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253.0話 変化した立ち位置

 


 ―――2月1日(木)



「千穂! はよー!」

「おはよ!」


 千穂の通学時刻は相変わらず早い。

 この日、早めに訪れた佳穂千晶のセットよりも、やはり早かった。

 この頃の千穂の通学は徒歩だ。黒塗りの車は千穂本人により、断られて久しい。拓真とは帰りは一緒にする事もあるが、行きは大抵、1人である。いや、1人ではない。車での送迎は脱したものの、千穂の護衛はまだ離れていない。千穂も顔見知りとなってきた女性の私服SPと、憂の依頼による康平が毎日、陰から見守っている。


「おはよー」


 席に付いたまま微笑み、小さく手を振って2人に挨拶。こう言った千穂の所作は、女の子らしく可愛らしい。

 憂との疎遠……までは行かないが一定の距離を保つようになり、そろそろ千穂を狙う男子たちが動き始めてもおかしくない。そんな状況へと変化してきている。何しろ、以前のように仲良しこよししていないのだ。


「昨日、圭ちゃんのお見舞い行ったぞー! なんかめっちゃ治るの早いってー!」


「凄いよね。間違いなく今月中には退院できるだろうって」


 教室内には、この3人だけだ。通学の早かった凌平も例の定時巡回中だろう。過去には『学園内の騒動を未然に防止する部』が担っていた役割に率先して加わっている。結衣と一緒に通学し、巡回に加わる。彼の習慣となってきているようだ。


 その例の部だが、今年度末を以て解散する事が決まった。憂自身の出席日数の減少が理由の1つだが、それよりも中等部の3年生が高等部に上がってくる事が理由としてのウエイトが大きい。

 七海を筆頭とした親衛隊は中等部にて存続。元々、高等部生徒は認められていないだけに、後任を決め、新部の創設に動く。七海本人がこれを明言しているのである。


 例の部の部長を含めた部員5名は、5組への転室届を提出。部の解散後、来年4月に合流したいと言っていた……と話したのは顔の広い健太だった。


「圭佑くん、またバスケ出来るといいね……」


 千穂の声がほんのり沈んだ。圭佑が復活しなければ、優の意志を受け継ぐ者は、勇太と京之介。たったの2人だけになってしまう。


「そだね……」

「大丈夫だよ……」


 彼女の気持ちは、佳穂千晶の両名も理解できた。






「えっと……。5組に1つ、学園からの提案がありました」


 朝礼。利子は小難しい顔をしながら入室。挨拶もそこそこに教卓に手を付き、切り出した。


「提案ってなにー?」


 健太の促し……だが、必要はないだろう。言われなくとも話を続けるが、茶々を入れたい性分なのである。


「来年、新規にオープンするD棟……ですが、5組と6組にそちらに引っ越さないか……と、打診? 提案? ……されたんです。この件については、クラス全員の意見を聞きたいと思います。言いにくい事だってあるかもしれません。なので、明日の朝礼にでも聞き取り用紙を用意しておきます。難しい問題でもありますので、私も何度でも話を聞きますし、意見が変わっても文句言いませんので……」


 言いたい事が多すぎるのだろう。

 むしろ何を伝えたいのか解らなくなった感がある……が、利子の想いは伝わったらしい。それが出来る子たちが、この5組に残っているのだ。


「えっと……。とにかく私もみんなもいっぱい考えようね! それじゃ!」


「あー。まだ時間、大丈夫なはずなのに逃げたー」


「いつも。逃げるよね」


 佳穂に結衣が同意した時には、既に利子は教室外なのだった。


「まぁ、いいや。憂ちゃーん」


「――なに?」


 結衣に手招きされた憂は、一度だけ千穂に視線を送ると、何の警戒心もなく歩いていく。

 こんな調子だ。3学期の開始から女子の誰かに呼ばれては相手をしに行く。憂と話したい。だが、千穂たちに悪いと思う部分があるのか、憂を呼ぶ。こんな光景は日に何度も見掛けられる状態だ。


