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246.0話 健太は良い奴

 


『いってらっしゃーい!』


『――いってきます――』


 こう言って、憂と委員長コンビ&健太が5組の教室を出ていったのは、15分ほど前の出来事だ。

 もう既に千穂&拓真も教室を立った頃だろう。

 只今、憂が心配な梢枝は4人を追跡中である。康平と何故だか勇太も彼らの後ろを追跡中である。


 ……追跡中とは言ってみたが、ほんの5mほど後ろをゆっくりと歩いているだけだ。

 憂を見付けた生徒や、一般のお客様は、1度は見入るが彼らの存在感に気圧されるように立ち尽くす。挨拶する者も少ない。

 素通りしないのは、憂を見ていたいが故……なのか? やはり、憂は鑑賞される立場である事に変わりない。


 これで3人が後ろを歩いていなければ、憂たちの進行は再三に渡り、妨げられてしまうのだろう。そう考えれば、康平と勇太が梢枝と一緒に歩いている理由が滲み出てきた。要するに存在感のある2人を(はべ)らす事で、憂の邪魔になる人たちを牽制、排除しているのだろう。何気にこれは、今まで拓真が担っていた役回りと同じなのである。


「ええ感じですねぇ……」

「……何が?」


 答えたのは勇太だ。勇太は千穂のように梢枝に対して敬語を使う事はない。彼は口調を畏まったものにするのが苦手なタイプだ。


「視線……です。昨日の憂さんの行動は多くの女子にとって、好感が持てるものだったんですえ?」

「……そ?」


 絶対に解っていない。

 勇太は拓真と違い、余り深くは考えない。放棄している訳ではないのだろうが、難しく考える事を好まない。刹那的に生きる……とまでは言わないが、明らかにそっち寄りなのだ。


 こうなると当然のように「ええですかぁ?」と梢枝による解説開始である。


「憂さんの言葉はやはり重いんです。出の悪い言葉であり、たどたどしく話す様が一生懸命に見えるんですわぁ……。その憂さんは『同情票でのグランプリは不要』と辞退されました。これが『元男子の癖にミスコンに出るとかふざけてる』と思ってはった女子に突き刺さったんです。恥ずかしいのに、疑惑を晴らす為に出場した……と、理解してくれはったんですえ? そうでない方もいっしゃいますが、少数です」


「……へー。そんな効果があったんかー。でも、それって女子だけ?」


「いえ、男子にも一定の効果はあったと思います。そないな事よりも女子の支持が強化された事。これが大きいんですえ? 男子の中には女子に嫌われとうない人が潜在的なものを含めると相当数、居はりますからねぇ……」


「あー……。わかる気が……」


 女子に好まれたい勇太や圭佑には、よく解る事例の筈だ。

 女子に嫌われたくない男子は、憂の事をどう思っていても、表面上は優しい目を向ける……と、言う寸法だ。もちろん、該当しない者。そもそも、憂の行動に理解を示していない女子もいるだろうが、大多数が憂を想うかつての状況となれば、以前同様、梢枝たちで排除していけば良いのである。


 何を隠そう、憂からグループメンバーが外れた今回の文化祭巡りは、憂の学園内でのポジションの確認から、外歩きまで視野に入れた試金石なのである。



「憂はさー。ブラにさ。違和感、ないの?」


 こちらは憂と健太の会話である。健太にとって、気心知れた有希と優子が一緒に居るだけ。こうなった時、健太は聞きたかった事を聞き始めた。委員長コンビも気になるのだろう。『健太ぁぁ!!』と叩く事もなく、世間体を保つ為か何かで咎める視線を健太に送っているだけだ。耳は、はっきりと憂の返答に向いている。


「――なれた――かも――」


 絶望的な顔を浮かべた。今まで気にもしていなかった事実を突き付けられた結果かもしれない。


「慣れるもんなんかー。んじゃ、スカートには?」


 健太は話上手。あからさまな途切れる箇所は作らず、上手いことゆっくりと話している。


「すかーとは――やっぱり――いや――」


 足を止め、自身が履く白いスカートのプリーツを軽く摘んだ。本当に嫌なのは顔を見れば明らかだ。しかし、憂の男子制服姿はダメだった。余計に小ささが強調される上、小ぶりだが、それでいてぽっこりしたお尻が存在を主張。


 可愛らしさの観点で見れば、間違いなく向上してしまっていた。


「……大変だな」


「――うん。たいへん」


 これは運命だ。そんな外見になってしまった以上、どうにもならない。


「あ。ちょっとここ入らない?」


「そだね。座って話聞きたいかも」


 会話の途切れたタイミングで優子が言うと、即座に有希が同調した。よって、4名……どころではない。後ろの3名も、実は正面でカシャカシャカシャカシャ、喧しい音を立てるカメラ小娘とその彼氏。明日香ちゃんと樹くんもB棟3-12の喫茶店に入店した。


