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239.0話 寂しいクリスマス

 


 ―――12月25日(月)



 クリスマス当日の昼下がり。

 眼下を見下ろすと、道行く人々の吐息は白く、男女仲良く手を取り合うカップルが多数、目に飛び込む。異様なまでに男女がペアを成し、楽しげに歩いている。この中には、寂しいクリスマスはごめんだとばかりに彼氏彼女を作った急造カップルも多数紛れている事だろう。もちろん、背後にもそんな人たちが群れをなして歩いている。


 蓼園モールの東館と西館とを繋ぐ歩道橋。ここで少女たちが遠い路面を見詰めている。

 柔らかな雰囲気を醸し出す美少女によく似合う、白黒モノトーンカラー。黒いスカートにデニール高めの黒タイツにショートブーツ。これに白いダッフルコート。毛糸の帽子に合わせるような手袋。指なし手袋が何ともあざとさを感じさせる。


「……高いね。やっぱり」


「うん。わたし、高いところ苦手だし」


 ふんわり千穂の言葉に頷いたのは、男子にツンツンしている割に、服装はどこか乙女チックなポニーテールの少女。無論、千晶だ。

 彼女の服装は窺えない。長めのグレーのコートにすっぽりと覆われてしまっている。グレーのコートから伸びるふくらはぎは、隣で柵に寄りかかり、地面を見つめる千穂よりも少し太く感じるが、厚手の黒いソックスと千穂よりも長いブーツのせいかもしれない。


「………………」


 話を聞かず、【はじまりの地】と刻まれた自作ぽい謎のモニュメント様の石碑……ではない、本当に謎物質をしげしげと見詰めているボーイッシュな少女は、やっぱり佳穂だ。

 野暮ったく見える厚手緩めの黒ジーンズに、腰までの白のダウン。そんなジャケットに両手を突っ込んでいる。


「それ、気になる?」


「……なんで撤去されないんだー?」


 言いながらその腰ほどの高さの黒曜石のようなソレに手を触れると、「冷たっ!」と引っ込めた。反応から察するに、金属なのかもしれない。【はじまりの地】の下には2つのラミネートされたQRコードが貼り付けられており、これを読み込むと1つは憂の公式HPに。もう1つは、梢枝が投げた動画へのリンクが並ぶHPに飛ばされた。既に実証済みである。


「優くんの祭壇と同じなんじゃない?」


 冷たい風になびく尻尾を抑え付け、女子にはデレる千晶が言うと、「そうだね。聞いてみよっか?」と止める暇もなく、手を上げ、人を呼んだ。するとすぐに私服の女性が「ご用事ですか?」と千穂の傍に寄ってきた。康平は不在だ。彼は冬休みでも開放されている学園内。何でも愛のお願いで会っているらしい。しきりに千穂たちに謝り、他の警護の増員を依頼していた。


「はい。あの……これ、なんで置いたままなんですか?」


 康平不在の影響か定かではないが、モール内で過ごしていた1時間ほど前、人混みのフードコートで小さな事件が起きた。いや、起こした。具体的には佳穂が。



 ―――お昼。なかなかの人で賑わう中、窓際カウンター席を3つ確保し、千穂千晶が注文をする為、離席した時の話だ。因みにこの時点で佳穂は『千穂と同じものー』と丸投げしていた。

 そんなお留守番中の佳穂の耳に嫌いな言葉が入ってくる事になる。


『さっきの子って、あの子が出た会見の時、居た子だよな?』


 佳穂には気付いていない様子だった。千穂が歩いている姿を単に見掛けただけだろう。追記すれば、佳穂は千穂ほどの知名度は得ていない。


 佳穂は気にしないよう、背中を向けたままだったが、否が応でも彼らの言葉は聞こえてきた。意識を向けまいとすればするほど耳が向きを変えた。


『すげぇよな。俺、あの会見、感心したわ。すげー可愛いし』


『俺もよ! 感心したわ! 色んな可能性がどーのこーの言ってるけどよ。あの気持ち悪ぃのの耳元に顔寄せてたよな!』


 散々、言われていた。

 人の考え方も思いも無数だと。梢枝と拓真。利子や相棒にも聞かされた。しかし、佳穂はまたも『気持ち悪い(その感情)』が許せなかった。


『お前……。俺が言ってる感心と違うわ……』


 そんなもう1人の声は聞こえず、無言で立ち上がり、『画像見せたろか? 保存してんだ』とヘラヘラ笑う男の胸ぐらを掴み上げた。


『誰の事!? 誰の事言ってんの!? なんでそんな事言われないといけないの!? なんで逆の立場だったらって考えてくれないの!? 憂ちゃ』


 そこで止められた。少し離れて見守ってくれていた黒服と、女性の私服SP3名が割って入ったのだった。


 ……おそらく表沙汰にはなるまい。『千穂に感心した』と最初に話した大学生が存外、柔らかい人物であり、『いえ、こいつもでかい声で変な事言って……。そりゃ、関係者が聞いたらむかつきますよね。よく言って聞かせておきます』と事態の収集を図ってくれたからだ。

