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254.0話 狂気の輩

 

 ―――2月5日(月)



 ついに雪景色が広がった。

 雪のように白い制服を身に纏い、雪のような白い肌を持つ憂ならば風景に埋もれそうな……。そんな光景が屋上から見渡せる。


 だが、生憎、本日の憂は欠席だ。

 蓼園商会関係の仕事でも、病院での検査関係でもないらしい。


 寒さに弱い憂は、いつもの通り6時前に目を覚まし、外の白い景色を見るや否や、わざとらしく咳をし始めたらしい。

 この子、強力な免疫に守られており、風邪なんぞ早々引かない。

 要するにサボりだ。外出を頑として拒んでいるそうだ。


 ここまで一生懸命に仕事と学園を両立させてきた努力を知っている姉は、予定の全てをキャンセルしてしまった。

 厳しそうで結局は甘い姉なのである。


 そんなチラチラと雪の舞う寒空の下、わざわざ白いグラウンドを一望出来る場所で語らう者がいる。


「あんさん、しつこすぎでっせ? 未だにタック持ち出して何がしたいんや?」


 学園裏サイト。

 憂の男の娘疑惑払拭が気に入らないのか、稀に思い出したように書き込む輩がいると、樹くんより報告があり、社の諜報部がその男を特定。今まさに決戦へと持ち込んだのは、影が薄れて久しい鬼龍院 康平である。


「……なんで俺って……」


「そんなん簡単ですわ。過去の退学者を出した事件、知っとるやろ?」


 敬語やらタメ口やら入り乱れているのは、上級生であり、年下である故か。単に格下と見做しているのかもしれない。


「え?」


 ……どうやら知らなかったらしい。

 裏サイト常連の間では常識であるその事を。

 過去、画像を貼り付けた者は例外なく処分されている事を。


「知らんかったんか……」


 迫力ある顔で睨み付けていた康平の表情筋が緩んでしまった。

 どんな厄介な相手かと勇み対峙してみれば、どう見ても強そうには見えない、人を殴った事もなさそうな低身長のメガネ少年。肩透かしも良いところだ。油断し切ってしまっている。


「あの……。俺、どうなるの……?」


 康平に呼び出された上級生は戦々恐々としている。

 噂は嫌と言うほど耳にしているだろう。


 彼ら2人に呼び出された者は皆、分け隔てなく大人しくなる……と。


「わかりまへんなぁ……」


「え?」


 明らかに狼狽し始めた。きっと寒さも吹き飛んでいる事だろう。


「あー。勘違いさせてしもうたんかいな?」


 これは常套手段だ。梢枝は呼び出した相手のほとんどに対し、この方法を取っている。

 彼女曰く。我が身がどうなるのか分からない。そう錯覚させると素直に話してくれるようになる。


「わからへんのは、あんさんがタックにこだわる理由やわ。憂さんのスレの『お前』が言うとるやろ? 男子のままだったら、憂さんはわざわざ名前も変えへんし、戸籍で叩かれる事もなかったんや。喜んでただいま言うて堂々と学園に戻ってきてたわ」


 何度も何度も。タックやら男の娘やら、そんな文字が躍るたび、樹はこう言って、その疑惑を潰している。正論であり真実であり、説得力は申し分ない。


 ところが目の前の少年だけは、忘れた頃にその話題を蒸し返す。


「そっ……それは……」


「理由。話して貰えんでっしゃろか?」


 明るい口調とは裏腹に、目で凄んでみせるとここで崩壊した。

 彼らの背後の人物。それから逃れるために眼前の敵にすがる。


「あの、その……。証明……して欲しかった……ん、です」


「したやんか」


「そうじゃなくて……。その……」


「憂さんに裸になって証明しろって?」


「…………」


「あのなぁ……。無理言うたらあかんわ。あれで限界や。頑張ったんやぞ? なりとうもないピチピチの水着着て……。おかずにするんはしゃーないけど、それ以上は求めたらあかんわ」


