265.0話 デイユースで:何をしに来たのか
ピッ。
ガタタタ……ガタン。
「楽しかったー!!」
「うん。私、温泉大好きになったかも」
「肯定。温泉は至高です」
足を掴んであたしを沈めた犯人はもちろん千晶だった。
もうそれからはごっちゃごちゃ。はしゃいじゃったぞー?
ピッ。
ガタタタ……ガタン。
チャリンチャリン。
梢枝さんもめっちゃ笑いながら温泉の掛合いに参加とかー。
憂ちゃん含めて、みんなできゃっきゃしたー。
裏山は気にならなかったぞ?
ばしゃばしゃするから余計に湯気が半端なくなったしぃ。
何気に千穂も憂ちゃん、触ってたなぁ……。煽るつもりじゃなかったのに。
とは言っても、千穂にぱしゃぱしゃする憂ちゃんの腕をつかんで妨害してた程度だけど。
ピッ。
ガタタタ……ガタン。
もう普通に裸。
裸で火照った体を冷ましてる。
あの恥ずかしがりの千穂だって、未だにコンプレックス抱えてる千晶だって、全裸。
全裸で座ってる。椅子に。
憂ちゃんも裸。裸でぼんやり。眠そう。
来る途中も眠そうだったから仕方ないね。
ピッ。
ガタタタ……ガタン。
「はい! 好きなほう取って!」
「あたし、こっちー!」
「千穂はこっちだよね?」
「うん」
「憂ちゃんは?」
「――んぅ?」
「その千晶は?」
「わたしもフルーツ牛乳にしましょう」
フルーツ牛乳おあコーヒー牛乳。やっぱ、千穂はコーヒーだよなー。
なんか体にいいんだって。あたしは苦手だ。
「こっち――」
憂ちゃんも意外とコーヒーなんだよねー。子どもが背伸びしてるみたい……って言ったら拗ねちゃうから言わないけどっ!
「梢枝ちゃんは?」
「ウチもフルーツにしますわぁ……」
「おっけ。みんな行き渡ったね。それじゃあ準備!」
そう言ってる2人ももちろん裸のまま、自販機と往復。
カッコイイ体型だよねー。お姉ちゃんは。あたしもあーなりたいなー。
……憂ちゃん、それなりに見慣れてんのかー? じゃあ、愛さん路線はダメ?
おっけ。フタ開いたー。
「さぁ、準備出来た人から腰に手を当ててー?」
「はーい!」
お約束だー! わかってるぅー!
「……付き合いますわぁ」
あたしに続いて梢枝さん。苦笑いしながら起立。
「ほらほら! 千穂ちゃんも千晶ちゃんも!」
「二千って言うと言いやすいよー」
「なるほど」
「……さすがに恥ずかしいです」
「…………うん」
「うお! 裏切りかー!?」
今さら、思い出したように胸、隠しやがってー!
「まぁ、いいわ。憂は?」
憂ちゃん、コーヒー牛乳持って……立った! いいぞー!
「それじゃ! いただきます!!」
腰に手を当ててゴクゴク。
うっまーい! なんて最高なんだー!!
タン!
ダン!
コン。
コト。
無音。
「ごち!」
「あたしもごち!」
「ごちそうさまです」
「ごちそうさま……」
「…………クスっ。ごちですえ?」
あはははー! お約束完了だー!!
「んく――んく――」
「……憂」
「がんばれ!」
おぉ? 憂ちゃん遅いぞー。
顔が赤くなってきたぞー。でもほっそい腰に手を当ててるとこ偉いぞー!
「んく――」
もうちょっと……!
「ん――」
頑張れ……っ!
「ぷは――」
おぉー!! 飲みきったー!!
コト。憂ちゃんもドン! ……って置かないと。わかってないなー。
「――ごちそうさま」
「うんうん。よっしゃ! 浴衣着るぞー! あと5分だー!」
お姉ちゃんの号令で一斉に行動開始!
あたしや愛さん。梢枝さんは下から。
千穂と千晶は上から。
付いていけてなくてオロオロしてるのは憂ちゃん。
なんか面白いぞー?
千穂は可愛いお胸を隠したいから。千晶はなんでだー? お姉ちゃんにもサイズ負けてないぞー?
