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249.0話 こたつじゃないけど蜜柑

 


 ―――1月1日(月)



「なああぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 元旦。

 新年、寝起きの第一声は耳をつんざく悲鳴だった。地声が甲高いだけに始末が悪い。


「なになになになに!?」


 耳元での絶叫に慌てふためく二十歳前の女性と、ドドドドと階段を駆け下りる猛烈な足音。


「どうしたの!?」


 近隣からクレームを受けそうなほど騒がしい年明けだった。




 昨夜……と言うか、大晦日。

 その就寝は一瞬だった。ふわりふわりとした足取りでベッドまで辿り着くと、小さな体を横たえ、即座に入眠。

 続いて憂と同じ憂のベッドに入った従姉・舞に気付く事もなく入眠してしまっていたのである。

 起床時間はいつも通りの6時前。相変わらず、体内時計は正確だ。

 いつも通りに起き、いつも通りに……。いや、この時点で通常とは違う事になっている。姉は未だに憂のベッドで妹と一緒にシスコンさながら眠っているが、覚醒は憂よりも早い。


 あ。珍しい。


 起こしてあげないと……ね?


 こーんな事を思った筈だが、声を掛けようとした相手が姉ではなかった。動転した憂は悲鳴を上げた。確かに隣で眠る人物が予想と違えば、ちょっとしたホラーだ。

 そんな悲鳴に驚き、舞は目を醒ました。久しぶりに2階の自室で寝た姉も正月仕様だったのか、寝ぼすけだったが飛び起きた。憂に関する感知能力の高いセンサーでも付いているのだろう。


 こうして冒頭に戻った。


 憂は『ごめんね』と平謝りだった。

『でも、なんで?』とも。

 そこで舞が語った理由。


『何年ぶりか分からないレベルだけど、一緒に寝たかった。弟みたいな憂と……』


 これを聞いた姉は安堵した事だろう。

 千穂の気遣いと言う名の人間観察に基づく勘の良さには、思うところがある。その千穂は『もしかしたら舞は……』的な指摘をしていた。

 正直、一緒に寝せて良いものかとも思った。思ったが、千穂と憂とは別れた。一緒になって欲しい感情もあるが、もしも舞の気持ちが憂に向いていたとしたら……。阻害するのもおかしい気がしたのだ。




 仮の話だ。




 ―――あくまでも仮想の展開である。大切な事なので繰り返しておく。


 早朝5時。

 霜が降りるほどの寒さは屋外の話だ。

 憂の部屋は空調により、適温が確保されている。

 そんな中、舞はとある計画を実行する為、目を醒ました。

 自身の枕にバイブレータ設定したスマホを仕舞い込み、憂にバレず起きた。


(おはよ……。うわぁ……。寝顔、キレイ……)


 兄弟は、兄が1人だけ。

 従兄弟は3人居るが、内2人は年上。しかも遠方に暮らし、確実に帰郷するのは正月程度。

 盆も会えない事があった。


 ……だからこそ、優は特別だった。

 可愛かった。年に数日だけの幸せな時間。彼女は実の弟のように優を思っていた。



 故に連れ回した。


 山に。


 川に。



 いつの夏休みだったか、虫かごをぶら下げ、興味津々で覗き込む優に、得意満面で語った。

 ちょっとした岩場から、なかなか川に飛び込めない優を『それでも男の子ー?』と煽った。勇気を振り絞り飛び降りた優を散々、褒めちぎった。


 ……中学生になっても、優はこの従姉に懐いたままだった。

 姉である愛には、壁を創っていたように思える。

 だからこそ、余計に嬉しかった。中学生になっても可愛いままの優が大好きだった。


 舞、高校生活最後の年。

 知らせを受けた。悪夢の知らせだった。

 大好きな優の事故。長い長い意識不明。何かが狂った。大学への進学は放り投げた。何もかもが虚しくなった。


(私……。私の気持ちはどうなんだろう……?)


 実の弟のように可愛い従弟だったのか、それとも異性として愛してしまっていたのか。

 亡くなったと聞き、生きていると聞き、溢れ出る自分の感情を理解出来なくなった。


(優……。憂……)


 目の前に眠るはまるで絵本から抜け出してきたかのような、無垢な美少女。

 後遺症による脳機能の低下。


『うちの子は天使なのよ!』


 邪気を感じない。子どものような純真さ。

 ……悪い事をしようにも、そこに頭が回らない。

 どこかで聞いた母親が吐いた言葉は、憂を見ると本物だったと思える。


「ぅん――」


 吸い付くような。つきたての餅のような。それでいて、なめらかな頬に吸い寄せられるようにキスをしてみた。


「ごめんね……」


 起こさないよう、微かな声。

 次なるターゲットはふっくらとした形の良い唇。


「ん……」


 そっと合わせた。従姉弟同士。あれ? 従姉妹?


