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266.0話 誕生会の準備

 


 ―――2月28日(水)



 放課後、全員で千穂の漆原家へ。

 これで前日に続き、2日目となる。

 広葉樹の葉は無く、どこか物悲しい風景の近辺とは裏腹に、家の中は賑やかだ。

 人数的にも飾り付けに於いても。


 因みに、漆原家の手の行き届かない庭は、総帥秘書が用意した人員により、大きく様変わりした。

 年に数回、刈られていただけの枯れた草は掘り返され、芝生に生まれ変わった。

 父も千穂も扱いに困っていた、どこかからか飛んできた種が成長したと言う、庭の隅の小さな松の木は移植され、玄関扉横に大きな盆栽として生まれ変わった。


 更には立花家と同様、バスケゴールが設置され、千穂の運動に一役買う事だろう。

 無論、千穂が自宅滞在時にやる気になれば……と、条件付きではある。

 元々、家事に精を出すほうが性に合っている子なので、何とも言えない。

 やはり、彼女の継続した運動には目標が無いと厳しいのかもしれない。


 そんな千穂は、只今、翌日のパーティに向け、食材の仕込み中だ。

 傍らには、憂の姉と母の姿も見られる。

 本居や大守、山城家なども自宅で何か仕込みが成されている最中だろう。


「相変わらず手際がいいわねぇ……」


 千穂の素早い動きに感心したと言わんばかりだが、母の手も淀みない。

 大きなスペアリブがなみなみと注がれたつけダレトレイに沈められていく。


「愛ちゃんも見習わないといけないわね」


 そして、余計なひと言を発する。

 料理スキルに関して言えば、現在、愛と千穂は同レベルくらいだろう。もちろん、高いレベルで……だ。

 何かの補正か、単なる愛いじりか。そんなところだ。


「そうだねー。我が家は母上様がキッチンから離れてくれないからねー。任せて貰えないからこれ以上、成長のしようがないんだよねー」


 棒読みが過ぎる。

 女子力に自信を持っている姉は家事スキルの一端をディスられ、不満を隠そうともしていない。


「あはは……。あの、ケンカはその……」


 板挟みの千穂の胃が心配になるが気にしないほうが良い。

 千穂も解っているのだろうが、それでも気になるのは千穂の気にしすぎに依るところだ。


「いつものことだわ。気にしないでね。あと、何の支度が残ってたかしら? 塩釜はウチで焼いてくるから問題ないし……」


「お刺身は明日ですし……。野菜も明日じゃないとダメだから、それでおしまいだと思います」


「そう? もうお役目御免ねぇ……。もっと何かない? 折角、千穂ちゃんの家を初めて訪ねたんだから」


「向こうで飾り付けに参加すればいいじゃない」


「そうだわ! 千穂ちゃんのお部屋! 見せてくれない?」


 姉の提案は敢えなくスルーされた。

 この母、実はそれなりに横着者だ。

 彼女の家事の基本として、そもそも汚さない。これが念頭にあり、これこそが彼女の驚異的にも思える家事スキルに繋がっているのである。


 つまり。


 パーティーの飾り付けは嫌いなのだ。後片付けが必要になるから。


 その飾り付けの舞台。

 ダイニングキッチン&リビングでは、出来うる限りの急ピッチで作業が行われている。

 その主役は女子たちだ。

 窓際では美優に肩車された憂が折り紙のリングを繋げたカラフルな飾りを取り付けようと奮闘している。


 当たり前だが、躊躇した。

 高校生男子の矜持を捨て去ろうと憂は戦っているように思える。

 しかし、それでも相手は未だ中学生。妹のように思っていた美優を肩車するならまだしも、される側に回るとなると、気分は複雑だった事だろう。


「憂ちゃん、はい」


「ん――」


 千晶からセロテープの切れ端を憂へ。1番小さいのが左腕を下に伸ばすと、ペタリペタリと貼り付けた。

 このセロテープはきちんと剥がしてあげて欲しいものだ。古くなったセロテープは掃除の大敵である。何気に漆原家を守る千穂も小さいのでカーテンレールには、ジャンプせねば届かない。ついでにジャンプでは綺麗に出来ない。


