227.0話 男バスとの試合
―――12月8日(金)
ざわざわ。
……まさか、お客さんいれちゃうとは思わなかったな……。
男子バスケ部との試合は、お祭り状態に。もちろん、蓼学の関係者だけなんだけどね。少しだけ例外の人たちも……。
フトイさん……。彩さんの会社の人たち。おっきなカメラを設置済み。2箇所に。ほとんど皆さん、カメラを首から下げてるし……。正式に許可取ったんだろうね……。
気合入りすぎです。
……お客さんは、球技大会の時くらい。たぶん、憂を良く思ってくれてる人たちがいっぱい。
懐かしいよね。
私も球技大会で、こんなお客さんの前でプレーしたんだよね。あの頃より上手になったから……来年もバスケやってみようかな……?
大舞台。
大体育館での決戦。
発案者ですけど、正直、こんな事になるとか全く思っていませんでした。
私は憂の悔しそうな姿を見て、勝たせてあげたいって思っただけ。
……ちょっと違うかな?
あの時、こてんぱんにされちゃってたから、憂は凄いんだぞ……って……。こんなものじゃないんだぞって。対策取れば憂は戦えるんだぞって。
単にそれだけだったのにね。憂も気合入りすぎ。練習頑張ってたし……。
蓼園さんも気合入りすぎ。
ユニフォームまで作っちゃった。
しーとういちのご。なんで平仮名? 今日の主役が憂だから? でっかい人たちに紛れてちっちゃいのが1人だけ。背番号はやっぱり『4』。
「――かつよ!!」
ざわめいている体育館の中でもおっきな声出したらしっかり聞こえる。円陣に埋もれた憂の声。
「「しゃ!!」」
床、揺れた。
『よっしゃ』の『しゃ』と同時に踏み込まれた右足。
優の頃も先発5人で毎試合やってたね。今回は、康平くんと凌平くんも一緒。その2人は私たちのところに。ベンチスタート。
「いよいよでんな!」
「そうだな。しかし、折角提案してくれたハンデ。受けても良かったはずだが」
「……せやね。でも勝った時にハンデ言い訳にされても嫌やろ?」
……勝つ気なんだ。康平くん。
「勝てるのかー?」
ベンチ入りしてるのは私も佳穂千晶も梢枝さんも。試合には出ないから制服だけどね。
「……勝てると思う?」
千晶? それは酷くない?
「千穂はどう思ってるんだー?」
ざわざわ。ざわめきが大きくなって……。
勇太くんがセンターサークルに……。
今度は静かに……。
審判。主審は女バスの監督さん。
その手から真上にボールが投げられた。
ジャンプボール……。勝った! ボールは拓真くんの手に!
「……ダメだ。こりゃ」
「千穂だからね」
……うるさいなぁ。もう。
拓真くんはボールを付かず自陣でキープ。相手はその間にゾーンを形成……。
ジャンプボールの相手、あの藤校中等部出身の人さんじゃなかった……。あの人はCじゃないみたいだね。これからセンターは勇太くん固定するんだろうね。だからPF転身中……?
拓真くんから、いつものフリースローサークル1メートル後方でボールを受け取った憂は、両手で大きく見えるボールを抱えたまま、梅田先輩と対峙。4番は少し、自陣に引いた。あの時みたいに。
パス。左の京之介くんに。
え? 勇太くんがジャンプ! その勇太くんに凄いパス! いきなりローポスト入った! 合わせて拓真くんが動く! 憂と圭佑くんが3Pラインを大きく越えて! ボール! 戻した! 京之介くん! ディフェンス不在! フリーで3Pシュート……入った! 大歓声! 3点先制! でも、いきなりなんだ……。持ってる武器を隠すつもりなく、全力全開でスタート。
「きょうちゃん、ナイスー!!」
佳穂の声、でっかい。
憂の通ったルートと、圭佑くんの切り込み。拓真くんの小さな動き。相手ディフェンス、いきなり混乱したね! 優のパスと一緒だ! いきなり喉元に突き付けるパスなんだよ。
相手エンドラインからの再開。きっちりと圭佑くんがディフェンス付いて、相手の動きを遅れさせた。遅い憂が戻るまでの時間をしっかりと稼いでから全力で自陣に。あれをずっとやるつもりかな……? きついよ、あれって。
あ。相手はハーフライン手前で立ち往生してる。
変則のディフェンスで動揺?
