274.0話 激甚災害の様相
【4WDの大型のアメ車。ハマー3台連なってるの見掛けたらソレ。
邪魔をすることまかり成らん!】
【竜巻なの? 突風って何? ニュースだと竜巻のようなって】
【モール前の通りはクリーン!
そのルートが最善! 少し大回りになるけど】
【蓼園総合病院の東側、信号死んでる場所教えろ】
【土砂災害に見舞われた南部はスルーか!?
俺のツレも巻き込まれたかもしれんのに!!】
【蓼園総合病院がホームだ。仕方ないだろ。
北も南も土砂災害で酷い有様だけど、東は竜巻だ。
彼女の血が傷に効果あるんなら中央に向かうが吉。】
【部屋の中、色んな物が飛んだんだ。何もかもが凶器よ。通知の音しなかったらスマホも見付からなかった】
【東部に行く事、ないと思うよ。病院、蓼学から見たら東だから】
【竜巻直撃の被害者、家族は無事か?】
【ばあちゃん、行方不明なった。親父が何度も引っ越しすすめてたのに】
【南部には島井医師が向かってるって情報】
【竜巻での怪我人多いのか、病院前でプチ渋滞発生中】
【交通情報以外出すん自重しろ! 気持ちはわかるけど】
【渋滞起きてるの!? 病院に入れなきゃ意味がないよ!! 近くの人、何とかして!】
上記は全て、SNS上に上げられた動画に対する返信を一部抜粋したものである。
総帥秘書の選んだ移動手段はアメリカ製の大型4WD。無論、簡単に用意出来る代物ではないだろう。用意周到ここに極まれり。予め、確保しておいたものの筈だ。
マイクロバスなら横風による横転の危険が。
これから先、道路に水が溢れるような洪水とくれば、車高の低い車だったとすると問題が出てしまうのだ。
可能な限りの安全策を講じた車列は、蓼園総合病院へと向かっている。
総帥や救世主を誘導する同車種を先頭に。
……ここまで完膚なきまでに説明不足である。
動画に付いて触れておかねばなるまい。
―――今から20分ほど前の話だ。
憂の同意を得たシーン。
これが動画1として拡散されており、蓼園市を拠点に生活する者たちの返信と余所者の役に立たないリプライを集めている。
市の各地の状況、交通事情。更には死傷者に行方不明者の数……。
災害時に於いて、最も尊い情報が集約されつつある。
この動画1は短い。
渡辺は暴風雨の中、総帥一行よりも先に避難所の1つである蓼学体育館に到着した。
蓼園総合病院と蓼園商会本社。
距離的に近い病院関係者が先に着いただけの事である。
憂の説得は物凄く容易いものだった。
『憂ちゃん? 人助け……しない?』
シンプルで魅力に溢れたこの言葉に、憂は二つ返事で『――する!』と返したのである。
雷雲が遠ざかっていったのか、遠方からゴロゴロ音を発している程度なのが大きいだろう。無論、それだけな筈もない。人前で千穂にしがみついてしまった恥ずかしさも相俟っている。
要するに、憂はこの空間から逃げ出したかったのである。
そして、このやり取りがSNS上にUPされ、拡散されたのだ。
家族との対話は動画1には収められていない。あくまでその後の様子だ。
憂に続き、姉も簡単に同意した。3人娘が心配顔になったが、愛により制された。
『今回、憂ちゃんの血がどこまで役に立つのか、ぶっちゃけると不明なんだけどねぇ。土砂崩れの被害者だからさぁ』
今のところ、憂の血の有用性は、外傷、内傷を問わず、傷に関してだ。
相手は土砂崩れに巻き込まれたであろう被害者。
どうにもならない可能性はいくらでもある。圧迫による骨折ならば、圭祐のように効果を示す可能性も大いにあるが、窒息ならばそうもいかない。
『けど、憂ちゃんが前線に訪れたって事実が拡がれば、今後に良い影響があるよねぇ』
