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269.0話 千穂の専属

 


 ―――3月20日(火)



 ――中略――



 立花 憂 様ではなく、現在の護衛対象者に私が任命された時の事を、昨日の事のように思い出します。

 上司である貴方に、この私が脇役の護衛をしろと!?

 そう詰め寄りました。あの時の一件は私の不徳の致すところであり、今更ながらここに反省させて頂きます。

 彼女の専属となり、5ヶ月。ただ1人の護衛となり、3ヶ月が経過しました。

 今となっては考えられない変わりようでお恥ずかしい限りですが、漆原 千穂 様への護衛任務解任に全面的に反対させて頂きます。


 立花 憂 様を取り巻く環境は著しく変化しております。


 昨年末までは、研究の材料にしたい国や団体、企業たちの人(さら)いに対する警護であったと実感しております。


 今年に入ってから状況はより深刻になったと言わざるを得ません。

 具体的には、倫理破壊への挑戦を主目的としたコマーシャルの放映以降です。


 倫理の壁を突き崩そうとする我が社の親。蓼園商会及び、蓼園 肇 総帥閣下に対しまして、若輩者の身であり、不遜ながら意見を述べさせて頂きます。


 倫理の壁を打ち破る事で多くの命を救いつつ、人類の見果てぬ夢を追う姿勢には共感するところであります。

 ところが連合の力を持ってしても、抵抗勢力の行動阻止は完全とは言い難く、倫理の壁、人の域を飛び出す前に元凶である立花 憂 様を亡き者にしようとする勢力が暗躍しております。

 増強の一途である立花 憂 様警護隊ですら、いずれは突破されてしまうのでしょう。

 そうはさせまいと社も全力を投じている事。存分に理解しております。ですが、狙い澄まされた一発の銃弾を永遠に封じ込める事は可能でしょうか?


 私は無理ではないかと考えます。


 何としても悪夢のような未来を防がねばなりません。

 立花 憂 様の意志も大切ですが、余りに振り回されすぎております。どこかに匿ってしまう方法も執る必要があり、議題に挙げさせて頂きます。


 また、あくまでも立花 憂 様の行動阻害を善しとしないのであれば、私の任は絶対に解くべきではありません。

 憂 様の危険度に比例し、彼女の周囲の危険度も増加していくのです。


 何卒、漆原 千穂 様への警護、せめて私だけでも継続させて下さいませ。



                    漆原 千穂 様、警護担当・葛城 絵里






 こんなところかなぁ……?

 こんな書類とか普段書かないからどうすればいいのか分からないって。いつもは書式のあるのばっかり。

 何度、読み返してもわかりません。


 もういいや。

 これを本部に送っちゃお。

 私の考えが伝わればいいんだから。ちょっと恥かくだけよね。


 千穂ちゃんの為ならそのくらいどうってことない。

 総帥閣下が憂さんの事を天使だって公言してるけど、私は千穂ちゃんこそ天使だって反論できる。

 あの人、普通のおじさんじゃない。なんで怖がるのか。


 ま、直接会ったことなんてないんだけどね。

 会ったらどうなんだろう……?

 この文章ってもしかして、いっちばん上まで上がっちゃう?

 そしたら総帥さんの耳にも入る?


 まっさかぁー!

 単なる関連会社の職員の上申なんてそこまで届かないよー……ね?


 …………でも。


 やっぱりもう1度、読み返しとこ。

 誤字・脱字はない。文章は超頑張った。

 こんなに勉強したの、卒論以来よ。



 …………。



 …………。




 あー! これ書いておいたほうがいいよね!?


 漆原 千穂 様に危険が迫っただけで、立花 憂 様 への悪影響は計り知れないって。

 ええっと……。


 それだけじゃ弱い! もっとこう……。憂さんが結果的に招いた危険……だけじゃなくて、事故の危険とか、痴漢の可能性とか、縁石(えんせき)につまづいて転んで大ケガとか! そんな可能性にも言及して、何とか来年度も担当として千穂ちゃんの近くに居ないと!


