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229.0話 試合の裏側

 


 部長さんにお願いがあります。

 いえ、その前に確認ですが、来ておられますえ?



 はい! もちろんです! 憂さんの晴れ舞台! 見逃す訳にはいきません!



 ……そうですかぁ。見逃してしまう可能性がありますので、他の方を当たりますわぁ……。



 え!? 待って下さい! せめてご用件を!



 聞いてしもうたら責任感の強い貴方の事。間違いなく見逃しますえ?



 聞かせて下さい! 聞きたいんです!!



 ……そうですかぁ。

 それではお伝え致します。

 この大体育館、観客席(・・・)の中に、憂さんとグループメンバーに危害を加えようと企む(やから)が紛れております。ターゲットとしては、むしろ今回は憂さんではなく、メンバーの方かもしれませんねぇ……。



 間違いないのですか?



 残念ながら『ほぼ』間違いない……です。

 十中八九。いえ、百中九七から九九くらいの可能性です。

 輩4名は、本日、出席を確認しております。更に、この放課後、東西南北の各門、通過されておりません。

 よって、未だに敷地内に存在します。

 このバスケ部さんとの試合をチャンスと踏んでおりますわぁ……。

 その輩たちを見付け、ウチに伝えて欲しいんです。接触の必要はありませんえ?

 ウチら以外の警護は蓼学生違いますので、人海戦術は取れません。困っているんです。



 警備さんや先生方には?



 ……無理ですねぇ。

 あの人らは既に警察の内偵捜査中……。ですが、それを知るのはウチらみたいな一部の者です。

 よう考えてみて下さい?

 もしも先生方が知ったら普通に授業など出来ませんえ?

 警備隊もそうです。警備の方々が輩の教室近辺をウロウロ……。出来ますかぁ?



 ……無理、ですね。

 その相手とは誰ですか?



 部長さんはもちろん憶えてますえ?

 先日、1年5組全員に送られた脅迫状の事を……。



 もちろんです!

 我々、学園内の騒動を未然に防止する部が全盛期と変わりない戦力を有していたならば、机に手紙を入れたところを現認出来ていたと悔やんでいます!

 ……その連中なんですね?



 はい。そうです。

 輩は4名。男子3名、女子1名のクラスも学年もバラバラの生徒たちです。

 それで如何です? 協力して頂けますえ?



 親衛隊には?



 部長さんでもライバルの事が気になりますかぁ?

 親衛隊には伝えられません。伝えた途端、大騒動ですわぁ。それに親衛隊には小さな子どももおりますよって……。メインは中等部やけど。



 小中学生の親衛隊には出来ない仕事……!

 喜んで引き受けさせて頂きます!



 そう言って頂けると信じてましたえ?

 それでは画像の送付及び詳細な情報をお伝え致します。



 はい! お願いします!




 このメールのやり取りから時間は経過し、後半も始まってしまった。


(くそっ! どこだ! どこに居る!?)


 例の部の部長は、額に薄っすらと汗を掻いている。動きもせず、じっと双眼鏡を覗き込み……或いは、肉眼で出入りする者をチェックし続けている。運動による汗ではない。焦りが彼に熱を帯びさせている。


『2号です! 部長! やはり東ブロックには居ません! 現在南東にて待機!』


「続けろ! 必ず犯人はこの中に居る!」


 そう信じていると言い換えられるかもしれない。梢枝が観客席に……と、メッセージを届けた。だからこそ信じ、探し続けている。


『あの……部長。4号ですが……1つお聞きしたい事が……』


「どうした!?」


『あのニュースで銃弾が何とか……。危険なのでは? 銃撃の可能性も……』


(……何と言う事だ。残った我が部の精鋭たちも腑抜けてしまったのか!?)


「よく考えろ! 警察は内偵捜査中だぞ!? 送りつけられた銃弾が本物であれば、そんな悠長な動きはしていない! とっくに逮捕されている! 思考しろ! 1を聞き、10を知れ! 1を見て10の危険を察知しろ! それが憂さんの危機回避に直結する事を忘れるな!」


『はい! すみませんっ! 西ブロックの確認終了!』


『よし! 2号はそのまま4号と共に南を東西から攻めます!』


(いいぞ! 予定通りだ!)