周囲を気にしての事であろう愛への耳打ちは、効果覿面。
渡辺自身、車で来たと言っており、危険性も低いという判断だった。
『あらあら……。天候がもっと酷くなった時には、もちろんどこかに泊めて頂けるんですよね?』
母の危惧も当然だ。
これに関しては『そこは蓼園総帥がきっちりしてくれますよぉ』で片が付いた。誰も、あの人が憂をぞんざいに扱うとは思えない。
こうして憂の出撃は呆気なく決定したのだった―――
続いては動画2。
『やぁ! 拓真くん! 久しぶりだね!』
『お久しぶりです』
軽い印象を相手に植え付ける男が、いつも通りの軽い調子で手を振り挨拶した。当然、医師・渡辺である。
『本居 美優ちゃんって君かなぁ?』
『あ……。はい』
実はこれまできちんとした面識の無い渡辺は、図体のでかい兄に肩を寄せる少女に声を掛けた。
『なにか判ったんですか?』
風貌に似合わぬ敬語で問いかけたのは拓真だ。
動画内、しっかりと後ろ姿が撮られていた。
『話が早いねぇ! あんまり話した事ないけど、総帥さんや島井先生たちの評価が高い理由がよく解ったよぉ!』
渡辺の言葉通りだ。
彼が美優に声を掛けた理由。
『俺の事はいいんで……』
妹が行なった島井への血液提供からの何かの判明。
美優の傷が治りやすくなったかもしれない原因が。
これを直感し、言葉少なくも伝えた。
このでかい少年の評判は大人たちからも梢枝からも良い。要は察しがいいのだ。
『そうだねぇ! それじゃあ説明するよ! なるべく短くするから解らない部分があったら聞いてよぉ?』
頷く拓真とその隣、毛布を共有し、膝を隠している美優の困惑の表情。
胡散臭い印象の脳外科医は説明の相手を兄に絞ったのか、妹を気にする事無く説明を開始した。
『まずは憂ちゃんの血液中の新成分。仮に『憂ちゃんα』にしておくね。
この憂ちゃんアルファは憂ちゃんが脳で生成、分泌しているものだとほぼ判明したんだよぉ? ほぼってのは仕方ないよね。実際に頭を開くわけにもいかないし、他じゃないみたいから脳って結論。
ドーパミンとか、アドレナリンとか聞いた事あるよねぇ? そんなのの一種って考えていいよぉ? これが血中を巡って、破壊された細胞に取り付いて、一生懸命修復するんだよぉ。白血球とか血小板とか、そんなののフォロー……って言うか、指示まで出しちゃうみたいなんだよねぇ。
まだ推論だけど、憂ちゃんαは他の血液成分を最大効率で動かしているようなんだ。だからチート的な治癒とか免疫とか持っちゃったワケ。
その上で細胞を修復しちゃうらしいわ自らも変異しちゃうらしいわで、もうごちゃごちゃ。
圭祐くんの場合、憂ちゃんの血を輸血する事で憂ちゃん成分を取り込んだんだよぉ。これがほとんど減らないんだ。だから圭祐くんの血は憂ちゃんから憂ちゃんαを頂いた分、当分の間は傷の治りが早い筈なんだよぉ。凄いよねぇ!
でも、判明していない部分ももちろん多くてさぁ。だから『当分の間』なんて言葉を付けなきゃならないんだ。これに関しては仕方ないよね。憂ちゃんの血を貰った検体が少なすぎるんだからねぇ。
ここまでは憂ちゃんαの話。理解できた?』
『……大丈夫です。続けて下さい』
『え? ちょっと待って……』
拓真の返答が本当か否かはさて置き、渡辺は妹用に更に砕けた表現をしてみせた。
『血中……。血の中に、ちっちゃい憂ちゃんがいっぱい住んでるって思ってくれていいよぉ? そのちっちゃい憂ちゃんたちが回復魔法を唱えるんだ。『治れー治れー』って』
『……なんとなく解りました』
ここまでが動画2。
続いては動画3だ。
『次は憂ちゃんベータ。美優ちゃんに関係あるほうだねぇ。しっかり聞いててよぉ……?
