閑話 蓼園IMの人々
「わ。黒だー。セクシーなのも結構、似合いますねー」
(胸はホント、悲しいほど無いけどねー)
アプリを開発する蓼園商会関連企業・TADESONO SOCIAL WORKSから栄転してきた眼鏡を掛けた園田さん(26歳)は、憂をsageない。胸中でどう思っていようと、おくびにも出さない。
彼女は不用意な発言の恐怖を知っていると共に、処世術に長けている。
「そ? 胸が無いからいまいちに見えるんだけど……。実物、ちょっと……って感じだったわ」
(正直に言いなさいよ。黒の下着はこの子の魅力を消しちゃうし)
園田さんとは正反対の意見を飛ばしたのは、不動産を扱う蓼園地所から異例の異動を果たした北村さん(27歳)だ。
趣味・写真撮影。たったこれだけで蓼園IM入りを果たした。
新聞や雑誌に趣味である写真を投稿しており、入選した事がある。これを上司が記憶しており、推薦された。
無論、蓼園商会は出版関係の関連企業を持っているが、選ばれた者に『得した感』があるよう仕向けている。
彼女の場合、趣味と実益を両立出来るラッキーな異動だった。
「これなんかいいんじゃないですか? フリルとレースが可愛いですよ? ブルーがあしらわれてて、上品で清楚で」
日頃から受け付け業務をこなす源さん(24歳)は、なんと蓼園商会本社から異動してきた。
憂が初めて本社を訪問した際、受付業務中だった事が功を奏した。
忙しい本社受付に対し、来客は控えめ。趣味のソシャゲが捗っているらしい。
「源ちゃん、それすぐに却下されたわよ。身に付けてくれただけで御の字。コンセプトと違うし」
コンセプトは確か、『シンプルだけど着用感にこだわった伸縮性のある、肌触りの良い下着』だった筈だ。なるほど、ものの見事にコンセプトを無視している。おそらく男性デザイナーの願望の露出なのだろう。
「ゲンちゃんって呼ばないで下さいっ!」
(元々、貴女たちより出世コースに乗ってたんですよっ!)
打診を受けた際、断る術があった。なので己の責任の下、彩の会社に入った。
今更、本社勤めのプライドを燃やされても、同僚は困るだけである。
「えー? いいじゃん。可愛いし」
その通りだ。
この蓼園IMの社員たち。
実は容姿に優れた者が選ばれている。
憂を喜ばせたい社長・太藺 彩が決めた。
それなりの容姿である自分が薄れる事を一切、怖れず。
太藺社長は憂に対し、並々ならぬ想いを抱いているのである……が、只今、社長はお出かけ中なのである。よって、この場には居ない。
3名で会議中なのは、グループ分けする事により、様々が意見が出されるようにと社長の判断である。
数多いサンプルと、一部の本人が試着した写真。
これらを目の前に、意見を集約している。
……雑談にも思えるが、紛うこと無く、会議中なのだ。
―――園田さんの場合。
恥ずかしくないんですかねー?
私でも恥ずかしいぞ?
この社内とは言っても、13人が写真見るんだよー?
色々とあるみたいだけど、やっぱり可愛い姿を見て欲しいんですよね?
「これとこれが本人採用。はい。写真とサンプル」
「わぁ……。これは本当にシンプルですねー」
女の子らしさが無いって言うか、本当に履き心地だけにこだわったって感じ?
もっと……。せめてリボンくらい付いてたほうがいいと思うんですけど……。
「有りかもです。ブランドYUUそのもののコンセプトにピッタリですよね」
「でもシンプル過ぎません? 伝説のアイテム。ブルマーってこんな感じなんじゃないですか?」
ゲンちゃん……。それは言いっこなしだって。
憂さん本人の決定には逆らったらダメ。ここは従ったほうがいいよ。
「ゲンちゃんも? 私もそう思うわ。でもまぁ、憂さんの決定だからコレは採用。問題は他の物ね」
……ん? このサンプルって着用済みでしたっけ?
