236.5話 新たな契約
令和元年七月十日、挿話致しました。
なんか、女性が部屋に上がる機会、増えた気がする……。
気がするじゃなくて、そうなんだけどな。
前に千穂ちゃん来たやろ?
梢枝と仲直りさせにきたし、掃除も。
その梢枝は……まぁ、置いといて。あれは異性っていうより、大魔神みたいなもんよ。
大魔神は微妙やな。
閻魔さまのほうがしっくりくる……けど、ちょっと違うな。小閻魔さまだ。うん。我ながらナイスチョイス。
何でもお見通しってどうなってんだ。あいつ。
千穂ちゃん以降、憂さんが1人でこの部屋を訪ねてきた。もちろん引っ越し前の話やで。
あれだ。梢枝は当然、把握済みや。玄関先の憂さんを物陰から見とったし。俺を殺しそうな目で見て牽制してから……。
牽制ってか、嫉妬的な部分もあったんだろうけど。なして康平さんのところなんや! ……ってか。
『憂さんは周りの人間のこと、よー見てますえ? 良かったですねぇ。相当、信頼されてますえ?』
……だそうだ。
憂さん、俺の部屋から立ち去る時……?
違うな。立花さんちに戻る時な。
エレベーターのコマンド覚えてなくて、泣きそうな顔して『つれてって――』とか。
…………。
可愛すぎるやろ。
でも、エレベーターで2人切りの状況になってまう。右往左往しとったわ。はわわ……ってやつだろうな。あれが。
結局、梢枝が出現。ご案内ーってわけやけど……。
ん? なして帰るときのとこに飛んでんの?
これだろうなー。説明下手言われる理由。
せや。理由や。ホンマかいな?
『憂さんは康平さんを心底信頼されていますえ? けれど、最終チェックが残ってはったんやろなぁ……。1つだけ拭いきれない不安の部分。康平さんが男性であることが……』
そのチェックをしに来た……。
まぁ、それはその後の契約変更で実証された形か。
――ワイは……。俺は憂さんの護衛じゃなくなった。
憂さんは護衛対象者の立場から依頼者になった。
契約内容はこうだ。
漆原 千穂を筆頭に、仲間、クラスメイトを守って欲しい。
憂さんの最終チェックが終わったあとに依頼してきたんだ。憂さん本人が。
今もその感触を思い出せる……ぞ? 困ったことに。
憂さんの不安は梢枝が言った通り、俺が男だってところだった。
男の俺が千穂ちゃんの警護。男は野獣になるかも知れへんからな。石橋叩いたんはええ判断やで。ホンマに考えてはるわ。憂さん。
でもその方法が悪いわ。
訪ねてきた憂さんは、康平、強い? ……と。いきなりやで。
ほいで、腕とか太ももとか触り始めた。ワイの。
当時、ターゲットだった憂さんのやることや。止めるわけにも行かず、どうしたもんか思うたわ。
おぉ……とか。
すご……とか。
こん時は間違いなく消えてたで。自分が女子になったってこと忘れて、普通に知り合いの筋肉すげーって褒めてる感じだったわ。
5分くらい触りまくられた。
抵抗もなにもしなかったわ。腹筋に手が伸びるまでは。
憂さんが腹筋触り始めたから、声を掛けた。それ以上はまずいでっせ的な意味を込めて。
『あ――! ごめん――』
夢中になっとった憂さんも我に返って。
ガラステーブル越しの最初の位置まで距離取って……。んで、ガラステーブルに肘付いた。
腕相撲や。
自分でも勝てへんのは、よう解っておられますえ?
つまり、身体的接触を行なうことで千穂さんが安心安全か試されたんです。
こんなこと言うとったなぁ。
千穂さんよりもロリっ子だということは忘れておられたかも知れへんけどねぇ。
あぁ、ロリなんは理解されてる思いますえ?
