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238.0話 ローカルTV局にて

 


 ―――12月24日(日)



 お昼前。

 某ローカルテレビ局内の廊下に面する一室。

 ここに【立花 憂 様】と貼り出された控室があり、その扉は3名の黒服により、厳重に警護が成されている。


 今から3日前、研究成果の第1回発表が行われて以降、憂の身辺の警護はより一層、厳重なものとなっている。その指揮を総帥の懐刀が直々に執っている事からも、今が1番、彼女の身を守る上で大切なのだろうと推測される。


 その発表は多岐に渡った。

 何やら憂の血液から発見された絶大な止血効果、及び自然治癒力の向上を促進する新成分を発見。既にマウスによる試験はクリアしており、ヒトにも流用出来るだろうと言う。

 更には唾液からも効用の似て否なる酵素が見付かり、こちらは血液中の成分よりも効果は薄いそうだ。

 この2つは、それぞれ違う用途として使えるらしい。前者は体内に投与する事により、手術中の医師と患者への大きな助けになり、後者は、術後の治療やら一般的な切り傷、擦り傷など、広範な使い方があるらしい。

 他にも再生医療の進歩を格段に促進するであろう細胞やら何やら色々と発表されていた。いずれもヒトが生成した物質であり、危険性が低いと強調されていた。


 ……物凄い量の専門用語が飛び交う発表であり、単純に分かりやすくさせて頂いた。

 いや、もう1点、分かりやすい部分があった。

 それは憂の持つ免疫力。

 赤子は母乳により、強い免疫を貰い、早々風邪も引かない。憂は『再構築』の期間で、それを創ってしまったらしい。これを解明する事は出来れば、人類は遂に風邪さえも克服出来るかもしれないと言うものだった。


 この会見と同日。

 蓼園総合病院脳外科医・渡辺医師が論文を発表し、『再構築』に続いて、今1度、医学界に衝撃を与えた事も、より一層厳重となった警備体制の要因となっているのだろう。



 そんな世間を賑わす元男子な少女は、控室の中にいた。

 ウロウロと落ち着きなく、さほど広くない室内を右足を軽く引き、歩き回っている。


「これで良いのです。万事、お任せ下さい。あからさまに護られている人に手出し出来る者など、そうはおりません。それは個で無くなれば無くなるほどです。世界中に散らばる無数の要人は早々、事件に巻き込まれません」


 幼児のように落ち着きのない憂を目で追いつつ、傍らの和風のうら若き女性に話し掛けたのは、一ノ瀬 遥。

 蓼園 肇は、遂に自分の隣からこの秘書を離し、外遊とも云える憂の支援に当たらせた。何でも『勝負どころだ』とか言っていたらしい。


「それは理解出来ますけどねぇ……。世界一の富豪も時の権力者も早々、殺されません。拉致など、もっとハードル高いですわぁ……」


 この両者。幾度となく意見をぶつけ合っている。時には手を取り合い、時には反発し合い、それぞれの想い、願いを成就させるべく立ち回っている。


「体制に抜かりはありません。貴女が私共を危険因子と判断なさり、憂さまのお(そば)におられても私共には何の問題もありません。(やま)しい事など針の先ほども御座いません」