憂ちゃんβは唾液中の酵素の新種。もちろん、憂ちゃんが再構築の過程で産み出した新成分だよぉ?
こっちは血中のαとは違って、凄いって言うより面白いんだ。
何が面白いかって、憂ちゃんが例えば針で刺しちゃった人の指を咥えて舐めてあげたとするよぉ?
そしたら、舐められた人の血中の蛋白質と強く結び付いて大増殖するんだ。侵食って言ってもいいレベルなんだよぉ?
でも、こっちの成分は爆発的増殖するのは1度だけ。最初のね。
以降は時間経過とか、傷を修復する度に役目を終えて消滅していくんだ。
段々と減少していっちゃうんだよぉ。その濃度が。
でも、美優ちゃんの血液内には大怪我とかなかったお陰で、そこそこの濃度で残ってる。だから美優ちゃんにも来て貰って、献血して欲しいんだよぉ。もちろん、抜いた分は憂ちゃんβが減っちゃうんだけどねぇ……』
ここまでが動画3だ。
分かり易い言葉で伝えている為、動画1ほどではないが、ハイペースで拡散されている。
この後の会話は、動画には収められていない。
あくまで有利に働くよう拡げられている。
「……すごい」
「………………」
理解したかのような美優の声と、解っていないように黙考する拓真。
その実は逆だろう。
「……じゃあ憂だけでいいんじゃないんですか?」
これが彼の評価が高い理由だろう。
渡辺の説明によると、憂が傷口を舐めてあげれば、怪我人の血液内でβが増える。だから美優まで向かう必要がない……と。
「…………」
憂たちの傍で渡辺のやり取りに注目している子が、目を丸め、驚いた様子で聞き入っている。
「それは無理やないですかねぇ……?」
ところが、会話に割って入ったのは、その子とは別の女性だった。
渡辺の薄ら笑いが一層、深まったように感じた。
横槍を入れた梢枝をさも楽しげに眺めている。
「どうしてそう思うのかなぁ? 梢枝ちゃんの見解を聞かせてくれる?」
何故だか雰囲気が少々、破壊された。
梢枝はおそらくだが、大人の余裕が嫌いだ。試される事を嫌っているとも言える。なので、どことなく不機嫌さを醸し出しているのだろう。
「貴方の言葉を借りると、αもβもまだまだ研究段階。不確定要素が多すぎるんですわぁ……。もしも、新成分を破壊するような菌でもあったとしたら最悪、憂さんは脳内で作る事が可能なαはともかく、βを失う事に成りかねませんえ……?」
「あ。いや。直接、傷を舐めなきゃいいんじゃない?」
「……それだとインパクトに欠けるでしょう? 貴方がた『大人たち』は、この災害をチャンスと捉えていますえ? 憂さんに日本中……とまではいかないものの蓼園市での絶対的な立場をこの機会に与える腹積もりが透け見えてますわぁ……」
梢枝の声のトーンが抑えられていた。
動画は元より、周囲に聞かせる話ではない。
「美優さんを連れ出したい。この理由も憂さんの起こす奇跡の数々を多くの人に見せたいから……。圭祐さんのところにはどなたが迎えに行っておられますかぁ?」
ニィ……と嗤う。
少々、不気味にも思える笑みだ。嗤う日本人形を想像すれば分かるだろう。
「……いや、参ったね。その通りだよ。Ns高山が車を走らせてる。君はどこまでお見通しなんだい? 総帥の本当の目的まで知ってたりする?」
「知ってはいません……。想像だけですわぁ……」
「じゃあ、梢枝ちゃんはさぁ。今回、憂ちゃんと美優ちゃんが動くのには反対なのかなぁ? もしかすると死んじゃう人を助けられるんだよぉ?」
「あ……! あの……!!」