 絶対に私が!! ……なんて。


 本当は他の人でもいい……。千穂ちゃんが守られるのなら。

 他の人でもいい。でも出来る事なら私がいい。


 本人が希望していないSPなんて、邪魔以外の何者でもないはず。なのにあの子は私に気をつかってくれた。

 私だけじゃないわ。昨年の末までは3人居たSP全員に……。

 早々出来るもんじゃない。どこまでも優しくて、どこまでも大人な対応してくれるのが千穂ちゃんなのよ。


 あ……。


 そう考えると、私が4月以降も警護担当してたら千穂ちゃんは気を使い続けないといけないんだ……。


 不穏な影なんて、正直、感じていない。私のわがままだって解ってる。



 ……千穂ちゃん。


 邪魔かな? お姉さん、居ちゃダメ?


 外でのお勤めは寒いですよね。

 そう言って、手渡してくれたマフラーと手袋と帽子。


 ……全部、手編み。


 これ、作りすぎちゃったから食べて下さい。

 千穂ちゃんちの外で車に乗って待機中。何度、お昼ご飯を差し入れてくれたかな……? そんな時のご飯はすごくあったかくて……。作りすぎたものじゃないのは丸わかり。

 そんなの千穂ちゃんなら嘘がバレるって気付いてるはずで……。

 嘘がバレるの解っていながら、それでも少しでも温かいものをって……。


 そんな時の千穂ちゃんは、うつむき加減で、恥ずかしそうで……。

 それでも私の為に……って。


 どうなのかな……?

 千穂ちゃんにとって、私の存在。

 居なくなったら寂しく感じてくれるの?

 気にする必要なくなって楽になるの?


 辞令が下りたことは結局、言い出せなかった。

 私立蓼園学園三学期修了後、対象者の帰宅を以て任を解く。


 鬼龍院くんが居れば千穂ちゃんは大丈夫って、判断。

 間違ってない。危険なんてない、普通の生活を送れているんだから。

 倫理に反する……なんて言っちゃう人が殺しに来るとか、確率低いよ。これはたぶんだけど……。

 だから正直、今は安全そのもの。


 これからもそう。


 きっと、私がこのままあの子の傍を離れたら……。

 拓真くんを鬼龍院くんは使う。千穂ちゃんと一緒に登下校するの。

 そのほうが千穂ちゃんへの不測の事態は避けられるから。一人より二人のほうが視野が広がるから。


 学園内警護のあの二人は、恋には不干渉を心に誓っているから。


 そうなると、千穂ちゃんと拓真くんの距離は今よりももっと近付いちゃって……。

 憂さんもバスケ会復帰からは距離は戻ったけど、発覚前よりはやっぱり遠いし。

 それってピンチじゃないの……?

 もしも千穂ちゃんと拓真くんがくっ付いちゃったらどうなるの!?


 ……千穂ちゃんの希望になるの?


 違う! 絶対に違う! 千穂ちゃんは一途でいて欲しい!!


 だからやっぱり!! これ提出しないと!!

 拓真くんの行動阻止!!


 …………。


 なんか、私って仕事放棄してない?


 どうしよっかな……。

 千穂ちゃん本人に言ってみる?


 私の仕事は今日までなのよって伝えてみて……どうなるかな?


 ズボンのポケットからスマホを取り出す。

 電話帳を開く。今まで千穂ちゃんと電話で話したのは一度きり。

 仕事の関係でそこそこ多いよ。登録者数。


 画面をスクロールさせていくと……漆原 千穂を発見。


 どうしよ?

 タップしたら千穂ちゃんと話せる。千穂ちゃんのスマホにも私の番号は登録されているから。


「やっ!?」


 変な声出た……。

 通話しようか悩んでたら着信とか。びっくりした……。


 ……誰? この番号?


 無視……してもいいけど、任を解かれた当日だし、出たほうがいいかな……?

 そう思って、通話のマークをワンプッシュ。


「……はい。どちら様でしょうか?」


「蓼園商会会長秘書の一ノ瀬と申します」


 は、はい!?


「通話に感謝致します。把握されていない番号は通話拒否の時代ですので」


 な、な、なんで!?


「落ち着いて下さい」


「はっ! はい!!」


 やっと声出た!


