表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
286/317

261.0話 千晶もバカ

 


 ―――2月20日(火)



 ん……。眠い。

 これは駄目ですね。先生の声がお経のように聞こえます。


 ……とか言ったら、お坊さんにも、仏様にも失礼ですね。反省します。


 あれだけバスケして、疲れているはずなのに眠れませんでした。

 憂ちゃんがこの5組に入った去年の5月以降、告白は身近なものになってしまいました。

 わたしもいつか告白しようって思っていたのに、想定外の事態です。告白する前にフラれるとは思ってもいませんでした。


 いつからなんでしょう?

 凌平くんが自分の気持ちを隠せるようになったのは。佳穂の事をそんな風に思っているとか誰1人、気付いていませんでした。


 あんなに常識の欠落した空気読めない人だったのに。


 彼を変えたのは憂ちゃんです。

 きっと彼の周囲には居なかった。ハンデを背負った存在が。それと、あの憂ちゃんの容姿が相まって一瞬で落とされ、憂ちゃんの事を想う内に人の事を考えられるようになった。


 だから凌平くんが憂ちゃんを想うのは仕方がない。諦めるまで待っていよう。


 そうこうしていたら、ようやく凌平くんは諦めた。憂ちゃんは男子とは付き合えないって。

 以前だったらそれすら理解できなかったんですよね。朴念仁。


 ……違うかな?


 わたしはきっと彼の成長を見守り、喜んでいたのでしょう。

 いつからか、そんな貴方が好きになっていました。


 なんて。


 佳穂【気にすんな! あたしは憂ちゃんひと筋! 他には目もくれない純愛っぷりだ!!】


 佳穂は一切、謝らない。

 謝ったら余計にわたしを傷付ける事を知っているから。

 右に目をやると、顔を上げて真面目に授業を受ける佳穂。あんたも変わったよね。真剣な横顔、格好いいよ?


 もうちょっと後ろを向くと千穂。シャーペンを弄びながら左に目をチラリ。私の後ろだから見えないけど、タブレットを覗き込んでるんだろうね。憂ちゃんは。

 そんな憂ちゃんに安心したのかな? 先生が話す内容をメモ。梢枝さん流。

 先生の言うことの中にテストのヒントが転がっているから、ホワイトボードを写すよりもしっかりと聞き、ポイントをメモする事。

 これが本当だったみたいで、わたしも千穂も、遅れて教えて貰った佳穂も成績向上。

 でも、梢枝さんはメモを取った事ないんだろうね。優良な頭脳が羨ましい。


 千穂は先生を見る。聞き逃したら点数減るから。

 昔は教科書見てたり、ノートとホワイトボードを往復していたのにね。そんな時間のロスは勿体無い。これも梢枝さん流。


 幸せそうな顔しちゃってさ。

 圭佑くんに続いて凌平くんも憂ちゃん争奪戦からリタイア。勝ったも同然?


 ううん。そんな子じゃないよ。千穂は。


 知ってる。

 憂ちゃんが大好きなバスケをして、楽しそうに過ごした事。単純にこれが嬉しいだよね?


 あっ……。


 慌てて、前を向く。

 わたしから見て、千穂の奥に見える凌平くんと目が合ったから。

 彼の勉強の仕方は梢枝さんとは反比例。

 とにかく、知識を詰め込む。ホワイトボードも教科書も先生の言葉もどんどん頭に入れていく。要点なんて必要なし。全部を。


 梢枝さんは天才。凌平くんは秀才。


 わたしと同じ秀才タイプ。容量の面で彼のほうが圧倒的に凄いんだけどね。


 出したままのスマホをポチ。

 残り時間2分。


 わたしは何をやってるんだろうね。みんな頑張ってるのにさ。

 消えてなくなっちゃいたい。わたしの気持ちは凌平くんと憂ちゃん以外、みんな知ってた。

 佳穂が一生懸命、アシストしてくれていたから。


 憂ちゃんばっかり見てないで他の子に目を向けてご覧?

 君に本気の子が居るんだよ?


 そう教えてくれようとしてた。


 なのに、みんなの前で失恋。しかもあんな展開で。

 わたしじゃなくて、相棒の佳穂に。


 せつない。笑い者にされるほうがマシ。みんな優しすぎるから。

 だから余計に情けない。


 ……弱いな。こんなに弱かったかな? わたしって。

 話題に触れない。佳穂と千穂以外、何も聞いてこない。あるのは気遣い。


 やめてよね。本当に。


「終わったー!」


 佳穂?