 更には鑑賞のチャンスとばかりに、たまたま近くに居た生徒や保護者も。最終日の開幕から時間は余り経過していないにも関わらず、そこそこの客入りだった店内は、いきなりの満席。商売繁盛。めでたい事だ。






「――おいし」


 喫茶店の提供するソフトクリームをひと舐めし、発したひと言。


「……可愛いわ」

「分かるよ。健太。怒る気も起きない」

「……もう、女子でいいような」


 憂は甘い物が大好きだ。男子の頃は隠していた。スイーツ男子を公言する人も増えたこの頃、何も問題ない筈だが、何となくかっこ悪いように思っていたのだろう。

 それが女子化して以降、隠さなくなった。

 優子の言いたい事はよく解る。


「憂はさ。なんで、スカートとか……嫌なん?」


「――んぅ?」


「そりゃ、元々男性だったからでしょ……?」


「そだよね。私たちも知っているし……。変な目で見られたくないよね」


「いや、そうじゃなくて。えっと。何て言やいいんかな? なんか、女子っぽくするのが嫌……みたいな?」


「あ。言いたい事は判ったよ。もう女の子なんだから気にしなきゃいいのに……って?」


「ちょっと違うけど、そんな感じ?」


 憂が小首を傾げ、頭上にクエスチョンマークを浮かべているのを見た優子が、憂に耳打ちする。小声で話す必要はないのだが、千穂がよくそうしているが為にそうしてみたのだろう。


 憂の顔がほんの少し赤くなった。千穂の囁きには慣れたが、優子の囁きは初の出来事だからか。

 千穂と同系統の美少女。そのご尊顔がどアップである。


「――だんしと――えっと――」


 いきなり詰まってしまったが、3人には伝わった。女の子女の子していると、男子の目が気になる。拓真に言った男子との可能性は、売り言葉に買い言葉だったと言う事の証明……なのか? 世間がどう思うか……など、憂にとって色々と困った状態なのだろう。そんなところだ。きっと。


「えっと――」と尚も唸る憂に「憂? もういいよ」

 健太は良い奴だ。優しい目で困ったままの憂を止めた。呼び捨てているが、これはC棟を離れるまでに本人から了解を得ている。彼との距離は一歩縮まった……が、健太は彼女持ちだ。何も問題ない。


「じゃあさ。質問変えて……。元に戻れた…として、したい事は?」


 ……踏み込んだ質問だ。これはグループのメンバーから……どころか、誰もが聞きたくても聞けなかった問いだ。適度に距離の空いた人だからこそ出来た。そんな質問。


 近くの席で聞いている筈の梢枝たちも止めには入らない。もしも、この問いを聞いた瞬間、憂が動揺の様子を見せていたとしたら、即座に割って入った事だろう。


 憂は……。


 憂の表情は至って穏やかなものだ。それどころか、ソフトクリームの先端をパクリとひと口。撫でられた猫のように目を細めた。


「いっぱい――あるよ?」


「バスケ――がんばる――。健太は――わかるよね?」


「わかる! サッカーな!」


「健太――がんばれ――」


「おうよ!」


 健太の元気の良い返事に満足。「ごはん――いっぱい――たべるし――」と続けた。

 饒舌だ。優に戻った場合……。そんな仮の話を喜び、言葉を紡いでいった。


 時には「勇太の――あたまなでたり――」と、名前を敢えて挙げてみせ、本人にいたずらぽく笑って見せた。


 誰かに聞いて欲しかった。



 ……きっと、そんな想いを抱えていたのだろう。


 だが、恋愛については、彼女の口から溢れ出てこなかった。







 時を同じくし、千穂と拓真は尾行していた人物からの接触を受け、C棟に足止めされていた。

 場所は吹き晒しの寒さの為か、めっきり人気の無くなった屋上だ。


 そこに陽向によって呼び出された。


 その陽向は屋上への階段を登り切った、塔屋の一角で拓真と2人、過ごしている。長く、2人で黙していたが、ようやく無口な拓真に向け、話し掛ける。


「ミスコンでの千穂ちゃんの発言が、どうしても気になってるんだって」


 ここから離れた屋上フェンス付近で、千穂は寒さをアピールするかのように手をすり合わせ、フェンスに背中を預けている。真正面には、徐々に薄め、遂には黒髪に戻った瀬里奈が。


 陽向は、目を離した瞬間、どこかに消えてしまうと思っているかのように、心配そうに視線を外さず拓真に語らった。


「憂のオマケじゃねぇ。もっと見ろ……か」


 意訳が過ぎる。と言うか、拓真の返答は千穂の口調に合わせられていない。拓真口調に合わせるとそうなるだけ……か?