梢枝の返答を遮るかのように別の方向から声が上がった。
目を丸め、驚いていた少女。凛。
「あ……あたしも……。そのβを貰っています」
「へ?」
「たぶん……ですけど……」
凛は体育祭で怪我をし、憂によって止血された事がある。
これは島井も渡辺も得ていなかった情報だった。
この凛の挙手により、『戦力』と成り得るメンバーは蓼学避難所より憂を含め、3名となった。
梢枝も色々と指摘して見せたが、反対ではなかった。
ただ、目的を明確にするよう、渡辺にせっついただけだった。
更に凛の立候補の数分後にようやく到着した総帥が大きなニュースを持ってきた。
蓼園市東部で竜巻と思われる突風が発生。
甚大な被害を引き起こした……と。
渡辺の到着。
憂の同意。
更には憂が起こす奇跡の説明……。
何よりも総帥の登場。
全てが終わった頃には、ざわめいていたC棟体育館内が、幼い泣き声を残すのみで静まり返っていたのだった―――
【よっしゃあ! ミッション完了したよ!】
【病院にでかいの3台到着!】
【スムーズに正面玄関へ】
【土砂降りの中、列を成す怪我人乗せた車に声掛けてくれた勇士たちに感謝を!】
【ドア開いたぞ! 初めて実物見た! 俺、濡れちまってくっそ冷てーけど!】
【蓼園市民に感謝する! 無事、憂くんは目的地へ降り立った!】
【小走りする後ろ姿可愛かったw】
【来てくれたんだ。ガラスがざっくり刺さって痛いんだよ。何とかしてくれるの?】
動画1への返信は、もはや実況の様相を呈している。
総帥と憂を始めとした集団の到着。その確信が情報の集約から違うものへと変化させた。
ここからこの日、一部SNSは憂のPRを促進するツールへと変化する事になる。
【重体者に立花 憂の血液が投与された模様】
【奇跡は何度でも起きる。あの子が存在する限り】
【俺の弟、飛んだトースターが頭に当たって、すげー出血で意識失って……。病院に提案されたんだ。んで、親は即答で受け入れてさ。今まで、気持ち悪いとかって散々言ってたのに。勝手だ。こんな勝手な家族の為に血をくれるんだとよ。頼む。助かってくれ。】
【怪我人半端ない。病院内にあふれかえってる。怪我人の中を看護師さんが走り回ってて、感動してる。この人たちも自分の家族が心配のはずなのに……】
蓼園総合病院内は戦場と化していた。
蓼園学園は元より、憂の自宅より東へとそこそこ進んだ地域。
後々も竜巻とは断定出来なかった突風による被害者がひしめき合い、医師も看護師もその隙間を走り回る。そんな光景が広がっていた。
正面玄関をくぐったホールで見掛けた、母親にタオルで腕を抑えられていた年端の行かぬ少年に近付いていこうとした憂は、強引に手を引かれ、少しの間、姿を消した。
200cc×2。
これが憂の提供した血液だ。
生存と死亡の境界線を漂う重体患者2名に投与された。
これは掛け値抜きで、病院サイドが命を救いたいと考えた結果だ。
更には美優と凛も200ccを2回、血液提供。
こちらは重傷者に使われた。憂の成分が他者を介して血液提供された初の事例である。
献血を終えた憂は、車椅子姿で怪我人だらけの院内に姿を見せた。
……これはアピールなのだろう。
やることはやった、と。
すぐに引っ込める予定だったが、これが狂った。
憂が血液の付着した服やタオル。治療後のガーゼなどを目撃した為だ。
おそらく彼女は本能的に理解しているのだ。
自らが創り出した物質が怪我に絶大な効果を持つ事を。