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220.0話 試される時

 


 ―――11月29日(水)



 異常事態が起きた。

 C棟1年5組内。それでなくとも少ない人数のクラスメイトの多くが休んだ。

 インフルエンザやノロウィルスなど、流行病(はやりやまい)の類いでは無い。


 原因は今朝、ポストに入っていた宛名だけプリントアウトされた封書だ。


「千穂――? きょうは――かえって?」


「……帰らない」


 千穂の断言に唇を尖らせると、正面の佳穂、千晶にも同じように「佳穂――千晶――かえって?」と伝える。狙っているのだろう。懇願するかのような上目遣いだった。時々だが憂はこのように自身の可愛さを利用する事がある。いつの間にか得てしまった技能だ。


 そんな目から逃れるように佳穂も千晶も教科書に目を落とす。憂の意見に乗るわけにはいかない。

 1時間目の授業は自習となった。教室内から見えるグラウンドの外には、警備員と制服警察官の姿が見える。教室の外、廊下側にもそうだ。

 いずれも緊張感を滲ませた顔付きで周囲を警戒している。


「……あたしは、あんなの……怖くない」

「わたしも……だよ? あんなの……脅し……だから……」



 女子隊は強い。脆かったはずの想いは、表面化した危機を前に堅く、強く定まった。

 だが、女子の大半は休んでしまった。状況が状況だけに警察から出席を自粛するよう、指示があったのだ。親にも通学を止められているのだろう。

 出席したのは梢枝はもちろん、他には結衣だけだ。寮生である彼女には、机の中にそれが入れられていた。

 男子も似たようなものだ。

 拓真と圭祐。結衣と同じく寮生である凌平。康平は当たり前のようにここに在る。

 たったのこれだけだ。転室し、戻ってきたばかりの勇太と京之介の姿もなく、現在、5組の教室にはこの9名しか居ない。


【立花 憂と離れろ】

【離れなければ、これが使われる】


 非常に短い文章。封書の中身の文面と同封されていた拳銃の実弾()の物により、5組の絆は試された。幾人もの親が警察に通報。現在に至っている。

 憂は何も知らず、ここに来た。千穂は、梢枝からの情報により知りつつも、その封書が届かなかった事実を見据え、憂と共に家を立った。今週中は利便性を鑑み、同行する手筈となっていたからだ。千穂の場合、憂に次ぐ護衛体勢の構築が必要となる。


 到着すると下駄箱を慎重に確認し、教室に到着。机を探り、出てきた封書。

 千穂の家も憂の家も、表札も何も出ておらず、学園内の名簿にも現在は載せられていない。だからこそ、寮生の凌平と結衣と同様、机の中に入れられたのだろう。


 憂の机の中にもそんな封書は収められていた。


【ともだちと はなれろ】

【だれか うたれる】


 封書の中身の手紙は、憂に読みやすいよう配慮された文字だった。

 この封書も既に回収されている。学園の通報により、警察が介入したのである。


 何でもこの封書は担任である利子と学園長にも届いたらしい。

 内容は微妙に違ったそうだ。朝礼の時間に合わせ、到着した利子本人が警察の警戒の中、そう告げていた。

 現在は学園長と共に、警察の聴取に応じているらしい。



「――拓真?」


「あ?」


 体を捩り、右後方の拓真に声を掛けた途端、不機嫌そうに返された。


「まぁ――いいや――」


 ……拓真には何を言っても無駄、と言う事だろう。あっさりと引き下がると千穂を超えた向こうに目を向けた。そこには凌平と康平。不安からなのか、普段の廊下側ではなく、凌平の隣に座っている結衣の姿がある。


「ワイに……任しとき。全部、解決したるわ」

「そうだな。僕の場合、両親は郷に居る。僕1人だけならば、何も怖いものはない」

「……」

「根拠の無い自信ですねぇ。康平さん? ここまでの推理を聞かせて頂けますかぁ?」


 2人の『平』のような力強い宣言を出来ない、弱々しい表情の結衣を庇うように、教室後方のロッカーに背を預け、腕を組んでいた梢枝が従兄(いとこ)に問い掛けた。

 その梢枝は……余裕綽々だ。きっと、梢枝は本当に何1つ恐れていない。


「それはお前の仕事やろ? ワイはお前の考えに(もとず)いて行動するんや」

「……なんや、卑怯ですねぇ」

「卑怯でも何でもないわ」

「いいから聞かせて下さい!」

「ち、千晶ちゃん、すんません」

「いつもこうやって話を折るのは千晶さんと佳穂さんのほうですえ? ……まぁ、ええですわぁ」


 そして、現時点での推理を披露する。その表情に一切の揺らぎはない。切れ長の瞳は問い掛けた千晶を見据えている。


「チャットで確認したところ、勇太さんにも京之介さんにも銃弾らしきものが送り付けられております。これはこの教室内か転室してきはったA棟1-7……。若しくは、近隣の教室の者を含む連中の犯行が高い事を示しております。彼らは昨日、転室してきたばかりですからねぇ……。教師の線も捨てきれません。まぁ、どの道、この蓼学関係者で間違いありませんえ? この学園の関係者には時折、誘惑がネットの深部に転がっていると総帥秘書さんから情報を得ていました。きっと、そんな誘惑に乗ってしもうた方の犯行でしょうねぇ……」


