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255.0話 美優の内緒

 


 ―――2月10日(土)



「よう。生きてるか?」


「圭佑先輩! お久しぶりです!」


 ベッド上、寝そべったまま……ではない、ベッドに腰掛けた、所謂、端座位と呼ばれる姿勢で渓 圭佑は面会者を迎え入れた。

 毎日毎日、誰かが面会へと訪れる。これは彼の人望を表しているとも言えるのだろう。


 ……憂の時、家族の面会が主だったのは、別の理由だ。比較した訳ではない。


「うっす。拓真か。美優ちゃん、久しぶりー!」


 拓真には一瞥程度で美優に向かって手を振った。良い笑顔で。足の状態が良ければ、自ら近付き、兄の目の前であろうともその手を取ったかもしれない。


「お元気そうですね!」


「ったく、俺は無視か」


 明確な男女差別である。

 彼にとって、憂を含めた女子の面会は喜ばしいものであり、男子の面会は単なる暇つぶしだ。


「ははは……。圭佑くんはプレイボーイだからね」


 何やら死んだ言葉を発したのは、憂の主治医であり、圭佑の主治医ともなった島井。

 今や、蓼園市……。いや、日本を代表する医師であり、日本全国から彼の提供する医療を求め、患者が集まる。

 だが、彼は保険の効かない法外な価格設定を行ない、そんな患者から逃げている状態である。憂の血液を直接使えば、この圭佑のように驚異的な回復力を患者に与えられる……が、そう何度も何度も憂から献血して貰う訳にも行かない。彼女は残念ながら小柄な少女なのである。

