はまだ売却してない。
下手に売りに出したら、事件を引き寄せそうだから……って。
そうなんだよね。
隣に引っ越してくる人が普通の人なら何の問題もないんだけど、我が家の隣だから引っ越してきた人の場合、大問題。
だから留保してくれてる。
お隣さんの最後のご厚意。
秘書さんからも蓼園商会としての買い上げだったり、蓼園 肇の名義で買い取りの提案とかあった。
やっぱり、危険人物を近付ける訳にはいかないって判断。
正直、ウチが買い上げても問題ない。
憂のお金を出せば余裕。
でも、その前に……。
漆原さんに相談したいな……って。
お父さんもお母さんも千穂ちゃん大好きだし、剛とも仲良くやってたし。
何より、私が隣に引っ越してきて欲しい。
わたしゃ、立花家を代表する千穂ちゃん大好き人間だ。憂にも簡単にゃ負けんぞ。
……だから呼べないのだ。大事過ぎるから千穂って呼び捨て出来ないのだ。
それだけじゃないけどね。
もう1つ大事な話。結局、デイユースの時、話が出来なかったから。
あれは私の失敗だ。
憂の女の子度合テストと一石二鳥狙ってミスった。反省してる。千穂ちゃんだけ誘ってればちゃんと聞けた。その場合は、憂の女の子度合テストが微妙だったんだけどね。何気に千穂ちゃんとのお風呂には少しは慣れちゃっただろうから。
あのテストの結論。
憂は女の子を楽しんでる。
女の子として生活する努力をしている。
このどっちか。
……って、着いてしもうた。
なんてぴったしなタイミング。狙ったかのようだね。
あ。出てきた。
おー! あれはYUUの服じゃないか!?
黒の膝丈パンツに白の無地長袖Tシャツ。あのロングカーディガンは、前に買ってあげたヤツだね。
きちんと混ぜてくるところが気遣い千穂ちゃんの本領だ。
あ。駆けてきた。腰の辺。低い位置で、ちっちゃく手ー振りつつ、はにかみ笑顔可愛い。お返し笑顔をプレゼント。
研究してんだろか? 自分にどんな動作が似合うか。
…………。
やってそう。言ったら怒りそうだけど。
ウィィン。窓を開放。
「愛さん! おはようございます!」
「千穂ちゃんおはよー!」
「どうします? お父さんにも話があるって。今、居ますよ? 予定と違いますけど」
「予定通り、帰ってからねー。まずは楽しんじゃおう!」
「……? はい!」
一瞬、止まっちゃったね。相変わらず鋭い。また変な話があるんだーって思ってるよ。絶対。
もしもお断りされたら少しくらい気まずくなるかもだからね。だから後にしよ。今日の約束取り付けた時の予定通り。
「乗って!」
「はーい。愛さんの隣に乗るのって初めてです」
そーいやそーかも?
基本、憂が居るからなー。憂が居ると一緒に後ろ座ってるからなー。
「わ。視点高い」
「……ちっちゃいからね」
「う」
2人合わせて3メートルもないカップルかー。
ちょーかわいーね。
やっぱり付き合って欲しいなー。
「…………」
あ。いかん。コンプレックスの1つだった。
話題変更ー。
「お父さん、外出予定なし?」
「たぶん……ですけど。まだパジャマだったんで……」
上を見ながら顎に指当てて。あざといわ。
「……なんでですか?」
そのまま小首傾げた。ずるいわ。
「ほら。さっき、お父さん居るって。誠人さんはオンオフはっきりしてるからさ」
「そうなんです! オフモードのお父さんってだらしなくって!」
「あはは! そんなものだよ。でもオンの時は見違えるでしょ?」
「それは……はい……」
「ん。今の帰ったら聞かせてあげよ」
「ダメですよ!?」
「あはははー! しゅっぱつしんこー!! あ。シートベルトしてね? 最近、うるさいんだから」
「はーい」
「憂が階段に足を引っかけたり、段差に躓いたりしてるんです。もちろん、手を繋いでない頃にもありました。そこは梢枝さんたちが助けてくれてたんですけどね。
階段を降りる時です。凄い勢いで駆け下りてきた人がいて……。ぶつかったんですよ。その人が後ろを歩いてた梢枝さんに……。梢枝さんも急にぶつかられたからバランス崩して、憂にぶつかって……。
あ! わざとじゃないんですよ! ぶつかった後にいっぱい謝ってくれたので!
その時……。千晶が憂のセーラーカラーのギリギリを掴んでくれたから助かったんですけど……。
やっぱり危ないな……って。手を繋ぎさえしてれば、憂も首が締まって『うぐぅ』なんて声を出さなくて済んだし……。
だからまた繋ぎ始めました! 佳穂も『じゃああたしが!』なんて煽るし……」
煽ったのか、心からのものなのかはその場に居なかったから判らないけどね。
よく話すなぁ……。聞いて欲しかったのかな?
私も学園生活については聞きたいんだけどさ。
康平くんからも梢枝さんからも聞いてるけど、やっぱり本人からだと違うじゃない?
