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222.0話 いきなりパジャマパーティ

 


「憂ちゃん、愛さん、こんばんわっ!」

「憂ちゃん! 元気そうだね!」


 午後5時半。

 すっかり陽の落ちる時間が早くなってしまった蓼園市。


 帰宅の遅れた原因は、愛と前看護部長との会話。

 

 あの時、何が起き、多見という男に画像を手渡してしまったのか。何1つ隠し立てせず、語った。愛は時折、あの男への怒りを表しつつ、聞き入っていた。


 ……その影響で、憂はナースステーションで専属に足止めされてしまったのである。鈴木は、市長選を勝つまで憂には顔を合わせられないらしい。

 とは言え、専属との会話は憂にとっても望むところだったりするので、退屈などしていない。


 尚、愛と鈴木の話には入っていなかったが、右利きである鈴木が右手首に刃物を突き立てた理由。

 これは、憂への贖罪の気持ちからのものなのだろう。

 憂と同じように右手。憂と同じように手首を切った後、突き立てていた。これが島井のあの時の緊急手術が長引いた真相なのである。


 暗い話はさておき。


 ここは、とあるマンションの上層階。

 そこにエレベーターで降り立った憂と愛は、自宅前で予想外の人物の待ち伏せを受けた。


「――佳穂! 千晶!」


 いつも通りにパンツルックのボーイッシュな佳穂とスカートのガーリッシュな千晶は、2度目のパジャマパーティーを諦めていなかった。

 土曜日には引っ越し。その前日、金曜日の夜には立花家と漆原家合同の簡単なパーティーを執り行う予定と聞いた。

 つまり、本日木曜日。この日しか決行可能な日は残されていなかったのである。


 エレベーターの隠しコマンド抜きには行けないはずの、この階に招き入れたのはもちろん千穂だ。その千穂は居ない。自宅内にて夕食の準備中らしい。


「佳穂ちゃん、千晶ちゃん……」


 2人に向けられる愛の眼差しは優しい。2人とは会う機会こそ減少しているものの、憂の行動により、心穏やかでない事を察しているのだろう。


 憂からして見れば、大切であるからこそ、まずは自分の立ち位置を安全なところに……と、活発になっているが、それは2人……。いや、千穂を含めた3人からして見れば、何とも寂しくせつない気持ちとなっているであろう……と。


「愛さん、こんばん……わ?」

「こんちには……かな?」


「あはは、微妙な時間だよね。諦めたかと思ってたんだよ。お泊り」


 会話から察するに、今回の彼女たちの襲撃は強襲のようだ。憂の家族に話は通っていない。しかし、予定を立て始めた矢先に棚上げとなった事までは把握していたようだ。


 私服の佳穂、千晶の下までトテトテと歩みを進めた憂は、だらしなく目尻を下げ、嬉しそうだ。


「――がくえん――いがいで――だめなのに――」


 そんな顔では、何とも説得力のない事を言った。

 憂は学園を公とし、私としては友人たちと会わない。そう決めていたはずだ。しかし、わざわざ会いにきてくれた2人の気持ちが嬉しくて仕方がないのだろう。


「憂ちゃん、ごめんね。会いたく……なっちゃった……」


「引っ越し……したら……無理だから……」


 千晶、佳穂の順である。憂に合わせたスロートークとなると区別が付かなくなってしまう事は多分にある。


 佳穂の言った言葉。

 引っ越し後、憂の想いを汲み上げ、プライベートで会う機会を無くすとなれば、今後、お泊りのチャンスなど皆無。逆に言えば引っ越しの前、このマンション内であるからこそ、可能である。

 それは今後の展開次第だが、最後の機会なのかもしれない。


「そうだね……。それじゃあ、許可します。憂?」


「んぅ?」


「お泊り。行っておいで?」


「――おとまり――? え――!?」


 ……お泊り。少女たちと共にお泊り。

 若干の抵抗を示した憂だったが、このチャンスに賭け、わざわざ遥々ここまで来た佳穂千晶の気持ちを姉に教えられると、嫌とは言えなくなり、2度目のパジャマパーティーへと突入を果たすのだった。







