272.0話 嵐の前のほのぼの
この部分を書き終えた後になり、先の西日本豪雨災害が発生致しました。
受け止めようによっては、不謹慎とも受け取れる描写もございます。なので、書き直そうか……とも思いましたが、このまま投稿させて頂きます。
お亡くなりになった方々、ご冥福をお祈りします。
そして一ヶ月以上が経過した今尚、行方不明の方がいらっしゃいます。発見される事を心よりお祈り申し上げます。
避難所生活が続く皆様が一刻も早く当たり前の生活を取り戻せますように……。
下記より本文です。
↓
―――4月9日(月)
ざぁざぁ降りだね。
今日の空はものすごくご機嫌斜め。
何があったんだろ?
友だちとケンカしたとか?
それとも彼氏と? 彼女かも?
……んー。どうなっちゃうんだろ? 休学? 学園閉鎖?
「うぅ……ちべたい……」
「佳穂……? ちゃんと聞こ?」
佳穂も千晶も濡れちゃってた。足元ぐちゃぐちゃだからね。
私は……。絵里さんに送って貰っちゃった。
徒歩にも対応してくれるし、どうやってるんだろ? 100円パーキング?
康平くんも一緒に乗ればいいのに、単車で途中まで追尾。どこに停めたのかな? 謎だらけー。彼はレインコート? カッパみたいなの着てた……けど、やっぱり濡れるよね。
絵里さんの車に一緒しないのは、契約先が違うからだと思うけどさ。
憂も外見てるね。
こんな大雨、滅多に見ないから。
沖縄とかの台風の中継に比べれば、どうってことないんだけど……。慣れてないから大ごとです。
これでも注意報も出てないんだってね。他の県とか、市町村とかどれだけ降るの? ……って感じ。蓼園は雨少ないから。
春の嵐かぁ……。
せっかく咲いた桜も散っちゃうのかな?
さくらちゃん、喜んでたのになぁ……。
「千穂さん!? 聞いてますか!?」
「はいっ! 聞いてませんでした! ごめんなさい!!」
朝礼中だ! ホントに聞いてなかった!
「超即答」
「ぷくく……。言うなって……千晶……」
佳穂も千晶も後で覚えててね……。
「もぉー……。最初に『大事なことだからきちんと聞いて』って言ったじゃないですかぁ」
……ごめんなさい。リコちゃんに怒られちゃった。
「いいですよ、もう……。大事なことなので二度言わせたい千穂さんの配慮でしょうから……」
「「あはは……」」
まばらな笑い声。
傷付いた。リコちゃんひどい。
「今度は聞いててね」
「はい」
「千穂――おこられた――?」
「憂……? 静かにしろ」
真後ろからの声。拓真くんだね。
なんか憂まで怒られちゃった。ごめん。
「雨はこれからが本番だそうです。蓼学としては警報が出るまでは授業を続けるつもりです。警報になっちゃったとしたら……。授業は中止して、その時の状況次第です。避難指示とか勧告とか出た時の避難所が蓼学なので、もしかしたら皆さんには待機して貰って、親御さん方に帰宅するかそのままご家族含めて待機するか、お任せするようになると思います。欠席が多いのも先を見越しての事ですので、今からでも早退して貰っても構いません」
あー……。
確かに人数少ないもんね。
何人も転室してきたのに、今日は20人もいない……。
勇太くんも圭祐くんも健太くんも有希さんも休み。優子ちゃんは車で送って貰ったのかな? ちょっと寂しそう。
「何か質問とかありますか?」
きょろきょろ。
みーんなきょろきょろ。これ大好き。こういう時って面白いよね。
「無いようですね。それじゃ皆さん、今日は気象情報を確認しまくって下さいね。本当に今の内に早退するのも手ですので! それじゃまた!」
しゅたって感じで手刀で挨拶。左向け左して、ドアへ……。
その動作って、昔のマンガとかから取ったのかな……?