「トライアングルの頂点を狙え!」
監督さんの声。
……もうバレちゃった。このディフェンスの弱点……。確かに男バスさん、動揺してくれたんだけどな……。
京之介くんのマークに苦労しながら、4番はハイポストに高いボール。6番へ。憂を背負って、右に展開……。勇太くんが引っ張り出された。そこからまたハイポストの6番に。今度は憂を前に見て。シュート……。入っちゃった……。3-2。あの6番さんが勇太くんとジャンプボールを争った相手。たぶん、勇太くんの控えになっちゃうセンターさん。勇太くんより少し小さいくらい。
……憂との身長差、50cm。ミスマッチにも程があるよ。梅田先輩を入れても平均身長180超えてるよね? これが拓真くんのリバウンドが武器にならないって言われてる理由……。どんなにポジショニング良くても、きついよ。勇太くんみたいなジャンプ力も見られないし……。
あ! 圭佑くんのカットインからのレイアップ! 入った! 綺麗なシュート! 5-2!
また圭佑くんが相手の1番深いとこでディフェンス。あれじゃ、体力持たないかも……。
「ちっ! うぜぇ! 圭佑!!」
……ボールをなかなか入れさせて貰えないからね。
やっぱりハンデ貰うべきだったんじゃないかな? 体力的な問題で。
3年生。引退前まで不動の7番を付けてた先輩が入ってくれるって。あの先輩はダンクシュート出来るほどの人だし……。
やっとパス。時間ギリギリじゃなかったかな?
「惜しい! もうちょいでバイオレーション!」
うん。惜しかった。5秒ルール。スローインまで時間を掛けすぎたら攻守交代ってルール。佳穂も詳しくなっちゃったよね。
「焦るなよー! 慌てたら5組さんの思う壺だぞー!」
今回のルールは公式戦仕様。時計もクォーター制。10分×4クォーター。今でも前後半に分ける言い方もあるみたい。1,2と3,4で……って、また憂のところ……。
でも、憂も体をピッタリと合わせて、ターンだけはさせない構え。ターンしたらファールだよね。あれだと。憂って力ないから倒れちゃうだろうし……。ちょっと卑怯っぽいけど効果的なディフェンス。
「……近すぎるー!」
あのね……。スポーツの世界なんだから……。
でも、確かに胸もお股もぴったりくっつけてる……。
…………。
憂に引っ付かれた6番さんはボールを頭の上でキープしながら、首をきょろきょろ。ちょっと状況判断遅い。投げ下ろすようパス。さっきとは反対……惜しい!! 拓真くん、狙ってた!!
フェイク……。ジャンプショット……。入った。5-4。
勇太くんがフォローに行ったけど、相手5番さん、落ち着いて飛んでる勇太くんをやりすごして……。上手い。
「拓真いいよ――! このまま――!」
これが作戦……? 憂のところは弱い。そんなのみんな解ってる。まず最初に入るハイポストへのボール。憂が触れるほど体を密着させて、そこからのシュートは防いで……。次のパスの瞬間を狙う。ガードの2名には京之介くんと圭佑くんが徹底マーク。3Pを封じながら戦う方法……。
……良く考えたね。憂が言い出したトライアングルツー。今のところ、点は取られてるけど、どうにもならないって感じじゃないよ。
オフェンスは、憂から京之介くんへ。最初に行なうやり取り。その京之介くんから全力のパスで……あ! 圭佑くん、弾いた!
「京! わりぃ! 頼む!」
「速攻!!」
4番! 梅田先輩がダッシュ! 京之介くんが追いかける……ダメ……。5-6。
「――どんまい! つよきで――いこう――!」
……練習では、ほとんど通るようになってきてたのに……。やっぱり、パスが速すぎる……。本番だときついね。
エンドラインでボールを線審から受け取った京之介くん。圭佑くんが息を切らせながら戻ってパスを受ける。
そのままボールを運んで……。
ボールは、また憂に……。
憂はボールを付かない。ドリブルは封印中。
また京之介くんに。マーク付いた! すぐに憂にリターン!
突いた! ドリブル! 低い! 大歓声が後押し!
4番は、斜めに進む憂の進路を断って……パス! 股抜き! どんぴしゃ!! 拓真くん、ローポストに向けてドリブル! レイアップ! タイミング良く、8番がジャンプしたけど、攻撃時の拓真くんは止められない! ブロックの瞬間、ボールが消える感覚! ダブルクラッチ! 入った! 凄い!
「超上手いー!!」
「拓真くんすっごい……」
佳穂も千晶も感動?
……ダブルクラッチ。出来る人は多いけど、熟練度って言うのかな? 拓真くんのって本当にハイレベルなダブルクラッチなんだよ?
