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271.0話 部活勧誘にひと肌脱いでみた

 


 ―――4月7日(土)



 180cm前後。

 坊主頭に糸目の少年が盛んに声を上げている。


「バレー部ですー! バレー部に入部しませんかー! あっ! 君、身長高いね! うわ! 高いだけじゃない! すげ……。とりあえず見学してみない!?」


 新一年生。

 外部入学を果たした佐藤 (まさる)は、自身が所属するべき部を探している。

 このままではいけない。どこかの部に所属し、自分を変えるのだ……と。


「あ、いえ……。すみません!」


「あっ!」


 思わず駆けてしまった。後ろから先輩の声が聞こえたが、それどころではない。

 奥手であり、根深いコミュ障。

 周りからは目を逸らされる。184cmの高身長の割に、日本人に多い、所謂『ヒョロノッポ』ではなく、拓真のようにガッシリとした体型が起因だ。


(バレー部は嫌だ……。痣だらけだったし)


 中学時代のクラスメイトの手首。

 それを彼は見たことがある。

 始めた当初ならば、まだ腕の内側の皮膚も弱く、痣だらけになることもある……が、直接話したワケではない。彼の『友だち』ではなかった。


 広いグラウンドを見渡す。

 ここは主戦場だ。人海戦術を以て、東西南北の各校門にも部員が配置されている。


 本日こそ、部活勧誘の主要日程なのだ。



 現在、どう見ても強そうな彼は、小学生時代、今のような屈強な体躯を持っておらず、いじめられっ子だった。

 そんな状況から脱却する為に父が示してくれた道は、ものの見事に彼を救い出してくれた。父の見せた世界から発現した、趣味・筋トレ。

 体を鍛えた事。中学に入り、身長がグングン伸びた事。

 これらが巧く噛み合い、強靭な肉体を得た。いじめっ子は戦々恐々としていたはずだ。仕返しされれば、まず勝てない。


 ところがいじめっ子は救われた。彼は、名前のように優しく。それでいて無口だ。

 無口と言うより、どもってしまう。知らぬ人と話そうとすれば、途端に言葉が出なくなるのだ。

 相手が怯えていた事も理解していた。許してあげたい……と言うか、怒ってないよ、と気持ちを伝えたかったが、出来なかった。


 結果、平穏を手にした。

 引き換えのように、ほとんど誰も話しかけてくれない状況に陥ってしまったが。


「ねぇ!? 君! サッカー部に入らない!? すっげーな! フォワードでポストプレイしても、センターバックでも良さそうだ!」


 大グラウンドのそこら中で、勧誘合戦が行われている。

 声を掛けた先輩からしてみても部内のライバルを増やす行為となるが、部の命令である上、全国制覇したい気持ちは部員にもある。


「あ、あ、あの……」


 人懐っこい笑顔の、小柄でどことなく可愛らしい、丸顔のサッカー少年先輩。

 さっきのバレー部の先輩は少し、目つきが怖かった。なので逃げてしまったのだが、目の前の先輩はくっきり二重瞼で外見の恐ろしさは感じない。


 だから踏み止まれた。


「いい体格だよなー! どう? サッカー部! 一緒に全国制さない?」


 こんなに話しかけられたのは、何年ぶりだろうか?

 大人しいヤツほど、キレると怖い。


 ―――触れぬ神に祟りなし。


 いつかキレた時に手が付けられなくなりそう(・・)

 そんな理由と、ドモリまくりの面倒臭さ。話してくれる人は居なくなった。

 公立の同小(おなしょう)から、蓼学中等部に入学した幼馴染の少女を除いて。


「えっと……。その……」


 サッカー部への興味はある。

 規律の厳しそう(・・)な野球部とは違ってそう(・・)

