表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
276/317

252.0話 圭佑の憂慮と決意

 


 ―――1月5日(木)



「じゃ、俺と伊藤さんは血を分けた兄弟っすね!」


「はははは! ある意味、そうかもっすね!」


「くだらない……」


「ゆかさん、そりゃ酷いっすよー」


「あはは、ごめんねー」


「棒読みだったな」


 楽しそうな声が飛び交うが、ここは蓼園総合病院内。あくまで病室である。ここだけは強調しておきたい。

 話し上手な圭祐と、言葉がなかなか出て来ない憂。

 両者の違いがVIPルームの雰囲気をガラッと変えているだけの事だ。

 憂の看護の頃には真面目一辺倒にも見えた専属看護師たちだが、基本的に若く、話さえ合えばこうやって笑い合い、エスカレートすれば騒ぐ。


「……にしても、マジで憂の血って効くんですかね?」


 左足の骨がずれないよう固定された圭祐は、痛めた部位をしげしげと観察している。前日の渡辺の説明では、ズレた骨を戻しただけ……と言っていたが、そんな訳はない。確かに金属は入っていないが、やはり外から中から固定されている。ズレたまま骨が付いては、始末が悪い。歩けるようになるものも歩けなくなるだろう。


「実は俺で実証済みなんすよ。俺、車のドアに指詰めて「痛い! それ痛いですよ! 想像させないで欲しいっす!」

「痛々しい姿の子が何か言ってる」

「ははは! まぁ、圭祐さん聞いて下さい! それで右手の小指にちっこいヒビ入ったんすけどね。すぐに治ったんすよ」

「伊藤さん、それ初耳」

「聞かれてないからな」


 ぷぅとむくれて見せる裕香、いよいよ三十路直前。


 ……。


『専属』として、このVIPルームに詰めていない時には、彼らは別の部署で働いており、接点が少ない。その為、裕香の耳には入っていなかったのだろう。

 この事を知っているのは、院長やら渡辺やら島井やら、そんな医師たちだ。医師から研究員にも伝わっているだろう。


「えっと……。それってやっぱ、輸血したんですか?」


 ベッドに寝そべったまま、圭祐が問う。失礼な態度ではもちろんない。彼は今、動けない。褥瘡防止用の自動体交、除圧式のマット上、過ごしているのである。


「いや、それが偶然っす」

「伊藤さんと憂ちゃんの血液接触……? 何したんですか!?」


 急にプンプンと怒り始めた。何を想像したのか……と、ツッコミを入れて欲しかったが、生憎、返ってきたのは真面目な返答だった。


「憂さんの持ってた果物ナイフを奪った時の傷と、憂さんの首の傷」

「あー……」


 裕香はその瞬間、その場に居なかったが、すぐに合点がいったらしい。


 それは憂が右の手首と首に自ら傷を創った時の出来事である。

 伊藤から少々、離れた場所で憂……。いや、当時、女の子の()は愚かな行為に及んだ。

 伊藤は他に居合わせた誰よりも早く、優の異変を察知し、彼女が手にした切れ味鋭いペティナイフを素手で奪いあげ、傷を作った。その手で直接、圧迫止血をした為、伊藤の体内に例のまだ通称しかない新成分が入り込んだのだ。


「結果、すぐに治った。小さいヒビだったからもあるだろうけど、それでも1週間ほどで」

「あー……」

「あー……」


 3者、6対の目が圭祐の左足に注がれる。思っているのは同じようなものだろう。


『憂って、とんでもねーな』



 その憂は、本日は自宅で養生しているらしい。たっぷりと鉄分豊富な牛乳など飲まされているに違いない。



 この日、蓼園総合病院は憂の血液を輸血したと発表した。

 患者の状態にも触れ、形成外科の所感では、通常ならば全治3、4ヶ月とも。

 これは、その期間がもしも早まれば、憂の有用性を実証する絶好の対外アピールとなる。だからこそ、圭祐の骨折はある意味、チャンスと捉えられ、迅速な行動を生んだ……とも云えるのである。


 この記者会見に於いて、『成功すれば立花さんの疾患は感染する事が立証される』と口を滑らせてしまった記者が出現。

 これを『それはどう言う意味でしょうか? 立花さんの血液等は確かに変質していると言えます。しかし、病気ではないと断言してきております。そんな誤った情報を発信されると良からぬ問題が発生しますのでご自重下さい』と、今や大先生とまで呼ばれる島井に窘められるシーンがあったのは余談である。

