258.0話 千穂の問題再燃
―――2月14日(火)
「ちほぉぉ! あたしら置いていくんかー! この裏切り者めー!」
「きゃっ! 佳穂っ! ばかっ!」
スカート掴まないでっ!
「何やっとるか」
あ。千晶、ありがと。
「佳穂も、あたしら言うな。わたしが勧めたんだよ。早く行けって」
「お前のせーか!」
「そうですが何か? 佳穂は心配じゃないの?」
「う」
「千穂? 心配要らないから行っておいで?」
「……はーい」
よろしくね。
因みにチョコはみぃーんななし。義理チョコもなし。去年と一緒。
私は義理チョコ廃止運動賛成派です。
……お金、掛かっちゃうから。お父さんに作ってあげただけ。
私に期待してた人も多かったみたいだけどね。
健太くんとか、はっきり『無いの!? ショックー!』とか言ってたし。
私はパティシエールじゃありません。お菓子作りも好きだけどね。
「何やっとるかっ!」
「いたっ!」
叩かれたぁー!
「ツッコミは口だけにしてっ!」
「それはあたしも同意! 千晶、叩きすぎぃ!」
「あんたたち2穂が叩かせてるんでしょうが。早く行かないと予約時間遅れるよ?」
「うん。行ってくる」
でも、やっぱり叩く必要はないと思うんだけどね。
「千穂ちゃん、ばいばーい!」
「憂ちゃんはこれからだよね? 入れ違うね……」
んー。ご心配お掛けしてます。
「みんなお先にっ! ばいばーい!」
「ばいばーい! 康ちゃん、頼むぞー!」
「襲ったら絶交です」
「襲うかっ!」
「そういや憂ちゃん、これから来るんだったなー。バレンタインどーすんだ?」
「わたしも知らない」
そうだね。チョコ、配るのかな?
「千穂……? あんた、もう1度叩かれたいの?」
「あたしに構うなー! いけー!」
そんなこんなで康平くんに送って貰って病院へ。現在、待ち合い……なんだけど……。
律儀すぎます。憂の依頼……じゃなくて、契約の為ならどこへでも何でも、なのかな?
下駄箱チェックとかもそうだったよね?
あ! 下駄箱! D棟では、鍵付きらしいんだ!
いいこと……だよね?
人によっては、甘酸っぱい青春のやり取りの舞台が減るー! とか言ってたけど。主にリコせんせが。
ぽーん。
名前を呼ばない配慮なんだろうね。
モニターに表示される番号。動き出した人。出迎えた若い看護師さんと、ヒソヒソ話。
診察室いち。妊婦さんが呼ばれる部屋。婦人科と産科が分かれてないのは、色んな場面で出てくる問題を産婦人科として共有したいから……かな?
そのほうがいいんだよね。きっと、この病院はそう考えたんだよ。
………………。
…………。
……気にしないように他のことを考えてみたりしても、やっぱりダメ。
ほら……。
目線が痛いっ!
思ってる事が分かるっ!
あの子、あの年で何考えてるのかしら?
大人しそうな顔して!
隣りの男が彼氏かしら?
ちゃんと避妊しないから。
もっと酷かったりして。
康平くんって見た目があれだから……。
もしかして、私を可哀想な子みたいに見てたり……?
そうじゃなくて、やっぱりお尻の軽い女の子だとか思われてたり……?
ちーがーいーまーすー!!
なんで婦人科じゃなくて、産婦人科なの!? やっぱり、一緒くたにしちゃダメじゃない!? きちんと分けておいて欲しい!!
……って思ってるのは私だけかな?
お腹さすって微笑んでる妊婦さん。幸せそう。いいな……。
普通に外来で来たのが失敗。恵さんに話せば、順番来るまで圭祐くんのところで過ごせたのに。でも、そうすると、今もどこかで見守ってくれてる絵里さんに悪いし……。
…………。
……!
後ろからヒソヒソ聞こえる!