『頼む! 3号、5号は引き続き南ブロック出入り口にて、出入りする者を照会せよ!』


 円形(オーバル)の客席はグルリと周回出来る構造。少ない人数……。走り回る方法もあったが、見落とすリスクが高すぎた。

 この中で絶えず場所を変えているかも知れない犯人4名を発見するには、この方法しか思い付かなかった。東西から南北へ。数ある出入り口を見つつ、目の良い2名で客席を確認……。北側は前半戦で終了。今現在、南側での捜索に移った。

 部長である1号と3号・5号。出入り口監視班は双眼鏡を覗き込み、他の出入り口を警戒しつつ、自らが立つ通用口を確認している。


(これが最良……なのかなぁ……。もっといい方法があったのかも……)

(走り回ったほうが良かったんじゃ……って思って……)


『2号ですぅ……。見付かりませんー……』


(いかんっ! 部長である私がこんな事でどうする! 4人を導け!)


 怯みかけた感情を殺し、「泣き言を言うなっ! 慎重に1人ずつだ! 落ち着いて照会していけ!」と、数少なくなった部員を激励する。何もせず、愚痴ってばかりいた入学当初の彼の姿はない。弱気が顔を覗かせる事もあるが、可能な限り押し留め、感情をコントロールしている。


『5号です! 本当にこの中に居るのですかっ!』


「居なかったらそれでいい! 未だ、東西南北いずれの門も通過したと言う連絡は無い! 気を緩めるなっ! 我々の動きにより、犯行に及ばねばそれでいい!」


『……そうですね。そうですね! 防げばそれでいい!』


 指示を出しつつ、双眼鏡を覗き込む。

 南側で張り、北の出入り口の監視を続ける。


(……早く! 早く見付けてくれ!)






「「うわぁぁぁぁ!!!」」


 大歓声が大体育館に木霊した数分前。

 憂の再出場を知り、双眼鏡を向けたくなる気持ちを抑え、彼は探し人を継続する。


 第4クォーターも半分以上を経過した。バスケに詳しくない彼は思っている事だろう。

 なんだよぉ。このクォーター制って……と。

 そのクォーター間の僅かな時間でトイレ休憩に立つ生徒が多く、途端に忙しくなる。それどころか、第2Qと第3Qの間には、15分もの休憩があり、実に出入りが激しかった。


 本当に見落としてないのかなぁ……。

 横を通り過ぎてたりしてないかなぁ……。


 脳裏をよぎる嫌な予感を封じ、双眼鏡から目を外す。叱咤してばかりだが、本当は頼りにしている部員たちを見下ろし、その探索位置を確認した。


 憂が何かしたのか、またも歓声に包まれる中、インカムが2人の声を耳に届けた。


『部長! 2号、まもなく4号と合流します!』

『4号です……。未だに見付かりません……。実は居ないとか……』


 憂の活躍の様子は後でDVDを配布してくれる約束。梢枝は約束を違えない。敬愛する少女の勇姿は何度でも繰り返し視聴出来る。


『4号です! 発見! 発見! ……馬鹿、声を落とせ』


 興奮を隠せない4号のインカムからだろう。続き様に2号の音声を拾った。

『2号です。画像の女子を発見しました。如何致しますか……?』は、改めて捕らえたものだ。


 2号の報告を聞き遂げた1号(部長)の顔付きが変わった。安心は束の間に終わった。


『女子1名のみだと!? 男子3名はどうした!?』


『接触します!』


「4号と共に慎重に行け」


 接触よりも連絡を。発見した高揚感か、女子のみだった動揺か、部長はGOサインを出した。


『了解』


 双眼鏡を覗き、2号と4号を探すと、本当に真ん中で発見した。階段を上がり始め、その先で脅迫と云う犯行に及んだ女生徒を探した。


(…………)


 しかし、見えるのは後ろ姿のみ。


(後ろ姿ばかりでどの人か分かりません……)


 しっかりして頂きたい。


『あの……すみません』


 ようやく、どこに居たのか判明した。同時に足を動かし始めたが、「「「わぁぁぁぁ!!」」」と、大歓声に足止めされた。聴覚に集中せねば、聞きこぼす。


『僕、学園内の騒動を未然に防止する部の者ですが……』


(それ言ったらダメだろ!?)


