226.0話 能ある鷹だが爪を隠さず
―――12月7日(木) C棟屋上
『それでは本日の午後、私の家へご招待致しますので、4時間目が終わりましたらC棟玄関でお待ち下さい』
「……小賢しい人ですねぇ。初めてお会いした時の印象と違いますわぁ……」
「せやろ? あれは頭切れるで? アレがほんまに猫娘なら内面もキレてるけどなぁ……」
1時間目の修了後、ウチらは2年4組を訪ねた。もちろん、第2の猫殺しの意図を探る為です。何や、よう解らんけったいな方で困ります……。のらりくらりと掴み所のない方。なして、協力するのか問うたら『私も正義の味方がしたくなりまして……』とか言いはった。
ふざけてはるわぁ……。
今現在の憂さんは明日香さんにお任せ。あないに写真撮ってはったら誰もその前で悪さ出来ません。護衛要らずですわぁ……。便利な人ですねぇ……。前のウチも半分はその為に撮影してたんですけどねぇ……。懐かしいわぁ……。
「……梢枝? ホンマに大丈夫か? 敵の懐にわざわざ入らんでもええんやないか?」
……康平さんはなんや勘違いしてはるねぇ。
「敵とは限りませんえ?」
「……え?」
「あの人はウチに猫のイラストを届けただけです。敵意は見せておりません」
「お前、そんな状況で千穂ちゃんに言うたんか……」
「……警戒して頂くだけで助かりますよって」
……あの時は敵や思うてましたけどねぇ。
千穂さんに危機感が余り見えへんかったし……。
「……お前、ミスったな?」
そないに見下した目ぇされると困ります。嬉しゅうなってしまうやないですか……。闘争心に火ぃ付きますえ?
「千穂ちゃん大して怯えんかったけええけど……」
……そうですねぇ。あの時、明かしたのは明らかな失敗ですわぁ……。千穂さんに申し訳ないです……。
「お前、完璧に見えてそうでもないんよなぁ……」
「完璧な人間など居ませんわぁ……。状況など移り変わるものやし、それに合わせて考えも変わりますえ?」
「まぁたお前、そうやって誤魔化す……。誠意はどこいった? 誠意は?」
……この人、苛つきますわぁ。
「ほいで、検診の付き添いは俺でええんか? お前、1人で大丈夫か?」
「……千穂さんにお願いする訳には行きませんからねぇ。それでは、憂さんがむくれてしまいます」
これは試練なんやろね。一時的に離れる事にウチは反対せぇへんよ。離れて想いを募らせてしまえば恋は余計に燃え上がる……んやろ? どこかで読んだ気ぃしますわぁ……。
その離れている間はウチが千穂さんを挑発しますえ? でも、今日ばかりはそうもいきません。
「お前な……」
……どうしましたかぁ? 面白い顔せんといて下さい。息が白うて、余計に面白いわぁ。そろそろ雪でも降るんちゃいます?
「俺が心配してやってんのに……」
「2つ同時に質問するからですわぁ……」
相変わらず話下手やねぇ。
「それより、標準語になってますえ?」
「あー。もうええかなって思ってるわ。どっちでも。思考が関西弁に支配されるよりええだろ。ただ、いきなり戻すんも変やし、困っとる」
……ウチと逆ですねぇ。もう、この京都弁風味でええですわぁ。実際、京都にこないな話し方する人、そうは居ませんけどねぇ……。舞妓さんとかそんな人だけや。
「検診かぁ……」
「覗いたらいけませんよ? 憂さんに嫌われますえ?」
「だっ! 誰が覗くか!!」
……赤うなりはった。この人、小児趣味でもあるんですかねぇ? ウチと仲良かったのは中学生の頃まで……。
…………。
違う信じてますえ?