「すみません!」


「どうして謝られるのでしょうか? 安易な謝罪はマイナスの要因を運んで参りますのでお勧め致しません」


「はい! すみまっ……!」


「ふふ……」


 あ……。笑われた……。

 つい漏れちゃったって感じなのが救いかな……?


「失礼致しました。本題に入らせて頂きます。数点、お伺いしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」


「はい」


 ……なんだろう? 総帥の懐刀が私に? 千穂ちゃん関係なのは間違いないけど……。


「率直に質問させて頂きます。貴女は漆原 千穂さんに警護は必要だと考えますか?」


「必要です!」


「ではその理由は?」



 ――。



 ――――。



 ――――――。




「ですので、立花 憂さんの精神の安定の為にも、私が今後も千穂さんの護衛である必要があります」


「…………」


 沈黙。考えてるのかな……?

 私の打算とかそんなの全部お見通し……?


 凄い重圧。


 秘書さんでこれなら本物が出てきたら……。


 怖いなぁ……。


 でもでもでもでも!!


 伝える事は全部伝えた!!


 恋模様の話まで全部!! 全部聞いてくれた!!


 ……うまく行くよね?


「分かりました。それでは蓼園綜合警備本社に掛け合ってみましょう」


 やった……! これで勝ったも同然!


「重ねて……」


 おっと! 終わってなかった!!


「千穂さまはご兄弟を欲しておられます。貴女がもう少し踏み込めるよう取り計らい致します」


「ありがとうございます!!」


 すっごい! 願ったり叶ったりとはこの事を言うんだね!


「午後休暇中の突然の電話、失礼致しました」


「いえ! とんでもありません!」


 ツーツーツー……。


 ……あのね?


 なんで私が午後休って知ってるの!?














「終わったか? どうだった?」


「大層、お喜びになられておりました」


 千穂さまの魅力は憂さまとは非なるもの。

 付き合いが深ければ深いほどに、その優しさに気付くのでしょう。


「ふむ。そうか。然らばどうする?」


「はい。千穂さまの警護のみ残しては勘付く者も現れるやもしれません。そこで迅さま、愛さまの警護の継続を提案します」


 さりげなく。殊の外、これが後で物を言うでしょう。


「無理のないように……な?」


「心得ております」


 後は、憂さまへの支持を拡大するだけ……。

 5月のGW明けに、命運を分かつとも言えるオペが決定。


 ……いえ、大袈裟ですね。


 わざわざ可能性の低いオペを選んだのですから。

 失敗しても傷は付かず、成功すればその地位を不動のものに。


 失敗すれば次の手術を用意すればいいのです。

 ですが、その度に1ヶ月、2ヶ月と計画は先延ばしになってしまう事が難点。


 それも問題ないでしょう。

 ローリスクでハイリターンを。

 近い内に得れば良いのです。


 そろそろ最終的な日取りを決めねばなりませんね。


「……憂くんは?」


「ユニーク換算で、およそ三百回目の質問です。よくもまぁ、毎日毎日飽きもせず問われるものですね」


 主でなければストーカー呼ばわりしているところです。


「あの子に何かあっては全てが水の泡だ!」


「まさに正論で御座います」


 何かあってからでは遅い。その為に駆け巡り、後は待つだけとなりました。


「して?」


「本日は終業式に出席。愛さまの運転にて帰途に付かれ、無事に帰宅。昼食に親子丼を食された後、現在、バスケ会に出席。お昼寝を挟み、17時まで存分に楽しまれる予定です」


「そうか。そろそろ儂も練習を開始せねばな」


「……はい?」


 ……まさか憂さまたちの中に混ざるつもり? このおじさんが……。


「……そんな目で見るな。単なる冗談だ」


「面白くない冗談で御座いました」


「………………」


 ご不満そうですね。


 ……今度は何をお考えになられてます? 何を仰っても無駄ですよ。


「ところで君はストーカーか何かか? 何故、昼食の内容まで把握している?」


「貴方が喧しいからで御座います」


「ぐっ……!」


 無駄なのです。

 肇さま? 貴方は口喧嘩には、ほとほと向いておりません。


 何よりも深く考えるからこそ、先の先まで見通す。


 ですが、考えて発していない咄嗟の言葉は高校生並です。


「おとといきやがれ……で、御座います」



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