 見方を変えれば、正論にも思えるが何とも難しい問題だ。




 更に蓼園市のドン。総帥・蓼園 肇が予定を早め、急遽、帰国。


『まだ半信半疑の者も居るだろう。儂は信じる。奇跡は何度でも降り注ぐ。神が遣わした天使だと、思い知る事になるだろう』


 ……わざわざ、こう演説する為だけに。ではない事を祈る。








 ―――1月11日(木)



(暇だー。毎日毎日何すりゃいいのよ? 眠れねー)


 圭祐は真っ白なシーツの上、両手を首の後ろで組み、何とか眠れないものかと思案している。

 時間はAM1:00。本日の当直は高山だ。他の専属に比べ、年長であり、生真面目な看護師とは特に話が合わず、困っている。

 何とか話そうとはしているのだが、スポーツも芸能もゲームも……。圭祐の言葉は宇宙語くらいに思っているのかもしれない。聞いてはくれるが、楽しく語り合うまで、何万光年もの距離があるように感じてしまう。


(毎日、誰か面会に来てくれるけどよー。この夜ってヤツだけはきついわー)


 他の専属の時もやっぱりそうだ。看護師と患者。どちらも気を遣い合っている。やはり、気遣いする事無く話せるのは、家族であり、友人である事を嫌というほど思い知らされている最中だ。


(憂もこんなだったんか……?)


 そして、思考は憂に行き着く。まるで自分の体内に入ったという血液がそうさせているかのようにまで思えてくる。


(憂……な。再構築かぁ……。女に……)


 もしかしたら自分も起こしていたかもしれない『再構築』。

 有り余る時間は、もしも自分が女の子になった場合……を毎回のように経由する。


『圭祐――? じょしになったら――なにしたい?』


 昨日だったか? 日付上では一昨日? 憂は首を傾げ、聞いてきた。彼女が誰彼構わず聞きまくっている事を圭祐は知らない。その対象は総帥やその秘書にまで及んでいる。3学期が始まった前日の学園でも当然の如く、誰彼構わず、その質問を投げまくっている。


(キレイなお姉さん好きなんだよなー。目の覚めるような美少女も捨てがたい)


 男性脳とか女性脳とかググってみた。見付けた論文の要約では、その差異は無だという。育ってきた環境や男らしく、女らしく。そんな当たり前が、性差を決定的なものにするのだ……と。


 そんな事を考えていると遠いNS(ナースステーション)のドアから光が溢れてきた。2時の巡室時間なのだろう。




「……だったら憂は男で、女の子みてーに扱われるのも、男と付き合うーとかも、変なんじゃねーかな……って思うんすよ」


 圭祐の様子を見に来た高山を引っ捕まえて、入院してから変わった考え方がおかしくないのか確認中だ。


「難しい問題ですよね。僕は憂さんが憂さんらしく……。これでいいんだと思うようにしています」


「…………?」


 難しい話だ。そもそも憂がどうしたいのか、何気に分からなくなってきている。女の子らしい行動も増えたが、それでも男には抵抗があるようだ。事実、いつまでも憂は告白の返答をくれない。


(断りたいけど、それも申し訳ない……ってとこか?)


「何か思う事が?」


 黙考してしまった圭祐に気を遣ったであろう高山。

 言葉を引き出そうとする気持ちが心地よく、圭祐は告白した事、いつまでも返事が貰えない事。洗いざらい話してみた。


「あー。やっぱ、俺、憂の事は諦めるっす……」


「……そう? その必要もない気がするよ?」


 長く話す内に高山の言葉遣いが崩れてきた。

 これを嬉しく思いつつも「いえ、その方がいい気がするんすよ。長い話、聞いて貰ってありがとうございます」

 そう暗に退室を促したのだった。


「いえ、何かあったらすぐに呼んで」


 遠ざかっていく広い背中を申し訳なさそうに見送る。

 退室間際になって蛍光灯が消され、壁面の暖かな間接灯が灯されると、また1人になった実感がこみ上げてくる。


(もし血ぃ貰った俺と付き合うような事があったら、あいつ、また変な事言われるんすよ。吸血鬼の逆バージョンみたいな?)


