262.0話 ご機嫌メーター良好
―――2月21日(水)
あはは。気持ちよさそうに寝ちゃってる。
相変わらず寝るの早いんだよね。
……。
10時には寝ちゃう。困った旦那さん。
…………?
…………お嫁さん……?
『千穂ー?』
襖の向こうからの声。義姉ちゃんの。
「はーい!」
あ。ちょっと声、大きかったかな?
でも、夜の憂はちょっとくらいじゃ起きないから。昔の佳穂と一緒だね。今じゃ、そんな事無くなったんだけどね。
……とか思いながら、襖を開けるとすぐにリビング。
「……寝ちゃった?」
「うん」
義姉ちゃんって、いつから呼び始めたんだっけ?
嫁いでくる前だったっけ……?
…………あれ?
「ごめんね。そろそろ部屋変えようね。このままじゃ、夜のお勤めが……」
「き、気にしないで大丈夫ですっ!」
予想外のところから来るよね。心臓に悪いよ? いつもの事だけどさ。
「旦那さんから電話あったよ。そろそろ帰るーって」
…………んー? 旦那さんは憂じゃなかった……?
「そんな顔しないの! 憂の寝ちゃう時間を外さないといけないから私に電話なんだよ」
あ。そうだよね。
別に愛さんに嫉妬したとかそんなのじゃないんだよ? これはホント。
「……でも、なんか……色々……」
「まぁた千穂は考えすぎてる! 憂にとっては住み慣れたここが絶対にいいんだし、ウチのお父さんとお母さんがお隣に引っ越したのは手狭になったから! 私と千穂ちゃんが居れば、この家は安泰なんだから気にしない!」
え?
……え?
「ほらっ! そろそろたっくん帰ってくるよ! ご飯温めよ?」
え!? えぇぇぇ!?!?
…………!?
……!
……
…………。
あ。夢だった。
んー!! 寝起きすっきり!
変な夢だったけど。
どんな世界観?
私は憂と拓真くんのどっちと結婚してたのかな?
憂は? 拓真くんは?
アウトだよね?
法律的に男性1人に女性2人は。
……これを打ち破ろうとホントにしてくれてるのかな?
じゃあ、さっきの夢も可能性の内の1つ?
……えっと。
1つなんだよ。
いっぱいいっぱい考えたってホントのこと。
例えば、憂と2人で生活してね。
誰と結婚しても世間的にアレな憂は独身のままでね?
私と誰かが結婚して、事実上の一夫多妻とか?
子どもいっぱい産めそうにない私だから……。憂に頑張って貰っちゃうとか?
……こう考えると変な夢がいい夢に思えてきたよ?
手探りでゴソゴソ。スマホスマホ……。あった。
時間は……5時10分。早いなー。
いいや。起きちゃう。
白いシーツ。部屋はパステルカラーにしたいのに、いっつも白を選んじゃうんだよね。
厚い布団をよけて体を起こすと……。嫌な感覚。流れたよ? 今。
始まった。
昨日、頭痛かったから……。正解だったよ。しっかり準備してて良かった。
さてさて。
まずはトイレ……だね。
「千穂ー? おはよ」
「おはよ! もう出来るよ? 座ってて」
朝ごはん。前に憂の家の和朝食を見習ってやってみたらお父さんに好評でした。
それからはパンとご飯が半々。さすがに毎日は勘弁してね?
「やったー! 今日は朝からご飯なんだねー! お腹の持ちがいいからね! やっぱり日本人はお米だよ!」
「……毎日は勘弁ね?」
話さなかった時期は……。
「もちろん! 余力ある時だけでいいよー!」
作るだけ作ってほったらかしだったから、罪滅ぼしの意味もあるんだよ? 機嫌悪い時は作りもしなかったし……。
「いい夢でも見た?」
うっ……。なんで分かるのかな?
「やっぱりそうなんだね。バスケ楽しい?」
「……うん」
やっぱり憂が一緒だと違うんだよ?
今日はお休みだけどね。大変な事になったら大変だから。
だから今日は絵里さんにお願いしちゃった。送って下さいって。
康平くんとは情報の共有してるみたいだから連絡しなくてもだいじょうぶ……だよね?
さすがに言いづらいよ?
「ありがと」
配膳完了!
やっぱりお腹痛くてペース乱されたけど、間に合った。
「千穂も座って? 食べづらいから」
「はいはい。先に食べてくれてればいいのに」
向かい合わせ。
席に付くと私からもお父さんからも開いた席にお母さんの写真が見えるような配置。私の斜め後ろにも、お父さんの斜め後ろにもお母さん。お母さんがいっぱい。
最高でしょ! ……とか言ってたっけ?
「はい。それじゃ家族全員揃ったところで頂きます」
「いただきます……」
2人だけなんだけどね。お母さんも座ってるようにイメージしてるのかな?
