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221.0話 小児科で得たもの

 


 ―――11月30日(木)



 教室までの明るい道のり。色とりどりの子どもたち。

 今日も朝礼のないクラスの子たちは廊下で仲良くお話中。


 ……寒いのに。


「リコセンセおはよっ!」

「おはよ! 彩夏さんは今日も元気ですね!」

「リコちゃん、頑張って下さいね」

「ありがとうございますっ! 頑張りますよ!」


 思わず返事したけど……何をだろう? 頑張る行為の該当が多すぎてどれの事だか……。

 1番最近なのは昨日の……だから、やっぱりあの手紙の事だよね?

 担任を降りろ……って言われても、私はたまたま憂さんたちの担任になっただけなんですけどね。憂さん……。いえ、優くんが中3の時の担任だからって……。

 私がもし降りたとしても、他の先生が担任になるだけですし……。何の意味があるんでしょう?


「リコちゃん先生、おはようございます」

「おはようございます!」


 C棟の生徒さんは他の棟に比べて減ってしまいました。

 これも1度出た子をC棟に戻してあげていないからなんですけど……。

 学園長先生、いつまでC棟への転室、全却下状態をいつまで続けるつもりなんでしょう……。受けて貰えたのは元々の5組……。しかもほとんどが憂さんと仲の良い子たち……。


 それでいいのかな……?


「リコちゃん、はよー!」

「おはようございます!」

「おっはよ!」

「おはようございます!」


 条件反射のように挨拶をお返ししつつ、名簿を確認。

 クラス委員長に副委員長、健太くんも結衣さんも欠席。勇太くんも京之介くんもお休み。


 ……昨日と比べるほうが早いや。


 昨日、欠席して今日から復帰の子は明日香さんと樹くん、瀬里奈さん……だけ。

 逆に憂さんは本日、欠席のお知らせ……。付随するように梢枝さんも……。


 縦に並ぶ『×』の多さ……。

 欠席の連絡時、大半のご両親が『本当に申し訳ないのですが』とか『本人は行きたいと言っているのですが』と添えられた。

 親だから子どもが心配なのは当たり前です! しばらく様子見の為に欠席させたとしても……。誰も責められません……。


 う。到着しちゃいました。

 吸って吐いて……と、1つ小さな深呼吸。さぁ、行きましょう! 少し冗談を混ぜる感じで!


 5組教卓側ドアを開けると同時に「おはようございます! って! 少なっ!」とか言ってみました。


「リコちゃん、それは言いっこなしー!」


「これでも昨日よりは多いです」


 ……つかみは成功。今回も佳穂さんが乗ってくれましたね。


「この人数だと本当ならクラス消滅対象です。でも、5組には特例措置が取られましたよー! 今年度中は絶対に無くさないそうです!」


 例え5組が憂さん1人になってしまっても……。

 そんな事はあり得ませんけどね。梢枝さんと康平くんは離れられません。佳穂さん、千晶さんも面談で言ってましたしね。

 人数が減っちゃっても、私はこの子たちの担任の先生なんです!


「皆さんにお知らせです。もう知ってる人も多いとは思いますが、これから先、しばらく憂さんは休みがちになってしまうそうです……」


「……うん。聞いてるー」


 健太くんも結衣さんもいない……から、いっぱい茶々入れてくれてるんですね。佳穂さんも複雑な気持ちの筈なのに。


「はい。でも、落ち着いたら学業専念だそうですので、少しの間の辛抱です……。話は変わりますが、5組は文化祭おかわりのクラス出し物は撤収……なので、問題ないとは思いますが、ミスコン参加の子は準備あるなら申し出て下さいね! 特別に手伝っちゃいます!」


「何もないぞー? 千穂は?」


「……ないよ?」


「優子ちゃん、帰ってくるんかなー? 帰ってこなかったら20人割るんかー? そうなると千晶の出番だ」


「……戻ってきます。絶対に」


 そのミスコン……じゃなくて、文化祭の追加日程は当初の予定通り12月27、28日に決まりました。他のクラスは予想外に盛り上がり始めてるそうです。


「どうして言い切れるんだー?」


 評価の高い出し物はスポンサーの信頼を得、そのスポンサーへの入社が容易くなる。

 これが文化祭の側面ですので……。


「優子ちゃん、千穂ばりの良い子だから」


 でも、それだけじゃないと思う。

 みんなやっぱり悔しいんじゃないかな?

 生徒会長さんも、このままじゃ悔しいって公言されてますから……。


「千晶? ……ちょっと棘が立ってないかな?」


 ……なんだか、普通の会話になっちゃってますね。


「はーい! 今日のお知らせはここまでですー!」


「なんか続きは明日! みたいだよー?」

「同感」


 そう言われてみれば……。明日もお知らせあるかな……?


「それじゃ! 勉強頑張ってね!」


「あ! 逃げたー!」

「せやな。そんな感じや」

「リコちゃん、そんなところあるからね」


 退室する私への言葉。


 ……ぜーんぶ聞こえてますよ!