 十分に起こり得る事態だ。

 憂の血液が入った事により、圭佑は憂に惹かれた。

 そんな得体の知れぬ噂が蔓延る可能性は、それなりの数字だろう。


(あー。くそ。体が痛ぇ……)


 もぞもぞと体を動かす努力をしてみた。


(痛っ……!)


 最近、感じるのだ。

 小学生の頃に感じた成長痛。左大腿骨で急速に何かが起きている実感。


(にしても暇)


 ……夜はまだまだ長い。


(憂が憂らしく……かぁ……)








 ―――翌1月12日(金)



「ククッ……!! お前、似合いすぎだ! やめれ!」


 痛ぇんだって! 傷の塞がりとか、確かにめっちゃ早ぇけどよー!

 なんか、中のほうが痛いの!


「――にあうなら――「良くねぇーって!」


 頭の上にでっかい赤いリボン!

 黒主体の服のせいで余計に可愛いわ! なんで今日に限ってスカートなんだ!?


「ふふふ。可愛いっしょ! 顔赤くしてやんの」


 うっせーよ。

 姉ちゃんの琴線に触れちまったんだそうだ。

 俺の姉ちゃん、スタイリスト。この前、LIENで【もしかしたら蓼園商会関係からヘッドハンティングされるチャンス!?】とか書き込みやがったし。


「あんまり興奮しちゃダメだぞー?」


 憂の事より、問題はこの腰に手ぇ当てて、怒ってみせた裕香さんだ。

 元々、素材は良さそうだった。キレイなお姉さん好きな俺にとって十分の守備範囲。

 本気で姉ちゃんの琴線にマジで触れたんは、打算ありの憂いじりよりもこっち。自分に適当って人間を具現化してたみてーな外見を姉ちゃんがいじった。


 まぁ、髪型と化粧だけなんだけどな。


 それだけで化けちまってよー……。世話されるとめっちゃ照れるつーの。


「――ダメだぞー!」


 くっそ! お前は魔女か! 黒猫連れてる映画の主人公か!

 愛さんも笑ってんじゃねーか。


 …………。


「憂……?」


「なに――?」


 小首傾げんなって! リボンが揺れたぞ! お前は女の子になりたいんか、違うんか、どっちだ!


 ……って、そうじゃねー。


「バスケ……マジで……しねーの?」


「――――」


 じっと見詰めてくるあどけねぇ顔。


「………………」


「――――――」


 あ。

 逸らさず見返してたら、眼球動いた。


 ……目ぇ泳がせてんじゃねぇよ。


「俺、復帰……出来ねーかも?」


「――――」


 オロオロしてんじゃねーよ。すぐに涙目かよ。


「――しない」


「してーのに?」


 顔に出てんだよ。分かりやすいっつーの。


「お前らしくねー」


「――え?」


「お・ま・え・ら・し・く・な・い」


 あ。そっぽ向いた。

 おっと……。みーんな見てた。まぁ、いいか。誰しも思ってる事があるんだろうからさー。


「……ま、その内……ね?」


 憂の姉さん。


「ほら。随分、落ち着いてきてるでしょ? これがもうちょっと落ち着いたら……ね?」


「なんでっすか?」


「まぁ、色々あるのよ」


 姉妹揃って目ぇ泳がしてるじゃないっすか……。







 ―――この日の深夜



「…………はい。終わったよー。ごめんね」


「いえ、こちらこそ……」


 あぁ……。もう嫌だわ。

 入院から何日経った?

 若いんで許して下さいとしか言えん。

 くっそ恥ずいわ……。


「あの……」


「はい……」


 かしこまった俺の返事に裕香さんは困ったように、たははと笑う。化粧は落としたけど、髪はキレイにアップされたまま。


「えっと……。その……。大丈夫だよ? ほら、ティッシュに包んで捨ててくれておいたらいいから……」


 枕元のティッシュと、ベッド柵にぶら下がってるコンビニ袋に目を向けた裕香さんは、照れ臭そうに赤くなってて。


「えっと……。その……」


 返事に窮してたら、やっぱり笑った。

 その笑顔は、キレイじゃなくて可愛いって思った。








 ―――1月13日(土)



「せいとそうかい――あった――」


 一生懸命、話してくれるセーラー服姿の憂。

 学園での出来事。今日は学園行ったみたいだな。

 ……今日は梢枝さんも康平も不在。どこ行ったんだ? 2人揃ってって事は何かあったんか……?