憂も肝心なところは話してくれないしさ。忘れてたり、隠したり。隠してる部分は照れとかそんなの。たぶん。
お手々繋いで移動か。本当に戻ったんだね。
「あ! 生徒会!! 七海ちゃんの部を認可したんですよ! 近い内に新部創設です! また騒がしくなっちゃうのかな? でも、前の部長も入るみたいだし、憂にとっては心配事が減りますね! ……あれ? 私たちの心配が減るのかな?」
その前……って言うのは変だけど、前の部長さんは5組に転室してきたんだって。これで中から外から……。凄いわ。憂の為に動いてくれる人たち。マジ感謝。
「えっと……。他には……」
一生懸命だね。
ちょっとだけど疎遠になってたからかな?
そう考えると私のポジションって千穂ちゃんの中で高い。嬉しいぞ。素で。
「5組の球技大会! バスケ、サッカー、卓球の3種目に決定です! 去年と同じですね。今回は結衣ちゃんが張り切ってるからサッカーもダークホース的存在なんですよ! もしかしたら土曜日まで残っちゃうかもです! あの? 結衣ちゃん……分かりますよね?」
「くすくす……。分かるよー。佳穂ちゃん千晶ちゃんの誕生日会に来てたよね?」
「あ。そうでしたね……って! なんで笑うんですか!?」
そりゃあ……。千穂ちゃんが話さないといけないモードだからだよ?
「……そんなに頑張らなくてもさ」
「え?」
横目でチラリ。キレイな目が丸くなってた。
「千穂ちゃんの事、今でも妹だと思ってるよ」
「ぁ……。あ……。……はい」
ちっちゃい声だね。ちょっと震えてる。
「……ありがとうございます。嬉しい……」
……そう言って貰えると私も嬉しいんだけど?
じゃあ、切り出しますか。本題。
「焦んなくていいからね」
「……はい?」
大事な前置きだぞ? 覚えておいてね。
「私は……ね? いつか本当のお義姉ちゃんになりたい」
めっちゃ早口。聞き取れなかったらそれで良し。
ごめんね。懐いてくれてる事をいいことに、憂の味方しちゃってるからね。
今さ。もう1度告白したら、きっと成功するんだよ?
……信号掛かった。調子良かったのに。
千穂ちゃんを見やる。俯いてた。ふんわりヘアーが邪魔して横顔も伺えず。ちょっと向こう向きかな……。顔を逸らしたいって事は……。
「………………」
黙っちゃった。
……って言うことは、聞き取っちゃった……と。
「………………」
「………………」
待つのは慣れた。
人間、短気から気長に変わられる。私が見本。
「………………」
……信号。変わっちゃった。
「私……。このままでもいいかな……とか、思ってます」
「……そっか」
2度目の告白した時とは状況が違うからね。
「あの時は憂が離れて行っちゃうって思ったからなんです」
「……知ってた」
今は反対。離れてた憂が戻ってきた。
今更、告白する必要もないんだよね。
「あの……」
「んー?」
「……ごめんなさい」
謝っちゃうんだよね。どこまでお人好しやねん。
…………。
ついでだ。もう1つ聞いとこ。
「憂から告白されたら……。どうする?」
……受けるんだよね?
「嬉し泣き……すると思います。あり得ないから……」
あり得ない……かぁ。
どこまで邪魔をしてくれるんだ。千穂ちゃんのお母さん!!
でも……。
「それって言い換えたら……」
「……はい。もしも、憂が告白してくれたら……。OKすると思います。泣きながら……」
「……そっか」
憂を説得してみますかね?
めっちゃ色恋に首突っ込んでるけどさ。
あー。また信号。1度、引っかかるとダメだねー。
引っかかる……?
待てよ?
これって意趣返し!?
憂に告白しろ言ったら、憂を説得して告白させろって言い返されたんだ!
「やーらーれーたー!」
「ばーれーたー!」
言った後に、くすくす笑う声。
もちろん千穂ちゃんの。
「あはは。せっかく思い付いたのにー」
口元に手。いちいち可愛いヤツめ! その外見に騙されるんだっ!
「……お返ししただけですよ? 愛さん、ずるいから」
告白したら成功するよー。
はい。ずるいです。解っててやったら因果応報。
外見に似合わん策士め。
……。
相思相愛。なんだよね?
まぁ、確かに下手に交際宣言するよりも上手くいく時ってあるんだけどさ。
「なぁなぁでもいいんです」
……出た。ふんわり笑顔。それはどっち? 心の底からのもの? それとも無理やり出したそれ?
「焦らずに……。急いては事を仕損じるとか偉い人が言ってます」
故事成語ね。
それって大抵、裏の言葉もあるんだぞ?
逃がした魚はでかかった!
……とかね。
んー? この場合は違うかな?
なんだろ? 何かあるはず。急がば回れ……は、余計に違うし。
えっとぉ……。
ぐぬぬ。出てこない! 後でググろっと……。
咄嗟に言い返せたら恰好いいのに!!