あれ? 勇太くんが憂の傍に……。
「憂ちゃん、笑ってる?」
「パスのあと、4番さんにぶつかったんですえ? 下手をすればファール取られてました……」
……そうだったんだ。私もボール追っちゃった……。
ぶー。
……タイムアウト。バスケ部さん、早くないかな……? 水筒の用意……。
「よっしゃー! リードリード!!」
「勇太ー! お疲れさん!」
大事な水分補給の時間。
「憂も……はい、飲んで……。いい感じ?」
「うん! いいかんじ――! 圭佑――つぎ――」
「はぁ……しんど。わかってる」
「京? まかせる。行けるな?」
「おっけー」
「今んとこ、リバウンド争いの少ない展開でんな!」
「あぁ。けど、最後までこうは行かねぇ」
「リバウンドなら任せとけ!」
あはは。忙しいね。早速、話し合い。本当に全力なんだ。
……いっぱい練習したもんね。
不安はいっぱい。ボールが落ち始めた時、勇太くんだけじゃ厳しい。特にオフェンスリバンドは球技大会と違って、ほとんど取れない。そうなった時に点差開かれたら……。
それだけじゃない。速い展開。これが大問題。憂の分まで動いてるアウトサイドの京之介くんと圭佑くんの負担になっていく……。
……お願い。勝たせてあげて下さい。
ぶー。
ブザーの音。もう、終了……。
「いくよ――!」
「「「しゃ!!」」」
それからも相手は、憂のディフェンスの弱さを土台にした攻撃。時々、狙ってたパスカットを成功させたけど、相手のシュートの効率は大して下がらない。圭佑くんと京之介くんの奮闘で3Pをほとんど撃ってこられてないから、なかなか点差は広がらなかった。
問題はオフェンス。
シュートまでそれなりに機能してるんだよ? ちょくちょく、京之介くんのパスを弾いたりとかあったけど……。
憂から京之介くんのラインを断とうとしたところで圭佑くんにパスとか、相手のディフェンスの裏を何度も何度も突いて……。
でも、平均身長の差。プレッシャーがきつくて、シュートの率が下がちゃった……。
京之介くんと圭佑くんは、相手エンドラインでのディフェンスと4番さんの速攻対策で、もう息を切らしてるし……。
1Q終了時には、逆転されて……。第2Q開始直後から少しずつ差が開いていった。中盤になると消耗が激しくなった京之介くんと圭佑くんを憂が下げて……。凌平くんと康平くんを投入。2Q残り3分。30-43。
……憂がおかしくなった。
「憂さん!? 無理や!! ボール回して!!」
……最初にボールを回してた京之介くん不在。
その状況を前にした憂は、何度も何度も梅田先輩に立ち向かっていった。
低い姿勢で斜めに切り込むドリブル。進路を断つ梅田先輩に右半身を接触。ファール取られないギリギリくらい……。自分の股を抜いて、右手が……上手く機能しない右手がボールを弾いた。
拓真くんっ……!
拓真くんはボールを自陣に弾き出して、そのボールは凌平くんが確保。3Pのチャンス!
ラッキー! ……なんだけど、シュートは撃たれない。
凌平くんは1度下がった憂にもう1度パス……。
「凌平はん!?」
……雰囲気、おかしくなっちゃった……。拓真くんと勇太くんは棒立ち……。ううん。2人だけじゃない。男バスさんも梅田先輩を除いて、全員が腰を上げた。それはディフェンスを放棄した姿勢……。
ざわざわ。
バスケのルールに詳しくない人でも感じる異変……だよね。
また、憂は梅田先輩に向かっていく。
梅田先輩は、腰を極端に低くして、受けて立つ。コンタクト入れてて良かった……。真剣な顔してる先輩……。憂も……。
試合中に1on1とか……。
憂は必ず最初に左斜めにドリブル。これは右が弱いから……。
梅田先輩はその右半身を受け止める。足はしっかりと床に付いたまま……。動かしたらどっちかのファールになるから。
押した……!?
右肩で梅田先輩を……。梅田先輩は動かない……。
あっ……梅田先輩が……離れた……。
違う。梅田先輩の重心を後ろにしておいて、自分が離れた! ショット! ダメ。指先当たった。
姿勢を崩しながらだったのに、飛んで手を伸ばした梅田先輩の上を超えられない。
……ボールは男バス8番さんの手に。
パス。凌平くんに……。凌平くんは肩で息しながら戻った憂に手渡し。反転……。
また、梅田先輩との1on1に……。
左手でボールを器用に突いて……。
顔を先輩に向けたまま、進んでいった……。
ぴぃぃぃぃ……。
結局、憂は梅田先輩からゴールを割れず……。
「はぁ――はぁ――」
……全力だったんだね。憂も……。
「はぁ――ごめん――!」
「……差、広げられなくてラッキー……かな?」
「うむ。バスケ部2人の戻る3Qで仕切り直しだ」
「お陰で体力回復よ!」
「……そんなんでええんでっか?」
「いいんじゃね? ハンデ受けんかったからくれたんだろ?」
「きょうちゃん――!」
「ん? ……なに?」
「ぱす――」
「…………パス?」
「ふぅ――。もう――できるはず――なんだよ?」
「…………え?」
「すこし――すこしだけ――」
「とりやすく――って――」
「パス――出して――?」
「お前ら! 引き上げっぞ! 控室で話せ!」
拓真くん……。そうだね。