「まだ早いです!」


「終わった? やった! サッカーきた!」


 結衣ちゃん。結衣ちゃんが言い終わると、チャイム開始。先生は苦笑い。


「起立」


 みんな素早い。のろのろと立ち上がると、憂ちゃんと同時に「気を付け」


「礼」

「ありがとうございました!」


 響く凌平くんの声。

 これは全員に波及しない。気恥ずかしいから?


「――ありがと――ございました」


 憂ちゃん? 珍しいね。憂ちゃんもゴキゲンさんですからね。やっとバスケ出来たから。


「あ、ありがとうございました」

「ありがとござます!」

「あざっす!!」


 波及しちゃった。さすがの憂ちゃん。


 ……先生、すっごく嬉しそう。


「こちらこそ。気持ちよく授業を進められたよ。次も頑張るからね」


 なんかいい感じ。先生は足取り軽く退室。

 ……次はわたしも彼にならってお礼しよう。それだけで幸せな気持ちに出来るなら……ね。

 でも、みんな気付いてる? 始まりは凌平くんなんですよ? 憂ちゃんじゃありません。


「さ。みんな。着替え。行こ? サッカーだよ」


 結衣ちゃんも凌平くんの事が好きな筈なんですよね。

 どうしてあげればいいんでしょうか? 佳穂に告白して失敗。


 結衣ちゃんにとって、チャンス到来? ならいいですね。気にしない気に……しない。


「どうした? 千晶くん。君らしくないな。授業中「凌ちゃん!? お前はアホか? アホなのか!?」


「佳穂っ! 言いすぎ!」


「ほらっ! 凌平はん! 行きまっせ! はよ着替えてしまいまっせ!!」


「あ、あぁ……」


 ……走っていっちゃった。

『君らしくないな』……か。


「ち、ちあき?」


「何ですか?」


「お前は何で普通なんだー!?」


 千穂は悟ったかな?

 鋭いからね。顔に似合わず。

 もっと、脳内も外見そっくりのほんわかだったら、千穂も楽なのにね。


 そうだよ。


 アホでバカなのは、わたしも。


 だって。


 わたしの事を凌平くんが見てくれてた。

 そんなのでさえ、嬉しいんですから。











 千穂と佳穂とわたし。

 横並びのわたしたちと、後ろを歩く憂ちゃん。

 梢枝さんはその後ろで、憂ちゃんに話しかける結衣ちゃんたちの背中を追う……かな?


 何だか、面倒くさいですね。

 千穂と憂ちゃんの距離感。バスケ開始のついでみたいに、また手を繋いで歩けばいいのに。


「憂ちゃーん!」

「元気ー?」


 おっと。6組女子合流。

 わざわざゆっくり教室から出てくる人たち。

 そうすれば自然を装って、わたしたち……って言うか、憂ちゃんと合流できるから。


 つまり、先頭の千穂はゆっくりペース。

 もちろん憂ちゃんの為。振り向きもしないのに、憂ちゃんペース。どれだけ体に染み付いているんでしょうか。


「ん。まだ誰も居ないね」

「後ろに付いてきてるからなー」

「だね」


 C棟体育館更衣室。

 6組女子の皆さんからは、憂ちゃんが元男子って認識は消え去ったのでしょうか?

 わざわざ合流するって事はそうに違いありません。


「あれ? 佳穂は今日、見学?」


 千穂の指定みたいになったロッカー。奥からニ番目の上段。

 そこを開きながらのひと言。

 因みにその隣。一番奥は憂ちゃん専用。わたしたちはその下段。


「お前ー! 今頃、気付いたんかー!」

「ですね。佳穂ちゃんは最初からポーチしか持ってきていません」


 ……初日のはず。2日目かも。佳穂ちゃんは軽いから判りにくいです。

 その佳穂は、中央のベンチに座って……。観察開始。視姦とも言います。


 カチャ。

 憂ちゃんは更衣室に到着すると、わたしたちと再合流。

 アレはまだ無いそうで。佳穂の憂ちゃん(視姦のターゲット)は。


 静かです。ロッカーの開け締めの音と、衣擦れの音。


 シュルシュルとか、ジーってファスナーの音とか。


 ドカッ! 何の音……?


