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245.0話 誰に投票?

 


 ―――12月28日(木)



 放射冷却現象とは、晴れた日にこそ起きる現象であり、朝から激しく冷え込む。

 そんな寒い朝、昨日、行なわれたミスコンの結果が各校舎の玄関に貼り出された。

 足を止める生徒が多く、通行の妨げになっている……が、特に対策は取られていない。


 そんな正面玄関に、異様な集団が近づいてきた。

 白いスニーカーの集団だ。中等部の生徒たちが徒党を組んでいる。目的地が高等部の校舎だと言うことが異様さを際立てている。


「あ。憂ちゃんだ」

「ははは! 本人の姿はほとんど見えないけどな!」


 C棟の生徒たちは慣れたものだ。

 もちろん、その集団は親衛隊の警護を受ける憂が作り出したものだ。


 白のダッフルコートに白のプリーツスカート。小さな顔の輪郭を強調するかのようにマフラーをクルクル巻いた絶世の美少女が、白スニーカーの少年少女たちに囲まれ、ほとんど埋もれた状態でゆっくりと歩を進めていく。とは言え、彼女の前方だけは前が見えるように正面だけは欠けていて面白い。きっと、上から見れば、視力検査の輪っかように見えるはずだ。親衛隊の気遣い能力も日々、向上しているらしい。

 やがて、掲示物の前にたむろし、結果について語り合っている正面玄関に辿り着くと、少女に配慮するかのように、掲示物への道が開いた。


「けっか――もう――でてる――!」と駆け出し、すぐに「わっ――!」

 正面玄関にある小さな段差に躓き、傍に居た親衛隊男子の手によって助けられた。その少年からすれば、ラッキーなハプニングである。


「――ありがと」


 こけそうになった憂は助けられた際、腰に回された手やら掴まれた腕を気にする素振りすらなく、また歩き始めた。いや、さっきは駆け出した為、一応、気を付けてはいるのだろう。中等部の男子に触れられた事にまでは、おそらく頭が回っていない。気になる事ができるとやっぱり他の事には注意散漫になってしまう節がある。


「おぉ――おしい――」


 これがミスコンの結果表を見た第一声だ。親衛隊のメンバーは知っていながら教える事なく、案内に成功した訳だ。きっと。

 このミスコン結果は、朝7時には貼り出され、裏サイトやらSNSなどを通じて大半の生徒の知るところとなっているのである。


「そうなんですよー! 千穂先輩、残念ながら準ミス止まりでした!」


【初代ミス蓼学の栄光は、僅差を制し、我らが現生徒会長・柴森 文乃に】


 現生徒会にとっては素晴らしい結果だろう。


 1位・柴森 文乃 (C棟3年1組)

 2位・漆原 千穂 (C棟1年5組)

 3位・東宮 桜子 (C棟2年4組)

 4位・榊 梢枝  (C棟1年5組)

 5位・山崎 優希 (B棟2年3組)

 6位・茶谷 杏子 (C棟3年7組)


 以上が、結果を貼り出された上位6名である。

 5位の子は、柴森 文乃と並び、蓼学が誇る美女と言われていた少女である。


 6名まで貼り出された理由はちゃこの健闘を湛えたいミスコン運営の気持ちが表に出た結果か。

 何はともあれ、現役の生徒会長がグランプリの座を射止め、次期生徒会長選挙に出馬している桜子が3位。生徒会にとって万々歳の結果だ。

 下のほうには、小さな文字で、今回のミスコンの総括と論評が記されている。


【立花 憂さんの辞退さえなければ、結果は全く別物になっていた筈だ。

 グランプリは問題なく、彼女の手に渡っていただろう。

 彼女が去る事で、彼女に投票される予定であった票は見事に割れた。

 彼女の在籍するC棟の名前が並んでいるのはそんな理由からだ。

 結果、2位・漆原さん、4位・榊さんの他、一覧には載っていない大守さん、小倉さん、一条さんたちに票が散った。立候補した立花さんの関係者が1人だけであったならば、グランプリはその人の手に渡っていたのだろう】