「それじゃあ、僕の論文は発表しちゃって構わない感じ?」


「……どうなんでしょう? 直接、蓼園さんに聞いてみないと解りません」


 今日は憂の定期検診日。私もコンビニ休みだけど……。今日は朝からVIPルームに。憂が行きたい……って。学園休んでまで……。


「なんか愛ちゃん、置いてけぼり感たっぷりだねぇ……」


「それ! 憂が突っ走っちゃって! どんどんと1人で決めちゃって!」


「おっと! ごめん! 言い方が悪かったね!」


 渡辺先生は両手の平を私に向けて、「どうどう」言い始めた。この先生、仕事は……? 外来あるんじゃないかな? まぁ、助かるんだけど……。


「自立しようとしてるんだね。憂ちゃんは理解しちゃったんだよ。このままだと、愛ちゃんが1番、危険だって。だから自立」


 ……解ってます。私の目の前で今後の方針が決まったんです。


「それにしても頭が悪いよねぇ……」


「脅迫状の送り主……ですか?」


 薄ら笑い出た! これってどんな時に出るんだろうね?


「うん。クラスメイトを引き離して、憂ちゃんを1人にしたい……かなぁ? なるワケないんだけどねぇ……。例えば、憂ちゃんがクラスメイトを守る為に学園を辞めちゃったとして……。そしたら余計に警護堅くなっちゃうよねぇ? 総帥さん、何て言ってた? きっとあの方の事だから、ゴミ屑とか紙切れとかそんな事言ってたんじゃない?」


「惜しい! 紙くずです!」


「あっちゃー! ホントに惜しかったぁー!」


 額に右手を当てて天を仰いで……。そんなに悔しがらなくても。

 ありゃ? また薄ら笑い発動。


「元気出てきたみたいだねぇ。ダメだよ? 憂ちゃんも日々、成長しているんだ。脳は間違いなく回復って言うか発達してる。どんどんと言葉を覚えていく幼児の脳みたいに柔らかいんだ。だから、寂しがってないで、喜んであげないとぉー」


 とぉー。それまでのほとんど飛んじゃいました。


「憂ちゃんは考えているよぉ? 憂ちゃんの選択が1番だとは限らないけど、間違いなく良策だねぇ。学園に行くよりも接触を打診し続けているNPOとかNGOとか、『連合』に入る事の出来た企業とか、そっちと会って見識を広める。研究によりもたらされる可能性をピックアップ。憂ちゃん支持の輪をどんどんと拡げていっちゃおう! ……って。これは屈しないって強烈なアピールにもなるし、出席日数を減らす事で友だちを守る事にも繋がる。そろそろ、研究成果の第一弾の発表があるんじゃないかなぁ? とっくに僕と島井先生の2人で色々と見付けてたんだからさぁ。成果を横取りされちゃうんだよ? 僕たち。だから論文って言うか考察くらい発表したいなぁ……」