聞けないけど。
ぶーぶーぶー。
スマホ。胸ポケットで揺れてる……。
まだひと口も食べてないのに。
このバイブってくすぐったいよね?
あ。画面の通知は【愛さん(お姉ちゃん)】。
愛さんには絶対に見せられないなぁ……。
「ごめんね。電話出るよ?」
「いいよー。仕方ないから静かに食べてる」
騒ぎながら食べる必要もないんだけどね。どうせ、美味しい美味しいばっかりだし。
通話ボタンぽちっと。
「はい。千穂です」
『千穂ちゃん、昨日ぶりー』
ちゃん。呼び捨てしなくなっちゃったね。完全に。
呼びづらいんだろうからいいけど。
「はい。昨日ぶりです」
佳穂は呼び捨てなのが、ちょっと寂しいけど。
『調子悪かったみたいだけど、元気?』
……よく見てるな。ロキ○ニン飲んでバスケ頑張って、誤魔化したつもりだったんだけど。
前日に頭痛くなるのって私だけなのかな? 佳穂も千晶もならないって言うし……。
人、それぞれ?
『おーい』
「ちょっと良くないくらいです。元気といえば元気ですよ?」
『……まぁいいや』
勘付かれたっぽいなぁ……。
でも、今日はバスケ会見学だけのつもりだからいいや。どうせバレるし。
『大丈夫だね』
……だいじょうぶ?
「何がですか?」
『総帥さんの誕生日! 3月1日だよ! どうしたものかと考えてたんだけど、千穂ちゃんたちもお祝いしてあげたいよね? 何か一緒に考えよ? 前に行ったホテル行こ? 話し合い!』
「えっと……」
『……やっぱり始まったの?』
「はい……」
だから温泉は……ちょっと……。
シャワーで済ませるようにしてます……。
『う……うぅん……。何日目ならおっけぃ?』
「え、と……。その……。ちょっと待って下さい!」
立ち上がる……と、ちょっと! ん。ちょっとつらい。
「お父さんごめん。ちょっとお部屋「いいよー。でも早めにね」
ありがと。ちょっと行ってきます。
「4日目くらいなら……」
……それでもどうか判らないけど。
遅れると多くなったり色々あるから……。
『じゃあ25日! 日曜だしそこがギリギリ!』
積極的ですね。
……なんで?
『なぁーんで2月は28日までしかないのよ!』
そうですね。総帥さん、私に誕生日プレゼントしてくれたし、少しでも喜んで貰わないと。
「総帥さんは、ついたち。開いてるんですか?」
忙しい人なんですよね?
『そこはばっちり! みんなにも話しておいていいよ! 何ならデイユースもみんなでやっちゃう?』
「え?」
それはいくらなんでもお金かかりすぎです。
『それも含めて話しておいて? でも私と2人の時間は確保するように!』
「……はい」
何の話しだろ? ……前の時は、愛さんとの距離が一気に縮まったんだよね。いっぱい話して、裸のお付き合いして……。
順番逆だったね。あはは。
『それじゃ、要件終わったし切るね! お父さんに私がごめん言ってたって伝えておいて!』
……お父さん。話し声、聞こえちゃってたみたいだよ?
それから1階に戻ると短い時間だったのに、お味噌汁もご飯も戻してあって、お父さんが温め直してくれてました。
ほとんど冷めてなかったと思うんだけどね。気持ちは嬉しかった。
「千穂ちゃんだー。おはよー」
「おはようございます」
ぺこり。先輩かな? 3年生……?
もうすぐ卒業なんだよね。文乃さんと話す機会あるかな……?
「千穂ちゃん、はよ!」
「おはよ」
……見覚えあるから、今の人はきっと同級生……。
いつもより遅くしたら人がやっぱり多いね。ちょっと疲れる。
「千穂先輩! おはようございますっ!」
「おはよう……?」
「きゃー! 千穂先輩に挨拶お返しして貰ったぁー!」
私は普段から返してますっ! なるべくだけど。それより……。静かにしてね? 私は植物のように暮らしたいんです。
……。
先輩ってことは親衛隊の子かな?
駐車場まで絵里さんに送って貰って……。そこには親衛隊員がたくさん。もちろん七海ちゃんも元気に挨拶してくれたよ?
いっつも元気。あの子、もしかして生理来てないとか……? ないよね。ないない。
「来年度もミスコンの開催をー! 署名をお願いしますー! ついでにミスターの開催も視野に入れてますー!」
あー……。今日もやってる。ミスコンの署名。
男子版についでって、はっきり言っちゃうところ凄いよね。
こっそり。そうっと足音消して通過……。玄関前でやらないで下さーい。
「あ! 漆原さん!!」
……バレちゃった。人混みに紛れたつもりだったんだけどなー。
「漆原さん! 来年度のミス蓼学候補No,1の署名が欲しいんです! 追い風を吹かせてくださいっ!」
め、目立つ! 目立っちゃうから!