 とはいえ、佳穂に喰ってかかれた男は、人前で恥をかかされたと憤慨していたが―――



 この昼食直前の騒動はもちろん千穂と千晶……。どころか、梢枝と康平や学園長などの耳にも入っている事だろう。あの男にも。


「蓼園グループは関与しておりません。憂さまに魅力を感じた誰かがそっと置いていった物であろうと思われます」


 これは、謎のモニュメントの事だ。キレた男には蓼園氏からの裁きが待っているのかもしれない。


「えっと……。誰がしたかじゃなくて、なんで撤去されないか……なんですケド……」


 まだ前置きだった段階で遮られた女性SPだが、千穂に優しく微笑みかけると説明を続ける。


「この歩道橋は確かにこの蓼園モールを繋いでいますが、管轄は市となっております。市が蓼園会長に反意を示す事は有り得ませんので、その一環でしょう」


「あー……」と呆けた声を零した佳穂は思っている事だろう。やっぱり間接的に関与しているじゃないかーと。


「市の管轄だったんですか。知りませんでした。詳しいですね……」は千晶の感想だ。


「いえ、この場所は蓼園グループにとって、本当に特別な場所ですので、聖地化は望むところです。会長にとっても貴女方にとっても……。もちろん、憂さまにとっても……ですね。『はじまりの地』とはよく言ったものです」


 恍惚とし、語ったSPが少女たちを見やると、佇まいを正し「……お察し致します」と言葉を添えた。

 この3名にとっては決して、良い場所とは言えない事をこの女性も理解しているのだろう。


「あの……。ありがとうございました」


 千穂の丁寧なお辞儀を最後に、私服SPはまた人混みに紛れていった。対照的に黒服が寄り、その存在感を高めていく……が、やはり康平ほどの存在感は出せていないのだろう。康平か梢枝が近くに居るときには、無用な罵詈雑言など彼女たちの耳にはほとんど入ってこない。


「……寒いし、寂しい……」


 相変わらず、モニュメントを見詰めたまま、佳穂が呟く。表面には出て来なかったが『クリスマスなのに』と後ろに付いていたのだろう。


「憂ちゃん、遂に生放送出てたしね……」




 ―――地元のローカル番組だった。


 蓼園グループのCMを打つ、肝入りの局なのだろう。その番組の中で先週末、発表された研究成果の第一回目、及び、憂の脳再生と機能回復について包み隠さず記された渡辺医師の論文。

 その事について、自身で熱く語っていた。


『ボク――まとも――じゃなかった――です』


『でも――ちょっとずつ――まともになって――きてます』


『ボクのあたま――なおってきてる――からかなって――』


『はじめて――だって――。そんなの――』


『ふつうに――できるように――なると――』


『たくさんのひと――こまること――すくなくなる――って』


『だからボク――かくしません――』


 何度も何度も放送事故のように、詰まりながらも言い切った憂の健気な姿に感化される者は老若男女、いずれの性別、いずれの年代にも跨がったと聞く。そう例のアプリで総帥秘書が成果を示した。

 思えば、愛から康平への相談は正にこの件なのだろう。またも重大な発表が憂の意思を以て発表されたのだ。あのキーパーソンだった(・・・)姉は知らず、ニュース速報でも呆然と眺めたのだろう。


 これで憂の身の上の危険度が更に一段階、高まった事になったのである。


 1つ追記しておかなければならない。

 脳再生と再構築がセットになった結果、世界中で研究を止めるべきか否かの大論争が巻き起こっている。

 倫理の壁が蓼園グループと連合体、当人であり、研究に身を投じた憂の前進を阻もうとしている―――



「蓼園グループ新CMは年明け。最初のCMだったね。凄く注目されてるみたい」


「……なんか遠くに行っちゃったよなー」


 千穂への気遣いが徐々に薄まっているようだ。

 離れていく憂に対する気持ちは佳穂千晶も同様だが、余り気を遣ってあげると返って良くない……。そんな様子にも見える。


「クリスマスプレゼント。本当に良かったのかな?」


「憂ちゃんが自分ちにそんな文化が無いって言ったんだから仕方ないよー」


 嘘も方便。

「そんな事無かったはずだけど……」と言った千穂は、過去の立花家を知っている。クリスマス楽しみー! みたいにルンルン気分で過ごせば、誕生日同様、壮絶なプレゼント攻勢に遭ってしまっていただろう。