 はぁ……。


 俺は何やってんだよ。入院中じゃ何も出来ねー。

 憂をバスケに戻したいとか思ってたのに、俺が離れてどーすんだっての。


 今日の様子は京が個チャくれたから知ってるけどよー。

 男女ばらばらなんだそうだ。

 憂は憂で、自分に話し掛けてくれた相手と話してて。

 千穂佳穂千晶の3人娘は、例によって3人で過ごしてるみたいだし。

 拓真は拓真で何考えてんのか分かんねーって。勇太もバスケ部……っつーか、俺らバスケ部員3人の将来を悲観してばっかだっつーし……。


 はよ、戻りてー。


 拓真と憂の仲はどーなってんだ?

 そう簡単に崩壊しねーとは思うけどよ。


「たにやん――!」


 ……ん?


「聞いてる――!?」


 あ。全然、聞いてなかった。

 言葉出にくいのに頑張って話してくれてんのになー。


「いいヤツ」


 呟いてみた。


「――なに!?」


 はははっ。やっぱ聞き取れねーんでやんの。


「怒った顔も……可愛いな」


「――んぅ!?」


 ……なんか知らん、新しい反応出たな。


「もう――! しらない!」


 それ、まんま女の子じゃねーか。

 いいんか……って、背中向けてNSに向かってった。


 憂の背中か。くっそ小せーの。


 そういや、夢見たな。朝、やっと寝付いてから。

 優が居たわ。懐かしい。


『このままじゃきついだろうがよ!』


 部活後の自主練の時の記憶。

 たった5人。2年時の夢だったか? 1年も居たけど、そっちは下の世代だから中等部にゃ関係ねー。良くも悪くも年功序列制。

 んで、俺は5人しかいない環境にキレた。


『あいつらにも本気でパス出せよ!』


『でも、受けてくれねーじゃん?』


 優と拓真に突っかかった俺の間に入ったのは、京之介じゃなくて勇太だった。


『そうじゃねー! 甘やかすなって言ってんだよ!』


『うわ。怖ぇ……』


 勇太はでかい割にヘタれるからチョロい。

 んで、拓真も優も反論せずに俯いちまって。んで、優は背中向けて。男の割に小せぇ背中。

 肩、震わせ始めたんよ。

 その頃には優に過保護気味だったはずの拓真も俺にキレねーの。一方的に俺が怒ってる構図だ。


 俺の言ってる事は間違ってなかったんよ?

 優中心に5人だけじゃ、戦い続けるには無理がある。優がどんなに凄くても、拓真がどんだけ攻撃面の変態でも、勇太が居てもよ。疲労が蓄積すりゃ能力半減。だから控えを鍛えろってな。


 そん時はそれでおしまい。夢もおしまい。

 でも当たり前だけど、続きがある。しっかり憶えてるわ。


『優が本気を出せば出すだけ、メンバーが減っていったんだよ。優は優勝したい、させたいからこそ、本気だったんだけどね。仲間の為に鬼になってたら、鬼が怖くて逃げ出したんだ。それが優にとって、ある種のトラウマなんだよ。これ、初等部の時の話』


 んなこたぁ、知らなかった。

 俺だって死に物狂いで優のパス受けてたんだ。他のヤツもそうすりゃいいって。

 本気度の違いってヤツな。

 ガチな俺らとそうじゃないヤツら。


 京之介に話、聞いてから5人で戦うって決めたわ。


 …………。


 もういっぺん、してーな。


 ……いや、見せてーよな。


 俺らのバスケ……。


 ……よっしゃ。決めた。


 早く治して、俺のリハビリ名目でバスケ会の復活! これっきゃねーな!!

 女子も引き込んで元通りだ! やったるぞ!!



 ……とか思ったけど、待つしかない現実。


 早く動き回りてぇ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブックマーク、評価、ご感想頂けると飛んで跳ねて喜びます!

レビュー頂けたら嬉し泣きし始めます!

モチベーション向上に力をお貸し下さい!

script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