やっぱりあの階段、怖かったなー。
千穂はやっぱり憂ちゃんに手を引かれてたしー。あそこだけ。ヘタれめー!
「……ほ? な……か、よ…………ね?」
んあ?
「聞こえないー!!」
今は千穂がドライヤーかけてる最中だぞー?
そろそろ終了だけどなー。
後ろ髪がなかなか乾かんみたいだー。
梢枝さんも千晶も愛さんも長いしー。
そんな不満そうな顔するなー? お前、その顔してる率高いからダメなんだぞ?
「なんだってー!?」
「え!?」
千晶も聞こえないんじゃんか。
もうちょっとこっちきて話さないと無理だー。こっちのベッドとあっちのベッド。3メートルくらい?
ぶぉぉぉぉ。
音、でかすぎじゃね? ちんたらしてたら終わらないけどさ。
今は入り口で梢枝さんが。
室内の椅子で千穂が乾かしてる最中かー。
ブレーカー対策ぅ。
「………………」
千晶? どした? 髪下ろしてるせーで雰囲気違うぞ? ポニーやめたらシャ!! ……って感じがポケッ……な感じになっていいんだよなー。
ポニーテールやめたら?
それにしても、どーなってんだろね? 部屋の前、康ちゃんが居た。ドライヤー抱えて。
だから部屋の中と、入り口のとこのコンセントで乾かし中。
ブォォォ……。
うっさいなぁ……。
お。千穂ちゃんのドライヤーの音がふぇーどあうと。
「憂ちゃん、眠そうだね」
「千晶は雰囲気違うよなー」
「話、噛み合ってない」
気にするなー?
「それ言いたかったんか?」
「何が?」
「さっき」
「え?」
こ、こいつ!!
「忘れやがったー!」
不満そうに睨んだ癖に!
「さ。憂の番だよ? おいで?」
千穂が左手を差し出したら憂ちゃんが右手でキャッチ。条件反射で動いたんじゃね? 妬けるなー。
眠そうなんだけど、どうせ風邪なんか引かないしってお姉ちゃんが後回しにしちゃったんだぞ? 1番弱そうなのに。
「はい。座って?」
憂ちゃん、ぶかぶか浴衣。帯でいっぱいまくりあげてて、いい感じ。胸元せくしー。
今、めっちゃ無防備だぞー?
ぶぉぉぉぉ。
開始ー。あは。憂ちゃんって、ドライヤーとか髪いじりとかされるの好きなんだよね。
千晶が襲撃ぃ! 黙ってられなかったかー?
あたしは見学だー。にゃんこみたく目を細めてる憂ちゃん鑑賞ぉー!
ぶおおおおお。
ぱわーあっぷしたー。
ターボONだ。
憂ちゃんの髪、絶対、キレイになるぞ?
サラサラで振り向いた瞬間とかにふぁさってなるんだぞー!
いいなぁー。あたしは伸ばしたら癖が出るからダメなんだ。実は。
あ。目が……。まぶた、落ちてきた。
…………。
…………閉じた。首もカクリ。
ひゅー……ん。ドライヤーOFF。
「ちょっと? 憂?」
俯いちゃたら乾かしにくいのか、千穂が頭をグイっ。目ー開いた。可哀想だぞー?
ぶおおおおおおお。
それから寝ては起こされてを繰り返し。
乾かし終わったら、待ち構えてた千晶がブラッシング。お前、それがしたかったんかー。
段々と俯いて……。落ちたー。
笑い合う2人。
千穂も千晶も楽しそうにしやがってー。
「さ、出番ですえ?」
うひゃあ! いつ、後ろに回ったんだー!? 梢枝さんがベッド上、真後ろー。
「役目……。千晶さんに取られますえ?」
そりゃダメだー!
「憂ちゃん、寝せたげよー?」
「そだね」
「どうしよっか?」
「あたしが抱えるぞー?」
お姫さま抱っこだー!
3度目のー!