「んな事、わかっとるわ」


「……わかってたのか」

「佳穂も? 私も……」

「千晶は?」

「わたっ……しは、もう少し時間があれば……」

「つまりわかってなかったんだな」

「……そうだね」


 ……どうにも危機感が感じられないが、塞ぎ込むよりマシだろう。

 遂に発露した周囲の(・・・)危険性だが、ここに居るのは結衣を除き、元より覚悟を決めていたメンバーたちだ。佳穂も千晶も両親に文面を教えた後、通学を果たしている。

 警察も対応が後手に回っているようだ。それもそうだろう。人数そのものが少なくなっているとは言え、C棟1年5組生徒27名と教師2名に同時に届けられた封書。なかなか全員へのコンタクトすら取れていないはずだ。


「更には夜間、一斉に投函されているので、さっき言うた通り、実行犯は複数人。C棟玄関やコンビニなどの防犯カメラの解析が進めば、すぐに判明しますわぁ……。ですが、封書の送り手は単なる鉄砲玉のような輩ですので、以降の捜査が重要ですねぇ……」


「梢枝――!」


 梢枝の話の途切れたタイミングを見計らい、憂が甲高い声を上げた。


「……どうされましたかぁ?」


 梢枝の声音は柔らかい。

 憂の心中は決して穏やかではない。憂はクラスメイト全員を人質に取られたようなものなのである。そこまで理解していると判断しての優しい物言いだったのだろう。


「そうすい――! れんらく――できる?」


 梢枝の頬が緩んだ。梢枝はきっと憂の心を読んだ。


「――ボク――しらなくて――」


 最後には消え入りそうな声だった。

 彼女は今になって、総帥への連絡方法を知らない事にようやく気付き、これを恥じた。


「ウチも……知りません……」


 頼りにしている護衛の言葉を聞くと、絶望に打ちひしがれるような顔に移ろった。


「ですが、秘書の……遥さん……でしたら……」


 立ち込め始めた暗雲は数秒後には払われた。パァとその美貌に光が差した。その移り変わりようを見ていた梢枝は良い笑顔だ。分かっていてやったのだろう。


「梢枝――おねがい――」


 両手を合わせてみせた。

 千穂がピクリと反応したが、そんな事には気付かず、2人の世界での遣り取りが続く。


「ええですえ?」


 スマホを白のスカートから取り出すと片手で操り、耳に当てた。


「「「……………………」」」


 説明の途上で放置された千晶も小さな溜息を吐いたのみだ。

 大きな意味を持つであろう梢枝の邪魔をする訳にはいかない。こんなところか。

 拓真など、口こそ挟まないが無表情に梢枝を見据えている。


「はい。そうですねぇ。憂さんが……ええ、はい」


 頼もしすぎて何もさせてくれない和風の美女を9対の瞳が捉え続ける。


「学園に? 丁度ええですねぇ……」


 前日の本社訪問と、この度の謁見。


「聴取は……? ……後回し? はははっ! 情報提供者ですかぁ……。そうですねぇ……。あの方にかかれば警察も手の平の上ですわぁ……」


 憂の行動は加速していく事になる。






「おぉ! 来たか! 儂に話だそうだな!」


「そうすい――! ボク――!」


 中央管理棟内応接室。

 そこはC棟応接室よりも豪華で、より洗練された一室だ。

 木目美しい机を挟み、柔らかな茶のソファー。現学園長か、前任の趣味かは判らない。革張りでは無く、そこだけを切り抜けば陳腐にも見える代物だが、それでいて部屋全体の調和が取れ、落ち着いた印象を与える。


 この応接室こそ、総帥・蓼園 肇と学園長・西水流 靖一が初めて邂逅し、立花 優の生存情報を学園長が得た、謂わば私立蓼園学園が共に歩みを始めた舞台である。


 そこには総帥及び総帥秘書と学園長。そして、憂の姉であり、全権を担ってい()愛の姿があった。

 そんな大人たちに対する学園生は、たったの2名。憂と梢枝のみである。

 今回の脅迫状を受け、危険に晒されたのは憂ではなく、クラスメイトと一部教員である。その為、康平は教室に残った。さすがに学園内での銃撃など考えられないが、相手側の首謀者が不明である以上、頼もしい護衛は残すに限る。