 梢枝に向けていた顔を憂に戻すと「憂さま……?」と、疑問形の声が漏れた。目を離している内に行動が変わったらしい。鏡を見詰め、(しき)りに手櫛で髪を解いている。


 その髪は以前のような居眠りをすれば寝癖が。わしゃわしゃすればボッサボサ……だった頃より、落ち着きがある。


「……髪の毛、生え始めて14ヶ月くらいですかねぇ?」


「憂さまの新陳代謝は乳幼児よりも激しいので、何倍かしておいたほうが宜しいように思います」


「……何倍しますかぁ?」


「……具体的な数字は出せません」


 頭脳派同士で不毛な会話を始めたが、要するに毛髪の成長速度が速い……と、2人は言いたい。この頃、憂の髪は日を追うごとに大人への階段を上っている。


「うぅ――」


 このTV局に来る前、蓼園商会本社内で美容師により、いつも通りのおかっぱに近い長さへとカットされている……が、何が気になるのか髪をなで続けている。


「……可愛い……ですえ?」


「――そう? よかった――」


 護衛の声掛けにより、その行為は鳴りを潜めた。


「お見事です。憂さまが希望されたと言う、ベリーショートではない為、ご不満なのかと愚考致しました」


「……憂さんの心の内は複雑なんですえ?」


「ご(もっと)もです」


 まもなく、憂は生放送番組に出演する。地元の有名人やら各分野に挑戦する人やらを招き、話を聞いていく趣旨の素人を招くローカル番組だ。

 その番組出演に当たり、髪のセットを気にし始めた。



 ―――きちんと可愛く見えているか?



 これは憂にとって、決して軽くないウエイトを占めている筈だ。今は少なくなったが、学園内でさえ奇異の目に大いに晒された。

 可愛く見えているかを反転させれば、気持ち悪く見えていないか。化け物に見られないか。


 ……こんな感情に苛まれているのだろう。これを完全に理解した上で、梢枝は『可愛い』と憂にとっては複雑である筈のひと言を発したのである。


 きちんと可愛い女の子に見えているよ。そう優しく言われたちっこいのだが、まだまだ何か足りないらしい。右手の薄桜色のリストバンドをにぎにぎし始めた。因みに今回の衣装は立ち上げ直前まで急支度中のブランド『YUU』が発表する予定の、実に中性的な服だ。下衣は、黒の腰履き出来そうなハーフパンツに黒のレギンス。白いスニーカー。上衣は白の丸首長袖シャツに黒のベストを合わせている……が、関係のない話だ。


「……大丈夫。傍に……居ますえ?」


 梢枝は知っている。リストバンドの下には千穂が初めて髪を結ってくれた時のヘアゴムが隠されている。今はまだ流れていないCMの撮影の時にも、何度も何度もリストバンドに触れていた。


「これも……ありますえ……?」


 憂が外行きに使っている小さなリュックサックに結わえられているのは、小さな小さな巾着袋だ。梢枝は、その赤い巾着を丁寧に外すと憂に手渡した。


 その瞬間、外からのノックの後、黒服が顔を覗かせ、「スタジオ入りだそうです」と伝えてくれた。

 即座に「行きますえ?」と、短く伝え直される。少女は目を閉じ、その巾着袋を可愛らしい小ぶりな鼻に寄せるとすぅぅ……と、息を吸い込んだ。


 一転。閉じられた両目を開くと、テンパりかけていた表情が引き締まっていた。覚悟を決めたのだろう。落ち着きのない子どものようだった憂は何処かへ旅立った。ここに居るのは、凜々しい絶世の美姫だった。


「すみません。タイミングが良かったやら悪かったやら……。この匂い袋、元の位置に(くく)っておいて下さい」


 大切そうに両手で巾着を受け取った梢枝は、そのまま遥に。彼女もまた、両手でそっと受け取ると「確かにお預かり致しました」

 こう言って、控室を後にする両者を見送ったのだった。



「やはり、ご学友……。いえ、友だちと離れ、寂しいのですね……」


 総帥秘書の厳しくもどこか優しさを湛えたようにも見える両眼は、両手の内でかぐわしい香りを放ち、存在を主張する小さな小さな小袋を見詰めていたのだった。






 控室を抜け、両側にドアの並ぶ何の変哲もない廊下を黒服に挟まれ歩いていると、「あぁ――」とか「うぅ――」とか聞こえ始めた。

 覚悟を決め、凛々しく発った筈だが、出演の時が近づくにつれ、またヘタレていってしまっているようだ。


「ウチも……おりますえ?」


 憂の右手を取り、優しく手を引く梢枝は苦笑いを隠せない。慣れるには当分、かかりそうだ。かかりそうだが、慣れる事はないだろう。

 憂は純度100%。混じり気1つなく生放送などには向いていない。今は全国放送のキー局からさえ、収録、生を問わず出演依頼が届いているが、いずれは収録のみに変わっていくだろう。