 振り向くと、スキニーなジーンズを脱ごうとしてた子が愛想笑い。バランス崩してぶつかったんでしょう。皆さん、急いで着替えますので。

 体育ある事忘れてたのかな? パンツ丸出しで赤くなってます。私服組も大変ですね。


 わたしも着替えないといけませんね。

 おや? 憂ちゃんの耳が赤くなっていますね。停止してしまいました。


「千晶と一緒だー。思わず振り返ったんだぞー? 千穂くらいのもんだー。チャンスって感じでセーラー服脱いだのは」


 幾分、小声。ですが、誰も話さない環境でそれはまずいです。


「あ、あ……! あ……!」


 …………?


 あはは。パンツ丸出しからの超速でジャージを履きました。上も速攻で脱いで着て。

 憂ちゃんに見られて恥ずかしいなら別の更衣室で着替えればいいのに。

 集団を外したくない女子心理。よく理解しておりますけどね。


「お先ー!」

「待ってー」

「あたしも行くー」


 どんどん消え始める6組さん。わたしたち以外の5組も。ゆっくりな子はゆっくりなんですけどね。


「佳穂! 上脱いだ時に言わないで!」


 おっと。急いで体操服の上とジャージを着た千穂のクレーム。

 体操服だけじゃ慎ましい胸が隠せませんからね。スカートにジャージ上。貴女は誰を喜ばせようとしているんですか?


「千穂ぉ? ババシャツやめてキャミにしろー?」


「ババシャツ違います!」


「そうかー? 一見、ババシャツだったぞー?」


「…………っ!」


 怒った。怒りながらジャージの下を履く。スカート脱いだら完了ですね。

 憂ちゃんは隅っこを見詰めたままです。そろそろ動き出しそう。


「私も。行くね?」


 おや? 結衣ちゃん珍しいですね。今日はサッカーだからでしょう。


「お先!」


 さくらちゃんも追従。

 これでほとんどが着替え終了。残っているのはわたしたちと、委員長コンビ。


 憂ちゃん、着替え開始。気にしなければいいのに。

 絶対に嫌なら凛ちゃんたちみたいに、他のところで着替えればいいんですから。つまり、憂ちゃんと同じ場所がいいって人が悪い。見られても自己責任。

 とは言っても凜ちゃんは憂ちゃんの事、気にしてないみたいですけどね。お付き合いです。

 自己責任の下、彼女の友だちは平穏な着替えを選んだだけですので。


 それでも、多くの人が同じところで着替えてくれるのは優しさです。解っています。わたしたちだけで着替えるとハブっているように感じてしまうのでしょう。


「なんだ? 千晶も見学かー? 巾着持ってた癖にー」

「あんたも持ってるでしょうに」


 サイズは全然違いますけどね。


「そうじゃないだろー?」

「気が変わっただけ。見学少ないみたいだから付き合ったげる」

「おー! さんきゅー!」


 喜んでますね。佳穂単純。

 単にわたしはサッカーが苦手なだけです。オフサイドって何?


「……先に言って欲しかったかな? 私も見学「憂ちゃんのフォローは?」


 サッカーですよ? 転んじゃいますよ?


「憂ちゃんのフォローは?」

「憂ちゃんのフォローは?」

「ずるい」


 佳穂と有希さんはわたしの言葉を借りて追撃。千穂も負けてませんね。


「……憂ちゃんのフォロー」

「うっ」


 優子ちゃん、ナイスです。

 遅れたタイミングが千穂を黙らせました。

 本人からしてみれば流れに乗り遅れただけなんでしょうけど。


「今日はスカート履いたまま着替えかー。残念だー! 憂ちゃんの可愛いお尻がー!」


 欲望に素直ですこと……。


「欲望に素直ですこと……」


 おっと。心の声が漏れてしまいました。


「へへへ」


 うわ。引きました。

 わたしと千穂。有希ちゃん優子ちゃんの白い目を気にする事も無く、佳穂は紺のスカートのポケットをゴソゴソ。

 憂ちゃんのスカートがストンと落下。


「あ……。もう、汚れちゃうよ?」


 お母さん始動。憂ちゃんに足を順番に上げて貰って、スカートを掴み上げるとパンパン。汚れをはたき落とします。そのままハンガーに掛けてあげるんでしょう。嬉しそうな顔で。後頭部しか見えませんが。