 絶対、頭いい。渡辺先生。よく喋るけど、しっかりと纏まってるんだよねぇ。

 ……いかん、渡辺先生の語尾が浸食してきてる。


「総帥さんや秘書さんと会う機会が無くてさぁ。院長先生にお願いするのも恥ずかしいし……。愛ちゃん、何とかならないかなぁ?」


 ………………。


「はい。次にお会いした時にお話しておきますね」


「ありがとう! 助かるよぉ! 僕も多少の欲は持ち合わせていてねぇ!」


 あ。手、取られた。薄ら笑いじゃない普通の笑顔。

 ま、いっか……。





 それから2時間ほど。

 渡辺先生は1時間ほど、外来に行っただけで戻ってきた。

 今は紹介しか受け付けてないんだって。おっきな脳腫瘍とかの患者さんだけ。よく研究所にも出向いて情報提供とかしてくれてるんだってさ。


 ……初めて知った。


「憂くんは戻ったか!?」


 高山さんがインターフォンに駆け出して、伴った人物。

 2時間前に話題に挙がった総帥さんと遥さん。


「愛ちゃん、頼むね……! いやぁ、お久しぶりです! 憂ちゃんはまだ戻ってませんよぉ」


 更にはもう1名。総帥さんと遥さんは、見知った顔を連れられていた。

 私も立ち上がって「お久しぶりです」と深くお辞儀……。


「愛さん、本当にお久しぶりです……。(わたくし)が至らぬばかりに苦難の道を歩ませてしまっております……」


「いえ……。これで良かったんじゃないかな……と、思い始めています」


 鈴木看護部長……いえ、鈴木さん。あの自殺未遂の後、辞表を出されたので、看護部長じゃない鈴木さん……。


「これは本当です。隠し通していたら……。そっちの方が罪深かったんじゃないかな……みたいに思っていますよ」


 倫理の壁。それを突き破ろうと蓼園グループも、『連合』も動き始めて……。

 もしかしたら憂の果たした再構築は、先天性疾患さえ克服するかもしれない。そんな事を隠していたらって思うと……。


「……複雑なご心中、お察し致します」


 神妙な顔付きで、もう1度、頭を下げられ、再び上げられた時には、前に見せておられた聖母も驚くような慈愛の表情でした。


「……優しい貴女に私は赦されました。神ではなく、貴女と全ての関わった方々に感謝致します」


 瞳いっぱいに湛えた涙が零れそうになった時、「暗い話など、そんなところでどうだ!?」と大きな声。


「発表しよう!」


 総帥さんは両手を拡げ、注目を集める。

 その姿は、映画で観るような朗々と語り、紡ぐ、英雄の演説そのもの。


「次期市長に名乗りを挙げる最後の候補! 蓼園グループが全面支援を確約する! 憂くんの為に命を賭けられる行政の(おさ)となるのは、この鈴木 慈子(やすこ)くんだ!」


 ……!


 願ってもない、絶対の味方……。

 この街で蓼園さんの支援はそれだけで当確を約束されたようなものだから……。前市長もそんな総帥さんの支持で当選された方だった。


「どうだ!? 驚いたか!? 遥くん!?」


「ええ。針の先程度には」


「ふぬぅ!? 勘付いておった……か……。ぬかったわ! 今日か? 今日、気付いたのか!? 会った時に勘付いたのか!?」


「いえ、前市長を降ろすと仰られた時に」


「くそっ! 失敗か! いつか口を開けっ放しにさせてやるわ! 今に見ておれ!」


 ……英雄台無し。








「いっぱい――はなし――ありがと――」


 4人部屋。蓼園総合病院の一室だが、VIPルームは元より、他のフロアの病室とは決定的に違う部分がある。

 それは壁だ。通常の白壁ではなく、ポップな色遣いだ。少しでも患者であり、心身共に負担の大きい子どもたちの心を解きほぐしてあげようと言う、病院の配慮である。


 ここは蓼園総合病院小児フロア。

 様々な難病を抱える子どもたちが、志高い医師―――小児科医は、子ども相手であり手が掛かる上、何かあった場合、保護者との訴訟問題に発展しやすく、更に必要な知識は広範に及ぶ―――、看護師と共に日々戦う、命の舞台。


「どういたしまして……」


 ベッドに座したままの少年が頭を下げた憂に、優しく返礼した。



 憂がこのフロアを訪問するに当たり、1週間の期間を要した。

 ここの子どもたちの親族はナイーブであるからだ。

 今から1週間前、島井もまた憂に可能性を説いた。その時、憂から病と闘うこのフロアを訪ねたいと希望があった。

 そこで憂の専属看護師であり、普段はこの階に詰める恵が各家庭に打診、承諾を得、この日、このフロア内、同意を得られた患者の病室を訪れたのである。


「お姉ちゃん! ばいばい! メグお姉ちゃんも!」


「うん。またね」


 元気にお別れの挨拶をしたのは、手縫いと思しき、毛糸の帽子を被った小学校低学年くらいの女児だ。何でもお隣の病室の子らしく、活発さを伺わせた。

 だが、この少女は小児癌を患っている。既に2度の手術を受けており、3度目のオペを控えているそうだ。


 傍の島井は憂の可能性の1つを挙げた。これは比較的、現実味のある話だった。

 憂の再生能力。出血の多くなるであろう手術の際、憂の血液や唾液。これを活用する事で、その出血量を抑えられるかもしれない。


 憂の『ありがと』に最初に反応した少年は、腎臓の1つの摘出を受けたばかりだと言った。

 こちらに関しては、現時点では活用は無理と語った。

 だが、無から子宮を作り出した憂の再構築の解明が進めば、摘出された腎臓の再生すら可能と言う。


 憂は、この高校一年生の少年が吐露する想いを何度も鸚鵡(オウム)返ししていた。詳しく聞きたかったのだろう。

 彼はこれからも闘病の日々である。もう片方の腎臓や膀胱なども病に冒されているらしい。


 少年の隣に入院していた小学生の男の子は……。前日、ICUに運ばれていったとの事だ。その後は入院患者には判らない。

 だが、その子に関しても研究結果次第では、何とかなってしまうかもしれない。


 そんな彼ら、彼女らにとって、憂は希望なのだ。



 それを象徴する出来事が、フロアを離れる際に起きた。

 この小児フロアに入院しているであろう子の両親がエレベーター前に待ち受けていた。恵から打診された憂の訪問提案を受け入れた家族なのだろう。


 その両親は憂を見るなり、父は深く頭を下げ、母は縋るように手を取った。


「お願いします! 脅迫とか、色々とニュースで見ましたけど、どうか研究に力を貸し続けて下さい! もう希望は新しい治療法しかないんです!」


 母親の悲痛な叫びを恵の囁きにより理解すると、「はい――。ボク――なにも――できないから――。できること――します――ね?」


 そう言って儚く微笑んだ憂の姿は、きっと天使そのものに見えた事だろう。



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