 早期の憂成分培養技術の確立が求められているが、医師である島井の仕事ではない。研究員の仕事の領分だ。


 因みに、憂の耳には入っていない。

 人助け方面の何かに目覚めた憂の耳に入れば、献血の連続で身を滅ぼすだろう。



「それより……。もう歩けるんですか?」


 美優が圭佑のベッドの隣に配置された馬蹄型歩行器―――馬の蹄のような形状をしている歩行補助器―――に目を向ける。


「あー。筋力落ちて大変よー。でも痛みもねーし、杖で歩けるようになったら退院よー」


「そうですね。今は細くなった足を戻す為、リハビリ中。ここの長毛絨毯での移動は良い運動になりますよ」


 歩行器歩行しようと思えば、フローリングやタイル上が向いている。

 ところがこのVIPルームは、都合が悪い事に高級な絨毯が敷かれている。

 この環境を変える事なく放置し、リハビリのひと言で終わらせてしまう島井は人の良さそうな笑みを浮かべたままだ。きっと、彼も千穂と同じ隠れSなのだろう。


「憂先輩の血って凄いんですね……」


 そう憂を称賛すると、バスケの影響からか他の少女よりも少し固い左手の親指をしげしげと確認し始めた。


「…………?」


 そんな様子を見た、島井が柔和な顔に疑問符を宿す。好奇心も刺激されている事だろう。


「あぁ……。そうだな。伝えとけ」


 今、思い出した。そんな風でも無さそうな拓真が、その行動原理を明かすよう、妹に伝える。そこから兄妹同士、目線で会話だ。


『いいの? 内緒だって』


『もういい。お前も憂の役に立ちてーんだろ?』


 ……こんなところか。

 成長は早く、クラスで高身長だった、今現在、ちょっと高め程度の美優は、島井をほんの少しだけ見上げると過去を明かし始めた。


 美優にとって、今でも頬を紅潮させる出来事を。大切な思い出を。






 一方、その頃、隣室のコネクティングルームでは……。




 超大物がそれぞれ、秘書を佇ませ、密談中。

 いや、密談の必要はないのだろう。しかし、彼らの誰にも聞かれたくない、聞かせる必要がない、という習性がそうさせているだけだ。


「じゃあ、今回の非公式の接触は拒否……って事で?」


 1人は現職大臣であり、蓼園市を含む選挙区から選出された議員であり、この日、慰問の為、蓼園総合病院を訪ねた。


「そうだ。理由は『何を今更。我が連合に国が入る余地などないわ。後から姿を見せ、旨い蜜のみ啜ろうなど、片腹痛いわ』と怒鳴られた。これでいい」


 もう1人は、現在のVIPルームの主。圭佑の保険適用外の医療費等を一手に引き受けた総帥・蓼園 肇である。

 双方の秘書はメモを取らない。録音もしていない。

 彼らの雑談(・・)の証拠になる品など必要がない。


「そうは言われてもなあ……。ここの市長殿から再三、彼女を護れって要請が届いていてなあ。自衛隊まで出せって。矛盾してるぞ? 納得して貰えるかなあ?」


 盟友。2人の間はこう呼んでも差し支えない。

 総帥のスマホに彼の名が入っていないのは、無駄な情報の漏洩を警戒しての事だ。


「あくまで儂は儂。鈴木くんは鈴木くんだ。憂くんを護るべく動く同士とも謂えるが、その遣り方には相違がある。それだけの事だ」


「あー。それ、市長殿も同じ事言ってたな。なるほどね。じゃあ、それをお土産にまたつまらん議場に戻るとするよ」


「任せた。君の活躍を祈る」


「儂の為にも?」


 腰を上げつつ茶を濁すと、歯を見せ、ニカリと嗤ってみせた。


「くだらん事を」


 憎まれ口を叩きながらも、総帥は嗤いに嗤いを以て応えてみせた。


 ……こうして、彼らに似つかわしくない、質素なオフィスチェアでの対談は終わりを迎えたのだった。






「それは興味深い話ですね。突き指さえ、すぐに治ってしまった……と。憂さんから発見された唾液の新成分と血液の新成分は似て非なるもの……。これが他者の体内に入ると……」


 もはや懐かしいキャンプでの出来事だ。

 美優はピーラーで左手の親指になかなか深い傷を追った。その指は憂に咥えられると、早々に止血された。

 以降、美優の怪我は治りやすくなった気がする(・・・・)と言うのだ。


「……そうですね。美優さん? 血液のサンプルを頂きたいのですが、宜しいでしょうか? もちろん、ご両親の同意も必要となりますが……」


 会話は島井と本居兄妹の間にシフトされている。

 圭佑は暇そう……でもなく、興味津々に聴き入っている。自分の血にも関係している可能性がある話なので、気持ちはよく解る。


「大丈夫っすよ。ウチの親は、立花さんち大好きな親なんで、巻き込まれたーみたいな事は言いません。俺が事後で伝えておきます」


「そう……。そうですね。それでは美優さん、お願いします」


 中学生の美優にしっかりと頭を下げたのは、彼の人間性故だろう。


「はい!」


 美優の元気な返事を合図に頭を上げると、返す刀で白衣から院内PHSを取り出し、通話を始めた。

 余力のある場面では決定力に難を見せる事がある島井だが、決めると即行動。そして、緊急事態には滅法強いのが不思議である。


「やぁ! 渓くんの面会かい?」


 そんなタイミングだった。

 テレビで顔を露出させる機会のある大臣殿がコネクティングルームから退出……。というか、VIPルームに入室したのは。

 このコネクティングルーム。生憎、防犯の都合上、この豪華絢爛な病室を経由せねば、辿り着けないのである。


「はい」

「あ、あの。こんにちは……」


 拓真は普通に返事を。美優はしどろもどろ。どこかで見た偉い人くらいの認識はあるのだろう。何せ、地元選出の現職大臣。ローカルニュースで度々、顔を覗かせている地元の有名人なのである。ポスターなども目にしているだろう。


「渓くん! リハビリ頑張れ! 応援しているぞ!」


 地声が大きい……訳ではない。未だ隣室の誰かさんとは違い、大きな声で話すようにしているのだろう。


「君たちも覚えておくがいい! お……。そうか。君たちも数年後には選挙権を得るんだな。今から情報を集めるといい。誰が日本の敵で誰が日本を良くする者か、しっかりと考える事だ。……というわけで俺に投票頼むな!」


「は、はぁ……」

「………………」

「あ。俺、入れまっす!」


 ……ちゃっかりした男である。

 3人にやや強引な握手をすると、ホクホク顔でVIPルームを後にしたのだった。


 その間、島井はPHSで通話中。役に立たない大人……と言っては失礼に当たるか。






「知ってどうする?」


「知っておかねばなりません。知らなければ、貴方の意向に逆らう結果に繋がる恐れがあります」


 なかなか出てこないコネクティングルームでは、剣呑な空気に満ち溢れている。

 主と認めた男は、何も伝えず、その場その場で指示を飛ばし、大きな結果をもたらす。

 その中にはマイナスに成り得そうな事柄も転がっている。

 先程、打診された政府からの非公式の接触。国家としての支援表明を拒んだように……。


 主は偉大だ。成す事の大半、深く地中に突き刺さる。連合をあっという間に構築してしまったように。


 ……だが、あくまでほとんど(・・・・)が……だ。


 一ノ瀬 遥は、このほとんどを全てにしたい。

 その為に総帥にさえ、時に噛み付く。イエスマンではない。だからこそ、彼女は重宝されている。


「ふむ。そうだな。いい加減、教えてやろう。儂が黒幕(フィクサー)となる筋書きを、な」


 この筋書きの披露に要した時間は長く、本居兄妹の撤収後の事であり、島井は「何をなさっておられたんですか……」と訝しみ、圭佑は「まだおられたんすね」と、忘れていたかのような発言をし、裕香の交代で入った恵は、「いらっしゃってるの知りませんでした……」と、驚いたそうだ。