「私でも出来るかな……?」
「やめときなさい。落としたらどうすんの?」
「そだなー。千穂じゃ、ちょい不安」
ベッドに寝せてあげてもいいのかなー? ……って、愛さん見たらうんうんって。許可出た。
浴衣の憂ちゃんの膝下に手を回して……。ん。むずい。
「ちょっと倒して?」
「え?」
「椅子を」
「あ、うん」
そうそう。2人でな。倒しちゃったら大変だー。
椅子の前足が上がると……。コテって感じで憂ちゃんの頭が後ろに。
「よっ……」
背中に手を差し込んで……。脇から右手を……。
「………………」
「――――――??」
目が合った。気にせず……。よっこいしょ。
相変わらず軽いなー。ぼんやりしたままだー。頭、回ってないぞ? たぶん。
おぉ……。浴衣の裾がはだけた。太ももまで見えるー。らっきー!
くるりと回って、ベッドのほうを向くと……梢枝さん、横になってるし!
むぅ。なんか悔しい。してやられた。
でも、仕方ないからそのベッドに歩いてく。余裕余裕。ちょー軽い。
ベッドの横に到着したら、膝をベッドに付いて、そっと憂ちゃんを……。梢枝さんのフォロー付き。2人でゆっくり降ろしたら……。
すうすうって、寝息。
……寝ちゃったね。
そのままあたしもころーん!
落ちそう! さすがに3人は狭いー! シングルベッドだしー!!
落ちそうだから憂ちゃんにしがみついて足を乗せるー!
お? おぉぉ!!
憂ちゃんの肌、すべすべー! あたしの太ももと憂ちゃんの太ももスリスリ気持ちいいー!
あ。もう1本出てきた。梢枝さんの足かー?
憂ちゃんのとは違って、ふにふにばっかじゃなくて梢枝さんのも気持ちいいぞー!!
「……何やってんだか」
「私も眠い……」
「寝ちゃおっか!」
あ。最後に髪乾かしてたお姉ちゃんも合流。
「こっちー! 千穂ちゃん、真ん中ね。小さい人が真ん中!」
「…………はーい」
「……落ちないかな?」
隣のベッドも満員だー! ぎゅうぎゅうで面白いぞー!
「うぅ――」
あ。憂ちゃん、目、開いてる。ごめん。
「すべすべ――」
寝ぼけてるぞー!! チャンスー!!
「すべすべー」
憂ちゃんの手を取って、あたしの二の腕に。
「ウチの腕も温泉上がりですべすべですえ?」
梢枝さんもし始めたー。
「すべすべ――」
憂ちゃん、くすぐったいぞー?
「千穂もすべすべだね」
「きゃっ! 千晶!」
「千穂も……ほら?」
「あ……。千晶すべすべ」
向こうも始めた。いちゃいちゃいちゃいちゃ。
百合園だー! 男子禁制の世界だー!!
「私は絶対、参加せん」
「愛さんもしましょうよー」
「…………」
千穂は無言かー。性格出るなー。
「君たち若い子と比べられたら敵わんわ!」
そうかなー? 愛さんもまだまだ20台半ばだろー? 若いぞー?
ありゃ。また憂ちゃん、落ちちゃった。
あたしも寝よ……。
「……時間!! やばい!! みんな起きて!!」
………………?
ここどこだー?
でっかい窓。曇ってるのが残念。
あれは髪を乾かしてた椅子の足かー?
「……どうしたんですか?」
千穂の声だー。
……?
…………あれ? 仰向けになったら右にベッド。あれれ?
「デイユース終わる!! あと2分しかない!!」
「え!?」
「それは大変です!」
大変だー。起きなきゃ……。
体が動かんー。まだ寝たーい。
「康平さん、起こしてくれればええでしょうに!」
「んぅ――? おはよ――。どしたの――?」
んー? 康ちゃんのせいにしてるぞー? ひっどいなー。
「あれ!? 佳穂が居ない!?」
居るぞー? 声出すんもだるいけどー。
温泉ではしゃいだら、プールの後と一緒だー。疲れたんだろーなー。
……温泉の意味ないじゃんかー。
「佳穂――?」
がさごそ。衣擦れの音ー。
ばたばた。起き始めた音ー。振動伝わるー。やめてー。
「――いた!」
おー。ベッドから憂ちゃんが覗き込んできたー。ほぼ真上。発見者さんは、にっこり笑顔。ほわほわー。
そっか。やっぱり落ちたんだ。あたし。
「佳穂……。そんなとこで……」
「ホントだ! あんた何やってんの!? 起きなさい!」
「……起こせー?」
両手を宙に。
「もう……」
「おばか」
「佳穂――?」
出された手は3本かー。
1人は位置取りナイスな千穂。
もう……1人は……。
「憂ちゃん、ごめんよー?」
そんな腹ばいの姿勢じゃ、あたしを起こせないぞ?