「こずえ――あるね――」


 ……名前が……は、略されてしまったらしい。

 七海と何やら話していた梢枝は、親衛隊の中から姿を現す。


「そうですねぇ……」


 余り嬉しくなさそうに感じるが、大喜びするような可愛い性格は持ち合わせていない。それどころか、どこか迷惑そうだ。憂の辞退がなければ、ひっそりと埋もれていたかもしれない。梢枝の人気は初・中等部女子に集中している。この親衛隊の子たちの中、半数が梢枝に、半数が七海に入れているだろう。


「梢枝さん、おめでとっ!」

「4位でも凄いよねー! 千穂ちゃんも立候補してたから奪われた部分もあるしー」


 ……因みに先輩方だ。先輩からも梢枝さん(・・)なのは、彼女の特異なキャラ故だ。


「ありがとうございます……」


 取って付けたような会釈をすると、「ウチも辞退すれば、千穂さんがグランプリでしたかぁ……」と、眉根を寄せた。辞退できるものならしたかった。憂の辞退は当然、事前に知っていた。自分も辞退すれば、千穂が勝つ可能性が高まる事も分かっていた。だが、その時、千穂は……?


 ……喜んだだろうか?


 確かに憂の票が千穂にも流れた。これは紛うことなき事実。ここで梢枝も身を引いたとすれば、実力以外のものになってしまったのではないか?

 だとすれば、自分も参戦したままで健闘の方が彼女には良かった……筈だ。


 実際はどうだかわからない。


 憂の票を貰った上で、準ミス。それを複雑な気持ちで受け止めていると梢枝は思っている。

 はっきりした事は会ってみるまで分からない。


「ちゃこ――さん?」


 千穂が気になるものの、憂が掲示物の前から離れない。


 ……よって、朝礼ギリギリになり、ようやく憂たちは教室に足を向けた。

 親衛隊が猛ダッシュで戻っていき、入れ替わりで康平やら拓真やら凌平やらが出てきた後の事だった。




「じゃあ、今日は思いっ切り楽しんじゃって下さい!」


「1番楽しむ予定なの、リコちゃんじゃない?」


「あ! わかるわー!」


 わはははは!


 恒例になりつつある、結衣と健太によるリコちゃんいじりは朝礼終了の挨拶のようなものだ。


「もちろん、私も楽しんじゃいますよー」と、ムキになって反論しない利子は、それなりに大人なのだろう。



 利子が去ると、早速とばかりに到るところがミスコンの話題に包まれる。

 それは憂のグループも同じだ。彼女のグループからは、千穂が2位、梢枝が4位。未発表ながら、問い合わせて結果を知った佳穂が8位。いずれも出場者の上位半数に付けた注目の存在である。周囲のグループは、話しつつ、横目で憂たちの様子を窺ったりしている……が、ちょっと前までのいつもの事だ。最近では、少し珍しいかもしれない。普段、憂に話しかけるクラスメイトは激増している。


「千穂――おめでと――」

「んー。ありがと?」

「なんで疑問系?」

「千穂だからでしょ……」

「あ。そっか。なるほど」

「どういう意味かな?」

「まんまなんですケド」

「ちょっと複雑……かな? 憂が辞退しなかったらランキングに載ってなかっただろうし……」

「それ、ランク外のあたしの前で言うかー?」

「載ってましたえ? 載らなかったのはウチですわぁ……。憂さんの票は綺麗に分散してますえ? 明日香さん、ちょっとええですかぁ?」

「梢枝さん。なに?」

「ぷくくっ。スルーの流れだね。佳穂ちゃん」

「千晶。黙れ」

「憂さんの票はどうなりました?」

「分散している。生徒会長にも3位、5位にも流れた」

「明日香ちゃんに聞いたって事は裏サイト……?」

「教えない。絶対にだ。千穂ちゃんは染まらないで欲しい」

「どんなとこだー?」

「……そんなとこなんでしょう」


 ……会話のみで進ませて頂いたが、女子が集まるとなかなか姦しくなる場合が多い。今回も多分に漏れず。そんな女子勢の傍ら……と言うか、憂、千穂、佳穂、千晶のご近所さん四角形の後方、拓真&勇太がそんな女子たちの様子を眺めつつ、語り合っている。