 最早、ぐぅの音も出ない。

 欲望の全てを言い当てられ、少年は青ざめてしまった。


「ほな、これで終わりや」


「え?」


 お前の人生。

 こう言われたら本当に半分は終わる。これも梢枝の常套手段だ。康平は梢枝の追い込み方を学び、交渉(・・)に強くなった。


「金輪際、裏サイトに顔出したら知らんで。ワイが許しても、他が許さんわ」


「え!? あ! ありがとうございます!」


 少年が救われた瞬間だった。

 因みに最後には「本当に憂さん、女の子になってんやで」と付け加えたのも梢枝流なのかもしれない。







「あー……さむ……。はよ教室戻ろ……」


 康平は人がいい。

 何度やっても慣れない仕事をこなした後ろめたさからか、独りごちると今しがた年下の先輩が入っていった塔屋を目指す。


 憂の為の行動の為、注釈を入れておこう。


 1月の半ば頃だったか、ターゲットである千穂からお願いをされた。

 学園内は安全になったし、拓真くんが見てくれてるから大丈夫。その分、憂の為に動いてあげて……と。

 だからこそ、こうやって梢枝不在時の仕事をこなしているのである。


「待ちたまえ!」


 背後からの声に康平の体が跳ねた。


「ビビったー! 凌平はん、忍者か何かでっか!?」


 この屋上、高架水槽やら、空調の室外機やらチラーやらが置いてあり、それなりに隠れる場所はある。そのどこかに潜み、護衛の動きを観察していたのだろう。


 ……その目の鋭さがそれを物語っている。


「相も変わらず君たちはコソコソと暗躍か。今までは梢枝さんが担っていたはずだが、変化が見られる。何か動きが?」


「あー。いや、別に暗躍とかしてないで? 説得してんのや。交渉や。話し合いや」


 側頭部をポリポリと掻きながら、康平が誤魔化そうとしたが、もう1人の『平』には通じず。フッと口元に笑みを象った。


「大きな動きがあったな? 憶測になるが、何か大きな敵の排除に成功したといったところか? 今日は梢枝くんが不在だ。そんな中、千穂くんの側を離れた。昨年中には無かった事だ。1月の半ば頃から、君の動きは変化している。何があった?」