千晶の手を握る。憂ちゃんの顔が目から上だけ残して引っ込んだ。そのままじゃぶつかるからね。
「よっ!!」
ぎゃー!! 急に引っ張るなー!! 呼吸を合わせろー!!
「「あ!」」
ゴン。
床に当たる側頭部。痛くないけど。
「痛いぞー! なにするかー!!」
でもお約束だー!
「自分で起きろっ!」
「佳穂! ごめん!」
千晶が急に引っ張って、千穂の手が滑って体が左向き。続いて、千晶が手を滑らせたからそのままゴン。だね。
「あはは――!!」
「楽しそうなのはいいけど、先、降りるよ!! なるべく早く着替えて降りてきて!」
「「「はーい!」」」
部屋から出てくお姉ちゃんと梢枝さん。
さぁ、急ぐぞー! 目は覚めたー!!
「憂? 急いで!」
「憂ちゃん? 手!」
ず! ずるいぞー!!
「せーのっ!」
「わぁぁ――!」
なんであたしの時と違うんだよー! 頭打ったんだぞ? 堅いからへーきだけど。
今度、兵器に使うぞー?
「そのまま」
「座ってて!」
くそう! あたしも参加するー!!
「わ、わ、わ――!」
立った! 立って見たら憂ちゃん、浴衣脱がされてるぅぅ!!
「あ、あたしも!」
「あんたはいい! 着替えてて!」
ひ、卑怯だー!!
いいもん。1人さみしく着替えるもん。
「まだ、受け付けかな?」
エレベーターが開くと同時に千穂の声。
「知らん!」
「なに拗ねてんのよ」
「拗ねてない!」
「絶対、拗ねてる」
うるさいぞー? 怒っちゃうぞ?
お姉ちゃんはっけーん! 誰だろ? 受け付けの白髪のおじさん。背筋伸びてて、年齢不詳。白髪なのに若く見えるー。
「あ! きたきた! 本当にすみません……」
「いえいえ、お気になさらず」
「……それで……本当に宣伝しないほうがいいんですか? SNS使えば、この子の知名度だとお客さん増えますよ?」
宣伝かー。よっぽど変に広告出すより効果大きいんだろーなー。
憂ちゃんブランド、予想に反して好調らしいし?
やっぱり女性よりのデザインは女性が。男性よりのは男性が買ってくみたいだけど。
おじさん、微笑む。いいなー。こんなお父さんだったら最高だろーなー。ウチのバカだし?
「貴女が初めてご来店された時、たまたま私がこうして受け付けに立っておりました」
「…………」
「実に辛そうだった事を憶えています。知った今となれば、そちらのお嬢さん……いえ、ご家族の事故からまだ日が浅かったからだと」
凄いなー。お客さんの事って、そんなに憶えてられるものなのかー?
「今は実に良い表情をされております。貴女が癒やされる過程で、少しだけでも当施設がお役に立ったのならば、これこそ我が本望。有名となれば懐も潤う事でしょう。しかし、私はここを心の保養所として、隠れ家にしておきたいのです」
「あ、ありがとうございます」
愛さん……。声が震えてて、頭を下げて顔を見せないようにした感じ。
「それは私どもの台詞です。本日のご利用、誠にありがとうございました」
か、かっちょいい!!!
おじさま最高!!
帰り道ではお姉ちゃんが語ってくれたんだー。
あの支配人さんの言った通り、優くんの事故。それから1ヶ月後くらいに当てもなく、車を走らせてたら見付けたんだって。
心の籠もった応対に感動。ひーきにしてたんだって。
それから……って言うか、憂ちゃんの事がバレてからはちょっと来られなくて、今回が久しぶり。
久しぶりでもやっぱり最高のおもてなし。
これからはもっともっと、来るんだーって喜んでた。
いーな。あたしもどこか心の拠り所ってヤツを見付けたいぞ?
結局、総帥さんの誕生パーティーの話はしなかったー。
モールに立ち寄って、あれやこれやと買い出しー。
役割分担もそこで決めたー。
誕生日プレゼントは決まってるからねー。そろそろ出来上がったんじゃないかー?