 憂は、漆原家のリビングで丼相手に奮闘中である。

 具材は豚肉と玉ねぎ。所謂(いわゆる)、豚丼だ。憂のは一応、丼には盛ってあるが、茶碗でも十分そうな量である。


「千穂――おいしい――これ――!」


「手抜き料理……なんだけどな……」


「いや、マジでうまいぞー?」


「佳穂? 憂ちゃんも『おいしい』って言ってるよ?」


「お姉さん、言葉遣いに厳しいですよって……」


 5人で早い夕飯。

 時間にして18時前。お泊まり会が決定するや否や、夕食である。

 厳しくも優しい愛の事だ。すぐに許可してくれるだろうと、既に調理を開始していたのである。

 梢枝も同席と云う事は、彼女も同意済なのであろう。因みに、愛は辞退した。逆に誠人は立花家にログインしている。




 それから数分後……。



「ごちそうさまー!」


「わたしも、ごちそうさま。美味しかった」


「――はや」


 確かに速い……が、それはわざわざ千穂が食べやすい料理をしてくれたからこそだ。これが魚料理やら出てきていたら、佳穂も千晶もここまでは速くない。


「憂さん……。ウチも……ごちそうさま……ですえ?」


「うぅ――」


 納得いかない顔をしている。

 女の子たちと一緒に食し、1番遅い。仕方の無い事なのだが、ここは割り切れないらしい。


「憂? スプーン……使う?」


 千穂の優しい声掛けだが、彼女は一応、聞いてみただけだ。


「――つかわない――」


「やっぱり。一応、聞いてみたんだけどね……」


 憂のこだわりなのである。無理にスプーンを握らせれば食べてくれない事はないのだろうが、それは実行されない。千穂はそんな子だ。


「ま、のんびり待つよー」



 更に5分後。


「ごちそうさま――でした――」


 頑張った。咀嚼回数も格段に減っていた。あまり味わえなかったかもしれない。


「お粗末さまでした。本当に粗末だったんだけど……」


 千穂の料理スキルからしてみれば、確かに粗末な品物だったのだろう。

 幸の手解きにより、千穂の高かった料理スキルレベルは更に向上しているのである。


「終わったー。先に梢枝さんち、行ってるぞー?」


「はーい」


 ……どうやら梢枝の部屋でお泊りらしい。

 漆原家には千穂パパが、立花家にはなかなか大所帯が暮らしており、お泊り会には不向きなのである。一人暮らし中の榊家こそ、その舞台に相応しい。


「憂ちゃん、どうぞ」


 佳穂が屈んで、自身の腰の辺りに手を回した。


「――え?」


 もちろん、おんぶの姿勢である。


「ちょい……急ぎ」


「ぅ――うん――」


 躊躇ったものの、急ぎと言われ、佳穂に背負われた憂なのであった。急いでいても憂の食べ終わりを待ったのは、これも彼女たちの気遣い……なのだろう。

 ちっこいのはちっこいので、復学当初と比べると、とんでもない進化と呼べる。おんぶは体育祭で慣れてしまった……のか?




 そして、梢枝宅に到着。

 同じマンション内の移動。たったそれだけの事の為に漆原家の前で待機していた康平は、梢枝の部屋の前までやってきた。


「佳穂ー! 憂ちゃんのお泊りセット貰ってきたよー!」


 康平と挨拶を交わし、梢枝の部屋に駆け込んだ千晶が、大きめの巾着袋を掲げてみせた。きっと、日に日にマシになってきているが、それでも髪の収まりの悪い憂の専用アイテムやらパジャマやら、スベスベ光沢下着やらそんな物が入っているのだろう。