「……とにかく気ぃ付けや? 秘書さんにも頼んどこーか?」
「要りません。下手な事は出来ません。ウチが行くの、康平さん知ってるよって、音信不通になればすぐにバレます。アレはそんな阿呆やありません」
「まぁ、そうやろうけど……。なんかあったら直ぐに連絡しぃや?」
……本気で心配されるとくすぐったいわぁ……。
「……にしても、寒いな」
「康平さんはマシです。ウチら脚出してるんですえ?」
ズボンはええですねぇ……。
「……大変やな。お前はタイツ履かんの? 憂さんも千穂ちゃんもストッキング着用やで?」
「ストッキングちゃいます。あのデニール数ではタイツ言うんですえ?」
「そうなんか……」
……まぁ、知っておられても困りますけどねぇ……。
「……2人とも白ですねぇ。合わせた訳でもなく……。純正制服が白やから黒タイツだと浮いてしまうんですわぁ……。ショートソックスなら黒でもええんですけどねぇ……。でも、憂さんはアレ、タイツやのうて、ソックスですえ? オーバーニーやわ」
「……それは知らんかったわ。今、憂さんのスカート長めやし、普通、そこまで見えんし」
「白いタイツは王子さまみたいで嫌、言うてられましたえ?」
「梢枝はなんでや?」
……言えません。ウチが白タイツが子どもっぽいから似合うアイテムと思っているとは……。憂さんはともかく、千穂さんに失礼に当たりますので……。
キーンコーンカーンコーン……。
この音はどこで録音されたものでしょうねぇ?
「ズズっ……寒かったわ……」
「えぇ……。本当に……」
……寒かったわぁ。
やっと1時間目終了……。さすがに途中入室は邪魔になりますので待ちぼうけ。
気温は2℃。蓼園市は雪が少ない割に寒いそうで……。嫌やわぁ……。風邪引きが多発する環境ですえ?
そう言えば、木曜の1,2時間目は美術ですよねぇ? コマの変更があったんですかぁ……。休みがちやと困りますねぇ……。
「ただいまー」
……康平さん? わざわざ帰ったアピールする必要あらへんで?
教室内。窓際後方に人集り。
昨日辺り、男女バラバラだった聞いてるけど、憂さんが居ると集合するみたいですねぇ……。人気者やわ。
……。
明日香さん、それ何連射や? 16連射? カメラ、物凄い音してますえ?
「あ――! 梢枝! 康平!」
ええ笑顔です。ウチらに向けて駆け出しはった。
嬉しい事、ですが……これは良くない傾こ……。
「憂!?」
「憂ちゃん!」
「憂さん!」
「「憂ちゃん!?」」
…………。
駆け出す康平さん、凌平さんに千穂さん。
擬音で表すならドカッ! ベタン! ……って、感じですねぇ。
思い切り転んでしもうて……。脳震盪とか嫌ですえ……?
まぁ、手ぇ付いたし、大丈夫……「――いたい」
うつ伏せから、女の子座りに移ってのひと言。
……ご無事で何よりです。
「何してはるんや!?」
「痛かったね……。よしよし……」
大概が康平さん? あなたのせいですえ? 椅子が出たまま……。きちんと引いておいて下さい……。その辺、ズボラなんやから……。
明日香さん? チャンスと言わんばかりに……。しゃかしゃかしゃかしゃかうるさいですわぁ……。
「いたい――ここ――」
……。
左足を伸ばして……。冬に入って、長くなったスカートを捲り上げ……。
オーバーニーの白ソックスを降ろしはった。痛い箇所は膝ですかぁ……。
……撮られてますえ?
憂さんの隣にしゃがみ込まれた千穂さん、気付きはった。憂さんが捲りはったスカートをそっと降ろす。千穂さん、顔が少し怒ってますえ? 明日香さんにやのうて、警戒心の薄さに……ですかぁ? 普段は気ぃ付けはってるけど、不測の事態が起きるとどっか行ってしまうんや……。
「なんにも……なってないよ?」
「――そう?」
「いつまで座ってんだ。立て」
「わっ――」
拓真さんは憂さんの両脇に手を入れて、ひょい……と。軽々とですねぇ……。憂さんが軽い言うても30kg近くあるんですえ?
「……ずれてっぞ?」
拓真さんは憂さんの後ろでしゃがんで……。ずれ下がったままのソックスに手を……。
「拓ぅぅ!!」
「だっ! 渓やん! お前!」
……思い切り蹴られはった。咄嗟だと『渓やん』言いはるんですねぇ。
「拓真……。オレ、お前の事、尊敬したわ。ある意味で」
「……憂は女の子だよ?」
「……見損なった」
勇太さんも京之介さんも凌平さんも……。
「さすがに引くぞー?」
「……あのままニーソ引き上げてたら手はどこに?」
「チャレンジャー。ある意味で」
佳穂さんも千晶さんも結衣さんも……。
みんな同じような顔してはる。
「…………」
拓真さんは無言で立ち上がって自分の制服をはたいて……。
「何見てんだ?」
彼には、相変わらず憂さんやのうて、優さんに見えてるんですかねぇ?