「ん……」


 あ。わたしも。

 佳穂が塗ったのは、リップクリーム。冬の風は乾燥しますからね。

 有希ちゃんも優子ちゃんも始動。

 あるある。1人がリップするとみんなが動く図。


「あ。私も……」


 塗り塗り。遅れて気付いた千穂も塗り塗り。


 憂ちゃんがじっと見ていますね。佳穂が終わったから今度はわたし。おっけい。終了。

 続いて千穂に視線が移動。


「気になる?」


 何度か見掛けています。リップを塗る女子を見詰める憂ちゃんの姿。

 聞いたのは佳穂が初めて。


「――うん」


 憂ちゃんには必要ないですからね。乾燥した空気なのに体育終わっても潤い唇。無敵体質ですね。羨ましい。


「塗ったげるー!」


 予想通り! なんて予想通りな言動を!


「ダメー!」


 有希ちゃん? 意外なところからストップ出ました。


「佳穂ちゃんの、リップグロスでしょ?」

「あ。そうだね。憂ちゃんに色付き要らないよ」

「でしょ? でしょ?」

「でも私も……」

「奇遇だね」


 委員長コンビ2人もですか。

 リップなんてものは透明でいいんです。


「……私も」


 千穂も!? ……って、そりゃそうですね。化粧こそしなくなった千穂ですが、基本的に可愛いって思われたい子ですので。


「千晶?」

「千晶?」

「千晶ちゃんのって無色?」

「解決だね!」


 ……むむむ。世の中、不条理ですね。

 まぁ、いいでしょう。


 ……千穂? いいの?


 頷かれた。いいみたいです。


「んぅ?」


 手の中のリップクリームのキャップを外しながら憂ちゃんの側へ。

 見上げる憂ちゃん。かわいい。ちょうどいいですね。


「――あ」


 左手を顎の下に。そのままリップクリームを塗り塗り。


「あーん」

「あ――ん――」


 口を開けてもらって更に塗り塗り。

 嫌がるかと思っていましたが意外です。


 ……それにしても柔らかいですね。


「おしまい」

「おぉ……いいシーンだった」

「…………」

「…………」

「…………」


 ……なんで静かになっていますかね?


「赤くなったー!」

「あははは!」

「かわいー!」

「どんなのだろうみたいに、気になるほうが上回ってたんだね。気付いたんだよ……? 後になって。千晶も使ってるって」


 あ。本当に赤くなってくれてますね。

 実は焦っていました。憂ちゃんの中でわたしは女子扱いされていないのかと。


 ……おぉ。

 左手の人差し指がウルウルの唇に。

 これは素晴らしいです。ファーストキスを奪われた直後の乙女のようです。


「――あ! あ――! 佳穂――! 千晶――?」


「どしたー?」

「なんでしょう?」


 ごまかすように両手をパタパタ。


「えっと――! えっと――」


 挙動が不審すぎますよ?


「あ――!」


 閃いたみたいですね。


「きがえ――ないの!?」


「いやん。憂ちゃんの……えっち」

「阿呆かっ!」

「いたっ!」


 これ以上、いじってあげたら可哀想です。


「あたしは……アレだ。これ」


 あれとかこれとか。

 まぁ、これはポーチを示しているので大丈夫でしょう。


「――なに?」


 …………。

 そうですね。まだ来ていませんし、保健の授業も男子の頃にすり抜けていますし。

 ちょうど、そこの知識が抜けていても不思議ではありません。


 佳穂? 佳穂がポーチの口を開いてゴソゴソ。


 大胆な事を……。


「これ。あげる」


「――え?」


 佳穂の行動。

 否定どころか肯定します。

 憂ちゃんだって、いつ始まるのか分かりません。

 その為の知識は仕入れておいて当然です。


 真っ赤ですね。憂ちゃんが。


 何のアイテムなのか解ったのでしょう。


 ……思い出したのかも?


 カラカラカラカラ。

 ドアの開く音と同時に「そろそろグラウンドへ行きませんかぁ? 人数の都合で始めとうても始められず、結衣さんが凹み始めてますえ」


 セーラー服姿の梢枝さん登場。


 ……居ないと思ったら、梢枝さんも見学だったんですね。

 外で見張っておられたんでしょう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブックマーク、評価、ご感想頂けると飛んで跳ねて喜びます!

レビュー頂けたら嬉し泣きし始めます!

モチベーション向上に力をお貸し下さい!

script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