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218.0話 こんなはずじゃなかったのに

 


 ぴんぽーん。


「はーい! はいはい!」


 たぶん憂だ! 急げー!

 がちゃ、って。


 ……あれ? 愛さん?


「……千穂ちゃん? ちょっといいかな……?」


 その申し訳無さそうな……そんな顔、嫌な予感しかしません。


「……はい。上がって下さい」


「お邪魔します……」


 私のお部屋に。

 何だろう……? 今日、佳穂と千晶と話して……。それでもう1度、パジャマパーティーしようって……。

 今度は梢枝さんの部屋で……。梢枝さんも嬉しそうだったんだよ?

 憂には、晩御飯の時にでも話そうって……。


「……相変わらず綺麗な部屋だね」


「しておかないと……」


 キレイにしておかないと今日みたいに愛さん、来ちゃうから……。


「不細工なぬいぐるみと、こいつが妙に存在感。カピバラみたいなの」


 ……ブサイクだから可愛いんじゃないですか。しかもカピバラさんは憂の手作りですよ? すっごく可愛いんですから。


「あ。不満そう」


 ……愛さん、また無難な話から……ですね。きっといきなり話題変わるんだよ?


「ごめん」


 あれ……?


「単刀直入に言うね」


 ……私が警戒してる……から……? 愛さんはいつでも私の事、よく見てくれてるから……。


「憂が前の家に戻りたいってさ」


「え?」


「どうして?」


 ……それ、私の台詞です。


「今のまま過ごして……。千穂ちゃんに何かあったら自分を許せないからってさ。学園にはこのまま通うって言ってるんだけど……。千穂ちゃんの傍に居たらダメって……」


 ……なんで? 今のままじゃ……ダメ? なの?


「そんな顔されると……。やっぱりごめん」


「謝られても……困ります」


「千穂ちゃんはさ。出来ればここに居て欲しいって。安全だから……」


 離れないといけないの? 何で? どうして?


 ……分かってる。拓真くんが教えてくれたから。


 ……危ないから……なんだよね。だから安全にって……。

 あの時、向けられた殺意。何が何だか分からなかったけど、自分の部屋で1人になって初めて怖くなったな……。


「元の家に戻るって選択肢ももちろんあるってさ。その辺りもお父さんが教えてくれた。しっかりと詰めたみたいだよ。その辺り……」


 はぁ……って、短いため息。愛さん……。


「戻りたいなら憂が漆原家の警備を依頼するって……。総帥さんの警護じゃなくて、憂の……」


 愛さん……余裕ないですね。

 たぶん、私もそんな顔してる……けど。


「なんか決心硬くてね。ここに居よ? ……って言ったら、じゃあ1人で出ていく……とか……」


 1人で……? 出た先って……。総帥さんのところ……?


「あー! こんな事になるとか全然、思ってなかった! ……付いていけば良かった」


 愛さんの望みが分かっちゃった。私の前では口にしなくなったけど、やっぱり愛さんは私と憂に一緒になって欲しいんだって。


 ……もっと、早く言って欲しかった、かな? 憂が変わったって思ってたけど、こんなにすぐとか思ってなかった。


 それは愛さんも……なんだよね?


「……今からでも遅くないかもしれない。千穂ちゃんの夢……。まだまだ先は長いんだよ? 憂と一緒になってもさ。解決策もあるかも……」


「……それはもういいや……って思ってました。私は1人だけでも子どもを産めればいいかなって。方法はあるはずですから……。梢枝さんもそう言ってくれました。解決策、あるんだって……。どんな方法か教えてくれなかったけど……」


 子どもたちに囲まれる……。

 何も自分の子どもじゃなくてもいいやって。

 だから進学して、卒業して……。幼稚舎の先生になろうって……。


「千穂ちゃん! 泣く前にする事……あるかも。憂と離れずに済む方法……。強制なんか出来ないけど……」


 ………………。


「……千穂ちゃん……」


 ……。


 する事……。

 そうですね。

 袖で溜まっちゃった涙を拭う。


 離れていく憂を引き留める方法……。


「憂に……。会えますか?」


「やめておいていいんだよ? 一時的な気の迷いみたいなものかもしれないし、離れてから考えてみてもいい。焦る必要は……」


 ……どうなんだろう。


「……一緒に……居たいです……」


「……今すぐじゃなくてもいいんだよ?」


 そう、ですね……。でも、早いほうがいいはずですよね……? 引っ越すなら準備も必要になるんだし……。


「今で……今が……。いいです……」


「……うん。分かった。連れてくる」


 愛さんは強張った顔で身をひるがえして……。


「よろしくお願いします」


「ちょっと待っててね」




 ……いきなりすぎるよ……ね。


 すぅ……はぁ……。


 愛さんの居なくなった部屋で、呼吸を整える。2度目。優への2度目の告白。

 曖昧だったから……。私がはっきりとしなかったから……。

 優は自分で決めて、自分で離れていっちゃう……。私を安全なところに置いておきたいから……。


 ぴんぽーん。


 ……来た。

 部屋を出ると、閉じられたままの玄関。

 鍵……掛けてないのに……。


 かちゃ……って。ドアが開いて、見慣れた愛さんと憂の姿。愛さんとの付き合いって、まだ1年にもなってないんだよね。


「千穂――」


 もしも、憂と離れる事になったら、愛さんとも疎遠に……? もう本当のお姉ちゃんみたいに思ってるのに……?