 小首を傾げ、思考する様は確かに庇護欲を掻き立てるが、TVの特性上、延々とそんな様子を繰り返すわけには行かない。


「――うん」


 ……随分と返事に時間が掛かった。千穂の言葉はスムーズに入る事が多いが、梢枝の言葉には時間が掛かる場合が多い。

 梢枝は理解している。

 これは憂があの子を目で追い、話し掛けてくれる時を待っているからだ、と。

 それは憂での中の存在の大きさの違いの証明。とも謂えるのかもしれない。


「あれ? 君って、もしかして憂ちゃん? もしかしなくても憂ちゃんだよね? めっちゃ可愛いなー!」


 黒服をさして気にせず、梢枝の近づくなオーラも見えず、何やら横を刈り上げたツーブロックの格好の良い青年が話し掛けてきた。配慮なく話し掛けられてしまい、憂の足が止まった。

 梢枝はスマホを開き、時間を確認すると残念そうに眉尻が下がった。きっと、余力十分だったのだ。逆に言えば、話す時間が残っている。


「ゆっくりと話して頂けますかぁ? お名前をご存知ならば知っておられますえ?」


「あー……そうだったね。いや、ごめん! 憂ちゃん? 可愛いね」


 梢枝に両手を合わせ、謝意を見せるとすぐに憂にもう1度アタックを仕掛けた。今度は配慮ある形で。


「――ありがと」


 驚くべき進化だ。憂が社交辞令を返した。内心はめんどくさいくらいに思っている筈だ。現に顔に出てしまっている。


「可愛い声……。すっげー。完璧少女って聞いてたけど、こりゃマジだわ」


 この男。実はかつて、全国放送の戦隊ヒーローものに出演していた経歴を持つイケメン俳優。だが、それ以降は思ったように役が貰えず、地元の蓼園市に戻り、ローカルスターとして活躍する有名人なのである。戦略変更は吉と出たらしい。


「それで、何の御用ですかぁ? これから憂さんは生放送なのですけれど?」


 そんな地元のヒーローを見る京都訛りの女性は冷たい目線を送っている……が、通用しない。


「――すっ、げー?」


「憂さん? その言葉は……ダメですよ?」


 怒る。姉が。


 梢枝と黒服が存在感を放つ環境だが、男はしげしげと憂を眺めては「すごいわ。うん。全国的な人気の女優さんとかも見たけど、これは同じレベルで立ってない」などと感心している。


「憂さん? 行きますえ?」


 これ以上は無駄と判断したのか、憂の手を引くと「待って!」

 男が空いている左手を取った。敵意は無い……が、黒服に動きがあった。手と手は繋がれたままだが、これ以上の接触はさせまいと壁を創ったのである。


「ご飯! 終わったらご飯行かない!? 奢るよ!」


 ……どこまでもある意味で強者らしい。もしも彼のナンパが実り、そんな展開になったとすれば、彼にとって問題だ。憂はまだ16歳なのである。


「俺の事、知ってるよね!? 芸能人なんだよ!?」


 段々と必死になってきた。数多くのキレイ系や可愛い系の女性を見た彼からしても、憂は放っておけない、捨て置けない存在らしい。


「この蓼園市では有名ですねぇ……。ですが、こちらの憂さんは世界的に有名なお方です」


 ばっさりと切られた。もはや梢枝もめんどくささを全く隠していない。


「ご飯! お金あるよ! ご飯だけじゃなくて何でも買ってあげるよ!」


「憂さんには蓼園グループ総帥の支援があります。あの御仁は貴方よりもよっぽどお金を持っておられますわぁ……」


「じゃあ! じゃあさ! ちょっと姿見せてよ! 俺の顔見て! 自信あるんだ!」


 必死になってしまった代償か、手に汗握ったイケメンローカルスターの手はぬるりと、憂の手から離れてしまった。


「もう時間切れです。失礼します」


 進み始めた一行に「絶対に落としてやるからなー!」と捨て台詞を吐いた彼は、視線を塞ぐ黒服を避け、憂の後ろ姿を捉えられる位置に移動すると……。


「うぅ――」と左手をズボンで拭う憂の動作を目の当たりにしてしまったのだった。






 パシャパシャとお手洗いの洗面台で手洗い後、収録スタジオ入りした憂に地方の業界人たちが「「おぉ……」」と感嘆する様子を見せると、本日の対談相手……と言うか、司会の大人っぽい綺麗なお姉さんが「おはようございます!」と笑顔で出迎えた。