「園田? なんでそこ見るの?」
「北村さんは気にならないんですか?」
「履いたの数分だけだわ。洗濯済みだし」
「えー!? 洗濯しちゃったんですか!?」
「「え?」」
引いた。この子、変態だ。前から憂ちゃんLOVE度合いが私たちとは違うと思ってたけど……。
「あ、当たり前ですよね! あはは!!」
もう遅い。はっきりと変態発言聞いちゃった。
「でもでも! 下着じゃなくて服の時は未洗濯でしたよね!?」
「なんで分かる?」
「ホント。北村さんの言うとおりだよ。匂い? 匂いなの?」
怖いわー。可愛い顔してあり得ないわー。
…………。
愛情かぁ……。
私はそこまで行かないなぁ……。
この会社だと失格なのかも。憂ちゃんぞっこんじゃないと……だもんね。
だから髪型だって、セミロングにしたし。表面だけでも繕っておこうと思って……。
……私だけなのかな? そんな中途半端なのって。
私は合わせるの得意だから、みんなと同じように振る舞えるし、別に悪い感情もない。
裏切る気もないし、上の方針に逆らう気もない……って言うか。
感謝してるほどだよ。
前の職場、つまんなかったからねー。
毎日毎日、PCの画面とにらめっこ。
そりゃ得意だけどさ。男ばっかりの職場で息付く暇もなくって。
そんな時にヘッドハンティング。
あの憂ちゃんに関する仕事……。
特別な子だーって。
可哀想だから……とか思ってた。最初は。
最初って言っても、顔を合わせる前の印象は最悪だったけどね!
心血注いで作ったアプリが強奪された! ……買い取りなんだけどね。
それでも超ショックだった!
そうじゃなくて、移籍の話が出た時の最初の印象ね。割と同情的とかそんな感じ。
今は……どうかな?
そんな特別にも思えない……かな?
きちんと喜怒哀楽備えた子。
HPのデザイン、憂ちゃんのイメージで作ったら怒られた。
彩さんどころか、あの総帥秘書までおーけい出してくれた自信作だったのに。
落ち着いたデザインに変更を余儀なくされたっけ。
なんてわがままな子だ! ……って。
その時、初めて実物を目にした。
社員全員の自己紹介にあたふた。彩さん除いて12人の名前なんて、私たちでもすぐには覚えられないよ。代わりみたいに写真撮りまくってた。タブレットで。
それから次に来た時、またその次……。どんどん名前を覚えてくれてた。
彩さんは『宿題みたいなものじゃない?』って……。
なんだー。頑張ってるんじゃん。じゃあ私も頑張ってあげよう!
こんな感じ。
ゲンちゃんみたいな感情は無い! 相手は女の子だぞ!? 元が男でもね!
―――北村さんの場合。
「洗濯しないと遺伝子とか、問題なんじゃないですか? それだと絶対に外部に出せないですよね」
「洗濯して落ちるくらいなら犯罪も楽だわ」
「あ。それもそうですね」
この子、考えなしに生きてるでしょ? これでよく本社に入れたわね。特進から有名大学コースなんでしょうけど……。
あれだわ。きっと。勉強ばっかりしてきて知識はあるけど活かせないタイプ。
「………………」
翔子さんは考え事? それともまた不用意な発言を控えてるの?
保身の必要ないわよ。ここで普通に働いていれば大丈夫。色んな意見があって当然。彩さんが所信演説してたじゃない。
「じゃあですね……。なんで……っ!」
言うのやめたわね。遅いけれど。
全部見たわ。洗濯済のインナーに目が行った瞬間。
そんなにパンツ洗ったの気に入らないの?