「あー! 1つ忘れてた! 千穂さんが2回言わせたから!」
「「「あはははは」」」」
リコちゃん、ひどすぎ。みんな忘れてくれた頃なのに……。
「本日、家庭科は先生が来られなくなったので中止ですー! 技術を選択した人もT棟までの移動が厄介だから、全員で工作室に集まってってことですよー!」
「おばちゃま休み? なんで?」
結衣ちゃんの質問。
2年になって初めての授業だもんね。風邪か何かかな?
「えっと……。実は山武先生って蓼園市に住んでおられないんですよー。交通機関の問題ですね」
……そうだったんだ。わざわざ遠くから通っておられるんですね……。
「それじゃ今度こそ! じゃね!」
また手刀……。
ジェネレーションギャップ? それとも何となくやってるだけ……?
「やっと終わったー! トイレ行く時間残ってないよー!」
凛ちゃんの声……。私のせいだね……。
「ちべたい……」
まだ言ってる……。言い終わるといつもの通り、千晶のほうを向いて横座り。
右足の足首を左足の膝の上に……。四の字みたいに組んだ。正面からだと、ちょっと見えそうになってるんじゃないかな?
上靴を脱いで……。
「濡れてる……」
靴下まで脱いだっ!
足の裏が私に丸見え。憂にも千晶にも。
「どうしょー?」
「知るか! こんな天気なのに予備のソックス用意してない佳穂が悪い」
「自分だけ履き替えやがってー! 優しく『もう一足、持っていったほうがいいよ』って言ってくれればよかったじゃないかー!」
あ……あれ……?
「佳穂? そんなところにホクロあったんだ」
足の裏の真ん中。目立たないとこ。
「ナイス千穂」
話が変わったからだね。たまたまだよ? 千晶のフォローとかそんなのじゃなくて。
「千晶も教えてあげればよかったのにって思うけど?」
「千穂むかつく」
「ムカつかれましても」
「このホクロ、こいつ、脅すんだぞー? 場所が悪いからいつか癌化するって」
「わたしは注意喚起してるだけ」
「なんだとー? 大きくなるのが楽しみって言ったん誰だー?」
それはひどい。リコちゃん並にひどいかも。
「ちっ。覚えてた。佳穂なのに」
ホクロ……ね。
私の左ひじの内側。腕を曲げると隠れちゃう小さなホクロ。他にもあるけど、印象に強いのがこのホクロ。
優の右腕の同じところにあったから。
「忘れるかっ! ちょっとビビってんだぞ!?」
優が気付いて、何でもないことなのに笑い合ったね……。
「ビビりめ」
「そろそろ授業始めてもいいかな? 靴下濡れてる人は脱いで干しとくといいよー」
「うわ! センセいつの間に!? 生足が見たいとかセクハラー!」
「勘弁してよ!」
……古文の木谷センセも5組ではいじられキャラ。
他のクラスでは違うんだって。
ホントかな?
ざぁぁぁぁぁぁ!!
ざぁざぁどころじゃなくなっちゃったよ……。
この水が空中に? あったの? うっそだー。
バケツをひっくり返したような雨って、こんなののことなんだろうね。
ざぁぁぁ……の音の中にぺちぺち聞こえる。
1時間目も2時間目も、ひたすら外を見てた憂が動き出した音。
『ごめん! 注意報が警報に変わったらしくて職員室行ってきます! 粘土とか出して遊んでて!』
ぺちぺちざぁぁぁ!
初めてみた技術のセンセは、自己紹介もせずに消えちゃって、自習中。
5組と6組で技術を選択した人と家庭科を選択した人は半々。でも、休みの人が多いから工作室に全員座れたっていうね……。計算済み?