「憂のヤツ、参加出来んでオロオロしてやんの」


 ニヒッと勇太が笑うと、「リードされんと何も出来んからな」

 拓真が憐れむような目で憂の横顔を無表情に鑑賞している。


「騒がしいね。ま、クラスの中からミスコン2位とか出ちゃったら仕方ないかな」


「違いねーわ」


 そこに京之介と圭佑が合流。久々に()のかつての仲間4人が集まった。

 悠長にくっちゃべっているが、それには大きな理由がある。

 朝礼は8:50。文化祭最終日の開幕予定時刻は10時。



 ―――そう。彼ら、彼女らは今現在、暇なのである。



 これにはメイド喫茶の営業取り止めが大きく影響している。出し物や出店がある他所のクラスは右往左往している時間だが、5組は暇だ。メイド喫茶を開くには単純にマンパワーが不足しているのである。10月の文化祭では40人全員が動いて、営業2日目にようやく休憩が回せる状態に落ち着いた。


 ……つまり、人数が減ったまま、多少しか回復していない5組では、営業不可能なのである。他にも憂やら千穂やら梢枝やら、有名人が客を集めてしまう上、憂の警護体制が……など、別の理由も転がっているが、もはや終わった話だ。

 C棟1年5組のメイド喫茶は伝説となったのだ。


「……で?」


 ニヤニヤしつつ、京之介に舐めるような視線を送るのは勇太だ。送られたほうは頭上にハテナを浮かべている。


「ケイは誰に入れたん? やっぱ千穂ちゃん?」


「ちょ! 勇太! こんっ!!」


「声でかいって。女子の皆さんに気付かれるぞ」


 声のトーンの上がった京之介の口は敢えなく圭佑に封じられた。よく喧嘩するが基本的に仲良しさん。

 蓼学が毎年募る、県北部でのスキー合宿に2人して参加する予定だ。

 他の『知っていた者』たちは、憂はもちろん、全員が不参加を決めている。大怪我したら最悪……は、勇太の不参加の理由だが、今は関係ない。バスケに身を粉にする彼なりの理由なのだろう。