 イメージだ。部活動全員参加を掲げる公立中学校で名前だけ所属していたのは、吹奏楽部。

 でも楽器に触ったこともない。所属さえしていれば、その辺は緩かった。内申への影響は避けられなかったが問題なかった。


 可愛い幼馴染の通う蓼学に決めていたから。


「そっか。コミュ障だな。向こう行ってゆっくり話そ? 俺で良ければ話聞くぞ?」


 はっきりと『コミュ障』と言った先輩。

 ドキリと大きな心音が聞こえたが、その後の言葉もしっかりと聞き取れた。

 良い人。良き先輩。印象が良かった。


「……はい!」


 低身長な先輩の後ろに付き、先輩の誘導するまま、サッカー部普段使いの仕切られた一角に足を踏み入れた。

 もう、その時にはサッカー部に。この先輩となら上手くやっていけそう……と、心惹かれていた。





 芝生の上に座り込み、胡座をかいてそこそこの時間が経過した。


「へー。幼馴染の女の子かー。いいなー。俺には居ないぞ? 彼女は居るけどさ」


 もはや先輩は勧誘そっちのけで、後輩の言葉を引き出そうとしている。

 得意分野だ。人生相談になど乗った事は無いつもりだが、その実、部内でもクラス内でも相談されている。そんな少年だ。


「その子だけなんです……! 解ってくれてるのって……!」


「えー? 俺で2人目じゃないん? まぁいいや。それで幼馴染の子は? 追っかけて蓼学来たんだろ?」


「棟が違うし……。今日は部活決めないとって、別行動です」


 話しを聞く内に(ども)らなくなった。慣れてきたのだろう。


「棟は? (まさる)と幼馴染の」


 そんな後輩に嬉しく思いつつ、問い掛けを続けていく。今日のこの出会いと対話は、まさる君が変わる切っ掛けになる。それが解っているかのようだ。


 ……優くんではなく、まさる君と呼ばせて頂く。


「自分はC棟です。あの子は0棟……」


「じぇんじぇん違うじゃん! 商業かぁ……。君が来るの知ってたんだろー? ちょっと冷たいよなー」


「そんな事ないです! 部活には絶対入れって、色々と教えてくれたし……」


「あ、そだな。ごめん」


「い、いえ、すみません……。でも、普通科に来てとまでは言えないです。人生設計もあるでしょうから……」


「あー。それもそっか。それじゃ、そろそろ絶対に入らにゃいけん部活を決めちゃわね? そしたらこれからも俺と色々話せるぞ?」


 これからも相談に乗ってやる!

 そんなイケメン発言をした先輩だが、残念ながら童顔だ。小柄も相まち、佐藤少年のほうがいくらか大人に見えてしまう。


「……はいっ!」


 1人GETぉー。

 先輩は、そんな心の声も聞こえてきそうな良い笑顔を見せると「じゃ、部室案内するわ!」と、勢い良く立ち上がった。






 ところが嫌なヤツに出会ってしまった。






「おーい! 健太ぁー!」


「げ! 圭佑ー! 何の用だ!?」


「お前も勧誘? 俺もよー」


 サッカー部部室に案内中の出来事だった。

 見付かってしまった。素晴らしい筋力バランスを持っていそうな後輩を引き入れるその前に。


「な、なんの用だ? まさる君は俺が見付けたんだ!」


 新一年生の姿を隠すように立ちはだかった健太だが、如何せん小さい。体で隠そうとした少年は頭1つ抜けている。


「バスケ部にゃでかい奴居るだろ!? 今年、特待生入ってるって聞いたぞ!?」


 隠そうとも隠し切れない健太は、容赦なく噛み付いた。

 特待生の噂は真実だ。

 蓼学バスケ部は、藤中バスケ部を準決勝で破り、全国制覇を成し得た西日本の生徒をスポーツ特待生として招き入れる事に成功したのだ。


「1人より2人! 2人より大勢だ!」


 蓼学バスケ部の機運は高まっている。

 勇太とその相棒の台頭はめざましく、上級生からレギュラーポジションの完全奪取に成功。勇太たち優と共に歩んだ『失われた世代』と、彼らの背中を見て、猛練習に明け暮れた新1年生の合流。圭佑本人もバスケ部の練習に合流した。