 内心のツッコミが聞こえたかのようなタイミングで、女生徒は身を翻し、階段を駆け上がり始めた。


『逃げた! 目標は逃走! 3号! そこで止めろ!』


『はっ! はい!!』


 階段を駆け上がった先には、3号が張るA-2と書かれた通用口。そこで3号が女生徒の進路を塞ぎ、4号が飛びかかった。


『そのまま、外に引き出し、聴取しろ! 各員、A2出入り口に集まれ!』


 ピィィィィ!!

 直後に試合終了のホイッスル。


 部長の予定が狂った。女生徒のみの発見。彼女は、きっと男子3名の居場所を知っていると踏んでいた。だが、彼女を聴取する時間の余力は消え去った。


(分かった! 分かった!! 退場を狙うつもりだ!)


 閃きだ。追い込まれた時、ようやく気付いた。ずっとトイレか空き部屋か……。そんなところに潜み、その時を待っていた……と。梢枝は何らかの理由で違う指示を出したのだと。


『お前らは女子を確保! 5号とあと1人は、5組の退場する通路に向かえ!』


 指示を出すなり、駆け出していた。

 パズルのピースが組み合わさっていく。

 梢枝が襲撃のタイミングを教えてくれなかった理由も全部。

 最初から梢枝は、控室への通路だと予想していた。

 でも、もしかしたら部で見付けられるかも……と。それなら穏便に済ませられるかもしれないから……と。


(返り討ちにする気だ! 康平さんの力で!!)


 そうは行かない。梢枝が穏便に済ませたい理由はともかく、その前に発見、犯人を諭さなければ。

 緊急逮捕ではなく、自首させないといけない。きっと梢枝にとってそれがいい。それは憂にとってもそうなんだ……と。


 観客席から続く階段を降り、息を切らし、【しーとういちのご】の控室のある筈の通路に突入する。


(居たぁぁぁぁぁ!!!)


 T字路に潜んでる3人組。その手はポケットの中で何かを握りしめているようだ。

 今、正に更なる罪を犯そうとする男子たちを見た部長は、インカムにそっと手を触れた。


「見付け、たぞ……。お前ら……僕に何かあったら……その……頼むな……」


『部長!? どこですか!?』

『無理しないで下さい!!』


 直後、背を押すかのように、会場内から柔らかな拍手が降り注ぐと、部長はつかつかと彼らに近づいていった。


「貴様らは屑か!? 罪に罪を重ねるな!! 悔い改め、やり直せ!!」


「なっ! なんで……!!」

「やばい!」

「おっ……おれ……」


 いきなりの部長の登場に狼狽する3名に頭を下げた。


「……自首、するんだ。頼みます……。お願いします……」と、懇願とも謂える依頼をした時、「うわっ! ビビった!! 何しとんの? 部長さん、友だちかいな? 仲良うやってや……?」と、康平が先頭切って現れ、目を丸くしてみせた。


「こんにちは」

「わっ……。曲がり角に居ると危ないですよ……?」


 続いてT字路に差し掛かったのは、カメラを首からぶら下げた女性2名。


「……うっす」


 拓真が鋭い目付きで会釈をすると、どんどんと部長が敬愛する5組の生徒たちが姿を見せた。


「ごめーん。あたし、ちょっち向こう……」

「おしっこ?」

「千晶ぃー!」

「図星だった。付き合ったげる」

「さんきゅっ!」

「ウチもお手洗い行っておきますわぁ……。皆さんは早う、控室へ……」

「あー。ワイも行っとくわ」


 部長は護衛2名の意図に気付いたらしい。ポケットに入れられたままの脅迫犯3名の手を掴むと、その手を出させた。素手を……だ。鋭利な何かはポケット内、独り寂しく過ごしている。


「――――?」

「……緊張感も過ぎ去ってしまったからな。致し方あるまい」

「じゃあ、先に行きますね。憂……ほら、おいで?」

「――うん」


 憂の姿を見ると安心感からか、部長の涙腺が緩んでしまった様子だが、憂の眼中には入らなかった。こんな目には何気に慣れてしまっている。


「……いけませんねぇ。靴紐が……。佳穂さん、千晶さん、先に……」

「ごめんっ! 行ってくる!!」

「あ! ちょっと待ってよ!」


 佳穂と千晶は先にお手洗いへ。他の皆は護衛と成人女性3名を残し、控え室へ。

 犯人3人は俯いたままで固まってる。


(……3人の女の人。誰?)