 もちろん、一笑の下に伏した事は言うまでもない。






 憂の姿は蓼園IM内にあった。

 男子禁制などではない。断じて違う……が、女性比率100%の会社だ。


 そんな会社の小さな会議室内、憂は下着姿を披露している。

 何気に彼女の下着へのこだわり様は凄まじい。


『これ――いや――』


 姉がわざわざ買ってきてくれる下着にNGを出す事まで出てきた。


『それなら自分でプロデュースしろ!』


『――そうする!』


 売り言葉に買い言葉。

 ごく稀に発生する姉妹喧嘩が原因でこんな事態に陥った。


 しかしながら、憂にデザインするような能力は備わっていない。

 そこで憂が欲しい下着を自分で提案。その憂が投げ掛けたコンセプトを基にデザインが成され、商品サンプルが届いたのである。

 デザイナーに関しては絞っていない。広く、デザインを受け付け、それをサンプル化。

 ここまで他所任せ。この中から憂が気に入った物や、蓼園IM内で好評だった物を買い取り、商品化していっているのが『ブランドYUU』であり、注目を集めているからこそ可能な手段なのであろう。

 自分を売り込みたいデザイナーが大挙し、競うようにサンプルを作り続けている。


 そんな状態であれば、サンプルの数は多い。

 多数のサンプルの中、現在、憂は実にシンプルなブラセットを着用している。


「――はずかし」


 何気にランジェリー進出は今回が初めてだ。憂もまだ慣れていない。

 女性ばかりとは言え、この場に5名。当たり前に社長の太藺 彩と、姉・愛の姿もある。

 写真を撮りまくっている者も。きっと、社内の人なのだろう。社員の間で高評価なサンプル……という事は、社員全員が見る必要があるのである。


 白。

 憂のイメージ通り、サンプルの大半が白だ。

 シンプルだけど着用感にこだわった伸縮性のある、肌触りの良い下着。

 こんなコンセプト。憂の趣味全開である。


「うん。いいんじゃない?」

「愛ちゃんも? あたしもすっごいいいと思う」


 現在、試着しているのは、スベスベの生地で実にシンプル……かと思いきや、『憂だからこそ』なのだろう。

 同じ生地を使った、幅広のリストバンドとチョーカーまでワンセットになったサンプルだ。


「ブラが――」


 カップが少しだけ余っている。

 しかし、これは仕方ない。まさか、ここまで無いとはデザイナーもサンプルを作った者も思っていない。


「上は無視。下は……? パンツ」


 言われて憂はショーツに手を伸ばす。白い生地に包まれた小さなお尻に。憂が伸縮性を求めた理由。きっと、ミニマムだからだろう。全体的に。


「いいかも――」


 前側の上部に手が回ってきた。

 フロントはレースも小さなリボンさえない、相当、シンプルな物だ。

 文化祭おかわりを期に、何気に女性として楽しみ始めている憂が、シンプルにこだわった理由。


 ……男として育った矜持がレースやリボンを許さないのだろう。

 これは下着にのみ、集約されているのが実にややこしい。

 外に見える部分ならば、自分を可愛く見せたい欲求は備わってきた。これは愛もきっぱりと明言している。

 だが、最後の一枚だけは許せないらしい。


「すべすべ――」


 最後の1つ、憂が肌触りにこだわった理由。

 単なるフェティズムだ。嗜好の問題である。


 ……が、ブランドYUUは、男女の垣根の取り外しを模索している。

 これが商品化する際には、メンズも可能な仕様のものも売り出される事だろう。

 憂自身、確かに『だんしも――はだざわり――こだわるべき――』と持論を展開しているのだ。


 男やら女やら。

 憂も何が何だか、よくわかっていない可能性を感じるのだが、真相は不明だ。


 この大試着大会が終われば、あの人と会う予定となっている。

 最近、しきりに憂は会いたがっている。


 NPO法人『愛と性別』代表・HIRO。


 この翌日、漆原家はこの人の突然の来訪に目が点になる事を今はまだ知らない。



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