 何よりも4月に入り、満を期して拓真が入部。

 梅ちゃん先輩率いる3年生は、士気向上著しい2年生に負けまいと奮起。


『今年こそは!!』と藤校打倒に闘志を燃やしている。

 どうせ無理……と、例年ならば蔓延っている雰囲気は微塵も感じさせない。


「まさる君! 行くぞ! バスケ部は怖いぞ!?」


 怖くはない。

 高身長で逞しい奴らが多いのは間違いないが、暴力沙汰を起こすのは……。圭佑が居た。


「こいつ、チームメイト殴ったんだぞ!?」


「お前、それ言うなよー! 俺だって気にしてんだぞ?」


 健太くんがこれを指摘してみせると、明らかにまさる君は引いてしまった。オドオドした目が忙しなく動く。決して圭佑に目を合わせない。


「行くぞ! 邪魔だ! 圭佑!」


 遂には後輩の手を取り、突破を試みる……が、両手を広げて通せんぼ。


「お前な! 俺が見付けた有望株だぞ!?」


「届けを出すまでは横一線だ!」


 健太は焦っている。

 圭佑の後方でスマホに耳を当て、通話中の京之介の存在が額に粒の汗を作らせる……とまで言えば大袈裟だ。

 だが、健太にはバスケ部の勧誘戦略が手に取るように解っている。


「まさる君! 俺が抑えるからサッカー部の部室まで走るんだ!」

「む、無理です……。場所も分かりません……」


 そりゃそうだ。蓼学の敷地は広大だ。入学し2日目の外部入学組が把握出来ている筈がない。


「ずるいぞ!」

「ふっふっふ。俺たちには勝利の女神が付いてんだよ……。どうだ? (ケイ)?」

「完っ璧! すぐに来てくれるってさ」

「くっそ……」

「お前だって憂がバスケ部の全国大会出場願ってんの知ってるだろ?」

「うぐぐ……」

「まさる君っていったかな? サッカー部に決めちゃう前にバスケ部にも興味持ってよ」

「え、え? そ、その……」

「立花 憂って子、知ってる?」

「え?」


 名前を聞くと明らかに顔付きが変わった。

 動揺から混乱へと。


「……あれ? もしかして……悪い印象?」


 ここまでの健太と圭祐の応酬を電話しつつ眺めていた京之介は、進み出た。噛み付きそうな相棒を腕で制すると、物腰柔らかく話し掛けた。

 相手が臆病である事を健太の様子から見抜き、優しい顔立ちの自分が……とでも思ったのだろう。


「い、いえ……。ただちょっと……」


 蓼園市に籍を置くまさる君の耳にも散々、入っている。メディアから。家族から。幼馴染みから。


「えっと……。その……。悪い印象……とか、じゃなくて……」


 じれったい。

 なかなか言葉を紡がない少年を見て、健太の動きも止まってしまった。

 自分に続いて2人目。後輩の話をじっくりと腰を据えて聞いた健太にとっては、成長する過程にでも見えているのだろう。だから京之介との時間の掛かる会話を止められない。


 良い奴すぎるのだ。


「うん。聞くよ?」


 嵌まった。これで時間稼ぎが出来る。

 拓真と共に教室待機していた憂の到着まで。


 憂はバスケ部強化の為、この日行われる勧誘合戦に自ら名乗り出た。美優の入った女子バスケ部は、そっちのけで。

 女子バスケ部は放って置いても強い。今年も県内の優秀な選手……どころか、近県からも例年通り、中学バスケで全国を戦った少女たちが集まった。

 強い女子も応援しているが、問題は全国の経験が無い男子だ。自らも夢見たからこそ、類い稀な美少女の外見を活かす方法を取った。


「そ、その……。ひ、否定する訳じゃ……ないんです。ただ……。同じ名前を捨てた人だから……ちょっと……。い! いえ! 本当にちょっとだけなんです! その……。複雑で……」