 教室を離れる時の憂自身の指示だ。その指示により、この中央管理棟に同行したのは、梢枝と制服警官一名。

 初めて憂の指示を受けた康平は、居残りに「ええでっせ。任せとき」と憂に頷き、ニカッと笑った。


 そんな調子で受け身でなくなっている憂だが、それでも言葉は詰まる。良い言葉が思い付かないのか、悔しそうに唇を噛んだ。


「憂くん。解っておる。君に……いくつかの……提案を……しよう」



 ――――――。



「――ていあんって――なに?」


「この巫山戯(ふざけ)た……紙くず(・・・)への……対応だ」


 憂向けに掻い摘まんで伝えると、梢枝に目を向けた。いつもの……憂が傍に在る時に見せる人懐こい好奇心に満ちた目だ。

 憂に向ける目はこれと異なる。憂の場合には孫を見る老人のような目だ。


「下らん事をしおったわ。梢枝くん? 君が儂の立場ならばこの紙くずにどう対する?」


「ウチなら……ですかぁ……。そうですねぇ。『こんなものは無駄。誰が人質になろうとも関係なく前進する』と声明を出しますねぇ……」


「うむ。儂も然り。では儂が紙くずと吐き捨てた理由は?」


 恰幅の良い男の言葉に感心した様子が混ざり始める。学園長も身を乗り出した。眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いているようにも見えた。姉はじっと聞き入っている。


「総帥さんならば、こんな手紙は絶対に送らないでしょうねぇ……。この手紙は憂さんをどこかに匿われてしまう可能性が考慮されておりません。もしも憂さんが条件を呑み、クラスメイトと離れられれば、以降は総帥の力で囲い、分厚く保護され、余計に手出し出来なくなりますよって……」


「応。そうだ。それにより推測される首謀者は?」


 総帥の問いの声がどこか愉悦混じりに聞こえた。


「考えの浅い者。若しくは失敗しても問題のない……。成功すれば御の字程度に考えている輩の仕業」


「はははははっ! あっははははっ!! どうした事だ! 遥くん! 君と同じ事を言ったぞ! 2人は似すぎておるわ! 儂は……儂はもう……クククっ……! はっはっはっ!!」


 ついには哄笑だ。

 憂はポカーンと口を開け、その口の中を見ている。

 でっかいとでも思ったのかもしれない。


「肇さま? 憂さまが驚いておられます」


「おぉ……すまん!」


「梢枝さん? それを踏まえると?」


「本気度は相当低い。せやけど、もしも前者だった場合には……」


「……はい。前者・考えの浅い者の仕業であり、アレが実弾だった場合、怪我人どころか死者まで出る可能性を含みます。よって、ここから先の私たちの行動は憂さまと愛さまの意思が必要となります。条件を受け入れ、全てを切り離し、学園を休学。事態の収拾を図るか、跳ね除け全てを守りつつ動くか……。その他、多数の対応方法があります」


「うむ。その幾つもの道の提示。憂くん! 長くなるぞ!」








「……戻ってこなかったね」


 放課後の鐘が鳴り終えた直後、千穂の発言である。

 今日一日、教室外には警察官の姿が延々とあった。

 一度は、生徒指導室に全員移動させられ、そこで簡単な聴取。相手に心当たりがないか……など、聞かれた。

 その間には、1年5組には鑑識でも入ったのかもしれない。

 何かと物々しい一日だったが、警察が動いている以外、変わりのない日だった。


 学園は学級閉鎖などの措置を取らないらしい。

 利子や学年主任、C棟棟長やらがちょくちょくとやってきては、心配は要らないと宥めていった。


「明日は、通常授業だね。みんなはどうするの?」


 千晶は、寂しそうに呟いた千穂を横目に別の話題だ。千穂の話に乗ってしまっては千穂は益々凹んでしまう。


「ワイはいつも通りや」


「そうだな。ここで引いてしまえば、敵の思う壺だ」


「凌平はん? そう言う言い方はあれやで? みんなの出席を強要するみたいになってしまうわ」


「……そうだな。失言だ。答えは聞かん。各自、自分で判断すればいい。こうなっては5組を離れ、憂さんに距離を置いたとしても誰も責めん」


「そうだね……。そろそろ帰る?」


「帰るぞー」


「……だな。今日はバスケ部にも来んなって言われたし。外の人、待たすし」


 外の人。警備員と制服警察官の数名に黒服が混ざっている。学園の許可は降りているのだろう。

 千穂たち教室内の8名は彼らによって、自宅、もしくは寮へと無事、何事もなく帰還を果たした。



 その後、学園は敷地内に報道陣を招いた。

 再構築発覚時よりかは随分と少ないが、それでもかなりの人数だった。全てが今回の事件を受け、学園に足を運んだ人たちだった。


 そこで学園長は再び、記者会見に臨み、学園は如何なる脅しにも屈しないと毅然とした態度を示し、同席した総帥・蓼園会長は、憂と話し合った答えをマスコミ向けに発表。


 立花 憂は、これからも学園生活を続ける事。

 立花 憂は、どんな挑発、脅迫にも屈しない。全てのどんな(・・・)交渉のテーブルにも付かない事。


 これは捉え方次第だが、例えばクラスメイトの誰かが拉致され、憂の身柄と交換……などの動きが出た場合、それらを跳ね除ける意思を示してみせたとも言えるのだろう。


 最後には憂自身も姉に連れられ、多数のフラッシュの中、入場した。



『――がくえん――やめません』



『そんなの――くやしい――から』



『けんきゅうも――』



『――やめません――』



『――たくさんの――ひとを――』



『たすけられる――かもって――きいてるから――』




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