「お疲れ様ー! じゃあ、聞いてみるね!」


 何かと佳穂と千晶の慌ただしかった理由。

 ……それは千穂抜きで憂と話したかったからなのである。


 千穂は食器の後片付けやら、父へのメモ書きやら、自身の支度やら……だ。2人からヤケに『ゆっくりと』を強調されていたので、本当にゆっくりとしてくれる事だろう。

 しかし、憂と話すとなると時間が如何にも心許ない。


「わたしの方が良くない?」


「……任せた」


「憂ちゃん? 千穂との事だけど……」


「――う、うん――」


「別れた……って、本当……?」


「――――うん――」


 小さな声だったが、はっきりと縦に頷いた憂を見て、2人は顔を見合わせた。

 梢枝もどこか物悲しげに静聴している。


「本当に……いいの?」


 憂は確認のひと言に、再び口を開きかけ……やめた。


「どうして……待ってて……って……」


 千晶の言葉に続きがある事を察したからだ。


「言って……あげなかった、の?」


 千穂は、あの直後のチャットでそこまで言及していなかった。

 おそらくは自然と理解してしまい、敢えてした質問だ。


「そう言って……欲しかったんだ。千穂は」



 長い一文だった。その為、理解に時間を要したが、千穂は到着していない。千穂のお片付け能力ならば、とっくに終わっているはずの時間だったが、千穂は未だに現れていない。


 何の話か、千穂も理解しているのかもしれない。そうだとすれば、親友たちの足掻きに賭けているとも言えるのだろう。


「いつに――なるか――わからない――から――」


 結局、憂の口から溢れた言葉は、単なるおさらい。まとめに過ぎなかった。


 自分が安全になるのは、長ければ一生を掛けるほど先になるかもしれない事。

 その間は、千穂も友だちも安全に過ごしていて欲しい事。


 最後の言葉は、憂が途中で躊躇ってしまい、千穂が最後まで聞き遂げることが出来なった部分。


「ほんとうは――まっていて――ほしい」


「でも――千穂は――」


「――――――」


 ここで黙りこくってしまった。

 続きは『子どもを産まないといけないから』だったのかもしれない。



 憂が黙し、5分ほど後に千穂が到着した。


「……わざわざ、康平くんが待ってた……。早くしておけばよかった……」


 千穂が自宅玄関を出ると、康平が待っていたらしい。

 同じマンション内の移動である。

 本当にわざわざご苦労様な事だ。因みに、彼は千穂を送り届けると1Fに向けて下っていった。このマンションの住人ならば、誰でも行ける梢枝の部屋の階。警備室にでも行ったのだろう。


 ……今は康平よりも女子隊の話だ。


 今回は「ゲームは無し!」だそうだ。

 佳穂と千晶の両名がそれぞれ、憂に話があるらしい。

 現在、物が異常に少ない殺風景な梢枝宅のリビングは、千穂、佳穂、梢枝の3人が特に何かを話すでもなく、(くつろ)いでいる。

 一見、そんな風に見えない事もないが、千穂も佳穂も思い深そうな顔で考え事だ。梢枝はそんな2人をじっと見守っている。


 憂の行動開始後、彼女と距離を詰めたのは梢枝1人だけだ。逆に千穂を含めた全員が憂との距離が開いてしまった。

 梢枝は心配症だ。そんな梢枝の、心配を隠そうとしている様子がリビング内の重さをより一層、深めている。


 そのまま10分……20分……と経過した頃、千晶が梢枝の寝室から出てきた。


「…………」


 黙って木製の座テーブルに着く。簡素なカーペットであり、座布団の1つもなく、長時間座り続けると痛くなってきそうだが、梢枝はそれでいいのだろう。


「……おかえり」


「ただいま……」


 ……暗い。場を盛り上げようとする本来の佳穂は、どこかにお出掛け中なのだろう。ここに居るのはぼんやりと頬杖を突き、思い悩むただ1人の少女だった。


「じゃ、行ってきます」


 千晶と入れ替わるように佳穂が「よいしょ……」と立ち上がると「佳穂さん?」と声が掛かった。何かを感じ取ったであろう年長者の瞳が揺れている。彼女にしては本当に珍しい。


「……あたしの番だ」


 決意を宿した佳穂の瞳は梢枝に向く事なく、家主の寝室へと歩を進めていったのだった。



「千穂? 分かってる?」


 千晶の丸いはずの双眼が細まっていた。

 咎めるような目だ。止める機会は、自分が憂と話している最中、幾らでもあった。


 ……そう言いたいのだろう。


「わたし、聞いてみたよ。千穂と別れて他の恋を探すの? ……って」


 そこまで言い、言葉を切った。もちろん、千穂の反応を窺う為だ。

 その千穂は1度、目を合わすと窓のカーテンに目を向けた。何の変哲も無い、白いカーテンだ。

 それ以上の反応を示さない千穂に聞かせるよう、ふぅと溜息を吐くと続けた。


「そしたらね。『うん。いつになるかわからないけど』だって。もっと深く聞いてみた。今度は男子か女子かってね。

 ……男子と付き合うべきだって憂ちゃんも思ってる。でも、難しいって……。

 当たり前だよ。難しいに決まってる。そこから先は教えてくれなかったけど、たぶんこう思ってる。理解してくれた上で付き合ってくれる女子なら……って。

 でも、今は無理。憂ちゃんは出来るだけ人を離そうとしてるから……」


「………………」


「佳穂は、ね? もう1度、自分を犠牲にするつもりだよ。千穂の代わりに自分が繋ぎ止めておこうって。無理だろうけどね。タイミングが悪すぎるから」


 もちろん、成功すれば御の字……と言う気持ちもあるだろうが、そこまでは言う必要はない。


「……また、告白するつもり……なんだ……」


「うん。千穂が決めたんだよ? 憂ちゃんに『待ってるから』って言ってあげないから。佳穂は忘れられてるかもしれない気持ちをもう1度、伝えてあげるつもりなの」


「……そう」


「失敗して欲しい?」


「………………」


 それから2分、3分……と、無言の時間が続いた後、小さく笑い、小さく首を横に振り、小さく呟いた。


「……憂が子どもを作る可能性が……って、意味では、ね」


 千穂の回答に千晶はまたもや溜息を零し、梢枝はその真意を探ろうと千穂の一挙手一投足を逃すまいとばかりに凝視していた。



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