 これが偽りのない部長の気持ちだ。


「部長さん? よーやってくれはりました」

「あんたらあかんで? 全部分かっとるわ。あんさんらも知っとるんやろ? 警察が嗅ぎ回ってるって」


 通路からメンバーが消え、労いの言葉をくれた護衛の2名。

「……あれ? どうなったの?」と、その2名に問いかけたのは部長にとって、謎の女性。


(実はどうしてこうなってるのか、いまいちピンと……。それより! あなた方はどなた様ですかー!?)


「彩さん? 終わりましたわぁ……。そろそろ男バスさんも退場してくるよって、一旦、お任せしますえ? あちらの控室が空いてますわぁ」





「「「………………」」」


 何がどうしてこうなった? 例の部の5名は、選手控室とか入ったのは初めての経験だろう。きちんと横並びに整列し、顔を見合わせている。

 その5人の向かいには例の脅迫犯4人。


 その間には女性が2名。総員11名から少し離れ、壁際で口元を隠し、スマホを耳に当てているのは彩だ。

 そのスマホを耳から離した。通話が終わったのだろう。


太藺(ふとい)社長? そろそろご説明差し上げねば……」

「あー……。うん。説明ね。うん。どこから話せばいいのか……。それより、フトイじゃなくて、彩って呼んで下さい。君たちもこれ、どうぞ」


 名刺を差し出されると、明らかに緊張した様子で受け取った。震える両手で。

 名刺の受け取りなど、高1の彼には初めての事なのだ。


「えっと……! その!」

「部長……しっかり……」


 何を言えばいいのかまとまらない。そんな部長に2号が落ち着けとやたら冷静な声で言っていた。


「えっとぉ……。まずは部長さん! 本当にありがとう!」


 いきなりの握手。部長は間違いなく女性への免疫がない。きっと、彩の手の柔らかさに動揺している。


「貴方がたは立花様がご帰宅されれば解放致しますので、それまでのご辛抱を……」


 これは彩ではなく、女性の片割れの言葉だ。「今回の件。蓼園会長より、内密にするよう仰せつかっております」と続けた。2つの会話があり、少しややこしい。


「よく止めてくれたよねー! 部長さん、凄い勇気!」は、彩と部長のやり取りである。


「え!? あ! はい!」


「ん? 向こうが気になっちゃってる? じゃ、とりあえず聞こっか? 状況も分かると思うし。あ、待って下さってた。どうぞ!」


 気にならない訳がない。ポケットの中の物。それが何かは想像が付いている。その凶悪犯罪に手を染めかけた3名を解放しようと、名前も知らない女性が話しているのである。

 ……それよりも先程握った手が気になるのか、どうぞと話を促した彩の手を凝視している。


「この第2の犯行については誰も被害届を出しません。被害そのものがありませんでしたので」


 スーツの女性だ。短髪でスーツで背筋伸びたお姉さん。


「ですが、脅迫状に関しては、大勢の知るところ……。もはや蓼園の手を離れております。警察も内偵捜査中……。そこで、貴方がたに進言します。速やかに自首して下さい」


 4人は俯いたままだ。何故、そんな愚行に出たのか部長には理解出来ない。


「えっと……。状況ややこしいよね? 説明するね」


 彩が再び口を開くと、部長と部員たちは名刺に目線を落とした。株式会社・蓼園IMの代表取締役社長。そんな肩書を目にしたのか、一段階、小さくなったようにも見える。

 彩は身の上の割に若い。若くして社長。とてつもない大物にでも見えているのかもしれない。


「えっと……いい?」


 困り顔で彩が聞くと「はい!」と裏返った声を出し、「部長……。しっかりして下さい……」などと部員たちに少し呆れられていた。




 今日の襲撃を梢枝は事前に察知していた。

『学園内の騒動を未然に防止する部』に依頼した理由は穏便に済ませたかったからだ。

 この部屋に彩と一緒に入った女性2名は、蓼園総合警備の2名だ。彩の社員に扮し、蓼学の敷地内に潜入していたのだ。