 もちろん、憂が元々のグループ内……と言うか、千穂佳穂千晶の3人娘と過ごす時間も確保されているが、以前とは比較にならないほど、そんな時間は減少している。

 結果、現時点での憂は所属グループ無し……とも謂えるのだろう。

 拓真の言葉を借りると、大切だからこそ、安全な場所に置いておきたい。特定のグループから外れる事により、憂の望む形へと見事に変貌を遂げてしまっている。






「憂ちゃーん!」


 昼休憩。憂の早退前にも似たような状況が起きた。

 6組女子が教室に顔を覗かせ、手招きしたのだ。


「…………」

「…………」

「…………」


 現在の憂の立ち位置を彼女たち3人は望んでいない。

 でも、憂を無理に引き止めるとなると違う気がする。何より、憂の想いは大切にしてあげたい。


 遣る瀬ない気持ちが静かな空間を創り出す。

 3人が3人、目を合わせあい、お互いをかばい合う。


 拓真はこれに気付いていながら、何のアクションも起こさない。

 千穂に引け目のある京之介は起こしにくい。

 勇太こそ何とかしようと、憂を呼ぶ側に回り声を掛けるが、話す事は圭佑の事ばかりだ。部活に勤しむ勇太と、蓼園商会や病院の関係で動く憂は、圭佑との面会の機会が多く、そもそもの問題で憂のほうが詳しい。