はい! セーラー服で産婦人科ですが何か!? 私のことかどうか知らないケドっ!
思わず横目でチラリ。康平くんを盗み見る。
無。無だね。虚無。
横を向いても掲示してあるポスターがアレだし、ホントにごめん。
言ったんだよ? 蓼園総合病院にある喫茶店。みたいなの。
そこで待ってくれていればいいよって。
『でも、何かあったら憂さんに顔向けできんから』
律儀すぎ。
もう、あの記者会見覚えてる人とか、きっと少ないよ?
当初は見られてた気がするけど、今は前と同じ感じ。外で見られる時とか、前みたいに可愛いなって思ってくれてる感じ?
……佳穂にも千晶にも言ったことないけどね。絶対、『こいつ!』って思われるから。
嬉しく思ってた。そんな目が。お父さんのせいだね。これは。
今は……。やっぱり複雑なんだけどね。
ミスコンからしばらく……。告白4件。
1つはどこで調べたのか、LIENでいきなり。
憂と疎遠だって拡がっちゃったから。
でもね……。
よく知らない人ととか付き合えないよ?
……とか言っても、私も見ようとしてないんだけど。
断っちゃってごめんなさい。
自己嫌悪。
あんな舞台であんな事言ったのに。
私を見てくれたのに。私が見てないから……って。
優の時みたいに、私は私が見た相手じゃないと嫌なのかな……?
それって、すっごいわがまま。自分勝手。軽薄。
こんな私、嫌い。
ポーン。
……表示された71。
ついに順番来ちゃった。
考えないようにしてたけど、絶対、怒られる……。
そうも言ってられないから立ち上がって、康平くんに振り返る。
「行ってくるね。ここでだときついだろうから、終わったら連絡するよ?」
「……駄目だ。ここに居る」
……本当に申し訳ないんですケド。
「じゃあ、早く済ませるね」
「駄目だ。しっかり相談してき?」
「……はい」
お迎えに出て来られたナースさんの傍へ。
「漆原 千穂さんですね?」
「はい」
小声で確認。
すっごく見られてる!
もういいじゃない!
診察室3番! ここは蔵迫先生の婦人科ですよっ!
「どうぞ」
にっこり笑顔の看護師さん。私くらいの身長の可愛い人。
なんとなくとげとげしてたのに、癒やされました……。感謝です。
「……失礼します」
看護師さんの開けてくれたドアをくぐると……蔵迫先生のお姿。
…………!!
怒っておられるぅ! すっごい睨まれた!
「はい。どうぞ。どこでもお好きにお掛け下さい」
言葉にトゲがあるぅ! やっぱり怒ってますよね……。
「……はい、失礼します……」
「前回予約日は10日ほど前ですね。この時、いらっしゃいませんでしたが、どうされたのですか?」
「えっと……。その……。3回……4回かな? 順調だったので……」
「サボられた、と」
ばっさり。
厳しいぃぃ!!
「ご、ごめんなさい」
高校生、待合室厳しいんです……。
それよりも「それで本日はどうされましたか?」
つ、つめたいです。ここまで笑顔1つないです。
足を組んだまま、机の上の指がとんとんとんとん。いらいらを表現しないで欲しい……。
「調子悪くなっちゃった?」
「は、はい……」
フォローしてくれた看護師さんに返事。
先生と目を合わせられません……!
「……遅れたの?」
「は、はい。その……。来なくなって1ヶ月半……」
ちらっ……て、上目づかいで様子を窺ったら……。目がぁ! 吊り上がっちゃってるぅ!