 最悪の場合、康平とこの女性SP2名で取り押さえる。


 相手は素人。それで対応は可能だが、出来れば緊急逮捕は避けたかった。

 キャットキラーの報道。憂に起きた事象。その少女への脅迫……。

 それでなくとも有名な蓼学に、これ以上のマイナスイメージは植え付けたくなかった。


 だからこそ、二面的な作戦を取った。

 もしも、部が彼らを発見すればこれ以上の報道は抑えられるからに他ならない。

 梢枝が観客席を探すよう指示を出した理由は、部長たちに何か起きてはいけないからだ。発見後は速やかに連絡するよう依頼していたのは、彼らの安全を確保する為だったのである。


 部長は、梢枝との約束を違え、最後の最後に犯人と自ら接触。その部の名の通り、未然に騒動を防止したのである。



『今度、改めてお礼させて頂きます。私どもTOPが貴方がたに感謝しています』と伝えられた部長は、『それってあの人!?』とか言ってしまったとか何とか。


『それじゃあ、私たちはもうちょっとこの子たちと話があるから……。5組の控室を訪ねてあげて?』と彩に促された彼らは、この控室を辞した。





 彼らが辞した頃、【しーとういちのご】の控室はプチ修羅場と化していた。

 拓真も凌平も……男性陣は、今回、退場間際に襲撃がおそらくある、と伝えられた。


 問題は佳穂、千晶だ。

 千穂は押し黙っている。またしても憂の発言により、彼女の心は乱されてしまった。


「……どゆこと?」

「梢枝さん、説明……」


 佳穂と千晶は、目前に迫った危険を、またもや教えられなかった。それどころか、今回は男子たちも知らされた。これが悔しくて情けなくて堪らない。


「俺らが聞いたんは試合終了後だ。今回は事前に教えてくれた。直前だったけどな……」


「せやな。お陰で全力プレイ出来たやろ?」


「あぁ、ちっとムカつくが、まぁいい……」


 拓真の目付きが怪しい。彼にとって爆弾となるひと言を放ち、その後、押し迫ってきた睡魔と戦う憂を見据えている。

 曲がりなりにも梢枝と康平は、ごく簡単にだが初めて自分たち男子に状況を教えてくれた。言葉の通り、ちょっとムカついている程度だろう。


「……あたしたちは知らなかった」


 佳穂のテンションが極端に低い。

 憂の発言で凹んだ上に、護衛から伝えられた、終わった事件の話。

 しかも解決してくれたのは、グループメンバーではなく、部活動に勤しむ人たちだった。例の部の本気度は異常に高いが、それでも佳穂にとっては自分が無知のままだった事が遣る瀬ない気分にさせている。


「……女子の皆さんは修羅場に向いてませんえ?」


 争い事には向かない。これが1番の理由である。女子隊が身を挺して憂を護った時、憂が喜ぶことはまず有り得ない。彼女たちに伝えた時、佳穂の暴走は火を見るよりも明らかだ。


「それでもわたしは教えてほしかったです」


 若干、梢枝と佳穂千晶が険悪だ。

 そんな時、控室のドアがノックされ、間髪入れず康平が「いやぁ、助かったわー。この部長さんらのお陰ででかい話にならんで済んだんやで?」とか持ち上げた。空気を入れ替えたかったのだろう。


「……あたしらも危なかったって。狙いは憂ちゃんじゃなかったみたいだから……。ありがと……」


「そうだね。本当にありがとうございます……」


 色々と思うことがあるが、この部長は自分たちを助けてくれた。感謝の意を示したのは、大人の対応だ……が、どこか空気は簡単には入れ替わらない。


 ……この空気の始まりは、舟を漕ぎ始めた少女が作ったものだ。


「可哀想に萎縮してもうたやないか……。悪いなぁ。さっき、憂さんがバスケ引退宣言したさかい、場の雰囲気変なんや……。マジごめん」


 部長にとって、康平のこの言葉は他の全てが消し飛ぶほどの衝撃を受けた事だろう。



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