「憂ちゃん? はい」


「はい――」


 今度は佳穂が折り紙リングの端を憂に渡す。


 あとはこの端をカーテンレールにくっつけるだけ……だが、これがひと苦労。何せ、憂の右手の不器用さは改善していない。




 それでも3人が憂に任せる理由―――




      ―――ただ単に、憂がやりたがったからである。




 ぶっちゃけ、ダイニングから椅子の一脚でも持ち出し、背の高い佳穂が飾り付けていったほうが早い。何倍も。

 だが、やり始めた以上は自分で。責任感の強さは他の誰にも負けない。


 ……稀に『それでいいのか?』と云った行動を取ることもあるが、忘れていたり、彼女の中でもっと優先順位が高いとか、そんな理由もあるのだろう。


「うぅ――。よし――!」


 時間が掛かる……が、端を付けた憂の声に合わせて美優は蟹歩き。

 次なるターゲットに憂ごと移動した。


「憂ちゃん、それ。その辺」


「ここ――?」


「そこだー」


 こーんな緩い感じで飾り付け部隊は進行している。



 今回の総帥を招く誕生日パーティー。



 そのコンセプトは『小学生のお誕生日会!』だ。

 主役にこんな経験は、おそらくないだろう……と。意見を統合するとそうなった。

 彼と過ごして長い秘書・遥も、無いでしょうね……と、言っていた。

 だとすれば、良い経験。良い思い出になる。これが話し合った結果だった。


「おー! やってるなー!」


 プレゼント制作部隊。そのメンバーの1人である勇太が、顔を覗かせた。進行状態の偵察感をありありと滲み出している。


「ちょっとずつ豪華になっていってるぞー? そっちはどーだ?」


「順調よー。オレと圭佑、不器用だからあぶれてさー。手伝いにきた」


 そう言うと、テーブルに置いてあったテープから3切れほど手に取った。


「……勇太?」


 気の合う2人。佳穂&勇太だが、佳穂は咎めるような目線を送る……と、「分かってる」といたずらを思い付いた悪ガキのように笑ってみせ、憂が飾り付けている折り紙リングより更に長いものを手に取った。


「知らんぞ」


 言葉を背に受け、今しがた憂が貼り付けたリングの下に勇太は回る。

 ここは三重にする予定の箇所だ。勇太はそれを各部隊が散る前に聞いていた。


「よっ……と」


 背伸びの必要もない。ノッポさんな勇太は手を伸ばすだけで余力十分。簡単に飾ってしまった。


「――できた!」

「憂先輩、次……って……あ」


 更に、少し前、憂が貼り付けた部分の下に回る。


「ほい」


 ペタペタと簡単に飾り付けていく。憂の付けた飾りよりも更にたわみを大きくして。


「憂……ってか、美優ちゃん、ちょっとごめんよー?」


「あ……。はい……」


 美優&憂が後ろに下がると、簡単に飾り付け1本完了。


「あ――。ああ――!!」


 そして気付いた。

 自分が肩車までして貰い、苦労し、こなした作業をいとも簡単にやってしまった悪いヤツに。


「叩かれてしまえ」

「まったくです。面白そうだとか思っていませんよ?」


 佳穂はジト目だが、千晶は少し楽しそうだ。


「ん? どした?」


 勇太がほんの少しだけ見上げる……と、ぺちん。


「ばか――!!」


 ……怒ってしまうのも当然かもしれない。

 ぺちんぺちん。


「ははは! わりぃわりぃ!」


 威力は貧弱だが、何度も何度もぺちぺちする内に表情が緩んできた。

 勇太の頭に手が届く現状が嬉しいのか、次第に笑顔になっていく中学生女子に肩車されたままの子なのであった……。普段はジャンプしても届かない。


 因みに拓真にチャンス到来かも……と、言われた美優だが、未だに動きは見られない。

 自分が告白すれば、千穂とはもちろん、佳穂千晶とまで関係がおかしくなるかもしれない。


 これを気にしている。


 憂への想いか優への想いか捉えがたいが、引っ込み思案な美優が先輩方との関係を絶たれる可能性を前に凸する事は未来永劫、来ないのかもしれない。






「差し入れ持ってきたよ!」


 それから1時間ほど。

 大きな寸胴の鍋の両端をそれぞれ抱えて、佳穂の父母が到着した。

 3人家族なのにどこに隠していた……! ……と思わせるほどの寸胴鍋。地域の行事やら何やらに普段から参加しているのかもしれない。そう思わせるほど彼女の両親は社交的だ。