「……で、誰に入れたん?」


 女子たちがまだ盛り上がっている事を確認すると圭佑が改めて小声で問うた。

 この質問は憂を除く5組女子立候補者4名の中、誰に1番興味があるかと同義だ。実は何気に際どい質問だったりする。


「……千穂ちゃんだよ」


「ほうほう……。ほうほう……! お前、案外、マジだったん?」


「……ここでは言えない!」


 そりゃそうだ。ほんの2mほど離れたところに千穂の姿あり。誰の耳に入っても不思議ではない。


「人の事より圭佑、お前は?」


「俺? 俺は千穂ちゃんに入れたぞ? 憂が辞退したしなー」


 拓真の質問に律儀に答えると背中を向けていた千穂が振り返り、目が合った。聞こえたのだろう。圭佑は声音を下げていなかった。

 憂の辞退……も聞こえたのか、目が合うとすぐに正面の佳穂に体を向き直してしまった。千穂は千穂で、憂の次点だと言われると複雑なのだ。


 ……憂が振り向いた。マシンガンのような女子トークに付いて行けず、そんな時に千穂が振り向いたので気になったのだろう。


「勇太は佳穂ちゃん?」


 最早、圭佑の声の大きさは変わらない。声を潜める事は放棄されてしまった。


「そ……りゃ、もちろん。オレは一択だったわ」


「間があったぞー!」

「あったね」


 佳穂千晶参戦。混沌と化していく。


「佳穂に聞こえるかもってためらった男心だぞ!?」

「ホントかー?」

「怪しいですね」

「実は小学生に投票しているかもしれませんえ?」

「ちょ……! 梢枝さん、それはない!」

「勇太ロリコン説、ここに爆誕」

「……という事は、勇太くんは佳穂がロリっ子路線に切り替えれば、待たずに襲いかかるのかもしれませんね」

「千晶ちゃん……。それは洒落になってへんで?」

「……誰得?」

「ぐはっ! 傷付いた! 千穂(こいつ)はー! こいつはー!」

「千穂。わかる。こんな平均身長超えたのがロリ路線とか。ところで康平くんは誰に投票したんですか?」

「急に振るなや!」

「それはウチも興味ありますねぇ」

「梢枝さんだったら……「「きゃあああ!!」」

「なんやなんや!? 増えてきたぞ!?」

「それで康ちゃんは誰に入れたんだー?」

「あ。復活してる。もっと叩くべきでした」

「何だとー?」

「優子ちゃんに入れたわ……」

「えっ?」

「ゆっこ! 康平くん、ゆっこ狙ってるんだって!」

「ちゃうわ! そうやなくて、梢枝が巻き込んでもうしわけ「信じなーい」

「じゃあ、凌平くんはー?」

「流さんといてくれ!」

「……済まない。聞いていなかった」

「凌ちゃんは憂ちゃんに入れたの? って話ー」

「……いや、あ……。いや、何でもない」

「めっちゃ怪しいぞー?」

「佳穂、やめてあげて」

「またまた。この千晶ちゃんは」

「佳穂? いじりすぎだよ?」

「あたしは悪者か。そうか」

「うわ、めっちゃめんどい」

「うん。めんどい」

「結衣ちゃんにまで褒められたー!」

「じゃあさ。拓真くんは?」

「優子ちゃん! よくぞ聞いてくれた!」

「そだねー。ゆっこと同じくあたしも気になる」

「千穂に入れた」

「え? なんで呼び捨て?」

「いつの間に? どうしてそうなった?」

「告ったついでに呼び捨ての了解得た」

「「「えぇー!?」」」

「お前……拓……。マジか?」

「拓真ぁ! お前、どうゆうこった!?」

「勇太はん!」

「ちょい! 勇太、落ち着け!」

「……っつー訳で、千穂。文化祭、回るぞ?」

「え……? え? ……うん」

「千穂?」

「千穂ちゃん!?」

「憂とはその後で回るから……」


「「「………………」」」


 ……ようやく混沌の時が終焉を向かえた為、要点を纏めておこう。

 当初の流れは、単なるいじりだ。勇太いじりが佳穂いじりに移ろい、康平へ……。そんな他愛のない会話だ。

 佳穂のロリ路線やらは単なる冗談である。誰得? と呟いた千穂の見解は素晴らしい。絶対に似合わない。


 以降は、委員長コンビ&健太に結衣。凌平まで巻き込み、クラスの大半が参加する大混乱。

 因みに凌平は、憂に投票していないような反応だったが、真相はいずれ判明するのだろう。


 ……そんな中で、だ。



 拓真が千穂への告白を公言した。



 これに対し、千穂の否定は無し。それどころか、拓真との文化祭巡りをOK。

 1度は、憂と千穂の仲を……。どころか、憂と拓真の仲もだろう。そんな心配をし、怒りを見せた勇太だが、康平と圭佑に止められ、その後は大人しく聞いていた。訝しげな顔を拓真に向けたままで。


 憂は……。


 憂は、話の流れに追い付いていない。拓真が千穂を呼び捨てにした事に気付いた素振りも見せていなかった。ただ、妙な雰囲気になった事には気付いているようである。





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