 佳穂の手がセーラーカラーに触れた。


 ……いや、正確にはその裏側にあるチェーンが外されたペンダントだ。

 無意識に触れたであろう佳穂の動作は、次第に千晶、千穂へと波及していく。

 そして、最後には千晶と千穂の動きを目撃してしまった佳穂も自らの行動を自認した。


「……暗いですねぇ。ここだけお通夜みたいですわぁ……」


 その嫌味に佳穂がぷぅと頬を膨らませた。癖ではない、片頬ではない、本当の抗議の顔芸だ。


「そりゃ、お通夜みたいになりますよ」


「そーだそーだ! 千晶の言う通りだー!」


「……うん。私たち、何の為にこれ買ったり、あれ持ってたりするのかな……って」


 一極集中の口撃を受けた梢枝だが、余裕綽々だ。薄っすらと笑みを浮かべている。勇太と京之介との会話に興じていた拓真もチラリと様子を窺った。


「梢枝さん、それはさすがに意地悪です」


「そーだよ。怒るよ」


「…………」


 佳穂千晶は口撃を続行。千穂は……。


「梢枝さんだけ持ってたら良かったんじゃないですか?」


 (すさ)んでいる。

 千穂は、とある再臨した問題により、心穏やかではない。

 親友2名も薄々と気付き始めている状態だ。まもなく確信へと変わるだろう。


 ……だが、千穂は自分からは言い出さない。誰かが気付くまでSOSは発しない。そんな子だ。


「……ウチに当たられても困りますわぁ」


 梢枝も気付いていない。憂の護衛として離れられず、元のグループとの会話は明らかに減少しているのだ。


「……ウチから見れば、拓真さん? 貴方を含めて、憂さんの方がよっぽど未来を見据えておられますえ?」


「……あ?」

「「「…………??」」」


 迂遠な言い回しはいつもの事だが、急に振られ槍玉に挙げられた拓真は一気に不機嫌モードに突入していく。この両名、やはり相性はよろしくない。


「憂さんの公式ホームページやら、地元のニュースとか見られてますかぁ?」


「…………」

「見てないよ……。ちょっと嫌で……」

「……どうでもいい」


 自信たっぷりの言い回しで挑発する梢枝と、黙ってしまった、或いは言い淀んだ3名。

 まともに反論したのは、千晶1人だけだ。


 因みに最新のニュースでは、とある事情により蓼園市から退去したい住民を支援しようと市が発表したそうだ。

 ぶっちゃけると、憂へのマイナス感情が拭えない人は好条件出すから出ていってね。こんな条例が通ってしまったらしい。

 蓼園商会の税金額。これが相当なものであり、可能となったそうだ。


「……憂ちゃんがどこに行こうが5組に戻ってきてくれれば問題ありませんので」


「それでは気付かれなくて当然ですねぇ……」


 千晶の言い訳(・・・)も一蹴されると、勇太が「オレは見てる。けど、あんなののどこが未来を見据えているに繋がるワケ?」と、旗色の悪い大勢側に味方した。


「観ておられるのに気付きませんでしたかぁ……。残念です……」


 そっと目を伏せた。いかにも哀しそうに。いかにも辛そうに……。


「……で、結局、何が言いてぇ?」


 これを演技と見抜いた拓真は、不機嫌さを加速させていく。こめかみの血管が浮いてきている……が、康平も傍観するのみだ。凌平も横目で見つつ、参考書を開いているだけ。


「……貴方がた自身に気付いて欲しかったんですけどねぇ……。このままでは、憂さんが余りに可哀想ですので回答しますわぁ……」


 やれやれと大仰に首を振ってみせた。未だに煽る手を緩めない。そして、スマホを取り出す。


 ―――憂はグループから自ら抜けていった。


 勝手な自己欺瞞や、憂を悪者にするかのような、かつての仲間たちの目を醒まさせる為に。


「憂さんの外行き用のリュックには、今も思い出の品々がぶら下がっております」


「え……?」

「あ?」

「何の……事……?」

「詳しく!」

「……そんなんあったか?」


 頭の上にクエスチョンマークを浮かべる者。合点のいかない者。更なる情報を求める者。そこまで観ていなかった者。

 ……感情が掴めない者。


「ここまで言っても分かりませんかねぇ……!?」


 それらを纏めてぶった切る。

 全てを次のひと言に集約する為に。



「……公式HP内にある、テレビ放送出演前の様子を映した動画を見てください。

  憂さんは貴方がたと繋がり続けたいと願っておられます。その想いがあの匂い袋であり、防犯ブザーであり、千穂さん? 貴女から借りたままのヘアゴムです。

 憂さんは適度に距離を開かなければ守る事、叶わないと理解しておられます。

 ……ウチもその方が貴女がたには良いと思います。


 ―――未練ではありません。


 ……一緒に居たいからこそ、憂さんは貴女がたの傍を離れる外での仕事の際、持ち歩いておられる。

 逆に言えば、あのアイテムを貴女の身代わりとして、我慢しておられるのです。

 自分の周囲が安全圏に変わるその時を信じて」



 満を期して発された言葉は、なんて事はない、今まで誰かが言った言葉に1つだけ知らなかった情報を織り交ぜただけのものだ。

 ところが、梢枝の話術に嵌まり込んだ者が数名。

 ……いや、きっと憂に求められていると云う確信を梢枝によって、与えられた事が大きいのだろう。


「ゆ「憂ちゃん!!」


 千晶の言葉を封じ、佳穂が教室中に響く大声を上げた。

 6組女子から開放され、続いて明日香の被写体として、ポーズを求められ、それに応じていた憂の目が輝いた。明らかに嬉しいと書いてある顔で尻尾フリフリを幻視させ、駆け寄っていく。