「拓真――だいじょうぶ?」
……楽しそうですねぇ。ツッコミが激しければ激しいほど、憂さんは喜んではる。
綻んだ締まりのない顔のまま、腰を折って……。膝を確認。軽く撫でてからオーバーニーを引き上げ始めた。
シャカシャカシャカシャカと明日香さん、連射開始。
…………。
解ります。解りますえ!
憂さんが転んだ時に近寄った女子……。千穂さんと優子さんが壁を築きはった。憂さん、羞恥心はどこ行きました? そのソックスを上まで引き上げたら……。大腿のほとんどが露出しますわぁ……。
「千穂ちゃん、優子ちゃん、邪魔」
ファインダーから目を離し、明日香さんは抗議。
「憂ちゃん、ニーソだったんかー!」
……はい?
「佳穂? わたしもタイツだと思ってたけど、論点そこじゃない」
ええツッコミですねぇ……。
「あたし、ニーソ履いたらずれてイライラー!」
「わかる! わかるけど論点!」
ウチも解りますえ? ズレて引き上げての繰り返しになりますわぁ……。
「憂の脚って、細くて柔らかいからズレないんじゃないかな?」
「……千穂まで」
「何はともあれ、無事で何よりや! 憂さん、気ぃ付けてや?」
「……康平くんも気を付けるべきだな」
「……へ?」
……ダメや。この人……。凌平さんの仰る通り、転倒の原因の半分以上は椅子を出したままだった康平さんの責任です。憂さんの責は、ほんの2,3割ほど。贔屓目大いに込みですけどねぇ……。
こちらから見えた裏もも……。随分、健康的な脚になりはった。
ソックスを上げ終えた憂さんは、「きをつける――」言いはって、こちらに……。
これは憂さんのアピールです。良くない傾向……。憂さんは教室内でも、ウチらと一緒に居たがってはる……。友だちと離れようしはってる。
「佳穂ちゃん、ニーソ持ってるの? 意外ー」
「あたしだって、持ってるぞー? ほとんど履かないけどっ!」
「あんたの場合、スカートは制服だけだからね」
「みんな持ってるんじゃないかな?」
和気藹々としてて、ええ雰囲気やわ。
……この「――おかえり」と笑いかけて下さった憂さんがそちらなら……ですが。
……こんこん。
「お邪魔致します」
なっ!
「あれ? 立花 憂さん?」
憂さんにっ!
……。
咄嗟に手首掴んでしもうた。
「梢枝さま……? 憂さんのセーラー服にゴミが……」
「……午後、そちらのお宅で、との約束ですえ?」
「いえ、お急ぎだろうと思いまして……。予定を変更し、集めた資料を家の者に持ってこさせました。ご迷惑だったでしょうか……?」
……ウチの掴んだ手の反対側には大きめの封筒。
憂さんは、康平さんが奥に引っ張っていきはった。
「……どうされましたか? 手首……。このまま迫って頂けるのでしたら喜んでこの身を差し出しますけれど……」
……赤くなりはった。勘弁して下さい。つい、手ぇ離してしもうた。
そうやない……。この人のペースに呑まれたらいけません。
「あれ? 桜子ちゃん?」
……優子さん?
「あ、ゆっこ、久しぶり。元気してた?」
「……お知り合い、ですかぁ?」
「えぇ。鬼龍院さまにお話したので、聞いておられると思いますけど……。私の家のお向かいさんが小倉さんです。ね?」
「うん。桜子ちゃんとは小さな頃によく遊んだんだよ?」
「……そうなんですかぁ。優子さんもお嬢さまだったんですねぇ。あの辺りは、大きな屋敷が多いんですわぁ……」
「あれ? もしかして、我が家もご存じですか?」
……しまった。余計な事言ってしもうた……。
さて、どうやって話を逸らしますかねぇ?