 何を隠そう、この3名も知らない人からのプレゼントを回避する為、この日は学園に行かず、こうしてモールを久しぶりに散策しているのである。

 蓼学も冬休み中だが、当然のように自主学習やら2学期の復習授業やら、普通に行なわれている。だが、夏休みのように創設以来、最高の出席率とは残念ながらなっていない。

 影響力の大きい憂は冬休みに入って以降、1度たりとも学園に姿を見せていないのである。


「あー! なんだって女3人で寂しく過ごしてるんだー! こんな可愛いの3人、揃ってんだぞー!」


 目立つ1mほどの高さの黒い直方体の隣。そこで騒げば、嫌でも目立つ。自身が嫌うナンパ男を引き寄せそうだが、生憎、周囲は男女ペアか親子連れが大半である。

 因みに可愛いの3人と佳穂は言ったが、これは彼女の主観である。

 千穂は幾度となくふんわり美少女と表現されているが、佳穂には『まぁまぁ』が付き、千晶に至っては愛嬌がある止まりだ。


 閑話休題。


 女子3人でクリスマスを満喫する彼女らは何ら気にしていないが、この時、日本では大きな事件が起きていた。



 ―――それは領海侵犯を果たした不審船2隻。


『尚、発見された2隻の不審船の内、1隻は太平洋上を南へ。もう1隻は西へと進路を向けております。いずれも未だ、日本の排他的経済水域内です。それでは現場上空、四国沖の佐々木さん? お願いします!』


 本日未明、同盟国からの通報を受け、関東より南の太平洋上を北に進む不審船2隻を発見。海上保安庁の巡視船が接近し、停船命令を発した。

 船名さえも見受けられない、明らかに漁船ではない中型の不審船はこの命令を無視。日本本土に突き進んでいった。

 これを受け、巡視船は放水を開始。対する不審船は、意に介すことなく、そのまま航行を続けた。


 そのまま上陸を目指すかと思われた頃、日本政府は海上、及び陸上自衛隊の警戒レベルを引き上げると、不審船は突如、反転。あざ笑うかのように、ゆっくりと逃走を開始した。


 増加していった海上保安庁の巡視船は、放水を停止。やがて、不審船2隻は進路を別とした。


 そして、現在に至っている。


「……どう思われますか?」


 ここは蓼園 肇の自室。

 そこにあの男と秘書の姿があった。


「判らん。政府発表では発見は日本ではない。そこがつまらん」


 本当につまらなさそうに感想を口にした。


「憂さまに関係があると感じますか?」


 問われた総帥は、下らない番組でも見ているかのように一瞥する。


「可能性はないとは言わんが薄い。この街は、盆地だ。海は遠い。無駄が多すぎる」


 ……案外、問われた事には律儀に答える男である。


「……とはいえ、一応の準備はしておけ」


「かしこまりました」


『進路を変更! 南へ舵を向けた模様です! まもなく排他的経済水域を脱します!』


 上空ヘリから撮影される映像には、日本の排他的経済水域外と思しき位置で原子力空母を含む同盟国艦隊を映していた。

 その空母から、艦載機が飛び立つ様まではっきりと捕らえている。


『海兵隊機が出動した模様です! 当ヘリは退避勧告に従い、海域を離脱します! ご覧下さい! 我が国の巡視船も不審船から距離を取っていきます!!』


 2人の目付きが変わった。これから、当初は予想だにしなかった映像を目の当たりにするかもしれない。そんな可能性に。






 この日、再三の停船命令を無視し、逃走を図った不審船2隻は、いずれも某超大国の軍事力により撃沈された。


 後に会見を行なった国務長官は、同盟国国民の生命、財産を護る為の防衛行為であると表明。正義を誇示した。

 更には、日本政府に対し、警告を発する。


『腰を据え、本気で護らねば大切なものを失う事になる』と。


 具体的な主語を欠くメッセージは様々な予測、推測を生んだが、不審船の目的そのものを某国は発表せず、また不審船を送り込んだ疑いを持たれた国も、関与を否定しただけで終わり、やがて死者を産んだ可能性のあるこの事件は風化していく事になるのだった。


 そんな憶測を呼ぶメッセージも年明けには、ほとんど報道されなくなり、大統領が定例会見で述べた『庇護を求めるべきだ。今後は干渉を辞さない』という言葉も国内では、全く報道されなかったのである。




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