 ……どっちでもいいかな?


 もう1度。柔らかいその感触をもう1回。


「んん……」


 憂の整っているけど、それでいてあどけない顔が嫌々と逃げようとする。もう夢中。夢の中にいるような夢心地で横を向こうとした憂を逃すまいと上を向かせた。



 case1.

 ―――憂が舞を受け入れない場合―――


「うぅ――?」


 目が合った。

 ばっちりと。

 起きてしまった。


「なああぁぁぁぁぁぁあああ!!」



 case2.

 ―――憂が舞を受け入れた場合―――


「うぅ――?」


 目が合った。

 ばっちりと。

 起きてしまった。


「――なあ!?!?!?」


 驚きに上げた悲鳴を抑え込む。息を呑み、小さな手を口に当て。

 従姉妹同士、早鐘を打つ鼓動を互いに感じる。


「………………」

「――――――」


 やがて、体重を掛けず覆い被さるような、きつい体勢のまま、舞は瞳を閉じた。

 ベッドの上の少女と少女を卒業しようとする女性。

 下の少女の唇が、ゆっくりと舞の唇に向かっていった―――




 きっと、このどちらかだ。

 いずれのケースであろうとも問題ない。

 憂が嫌なら叫ぶ。嫌じゃなければ受け入れる。

 第一、舞が憂に本気だった場合。これ自体が仮定に過ぎない。


 憂のベッドの隣。特等席を譲る事で、姉は試したのだ。



 愛する妹を。



 可愛い従妹の気持ちを。










 朝ご飯。

 おせち料理を食べた。お雑煮はやめておいた。何となく……ではなく、半分以上真面目に憂が餅を喉に引っ掛ける事を恐れての措置だ。

 そんなお雑煮無しのどこか寂しい年明け最初に朝食は、雑煮のない元凶である憂が癒やしてくれた。


 黒豆さん。


 正月の箸は何故丸い?

 黒豆さんに大苦戦。

 丸い豆に丸い箸。それはうずら卵よりも小さく、数が多く……。

 長く辛い戦いだったに違いない。


 でも、好物らしい。仕方ない。



 そんな朝食が終わると、黒豆に時間を使いすぎた憂はお腹いっぱいまで到達せず、現在、みかんを食べて……いない。

 タブレットに届いたあけおめメールを返信がてら、皮を剥いた先にある、あの謎の白い繊維質を丁寧に丁寧に取っている。利き手が不自由にも関わらず、それが許せないのか、キレイに綺麗に剥がしていっている。


 因みに、10時を過ぎても祖父母たちは再到着していない。何でも祖父が飲み過ぎ、寝坊してしまったらしい。ついでに言えば、料理上手の母が存在する事から手作りおせちかと思いきや、注文おせちである。支度が大変な割に食べられる種類が決まっているから、最後には処分しないといけなくなる。だから作らない……は、母・幸の談だ。



「――――――」


 みかんの白いのがタブレットの画面に少し付着しているが、みかんのお掃除とあけおめメールに夢中な憂は気にしない。普段は人並みに綺麗好きでもあり、本人、若しくは姉によって定期的に拭かれているのだが、みーんな別の事をしている為、誰もタブレットの汚れを除去しない。


 そんな憂は「――拓真」と、ポソリと呟き、嫌な顔をした。


「…………?」


 思わず、憂を挟んだ両サイドに座る愛と舞が覗き込んだ。

 父母も姉も、とんでもない量が届いた年賀状を1枚1枚、確認している中でよく響いたのだ。

 この時、剛と舞は、父が持って帰ってきていた、例のCMをコマ送りで見ていた。


【明けましておめでとう。今年は良い年になるといいな。お互いに】


 彼らしい至ってシンプルな何気ない文面に見えるが、憂からしてみれば違った。

 彼女は何も考えていないように見えるが、思考していない訳ではない。

 何気によく考える。


 ……1人で物思いに耽っている時には。


 会話になると付いていけなくなるのだ。これは最近になって改善されたものではなく、退院した頃には、既に出来るようになっている……筈だ。


 拓真のメールの最後の余計なひと言。この裏側を受け取った……のか?

 元々、裏なんか存在せず、お互いに良い1年にしようや。こんな意図なのかもしれない。

 だが、確かに憂の立場を考えると異なる意見となり得る。


 お前は早く良い人探そうぜ!

 俺は千穂と上手くやるからね!