「無記名の封筒から私を訪ねて下さった情報収集能力。当然、ご存じだと思ったのですが……」
……やりますわぁ……。肯定以外出来ん状況作りはった……。考える間をくれませんねぇ……。
「えぇ……。存じておりますえ?」
嗤いよった! 腹立たしいわぁ……。
「どうしてお調べになられたんですか?」
にっこり。鼻筋通った黒髪の美人さん。そのイメージから和風のお嬢様の印象やけど、屋敷と言うよりは大きい洋風の家に住む。執事とも云える初老の男性1名と、ローテーションで家の清掃や調理を任されるメイドさんならぬ、お手伝いさん3名が常駐。
……落ち着き? 情報の整理でもして高鳴る鼓動を抑え付ける。
古くはこの土地の地主さんだった。
蓼園グループがこの土地に入るまでは、ここの元締めのような役割を担っていた。その為、蓼園 肇には憎しみに近い感情を父と祖父は抱いている。
「……桜子ちゃん?」
怪訝な顔付きの優子さん。
「ゆっこ? どうしたの?」
いけませんねぇ。
「ウチ、お手紙頂いた方の事は調べさせて頂いているんですわぁ……。情報社会ですからねぇ……」
ウチが調べた事を知られたんで、関係のない優子さんが桜子さんに対して、あらぬ疑いを持ってしまいました。
すみませんねぇ……。拙い嘘でお許し下さい。
「いやぁ、すんまへんなぁ。悪い趣味やからやめろ言うてるんやけど、仕事柄、癖になってしもうとんのや。ほいで、資料? 預かってええですか?」
「あれ? あ、はい。どうぞ。しっかりと調べておりますので、間違いはないかと……」
……康平さんに助けられる日が来るとは思ってもみませんでしたわぁ……。
「……しっかりと、ですかぁ? どうやって調べはったんです?」
そのお返しは今、ここでさせて頂きます……。どうやってお答え頂けます?
……。
予想外に嬉しそうですねぇ……。ムカつかせる検定1級保持者の称号をお贈りしますえ?
「……チャンスと思いまして。父は蓼園グループを憎むと同時に感謝しているのです。蓼園商会は既存の企業を大切にして下さいました。それは父もそうなのです。しかし、余計なプライドが頭を下げさせない……。私は、そんな父を恥じております。この学園に入学させて頂いたのも、この柵を捨てさせる為……。ですので……」
この機会に蓼園に恩を売り、蓼園に感謝されつつ、近付きたい……。
「よう解りました……。情報、受け取らせて貰ろうてええですか……?」
見事な説得力でしたわぁ……。残念です。お返しさせて貰えへんかったわぁ……。
……単なる味方……ですかえ?
「それではどうぞ、お納め下さい」
「確かにお受けしました」
彼女は、ウチらに綺麗なお辞儀をしてみせると、「ゆっこ? 明日、超久しぶりに遊びに行っていい?」と笑顔を見せた。陰りも何もなく。
「うん。たぶん大丈夫。LIEN送るね!」
そんな優子さんの返事を聞くと、笑顔で手を振り、「失礼します」と辞していかれました。
何やろうか? 全部、勘違いやろか?
そう思い始めた時、閉まったドアの向こうで『あはははは!! おっかしー!! もう最っ高ぉー!!』……。
そんな声が。
聞こえたのはウチら2人と優子さんくらいのものですかねぇ?
向こうはまた憂さん囲んではるし。
「変わったお方ですねぇ……」
ウチが呟くと、優子さんは「変わったところあるから……桜子ちゃんは……」だそうです。
2時間目は彼女の資料に目を通し、ウチらも警察もマークしている3名と照合。間違いない情報やったわ。追加されているもう1名の情報は、これから精査。
……せやけど、1つだけ確信を得た。あの高笑いで……。
アレは間違いなく敵だと。
彼女は、犯行を行なった3名の内のいずれかと接触した。接触したからこそ知り得た情報。
あの人だから断言出来た。犯人は4名である、と。だから、それは犯人と接触していないウチらでは握られていない情報。
康平さんが言われたという、『逮捕直前の4名をけしかけるような者もいるかもしれない』と言う言葉。
けしかけてはるんは、東宮 桜子……。あんたやね?
さしずめ、人心を惑わす悪魔……ですか。
4人の逮捕……。補導ですかねぇ? とにかく、早めて頂かないけません。移動教室の時、登下校時……。要注意です。
……けど……。
アレの目的が解りませんわぁ……。