 ……実は憂本人が離れるような行動に出て以降、千穂、佳穂、千晶のいずれかに呼ばれた機会は数少ない。


 相も変わらず軽く右足を引きずり、ひと足早い春が来たかのような少女が近付くと、佳穂は涙目で両手を広げた。


 その時だった。


「邪魔!」


 佳穂の背中が悪党に押され、ドカッと鈍い音をBGMにしっかりと憂をハグした。


「な――なに!?」


 千穂も嬉しそうに目を細め、その光景を眺めている。目尻には光るものも見える。

 昼ご飯教室残留組も、微笑ましく視線を集中させている。


 どこか不満げなのは拓真くらいなものだ。


「憂ちゃん……、待ってるから……」


 涙声の千晶には、周囲が見えていない。


 ……とある場所を押さえて(うずくま)る相棒にも気付く事なく……。


「……痛ったい」


 こちらも涙声だ。

 元々、梢枝の言葉が響いたのか、泣きそうだったが今は違う理由だ。


「……だ、だいじょうぶか?」


 既に弁当を開き、食そうとしていた凌平が本気で心配そうに声を掛けた。

 彼の目には入ったはずだ。佳穂が背中を押された拍子に自分の机にぶつかった瞬間を。


 ―――運悪く、股間を強打した瞬間を。


「――ち、ちあき――ちょっと――」


 憂がようやく動揺の声を発した。

 グイと千晶の腰を押し、ハグを解いて貰うと、佳穂の傍にしゃがみ込む。


「佳穂――いたい――?」


 背中を小さな手でさすり始めた。

 おそらく憂にも見えたのだろう。どこをぶつけてしまったのかを。


「痛くない! へーき!」


 何かを誤魔化す為か、一気に立ち上がると驚いたのか、後ろで背中を躊躇いつつも擦っていた憂が、「わっ――!」とたたらを踏んだ……が、「わっ……!」と千穂の手に助けられた。


「か、かほ……。ごめん……」


 遅ればせながら異変を察知したであろう千晶は、素直に謝った。いつものノリだったのだろうが、予想以上のダメージを受ければ当然の事だろう。

『なにするだー!』と抗議する佳穂を尻目に、憂をしかとハグする。そんな千晶のいつものノリから発せられた計画は崩れ去ったのである。


 怒るかと思われた佳穂も教室中をグルリと見回し、「へーき! へーきだよ! だいじょーぶ!」


 快く許した……訳はない。ここで痛かった。若しくはまだ痛いと千晶を責め立てれば、変なところをぶつけた事が広がってしまうやもしれない。いや、今更なのだが。


 ……ちょっぴり可哀想である。


「――千穂?」


 体勢を立て直したその後の姿勢、千穂の手が肩に置かれた状態で、憂が首を巡らせ千穂を呼んだ。


「……何かな?」


 何かを誤魔化す時に出るふんわりではない、正真正銘のふんわり笑顔が今年初めて、学園内で生まれた。


「――いたいの?」


「え?」


 折角の憂が大好きな千穂流ふんわり笑顔が瞬時に崩れ去った。

 ぶつけた場所が場所だけに……だろうか? 憂の声は普段よりほんのちょっとトーンが下がっていた……が、悪い事に静まり返った部屋の中では本当によく通る。


「えっと……」


 女の子も股間を強打すると痛いのか?

 そんな素朴な疑問。女の子に聞くものではないような気がするが、憂の脳みそは目の前で起きた衝撃のシーンに支配されているのかもしれない。


 首を巡らせ、自分を見上げる自分より小さな少女に。


「……試してみたら?」


 あろう事か、そんな事を言ってしまった千穂ちゃんなのであった。

 隠れサディストの才能がこう言わせたのか、この場の誰も理解できなかった。


 以降、憂は女子になって生まれた本能的な恐怖からか、試すに試せず、当事者の佳穂に問い掛け否定され、千晶に問い掛け「痛いよ……」と肯定され、頭上に鳥さんが乗ったような状態で梢枝の正面に立ったところで質問禁止命令を下された。


『そないな事、女の子に聞いたらいけませんわぁ……』


 本当はこんなところだが、誇張表現しておいた。

 我に帰った憂は、質問してしまった3名に『ごめん――』と謝り、一件落着。


 ……で終わる筈がない。


 憂の脳内には疑問として残ったまま、早退。

 教室に居合わせた生徒たちは、どことなくソワソワと過ごす事になった。

 具体的には、男子が本当はどうなんだろう? ……と女子を見ると、女子は慌てて目を逸らす……そんな光景が至る所で見られたのだ。



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