 散々、聞かされているのだろう。本日のゲストの特性を。


 儚い外見ながら事情により、注目を嫌う事。

 それでも想いを吐露する為、生放送出演を決めた事。

 言語障害を持ち、言葉の出が悪い事。

 理解も悪く、カンペを頼りに本番に望む事。


 ……とまぁ、要するに色々だ。


「――おはよ? あれ?」


 言いたい事は分かる。司会のお姉さんも業界人だ。なので、当たり前に使ったが、時間的には『こんにちは』が正しい。


「あはは……ごめんね。こんにちは!」


「こんにちは――」


 どうやら優しいお姉さんのようだ。まだ小さな―――そう見える―――女の子に向ける眼差しが示している。子ども好きなのかもしれない。


「今日は……よろしくね」


 ゆっくりと話してくれた。蓼園グループをスポンサーに持つTV局。その事実上のCEOが最大のクライアントと公言する少女。下手に扱うわけにはいかない。

 だがしかし。憂は握手の為、差し出された右手を凝視し、固まってしまった。


 ……相手が綺麗なお姉さんだからだろう。ほぼ間違いなく。


「憂ちゃん?」


 小首を傾げた。お姉さんが。

 頭の中は疑問符でいっぱいだろう。つまり、彼女は忘れている。憂が元は男の子だと言うことを。


「あ――!」


 我に帰ったらしい。「よろしく――おねがい――しまう――!」と慌てて手を握った。

 司会とゲスト。なかなか時間が掛かったが、握手完了。噛んだ事は気にしないであげて欲しい。


 ……きっと、繋がれた2人の手の間では、先ほどのローカルスターと逆の現象が起きている。今度は憂が手に汗を掻いてしまっているだろう。司会の女性が嫌な顔1つ見せないのは、緊張に固まる初々しい少女を微笑ましく感じているか、大人としての対応のどっちかか。


「こっち……おいで?」


 繋ぎ合った手をそのままに、憂は手を引かれ、セットに足を踏み入れた。きちんと、段差を越えられるよう、立ち止まりフォローしてくれた。出来る女性である。


 セットの上。そこはひと際、(きら)びやかな世界。光が集まる舞台だ。


 そこの背の高い、気持ち程度の小さな背もたれの付いた、座面が円形の本番で使用される椅子に「どうぞ?」と案内される。外野ではカメラテストなど行われているのであろう。


「――はい」


 返事する声が震えていた。覚悟は決めれど憂は苦手だ。人前で話す事が。

 その背の高い椅子に座ろうと反転し……、座れなかった。両手が健常であれば、両手を付き、よいしょと座る事の出来る代物なのだろう。だが、憂にはそれが出来ない。


「うぅ――むり――」


 比較的静かなスタジオ内、憂の声はヤケに響き、本番前にも関わらず和ませた。

 この番組を作る側も今回のこの生放送には、並々ならぬモノがあった。空気がピンと張り詰めていた。当たり前だ。ゲストはスポンサーが最大限、大切にしている少女なのである。失敗は許されない。

 それが一段階かそれ以上か緩み、適度な緊張感へと落ち着いてしまったのである。


「癒やし系ね」


 お姉さんは自然な笑顔で、憂に近づき、脇に手を回し、高い高いの要領で少女を椅子に導くと、目線を合わせ、緊張感を解してあげるべく、雑談に興じ始めた。


 ……憂はお姉さんに応対しつつも、助けを求めるかのように時折、梢枝に目線を送ったり、リストバンドに左手を伸ばしたり……と、落ち着きがなかったが、段々といつものちょっと抜けた感じを取り戻していったのだった。


 因みに、この生放送に駆け付けそうで駆け付けられていない総帥と姉だが、2人は対談中だったらしい。何でもTV局前で、バッタリと出くわしてしまったそうだ。今頃、愛は妹が勝手に決めてしまう現状への不満を吐露し、今後について深く話し合っている事だろう。




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