……なんのこっちゃ。
ほいで腕相撲の開始や。
…………。
まぁ、負けようがないわな。手ぇ抜いたらバレんわけないし。
『康平――つよい――!』
むしろ、憂さんが弱すぎなんやで? ……って言ってもそれは折り込み済なんやそうな。梢枝が言うには。
まずは右手だった。めっちゃ柔らかくて、争いごとになんか全く向いてない手。
それは左手も一緒や。
左手でビクともせんワイの左手。
段々、『うぅ――』とか唸り声上げ始めて。意地になってきた。
……ような感じに見せかけた?
左手1本じゃどうにもならん。だから右手を添えた。もう腕相撲じゃなくなったわ。
自分の体重を掛けて左肘をテーブルに置いたまま『んん――』って。
次には左肘を離して、左右両方の腕を使って。
……弱いんよ。それでも。
それなりに力あればフリでもしたんやけど。負けるフリ。でもあかんかったんや。そんなレベルじゃなかったわ。
そしたら全力をワイの左手に集中し始めた。
全力言うより、全体重?
具体的に言うと……。
両手でワイの左手を握ったまま、体で押し始めた。
『んぅぅ――!』とか言いながら。
ふやふやのお腹で。
最後には……ブラしてる部分で。
めっちゃ一生懸命に。
しっかりした造りの布の奥の柔らかい感触まで伝わってきたわ……。
全力は本当だったんや思う。
それ始めてから3分ほどかいな? 押しても押しても動かないワイの左手から自分の小さい体を離すと憂さんは満足そうだった。
呼吸こそ荒かったけど、めっちゃ穏やかな顔してたわ。
そのすぐあとに、ちょいと赤くなったけどな。
『――康平――つよいね――』
『ぜんぜん――うごかない――とか――』
『つよい――康平に――おねがい――』
『千穂を――』
『千穂たちを――まもって――?』
千穂を……を言い直したんは、憂さんの複雑な部分やで。照れもあった思うわ。
ワイはこのお願いを受け入れて、蓼園さんとの契約を破棄。憂さんをクライアントに契約し直した。
その違約金も憂さんが持ったんやで。
あの人のことやし、金は有り余ってる。でも、そんなはした金どうでも……みたいなことにはならんかった。
憂さんに契約の大事さを教えてくれはったんやろうなぁ。
んで、梢枝が冷たいんはこのあとのひと言のせいや。
『梢枝には――ないしょ――』
……それは無理や。物理的に。どの道、憂さん絡む案件なんや。梢枝に内緒とか無理無理。
バカ正直にあいつに言うんやなかったわ。
情報の共有は絶対に必要だから……と、憂さんを説得。納得してくれた……けど、『康平さんのほうが信頼されてるんむかつきますねぇ……。さぞかし、気分のええことでしょう』
気分悪いわ! お前のせいで!
高校受かった時みたいに『兄さん、おめでとう』くらい言うてもええやんか!!
……そういや、あいつ、兄さん言わんくなったな。
まぁええわ。
んで、ワイの部屋に1人で入った女性は4名。千穂ちゃん、梢枝、憂さん。
4人目は愛さんや。
……最近、どうなってんですか? ちょくちょく訪問してくるんだ。愛さん。
いい加減、やばい。ワイかて男やで。
『康平くんと一緒だと安心する』
衝撃のひと言や。
確かに色々と相談乗ってるわ。でも、下心とか抜き。ちょっと前まではターゲットのお姉さん。今はクライアントのお姉さん。
……どっちにしても顧客にとっての重要人物や。キーパーソンやで。憂さんの。
そろそろ距離を空けてかんとマジでまずい。
『康平くん』
あー……。愛さんがワイを見る時の顔を思い出すだけで赤面してまうわ。
綺麗で一生懸命な人だからな。しかもサバサバしてるのに女子力高い。
非の打ち所ないやんか……。
……とにかくワイは受け身や。受け身で過ごすで。
逆上せ上がってしもうて、憂さんの依頼こなせんかったら目も当てられん。
梢枝が何度も何度も言った言葉。
あいつはワイに応えろ言うてんのや。
信頼に応えろ……と。
憂さんは大切で大切で仕方ない千穂ちゃんのこと、ワイに任せてくれた。
もちろん、理解しとるで。
梢枝の言うた通り、それは信頼の証や。
……任せとき。
ワイが全部蹴散らしてやるで。