「よっこいしょ……。さぁさぁ、みんな食べとくれ! 大守家特製おでんだ!」


「なーに自分が作ったみたいに言ってんだ! 料理の1つも出来ないダメ亭主を絵に描いたような人が!」


「母さん。さすがにそれは引くぞ? 酷すぎだー」


 わいわいきゃっきゃと群がる中高生。

 実は3分ほど前にも似たような光景が広がっている。

 本居の父母が到着し、大量のおむすびを差し入れたばかりだ。


「少し、温めたほうがいいんじゃないかしら? おでんは熱々でなくちゃ……!」


 しかし敢えなく中高生は憂の母・幸により撃沈された。

 聞いた千穂は寸胴に近寄り、温め直すべく鍋の取手を掴み……。


「無理だよー……」と、諦めた。憂のバスケ会復帰に合わせて復活したグループ内、彼女の戦闘力は2番目に低い。


「ほいじゃワイが」


 すぐに千穂のフォローに回ったのは康平くん。

 存在感が感じられない理由は最早、明確だ。

 彼はいじられてナンボ。いじられなければ、こうやって姿を消してしまうのである。


「んあ……! 重い!」


 それでも流石は力持ち。ちゃっちゃとキッチンまで運んでしまった。




 更に10分後。


「はーい! 今度こそ食べていいよ!」


「だから作ったのは「もういいぞー? 食べるぞー?」


 繰り返しはギャグの基本らしいが、1度引かれているネタを引っ張るのは如何なものか。

 止めた佳穂は偉い。きっと慣れているのだろう。


 これで、おでんとおむすび。

 この後にも、千晶の山城家が少し気取った何かを。

 京之介の池上家も、圭佑の渓家も子どもの迎えがてら、何らかの差し入れをするのだろう。


 もはや、前夜祭と云った風情だ。


 調理部隊は既に、下ごしらえ完了。大守さんちに至っては、おでんを持ち込み、ミッション完了した。

 プレゼント制作部隊も拓真、京之介、凌平がそれなりに器用な為、仕事を終え、寮生・凌平は既に漆原家を辞している。


 残るは、装飾部隊のみだ。

 結局、仕事の大半を憂主体に進めた為、半分ほどしか進行していない。

 これは食後、各家庭の応援者を混じえ、ちゃっちゃと片付ける予定だ。

 飾り付けるものは出来上がっている。ここまで時間が掛かったことがおかしいのだ。


「あつ――!」


「はははっ! 余るほどあるからゆっくり食べる……」


 失認。憂への声掛けは、ゆっくりと。慣れるまではこうやって同じ事態が発生してしまう。


「憂? ふうふうしてね?」

「出た。いいお母さんだよね。あんたは」

「それで立花のお母さん! 佳穂とのトレードの話はどうなったかい?」

「まだ言ってたんかー! その前に憶えてたんかー!」

「私って保育士向いてるよね?」

「――ふー。ふー」

「圭佑は食べる資格ないよね?」

「お考え直し下さいね? 佳穂ちゃん()良い子ですよ?」

「え? なんで怒らないの? 想定外の返ししないで」

「憂先輩……。可愛すぎです」

「ケイちゃん。俺、泣いちゃうぞ? 確かに役に立たなかったけどさー」

「あははは! 千晶の負けだー」

「勝ち負けの話なん?」

「ただいまー!!」

「ただいま戻りましたえ?」

「おかえりー!」

「ふー。――ふー」

「梢枝さん、拓真くん、愛さん、買い出しお疲れさま」

「憂ちゃんの……それ、冗談でやってる?」

「あぁ……。たぶんな」

「声に出しても冷めんよなー!」

「憂先輩……あざといです……」


 しっちゃかめっちゃか。

 大人数で大混乱発生。


 翌日のパーティーが心配になるが、その時は子どもたち……いや、言い直そう。明後日。3月3日にはめでたく二十歳となる康平も参加する。


 一次会は蓼学生ばかりが参加する予定となっている。

 愛を中心とした大人たちからの誕生日プレゼントも子ども……蓼学生に託された。


 翌日のパーティーは現況よりマシだろう。

 そもそも総帥の前で素の姿は出し難い。


「あはは! 美味しそうに食べてるよね!」

「そだなー」

「……だね」

「おー! ウチのおでんを気に入ってくれた! やったぞ! 母さん!」

「あんたは何もしてないけどね」

「しつこいぞー?」

「佳穂! なんてことを言うんだ!」

「そうよ! ――――――――!!」


 ――――――――――――――。


 ――――――――――――。


 ――――――――――。




 ――騒がしい理由は大概が大守家のせい。







 何気ない平和なバースデイパーティの前夜だが、色々と見える部分がある。


 先ずは憂。

 滅多にしないような冗談も見せている。

 これはメンタルが安定している証左に他ならないだろう。


 バスケ会の復活。


 そして、復帰。


 更には一連の誕生会準備……。


 憂は友人たちと過ごす時間が、かけがいのない日常である事を思い知ったことだろう。

 もはや、自身で引いた公と私の境界線は曖昧だ。無きに等しい。

 これに本人も気付いている筈だ。


 次に千穂。

 千穂の明るさは、以前のものに返り咲いたと見ても良い。

 憂が友だちの輪に返り咲いた事。たったこれだけで。


 2人は2人で同じ時間を共有し、穏やかな時を得たのである。



 それは全員に波及している。

 各家庭の親が存在していた為に薄れているが、一時期の暗く、男女別に過ごす時間は減少しているように見える。

 理由が判っている者もいるだろう。


 ……憂と千穂が笑い合う姿を無表情に見詰める拓真のように。




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