 3名の先輩たちの目線が集中し、耐えられず俯く。

 なるほど。(ゆう)(まさる)。読みは違えど、字は同じ。

 その『優』を捨て去ってしまった人物。複雑に思う気持ちは分からんでもない。

 そんなモヤモヤした心内(こころうち)が理解出来ない3人ではない。集まった目は総じてどこか暖かいものだった。


「聞いてみるといいよ。なんで『(うれ)う』を取ったのか」


 京之介は、健太とまさる君の後方に目を向ける。

 そこにはC棟の2階。2年5組から出陣した蓼学の誇る、これから正に傾国のと枕詞を付けることになる憂の姿が。

 右手を千穂に引かれ、拓真と梢枝が両サイドを固め、後方にはヤの付く商売をしていそうな外見の康平。

 明日香やら佳穂千晶やらの姿も。出歩く時には面子こそ変わるものの、毎回こうだ。


「たにやん――! きょうちゃん――!」

「おー! 待ってたぞー!」

「早かったね」


 今、正に発した渓やん(・・・)きょう(・・・)ちゃん(・・・)

 憂は意外にも覚えていた。


『男子は……『圭祐』……呼べ?』


 以前、圭祐が発したこの言葉を。

 春休み中のバスケ会。再び渓やん(・・・)と呼び始めた憂に、圭祐は同様に言った。

 その時、憂は『もういいんだ』と、渓やん呼びを継続する意志を示してみせた……のだが、今は余談か。




「はぁ――はぁ――はぁ――」


 息こそ切らしているが、1分と掛からず回復するので問題ない。

 憂も息切れを気にしていない。


「――でっかい!」


 小さく、それでいて可愛らしさの申し分ない先輩のキラキラとした瞳が見上げている。


「あ、あ、あ……」


 彼の場合、同性である男子以上に女子と話せない。

 コミュ障としては、圧倒的に多いパターンだろう。例によって、免疫がない。


 幼馴染みは唯一の例外だ。


「すっごい――!」


 語彙力不足だが、存分に伝わっているだろう。


「勇太の時もこんなだったん?」

「……たぶんね」


 圭祐と京之介が笑い合う……が、勇太の姿こそ見えない。彼は別のどこかで勧誘に勤しんでいる事だろう。

 見れば、懐かしさに目を潤ませるほどかもしれない。


「バスケ――しよ――!」


「ちょちょい! 待ったー!」


「健太――なに――?」


「俺が……先に……「バスケ――! むいてるよ――?」


 聞いちゃあいない。

 彼の勧誘を成功させねばならない。

 使命感やら、拓真ばりの背格好の後輩を見た高揚からか。

 時折見せる、周りが見えない状態。これに脳が染まってしまっている。


「すっごい――! あたま――とどかない――!!」


 背伸びをしても頭に手が届かず。

 拓真にも勇太にもそうなのだが、新しく見付けた興奮だろう。


「ああああ、あの、あのっ……!!」


 少年の腰に手を当て、体を寄せ、精一杯に頭へと手を伸ばしている。

 まさる君からしてみれば、可愛い小学女児がじゃれついてきているようにも見えている事だろう。


「憂……? 困ってるって……」


「――おぉ――いいなぁ――」


 千穂の声さえ聞こえない。


「――ちょうだい?」


 よくある貧乳と巨乳のやり取り同様不毛だ。

 それは無理な話である。


「あー!! まさるぅぅ!! いちゃついてるぅぅ!!」

「えー!? 彼が噂の幼馴染みぃ!?」


 例の幼馴染みの少女だろうか?

 友人を伴っている彼女に運悪く見付かってしまったらしい。隅のほうとは言え、ここはまだグラウンドの片隅だ。


「ち、ちーちゃん! 助けて……」

「……え?」


 反応してしまったのは千穂だ。何年か前までは千穂も千晶もこうやって呼ばれていたらしい。

 ちーちゃん。『千穂』ではない事を祈る。千穂であれば、相当にややこしい。千晶でも同じか。


「バスケ――しよ?」




 ……この後、しっかりとした幼馴染ちゃんが、憂を剥がし、まさる君の意見を聞いた。


 バスケ部としては、残念な結果だった。

 やはり興味を持ったのはサッカー部だと言う。


 健太は喜色満面でサッカー部の部室へと連れて行ったそうだ。


 ……彼の消極性が薄れ、結衣のように獅子奮迅の活躍をする姿が待ち遠しい。

 それを払拭出来ねば、ただ所属していたね……で、終わってしまうだろう。




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