「漆原さん! 順調ならいらっしゃらない事に文句は言いません! 余り訪れたくない場所なのも分かりますっ!! 予約が1週間前! 来なくなって1ヶ月半!! 問題が出た時にここに来なくてどうするんですかっ!!」
あぅ……。泣きそう……。
だって……。
みんなに心配かけたくないから……。
「先生っ! 言い過ぎです! この子は心配掛けたくないから「黙りなさい! 心配の先延ばしして何になるのっ!?」
………………。
…………。
……。
「すっごい怒られた……」
「いい先生なんだな」
「そう思う……」
第3診察室を出て、さっさと移動。支払いはまだだけど、産婦人科の前は精神衛生上、良くないから。
「叱ってくれる人は大切にしなきゃな」
「……うん」
蔵迫先生の仰った、心配の先延ばし……。ホントにそうなんだよね。
千晶に怒られなかったら、また今回も、まだ私は受診してない……。
佳穂も千晶も……。
また心配掛けちゃって、怒らせちゃって……。
ごめん。
いつもありがと。2人が居なかったら私ってどうなってるんだろう?
「どうする? この時間なら6時間目、間に合うんじゃないか?」
「今日は……もう、いいかな……」
「……そうか」
康平くんもごめん。
「言いたい事あるんじゃないか? 聞くよ?」
「帰ったらみんな向けにチャットするかも。まだ分からないけど」
私の問題を解決する方法……あるんだ。
「わかった。いつでも相談乗るからな?」
優しいね。
でもさ。
いくらお兄ちゃんみたいだなって思ってても、女の子の話なんだよ?
「美味しい! 千穂! 千穂のかぼちゃも最高!」
「そ? ありがと」
喜んでくれると嬉しいよね。作りがいがあります。
……せめて、煮付けとか付けてくれると嬉しいんだけど。
目の前のそれは、かぼちゃの何? かぼちゃ型のパンツ?
「んー! 千穂が炊いたお米も美味しいなぁ……」
「それは娘補正です。間違いなく。お米研いで、炊飯器にお任せしただけだし」
「千穂が冷たい!」
「冷たくないよっ!」
お父さん、めんどくさい! ……って言ったら嘘泣き始めるんだろうな。
あれって、嘘なんだよね?
「かぼちゃ美味しい!」
「さっきも聞いたよ? でも、ありがと」
美味しそうに食べてくれるね。
言ったほうがいいのかな……? また遅れちゃってるんだって……。
「…………ぁ」
『あのね』って言えない!
言いづらいよ。やっぱり。
な、なに? そんなに観察されると親子でもっ……。
「今度は何を隠してるの?」
「えっ?」
「何でもお見通し! ……とはいかないけどね。僕だって千穂のお父さんを16年やってるんだよ。教えてくれないかな?」
お父さんも分かるんだ。いつから気付いてたのかな?
佳穂も千晶も。みんな凄いね。
「運動不足。もっと運動しないとね! ……って話」
「そっか……。しにくい環境だったしね」
「そだね。誰かに相談してみるからだいじょうぶ。どこかの部に入ってもいいしさ」
「……そう?」
…………。
……また、ごまかしちゃった。
それ以上、お父さんは深入りしてこなかった。
気付いてそうだけど……。
……とか思いながら、お部屋に戻ったら展開の速さに驚いた。ログがいっぱい。
Dr,島井【もう君たちはバスケをしないのかな?】
絶対、蔵迫先生から島井先生に伝わってる。絶対の絶対!
わざわざ全体チャットでそんなことを聞いておられた。間違いない! 私から切りだそうと思ってたのに。
美優【したいです!】
佳穂【やろーぜぃ!】
勇太【したいけど、部活あるし……。どうかな?】
京之介【僕もやりたい】
千晶【大賛成です。あれほど良い体重維持はありません】
島井先生の言ったバスケしない?