「うん……。一体、どうなってるの? 私、セナには悪いけど……。憂ちゃんと千穂ちゃん、応援してる。これ以上ないって障害を乗り越えようとしてる2人なんだから……」


「言葉の通り……だろ?」


 拓真は陽向の横顔を正視出来なかったのか、それとも寒さの中の2人が心配なのか、窓ガラス越しに遠くを見やった。


 ―――千穂は憂と別れた事を公言していない。


 これは憂と寄りを戻したいと思っている証明……とも捉えられるが、わざわざ『別れたんだよ』などと言う必要性も感じられない。何より、憐れみの目を向けられる。これを嫌っているようにも思える。


 千穂が言わない現状を自分の口から漏らそうとは思わない。


 彼が告白の際、言ったのは『千穂の幸せ』だ。


 拓真にとって、相手が自分であれ、憂であれ、千穂が幸せに思えるのならば、後のことなど、どうでもいいのだろう。

 彼は物事に基本、無関心であり、そうでない事柄に於いては執着しているようにも見える。


「拓真くんは私の知らない事……。もっと知ってるんでしょ?」


 だからこそ、二枚貝のように口を閉ざす。

 憂と千穂の2人の間に起きた『付き合っていないと云う認識』が学園内に拡がった時、大きな渦を創るだろう。


 ところが、雨降って地固まる。そんな予感も感じている。拓真の行動に一貫性が無くなった理由は彼の心の鏡写しだ。


「…………教えてくれない?」


「………………………………」


 千穂と自分が結びついた時、憂はどうなる? きっと、沢山の人が憂に手を差し伸べる。佳穂もいる。凌平も圭佑も黙っていない。悪いようにはならないと思っているが、確信はない。そもそも、それが憂にとってのベストではない。京之介に『拓真は憂と』と言われた後、全員のベストを探したが、そんな都合の良いものなど存在していなかった。どれだけ考えても、どこかが抜け落ちた。


 憂の性別が変わった時、パズルのピースは変形し、完成形を失ったのだ。


「やっぱり、口硬いね。憂ちゃんの周りにすぐに集まった人って、似た人ばっかり」


「…………あ?」


 やっと窓の外の2人から拓真に視線をシフトさせた陽向が意外な事を言った。

 すぐに集まった……とは、千穂佳穂千晶、拓真勇太と梢枝康平……。面子はおそらくこれで間違いない。実に個性的だと思う。


 言い得て妙。


 憂の秘密を最後まで漏らさなかった。この一点は共通点だ。その部分だけ見て、似た人ばっかりとは。

 浅いと思った拓真はフフッと笑った。


「……話しづらいね。拓真くんは……」


 また拓真から目を逸らすと、陽向は「あ。終わったみたい」と、寒そうに戻ってくる、本日の青空同様、晴れた表情の千穂と瀬里奈を見付けた。






「そう――?」


「うん。せっかく、なったならさ。楽しむよ。俺なら」


 憂と健太プラス2名のお話は、憂がもしも優に戻った場合、したい事……から、もしも3人、性別が変わったら何をしたいかに移ろった。


 有希は、彼氏が彼女になり、性別逆転した場合で語った。

 力でねじ伏せたい。

 どこにでもちょろちょろ顔を出し、どこででもよく喋る健太の口を封じてやる! ……と。

 有希はDV夫になりたいそうだ。


 優子の意見は面白かった。裕福家庭内での教育方針なのか、女子力高めの優子は可愛い世話焼き男子になって、女の子の視線を集めまくってみたい! ……らしい。

 一体、どんなタイプになるつもりか?


 健太の意見は、案外まともだった。

 もしも女子になった時、女子らしくオシャレを楽しんでみたい。こんな事を言って退けた。

 憂の手前という感じでもなく、本当にそう思っているように見えた。


「――ありがと」


「健太――はなしやすい――」


「どいたしまして。まだ、聞きたいけどさ。今度にするね」


「まぁ、健太は話しやすいよね。放っておいても喋るし」


「そうだね」


 優子がクスクス笑い、これが締めとなった。

 憂と回りたい! こんな生徒は、彼らだけではない。


 ……もしかすると、健太が有希と付き合い始める前であったとすれば、彼との可能性を大いに感じさせる。そんなワンシーンだった。


 もしも、これから有希と健太の仲が壊れるような事があったとすれば……。


 いや、仮定の話はよしておこう。



『もしも性別が変わったら何をしたいか?』


 この質問は憂にとって、ツボだったらしい。

 空気を読むことなく、「だんしに――なったら――どうする?」「じょしに――なったら――どうする?」と繰り返される事になるのであった。




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