 凌平が自身の憶測を並べ立てると、明らかに困った顔を見せた。

 いかつい顔で困った顔が可愛いと、3人娘の中で話題になった事もあるが、彼は知らない。


「……梢枝に聞いてるんちゃうか?」


「彼女の悪い所だ。具体的に問えば、答えてくれる。しかし、こう言った抽象的な質問の場合、彼女ははぐらかす。仲間内であってもな」


「クライアントの情報なんやわ……」


「だが、仲間だ。共有させてくれまいか? そうでなければ僕も身動きが取りづらい。僕は今後を考慮したい」


 仲間。この言葉に滅法弱い。

 それよりも何よりも、この凌平という男は使える。味方であれば……だ。

 康平は顎に手を当て、黙考する。


 ……と、ブルリと震えた。


「……とりあえず、階段のとこまで行かへん?」


「そうだな……。この寒さは正直、僕も辛い」


 二平の何やら不穏な気配は、一時中断。

 そそくさと休戦協定を結んだ2人並んで、早足。塔屋に向けて小走りする滑稽な光景を挟み、即座に破棄される事となった。



「あー。ここはまだマシやね」


「うむ。そうだな。それでは改めて問おう。僕は未だ、味方であるべきか否か?」


「あー……。あぁー……」


 ……どうやら舌戦に於いては圧倒的に凌平に分があるらしい。久々に康平が存在感を見せつける予感は脆くも崩れ去った。


「その前に1つ、確認や。凌平はんは今も憂さんの事を?」


 屋上階段の最上段に並んで腰掛けている。

 階下が見えるここならば……と、こうなった。

 どこか喧嘩腰に聞こえるが、実はそうでもない。


 ……ここに座ってから、両名、穏やかな顔付きに変わったのだ。やはり、寒かったのだろう。


「逆に問う。彼女は男子と契る可能性はあるのか?」


 (ちぎ)る。大袈裟な単語が飛び出したが、彼にとってはそれが普通なのだろう。今でもどこか風変わりな印象は拭えない。


「……いや、今のところ、きついんちゃうかな? 男子からの告白は、友人なら保留、その他はお断りやからなぁ……。拓真はんでも無理や」


 拓真でも無理。情報の小出しだ。必要以上の情報を出さず、状況を伝える道を選んだらしい。

 そして、この情報が示す意味が分からん凌平ではない。今のところと付け加えた事で将来的には判らないとしながらも、現時点では絶望的だと聞かせたのである。


 ……これは凌平への信頼だ。


 例え、憂を諦めたとしても、守ると誓った意志を翻意するような男ではない……と、康平は判断を下したのだ。


「……そうか。ならば、僕はもう1度、想いを伝え、答えをその場で求めよう。玉砕すれば諦め、外野として彼女を守ろう」


 康平の信頼に応じた。

 憂への想いがあるからこそ、今まで彼女の為に動いた。不利な勝負に挑み、破れても守ると誓い直した瞬間だったのだろう。


「そうでっか……。それじゃあ、ワイからお願いの意味を込めて教えるわ。ワイらの動きの変化の理由を」


 以降の彼ら2人の会話をここに纏める。

 康平は決して、阿呆ではないが、何故だか説明となると要領を得ないのである。

 凌平も忍耐を以て、康平の言葉を吟味していき、ようやく理解した内容だ。





 ―――今年、1月13日。


 新生徒会長に任命された東宮 桜子は、公約に掲げていた通り、立花 憂を生徒会として護ると、あらためて誓った。その為に学園と折衝を繰り返し、校則の整備を行なっていくとまで約束した。

 高等部8000名を前にした生徒総会での出来事だった。


 ……桜子が生徒総会で動けない。

 その裏で梢枝と康平は、桜子の実家。東宮家を訪れ、ハウスキーパーを束ねる初老の紳士に強く迫った。


 桜子(本丸)が落とせないと判断した梢枝は矛先を変更したのである。

 保健所からの猫の引き取りに署名していた、この執事のような男に。


 桜子とは違い、容易く落ちた。桜子の父への影響を考慮してしまった……だけではない。


 そこで執事―――と言わせて頂く―――は、猫の解体をしたのは、紛れもなくお嬢様であると白状した。


 底の知れぬ残虐性を人に向かわせる訳には行かない……と。



 ―――そして、怖かった……と。



 桜子がこの初老の男性の前で挙げた名前。その立花 憂の使者の追求……。

 主人の娘を裏切る結果となったが、これはお嬢様を想うが故……。将来を憂う為……とも謂えるのだろう。


 証人を得た梢枝は、月曜日。凌平が指摘してみせた1月の丁度、真ん中の日、何度目かの決戦に持ち込んだ。


 そこで遂に彼女は本性を表した。

 狂気になど溺れていない、心底、楽しそうな表情で。


『そうよ! 私は好き……。知能のある生き物の恐怖に歪む顔が……。蠢く臓器が……。消えていく命が……。その瞬間って凄いのよ!? 本当に綺麗なの!! ねえ? わかる? 榊さんなら理解できそう……。でも、駄目ね。賢い貴女は私の手足になってくれない……。そんな人は要らない……。私の仲間になってくれた人は、裏切らない人……。いつか私が解体してあげるって約束してあげたらね……? みぃーんなうらぎらないんだ。あはははははははははははははははっ!! 嘘だけどっ! じいやも嘘ばっかり上手!』


 綺麗で可愛い、多くの生徒を虜にする立花 憂に目を付けた。

 ところが、かの少女の周囲は人が溢れていた。騎士も侍女も彼女の危機には、身を投げ出すだろうとさえ思えた。

 そこで強固な守りを分散させる為に、桜子は『仲間』の1人である猫殺し(キャットキラー)を使った。千穂に興味を植え付ける事で。


『でも、やっぱり頭が悪いのよねえ。私は侮らなかったのよ? 貴女も蓼園 肇も……。でもお馬鹿さんだから侮っちゃった。犬なんかに手を出すから可愛い千穂ちゃんに手をかけられなかったの。けどね。彼はお馬鹿さんだから今でも私を裏切らないの。嘘だけどねっ!』