私はもちろん家庭科を選択。おばちゃまのテクニックを盗まないとって。
あの先生って、技能の塊みたいな人だから……。
特殊だけど。
ざぁぁぁぁ……。ぺちぺち。
憂の選択も家庭科。
糸を使いたいんだと思う。料理も少しは上達したいのかな? そこはあくまで想像だし、願望。
そんなこんなで、家庭科と技術は見事に男女真っ二つ。普通、そうなるよねって結果でした。
ペチペチ。
憂に技術は……ちょっと無理だよね。
木工とかさせたらケガする。目に浮かぶよ。彫刻刀とか、それのでっかいのとかで刺しちゃって、血まみれの左手を不器用な右手で押さえてる光景が……。
……うわぁ……。やめとこうね。変な想像は……。
ぺちぺち音は、女子化の進む憂が緑の粘土を叩いてる音。セーラー服の袖をまくり上げてあげたのは千晶。
……私も粘土触っちゃってたから。
「よう降りますねぇ……」
「あ、梢枝さん」
「おばちゃまの判断は正しかったかもしれませんねぇ……」
「どういうことですか?」
「千穂さん? もう少し声を大きゅう頼みます……」
聞こえなかったかな……? 雨の音、窓閉まってるのに聞こえるし。
「どういうことですか?」
もう1度聞いてくれたのは千晶。千晶の声ってメリハリあって聞き取り易いからこういう時に適してると思う。
「蓼園市は山に囲まれた土地です」
そうですね。海抜もちょっと高め。だから緯度の割に桜がこの時期に咲いてるんだよ?
「山に囲まれているお陰で、なかなか雨は降りませんけどねぇ……。東と南の山のほうが高く、雲が流入した時、なかなかやまないんですわぁ……」
そうだよ。しとしとって感じで長く降ることが多いんだ。
「これが分厚い雲の進入を許してしもうた時には、甚大な被害をもたらします。過去、蓼園市の山裾では、土砂災害に数多く見舞われ、この辺りも道路が冠水しています……。おばちゃまは車での通勤ですので、その山を越えなければならず、危険な行程なんですわぁ……。そちらでは多少の雨で電車も止まっていますえ?」
そうなんだ……。知らなかったな……。
大雨に弱い街ってことは知ってるよ? 小さな頃から聞かされてるから。
「今日の警報は大雨警報だけやありません。洪水警報も雷注意報も出ていますえ? この分やと、竜巻警報なども出るかもしれません。これから風も強くなります」
「……やばいね。わたし帰れないかも」
「あたしもだー……」
私は帰られるけど……。びしょ濡れ風邪引き覚悟すればだけどね。
なんとなく視線が憂に。見回してみたらみんなもだった。
憂が居るからみんな帰らなかったんだよね。
ぺちぺち。
最初は何か作ろうとしてたんだよ?
象……だったのかな? 似ても似つかなかったけどね。憂も何も言わずに崩しちゃったし……。
今はもう。単に平べったい物体。中央が盛り上がってるだけのどら焼きの片面みたいなの。
障がいを持った人って、時々とんでもない芸術センスを持っておられる方がいるけど、憂の場合は残念ながら該当せず。
諦めたのか、ぺちぺち叩き始めた。しかも集中しています。熱中かも? 右手、左手を駆使してぺちぺち。何をやってるんだろうね……。
「あ――。あ――!」
…………?
なに……? 肩を上げて、セーラー服の襟の端に顔を持っていって……。
顔をぐりぐり。
「うぅ――!!」
痒いんだね。あるあるだ。手で掻けないって思ったら余計に痒いの。
でも、私も手……汚れちゃってる……。
「掻いたげるー!」
佳穂が手を伸ばして、掻こうとしてた左の頬骨辺りをかりかり。
「もうちょっと――した――」
「はいはい」
リクエスト通りに。
「――ありがと!」
にっこり。超すっきりした顔しちゃってさ……。
「ど、どいたま!!」
佳穂、赤面。夏になると佳穂の場合、よく日焼けしちゃうから、今だからこそ分かるお猿さん状態。
「いいな……。ニキビの1つありませんね」
佳穂をフォローするようなタイミングの千晶の指摘。
私もニキビは出来にくい……って言うか、頑張ってるから。お肌のケア。
あ……。千晶、ニキビ。おでこに。
「――にきび?」
「この辺……これ」
手探りで触って見付けると、千晶が教えてあげた。現物見せるほうが早いよね。千晶もそのニキビ、気付いてたんだ。
「あ――。ニキビ――」
思い出したみたい。当たり前だけど、優の時にもあったんだよね?