「千穂ちゃんだー。おはよう」
「おはよー!」
「今日も1人?」
「お、おはようございますっ……!」
「千穂ちゃん、可愛いー」
あああ。もうやだ。
「おはようございますっ!」
ダッシュ! ちょっとの距離だけど!
走りたくないのにぃ……。
あ。康平くんだ。上靴チェック? いつもありがと。
よっ……と。
ローファーを脱ぎ捨てて、手に取る。早く教室行かないと。囲まれちゃったら大変。憂みたいな事にはならないと思うけど。
「やっ! 人気者だね!」
「わっ!」
びっくり! 下駄箱を開けた瞬間に肩を叩かれたから思わず声が……。
「久しぶり。声を掛けるのが……かな?」
…………?
…………!
「ひさしぶり!」
この人、憂の復学初日にトイレで出会った人!
会釈くらいはしてたけど、いつの間にかそれもなくなっちゃってたね。
「遂に! あたしも5組に転室届出したよー。4月には5組の人数増えるって噂だし、クラスメイトかもー?」
「ホント? 待ってるね!」
ちょっとしか話したことないけど、この人はいい人。
あの時のやり取りだけでそう感じさせてくれるしっ!
右手と左手。左手と右手。それぞれ握り合って、きゃっきゃとぴょんぴょんしちゃいました。靴下のままで。
……また名前、聞きそびれたよ。
7組だってことは判ってるんだけどね。
あー…………。
痛い。
ダメ。テンション上げてないときつい。無理やりでも元気出さないと。
……とか思いながら、やっと到着した5組のドアを通過。開いてた。
この辺もちょっとしたことだけど、変わった部分なんだよね。
「おはよー」
人数少なめ。5組の不思議。
「千穂ちゃん、おはよー!」
「おー! 千穂ー! 来たかー!」
「はよ」
わっ! 佳穂が! 佳穂が突進してきた!
今回はなにっ!? 何するつもりっ!?
怖いっ! がんっ! 「痛ぁ!」
…………?
しゃがんだらかわせたみたい。
どうなったの?
「とりあえず千穂? おはよ。パンツ見えてるよ」
………………!!
「……始まったんだね。良かった」
パンツ隠す為に立ち上がってると、千晶が接近。耳元でささやかれた。
……そんなにモロ見えしたんだ。確かに大きいナプキンなんだけど……。
「うん。心配かけてごめんね?」
はずかし。
千晶の心からの微笑みに癒やされたよ。
そうじゃなかったらまだ赤いはずだよ? もう赤くないよね?
「それで……。なんで佳穂は左手抑えてうめいてるのかな?」
「千穂がしゃがんだから、そこの壁に左手がん」
……わっかりやすぅ。
「千穂ぉ! 酷いぞー! 心配してたんだぞー! ハグくらいさせろー!」
「……揉むから嫌」
「なんだとー!?」
いつもみたいに佳穂が騒ぐ……けど、ちょいちょいって、すっごいちっちゃく手招きして耳元に口を寄せてきた。
千晶の言ったの聞こえてたのかな? 痛がってたけど。
佳穂にもまた心配掛けたし、話あるみたいだから左耳を佳穂に向ける。千晶にと違ってちょっと上向き。佳穂は背が高めだから。
「ふぅぅ!」
ひあぁぁぁぁあ!!
「何するの!?」
この人! 耳に息吹きかけた!
「最低っ!」
「あははは!! 千穂は敏感だ痛っ!!」
すっごい光景を見た。
千晶ったら思いっきり叩いた。見えたよ。佳穂の焦点がズレる瞬間。
あのちっちゃい芸人さんの強烈なツッコミみたいだった。
「なにするだー!」
「叩いた」
「それは分かってるだー!」
「他に何を説明しろと?」
「鬼畜ぅ!」
「エロ魔人」
「ムッツリスケベ!」
……小学生のやり取りかな?
「千穂がキレないね」
……はい?
「だなー。千穂って初日、機嫌悪いんだぞー?」
佳穂は小声。少しは配慮を憶えてくれたみたいだね。
「やっぱりあれ?」
アレ。
「うん。あれ。憂がバスケ。強引だったけど、やっぱり楽しそうだから……。今日もあんな憂を見られると思ったら……」
憂も復帰したバスケ会の復活は、私の運動不足を解消してくれたし、みんな生き生きしてるし、いい事ばっかり。
愛さんの話だと、平日分の面会とか訪問とか、ブランドの事とか全部土日祝に回してくれたって言うし……。
憂が引いた境界線が壊されて……。
……戻ってきてくれたって実感してるんだ。
あとは総帥さんの誕生日! これが決定的にしてくれるはず!
「だからイライラなんてしないよ?」