……好きだけどさ。
おねろり。
私、単に腐ってるだけだと思ってたのに。憂ちゃんと出会って変えられたわ。
BL大好きだったのにすっかりと方針転換。
でもなんでおねろりってあんなに少ないのよ。需要に供給が追い付いていないわ。
「……北村さんは、憂ちゃんのどんな格好が好きですか? 下着の参考に使えますよね?」
「私はお姉さんに見せて貰ったロリータとか、似合ってたと思うわよ」
「分かりますっ!」
「それは同意します」
そう考えると、ガーターベルトとか似合うわ。きっと。
ご本人が聞いたらご立腹間違いないけれど。
「葛藤してる姿が堪りませんっ! もっと女の子女の子した服が着たいんですっ! 間違いなくっ! でも、恥ずかしくて言い出せない! それがもう可愛くて……」
妄想乙。
やっぱりゲンちゃんは浅いわね。
着たいんじゃなくって、着てみたい……が正解。
肌触りとか、着用感へのこだわり凄いじゃない? だから着てみたい。このタイプの服はどうなのか。あのタイプは? ……ってね。
だから、全身タイツでもキャットスーツでも、変わった物を用意してあげると着てくれるわ。試したいから。
「写真撮る時、やっぱり恥ずかしそうにしてるんですか?」
「そうね。今回のインナーは顕著だったわ」
「あぁぁぁ!! その試着会、参加したかったぁぁぁ!!」
「ゲンちゃんは受付あるから無理です」
「そうね。受付閉めてからじゃ時間が遅いわ」
「悲しい……」
モジモジするのよ? 妄想滾らせられても困るから言わないけど……。
「憂ちゃあぁぁん……」
「キモっ!」
翔子さんはゲンちゃんディスり大好きね。
ゲンちゃん可愛いから。
可愛いゲンちゃんが可愛い憂ちゃんと……。
……妄想捗るわね。
「モジモジするわ。自分の姿を見られる。撮られる。苦手なのね」
言っちゃったわ。
現実化したら最高。もちろん受けは憂ちゃんね。
おねろりはお姉さんリードが至高。
「こ、個人撮影に活路を……」
その時は是非、招待してね。
「通報します」
「ごめんなさい! 飛ばされたくないぃぃ!!」
通報……? 逮捕……?
取り調べ……? 尋問……? ごう……?
あ。ヤバいわね。
……思考リセットしないとハードな方向に妄想が。
こっそりレザーとかゴムとかのパンツ、紛れ込ませれば良かった。すんごいヤツ。
気になれば履いてくれる筈だから。
黒革の黒光りする……。
ぶはっ! 幼い容姿にあかーん!!
冷静……。冷静……。
つまるところ……。
興味津々なのよ。女の子専用の色んなものが。
―――源さんの場合。
「話を戻しますよっ!」
「大抵、ゲンちゃんが脱線してる」
「全くだわ」
だって! 仕方ないよー!
凄いんだよ! 憂ちゃんは!
みんな知らないだろうけどねっ!
あの会社のCEOとか、どこかで見た要人とか、どんどん面会してるんだーって。
受付仲間からの情報。本社勤務してたら緊張で倒れちゃう。
そんな相手と話してるんだよ? 普通出来ないって。憂ちゃん半端ない。
「これとかどうですか? メンズ物に使えそうですよ?」
翔子さんが広げてみせたのは、ボクサータイプのショーツ。至って普通。
「それ、私も評価してるわ。元々、メンズから取り入れた物だし、ブランドで扱いやすいわね」
「憂ちゃん、履かなかったんですか?」
「履かなかったね」
それ嫌ーい。そんなのじゃ、可愛くないですよー。
「そんなシンプルなのじゃなくって、もっと可愛いほうがいいですよ」
う。2人ともジト目。なんで? 可愛いほうがいいじゃないですか?
「……憂ちゃんに似合うかどうかじゃなくって、どれをブランドで扱うかって話し合いなの、覚えてるわよね?」
「フリルとか、レースとか……。挙げ句の果てにはリボン付いたのを履く男性が増加しかねないって知ってる?」
あー……。
「忘れてました……」
……。
蓼園IM。
そこは女性のみで構成された職場だ。
社長の太藺 彩を筆頭に、全ての者が憂に感銘を受け、憂に忠誠を尽くす。
―――ではない。
彩が率いる月刊誌を発刊している部門は、主力であり、彩の影響を色濃く受けている。しかし、そうでない者は打算やらそんなものを多分に抱えている。
この人たちが同一方向を向き、社員一丸となる日を願ってやまない。
感想400件突破記念として、書きました。
丁度、その頃にこの会社の人たちの視点で読んでみたいとリクエストがありましたので……。
あとは完結が先かな……って感じですねw
どしどし感想下さって、500件目付近でリクエストがありましたら間に合うかもです。おひとつ感想如何ですか?