 ……こんな風に捉える事も可能だ。


「拓真くんって、あの時のでっかい?」


「ん? そだよー。憶えやすいよね。たっくんは」


 しげしげと憂のタブレットを覗き込む舞とは違い、姉の目はもう年賀状に戻っている。知らぬ存ぜぬ人や企業から。実に何百通も届いている。父の前の年賀状タワーはもっと高い。何気に憂にも多量の年賀状が届いている……が、みかんの小皿の下に蓼学生や総帥、病院関係者などから届いたものが置いてあるだけだ。謎の相手からのものは排除されている。

 送り主からしてみれば、干渉と捉えられにくい可能性のある年賀状。いや、新年の挨拶、どこが悪いのか! ……と開き直る事の可能な年賀状。

 何とか立花家との接点を作りたい方々からのものなのだろう。


 ……知らない親戚からも届いている。

【お久しぶりです。こんなに大きくなりました】と裏面が会った事もない子ども写真の年賀状で。


「あの時、悪い事したなぁ……」


 モールでの出会いと別れ。

 思い出したのか、舞はバツが悪そうに少し両眼を中央に寄せ、顔をしかめた。


「う。あの時は私もごめん。居辛かったよね……」


「ううん! 私の態度が悪かったんだし……」


 そんな会話の最中、キレイに白いのが排除された蜜柑が1つ減った。兄の悪い手によって。

 憂も悪い。キレイになったみかんをすぐに食べればいいのだが、大切そうに母が出してくれた小皿に置いているのだ。


 愛と舞は気付いた……が、「あの……千穂ちゃんだっけ? あの子って優と付き合ってたの? 付き合ってるの……?」と、行為を咎めず、流してしまった。会話の都合上、後回しになってしまったのだろう。


「引っ越す前に正式に別れちゃったんだよ……。悲恋そのもの」


 姉の手が止まってしまった。探るような目が這う。舞の、憂への感情は弟か妹に似たモノだろうという結論に限りなく近付いている……が、『だろう』を排除できない。99%を100%に押し上げる事ができない。


「舞ちゃんは……。憂の事……」


 だからこそ、その1%を埋める為に問うた。


「……やっぱり心配に思ってた? 夜ね。憂ちゃんはすぐ……。の○太も真っ青になるほどの速度で寝ちゃったんだけど……。それから確信したんだ。異性として好き……じゃなくて、親戚の可愛い弟分だったんだーって」


「……そっか」


「あ。安心した顔してるー。やっぱり愛ちゃんはあの千穂ちゃんとがいいんだ」


「そうなんだけどねー……。でも……」


「まぁ、女の子同士になっちゃうから……」


「……それだけじゃないんだよねー。千穂ちゃんの場合は……」



 こうして千穂の事情を話す展開に至ってしまった。

 舞の憂への想いを知った。もしも舞も憂の事を想っていたら……。杞憂に終わった安心感が口を軽くしたのか、他の何かかは不明だ。


 憂の食べられる状態になったみかんは一向に増えない。5切れ。6切れ。何個も剥いているにも関わらず。キレイになったこれだけを小皿に残し、剥いたら剛が食べ……を繰り返している。

 その剛は倫理に阻まれ、なかなか先に進めないという研究について、片っ端からググル先生に問い掛けている。


「……すっごく千穂ちゃんの事、応援してあげたくなった」


 聞き遂げた舞の感想に満足そうに微笑むと、憂のみかんに手を伸ばした兄の悪い手が遂にパシッと叩かれた。


「いい加減にしろ。憂が気付かない思って」


「げ。いいじゃねーか。気付いてないんだし……」


「そういう問題じゃない。健気にも不器用な手を使ってキレイにした妹のみかんを横から奪うな」


「――んぅ?」


 愛と剛のにらみ合いのような状況に気付いた憂が、姉を見る。

 増えないみかんを目で示すと、憂は小皿を見詰め、首を傾げた。


「………………」


 気付けよ! ……と愛は間違いなく思っている。

 剛は素知らぬ顔で【二母性胚】について先生の検索結果を吟味し始めた。


「――なに?」


 元日にみかん。コタツではないのが残念すぎるシチュエーションだが、そこはさておき、「取ったの! 剛が! みかんを!」とちょっとした興奮状態で告げ口。

 ところが憂は「いいよ――?」と、あっさり。


「お兄ちゃんも――白いの――きらい」


「だよなー! 優しい妹で嬉しいわ! な! 姉貴!」


 途端にご機嫌の兄と対照的な姉がそこにいた。



 この後、至って平和そのものな立花家に本家立花家が合流。

 憂は優しい祖父母にみかんの白いのを丁寧に取って貰い、目尻を下げまくり。

 そんな孫の顔を見て、祖父母も目尻を下げるウィンウィンな展開となった。


 ……流石の憂も、自分がひたすら白いのを取ったみかんを強奪されて、気付かない事はなかったようだ。

 ただただ兄の分も一緒に白いのを除去してあげていたらしい。優しい。


「でも、憂に断り入れてからよー? 常識で考えれば」


 これは、勝ち誇る兄に対する母のツッコミである。正に正論。



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