思い出すと言えば、来週には中等部の授業への参加が決定。
思い出見付かるといいね。
付き添いは梢枝さん……だけじゃなくなりそう。
なんか先生方も色々と考えてるみたい。
……でも私には声が掛からず。優と同じクラスになってないんだよね。中等部時代……どころか、初等部でも。
じゃなくて。
たぶん、気を使ってくれたんだと思う。
また思い出してくれなかった時に……ね。
「ほくろ――!」
「ひゃっ!!」
千晶の右耳にちょん。
指差したつもりなのに触れちゃったのかな?
普通に触ったのかもしれない。女の子同士のスキンシップって意味で。
「ご、ごめん――」
耳を手で覆い隠した千晶を見て、やっと謝った。
そこは敏感だからやめたほうがいい……けど、その辺も経験だよね。
色んなスキンシップ取り入れて成長しないと。
「千晶、赤くなったぞー?」
佳穂ちゃんは、さっき助けて貰ったのに言っちゃうんだ……。
「佳穂ぉー!」
「ぎゃー! 乳はやめろぉー!」
……なにやってんだろうね?
憂は……。赤くなった。この辺の免疫はまだまだ。
慣れて貰っても困るけど……って!! あ!!
「憂! ここ!」
「んぅ――?」
右腕の内側に見えた黒い点を指差す。
「おぉ――」
「ホクロだー!」
「憂ちゃんにもあったんだ……」
「無かったよ?」
間違いなく。少なくとも、去年の半袖の時期までは無かった!
「断言しやがった……」
「どれだけ観察してんのって感じ」
……それは……ね? えっと……。
「……必要だったから……」
ほら! あの! 憂の変化を感じたら教えてって島井先生が!
「必要……ですかぁ? まぁええですわぁ……。どうします? 島井先生に連絡入れておきますかぁ? 一応、小さな黒子でも『変化』ですえ?」
「そうですね。電話しておきます」
また心を読まれたのかな……とか思いながら、スマホをポケットから……出そうとして違うこと思い出した。
「手……洗ってきます……」
「憂ちゃんもついでに」
「――え?」
「手……ごしごし」
千晶が手を洗うジェスチャー。
「――まだ。できてない――」
……?
その平べったいの……。何か作ってるの?
「憂? ほら……。使え?」
ずっと黙ってた拓真くんが棒……? を手渡す。あの棒の名前って何? 粘土に何か書いたり、細かい作業とかするの。
……気にしないでおこうね。
「もう十分だろ……?」
「う? もうちょっと――」
ぺちぺち再開。
「あれって、何か作ってるの……?」
「あぁ。スライムの亜種だ。細かい形にこだわってんは障がいの影響もあるだろうよ」
「…………?」
「……なるほどわからん」
「以下同文」
だよね。
「見た事くれぇあるはずだ。そいつに丸い目と口を付けたら「あー! 分かったー!!」
「佳穂……? 分かったんだ……」
「経験値いっぱい貰えるヤツー!!」
「そいつは銀だ。緑だから毒のヤツ……」
……ぜんっぜんワカラナイ。
ぴんぽんぱんぽーん。
「ん? 放送か……」
上がる音階。お知らせきたね。雨は一向に止む気配なし。
『お知らせ致します。協議の結果、蓼園学園は只今を持ちまして、全棟の授業を中止。これより、避難所として開放されます。可能な限り、自治体の避難指示に従って行動するようお願い致します。繰り返します――』
「……お前らはどうするんだ?」
「あたしらは迎えがないと帰れないー」
「……だね。千穂は?」
「帰ろうと思えば帰られるけど……」
「何にしても待機するべきだろう。寮生は全員が学園待機を元から指示されている」
……放送が終わると、これからについての話がスタート。
これが私にとって、長く不安な一日の始まりでした。
 