『再構築』の発覚以降は、思い通りにならない苛立ちが生じた。

 単なる遊びから、執着へと変化していく己を理解した。


 壊れない玩具を手に入れるチャンスなのに……。


『それでどうするのぉ? 私の事、通報するの? 猫を殺したって証言じゃなくて証拠を示しせたとしても保護観察処分程度だよ……? でも、本当はねっ! 私もじいやも今まで言った事、ぜーんぶ口裏合わせた嘘なんだけどねっ!』


 ……猫の事件は終焉を迎えている。

 猫殺しの逮捕以降、新たな猫の死骸は発見されていない。全て自分の犯行だと、自供してしまっている。

 今しがた盗み録った音声も、要所に入れてくる『嘘』のひと言で信憑性が薄れ、もしかしたら起訴に漕ぎ着け、裁判に至ったとしてもリアリティのある嘘……で通ってしまうかもしれない。


『貴女は何故、憂さんへのサポートを公約に?』


『あーんなに可愛い子! 他の誰にも盗られたくないじゃない! 私はあの子が好きっ! 愛してやまない……。ふふ……』


 桜子は恍惚として、長々と語り続けた。


『あの子の笑顔(・・)を隣で見ていたいの……。でも、私じゃ手が届かない……。少しでも近づく為に生徒会長になったの……。簡単だったわ……。みぃーんな馬鹿だからぁ。絶対に守りきってみせるわ……。守って守って守って守って……。守り続けて、いつか私を見てくれたら……。最高……。その為の壮大な計画……。私は年を取っても、あの子は取らない……。取ったとしても、巻き戻せばいいの……。あぁ、いつかゆめはかなう……。わたしのゆめ……。いつか……きっと……』


 隠し録った碌でもない音声のオリジナルは秘書を介し、蓼園商会顧問弁護士の手に委ねている。

 このまま、裁判(勝負)に持ち込み、もしも負けた場合、憂の支持を公然と掲げた人気絶頂の生徒会長の名誉を毀損した……と、叩かれる。


 護衛として、そのくらいの覚悟は出来ている……が、憂という名前へのダメージは如何ほどか?


 悩み悩んだ。

 梢枝も康平も。


 直接的な害に及ぶ危険性は、現時点で低い。

 バレても尚、長期的なスパンでチャンスを窺おうとする姿勢。


 それどころか憂を守ると言う宣言は、最終的な目標はともかく、本心に相違ない事。敵の敵は味方でもある……と。



 結果……。



 梢枝は、この女性を自分の手には負えないと判断―――


 以降は接触を控え、監視の下に置く……と。




「では、僕のやるべき事は定まった。生徒会に入るとしよう。身近な場所で監視する者が欲しいのだろう?」


「……助かりますわ」














 そんな頃、憂は着せ替え人形にされていた。

 男子のような服。中性的な服。女子の服。様々な衣装を代わる代わるチェンジさせられている。


 ……TPOに合わせた衣装の吟味の名の下、マネージャーの愛が写真を撮りまくっている。


「――ひらひら」


 ……スカートの事だ。

 遂に念願叶った姉。嬉しそうな事、この上ない。


 罰だ。

 学園をサボり、余暇を得た分、時間が余ってしまっているのだ。


「パンツ、合うかな?」


 (おもむろ)ろにペロリ。純白光沢生地のショーツが丸見え。


「――ひゃああ!! なに――!?」


「うんうん。やっぱり、黒スカートには白いパンツが1番だね」


 何を言っても無駄なのであった。


 ……憂は、女性もののショーツしか履かない。

 きっと、すっぽりと包み込む感じが気持ちよく、男性ものには戻れないのだろう……。



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