これはバスケ会を復活させないかってこと。
拓真【するか?】
美優【やる!】
美優ちゃんは積極的。
何よりもいい練習になるんだって、喜んでたもんね。
……それだけじゃない。美優ちゃんも憂が好き。もしかしたら、私より想ってる期間は長いのかも。
そんなレベル。
美優ちゃんのことは置いといて……。ログ追わないと……。
Dr,渡辺【いいねー。僕も参加したいくらいだよ。若いっていいねぇ】
圭祐【なんだ……? この展開は……?】
秘書【バスケ会の復活ですか? 施設ならば気兼ねなくお使い頂いて構いません】
Dr,島井【ははは。みんな積極的だね。この分なら多数決してしまえば決定ですね】
島井先生も蔵迫先生も、私をバスケ会に混ぜ込んじゃいたいんだよね……。
生理が順調になったタイミングは、バスケやってた頃と完全に一致してるから。
……今回、遅れたのも、バスケ会が無くなったから……。
京之介【ありがとうございます! バスケ会! もう1度やろう!】
拓真【あぁ、やるぞ。やりたい奴だけでもいい】
凌平【僕も参加させて貰いたい】
梢枝【ウチらも時間が合えばやらせて頂きます】
勇太【京がヤケに積極的だな】
美優【高等部に上がるまでは、入り浸ります!】
佳穂【千穂もするだろー?】
彩【なになに!? なに!? この展開! 熱いじゃない!!】
……ログ、これだけじゃなくてホントにいっぱい。
京之介くんがバスケ部の中で存在感無くなっちゃったとか、初めて知ったし……。
圭佑くんの不在が痛すぎるんだって。
せっかく、優に近づいてきたのに、パス出せる相手が勇太くんだけになっちゃって……。
そんな圭佑くん。
圭佑【ちょっと待ってくれよー。俺がバスケ会復活させるつもりだったのによー】
圭佑【俺のリハビリ! お前ら付き合え! ……ってな】
そんなこと考えてたんだね。
バスケ会の復活。みんなが望んでたんだね。
それを知ってて、島井先生は……。
よし。ログ読んだ!
……憂とご家族の名前が出てこなかったけどね。
専属の皆さんの名前もあったし、リコちゃんもコメントしてくれてたのに。
私と一緒で食事中だったのかな? そういうとこ、愛さん厳しそうだし。
……じゃあ、私も参加表明しないとね。
佳穂も千晶も何度も何度も、千穂は? 千穂は? ……って書いてるし。
千穂の父【賛成! 千穂が運動不足だからしごいてやってね!】
お父さんに先越された……。
咲子。懐かしいな。咲子されたって、このチャットで流行って。
【もう。お父さんに咲子されちゃった。私も参加させて下さい】千穂
……送信。
私の為だけじゃない。
裏がある。見やすい裏。
私と憂の距離をもう1度、縮めようって……。
拓真くんが積極的なのは謎だけど、みんなのそんな気持ちは伝わってるよ?
佳穂【よっしゃ! ちほぉ! 一緒に頑張るぞー!】
遥さんもそうなのかな……? 総帥さんも?
京之介【よし! 完全復活だね!】
美優【やった! 千穂先輩! またよろしくおねがいします!】
千晶【良かった! これで下手なの2人になった!】
拓真【憂が教えてねぇ部分、全部教えてやる】
だったら何で、憂を離れるように仕向けたの?
……これが分からない。私は総帥さんと秘書さんの考えが解らない。
肇【盛り上がっているではないか! 欲しい物があれば儂に言え! ドーム会場でも何でも贈ってやろう!】
施設を使わせてくれるって……。
反対は出来ない? 反対したら嫌がらせみたいだから?
蓼園 肇の位置が見えない。倫理を壊すのは、憂と私の為かもしれないってHIROさんが。
秘書【肇さま? 大人は今はお黙りになった方が宜しいかと】
……それは本当?
愛【憂は参加しないって】
……………………え?
剛【意固地になってるんです。先に始めてもらえれば、その内、我慢できなくなると思うんで】
これを知ってて?
憂が不参加なら、やっぱり今の距離を保てるから?
拓真【そうっすね。憂なんで】
圭佑【俺がリハビリ付き合えって言って復帰させるっす!】
勇太【あの憂が我慢できるワケがねーwwww】
京之介【僕には憂の指導が必要だからね。何度でもお願いするよ】
……そうだね。
憂のことは関係なくて。
私は私で、しっかりと運動しなくちゃいけないから……。
【始めよう? いきなりだけど、明日から】千穂