「千穂――? これ――」


 え? あ……。憂からのプレゼント。私のサイズにピッタリのショートブーツ。可愛くて気に入ったんだよ……?


「これ……ありがとね。すっごく、嬉しい……」


 ……うまく笑えないよ。


「――よかった」


 ちっちゃい憂のちっちゃい笑顔。

 ごめん、伝わっちゃったね……。私の寂しくて悲しい気持ち。


「憂? 上がって?」


「私は……家に戻ってるね」


 心配そうな愛さんに「はい」って返事。いつまでも『うん』って言わなくてごめんなさい。気恥ずかしいんだよ? お姉ちゃん?


 2度目の告白……。成功率は低そうだけど、成功したら『お姉ちゃん! これからも一緒だよ!』って報告しよ……。


 閉じられる玄関と、そこにポツンと佇む憂の姿。

 あ……。暗くなっちゃった。


 玄関に向けて歩いて、電気のスイッチをぽち。

 オレンジ色の憂の顔。しょぼくれてて、顔にごめんねって書いてあるみたい。


 無理。きっと憂は決意してる。決めた優は強いんだよ……。


 でも……。

 無理って分かってても、私は左手を憂に差し出す。


 ……憂は私の手を小首を傾げて見詰めたまま動かなくて……。

 ……取ってくれな……!


 良かった。取ってくれた。ひんやりとした憂の手。寒いよね……。

 お父さん、まだ帰ってきてないからだよ。エアコン、私の部屋しか入ってないから。


「……おいで?」


「――うん」


 小さなミュールを脱いで、憂は私の部屋に。

 学園はこのまま……。でも、プライベートでもこれからも……。こうしていたい、な。


 すぐに部屋に到着。

 憂と繋いだ手は、離さないといけなくなって……そっと離した。


「憂……」


「――ぅ」


 目を逸らさないでって意味を込めて、ドアのとこから進まない憂を覗き込んでみた。

 ……赤くなった。まだ、想ってくれてるんだよね。だったら……いいんじゃない? 危なくても私は憂と一緒に居たい。



 だから……。




「憂……。私、今でも……憂が好き……」




「だから……一緒に……」



 ……居てくれないかな?



 お願い。



 私は憂と一緒に居たいんだよ?



 選択肢はいっぱいあるけど……。



 全部捨てても出来れば憂がいい。優がいい。





 憂のキレイな目が揺れて……。



「――どう――ぅう――なんで――」



 小さい声だけど、はっきり聞こえて……。



 戸惑ってて……。



 ……なんでいきなりって思ってる……?






 それでも……。








「――ごめん」







 私の目を見て、逸らさずに憂は言い切った。



 やっぱり。



 ……振られちゃった。


「――でも」


 耳、塞ぎたい。次の言葉は……。


「――がくえんでは――いっしょ――だよ」


 それって、これからも友だち(・・・)だよって意味、だよね?


 甘えてた。ずっと甘えてた。憂はずっと一緒だって。私と離れられないって。


「千穂――なかないで――」


 ……泣いてないもん。

 指のおなかが私の目尻に触れて……。その白くてちっちゃな指は少し濡れてた。

 おかしいな……。これからも学園では一緒に居られるのに……。








 ……お互い無言。


 長い静かな時間。


 お陰で考える時間、いっぱい出来たよ。


 お互い、進まないといけないんだね。進もうって事なんだよね?



「ボク――いつか――ね?」



 耐えられなくなっちゃった? このさみしい時間に。



「いろんな――しんぱい――なくなったら――」



 ……それって……。



「そのとき――に――」


 尻すぼみ……。

 憂の声は小さくなって消えちゃった。


 ……言ってくれないんだね。


「――じゃなくて――ちがう――」


 分かってる。


 私の……。ううん。お母さんの願いのせい。

 憂は知ってる。思い出してくれたから……。


「千穂は――」


 ……分かってる。憂の唇に人差し指を添えて、ストップ。


 それまでに彼氏が見付かれば……。だから『その時に僕から告白する』って言えないんだね。

 そうだね。ちょっと前まで私にとっても夢だったんだ。子どもだって何人も産める可能性だってあるんだよ。相手が憂じゃなかったら。


 憂……。憂も苦しい決断だったんだよね?

 その時がいつか分からない。


 憂の言いたい事。その意味、よく解るよ?


 背中、押してくれてるんだよね?


 夢を諦めたらダメだ……って……。


 重たいな。夢を絶たれた憂の……だから……。



 私もいっぱい考えた。いっぱいいっぱい悩んで……。憂と離れて他の誰かに……って事も。感情を抜きにしたらそっちのほうがいいって事も。


 憂が『待ってて』って、言ってくれないのなら……。



 私……。憂が言う通りに、いい人見付けたらそっちに行くよ……?



 ……だから。



「憂も……」



「――うん」



「いい人……見付けたら……」


 ……お目々潤んじゃったね。今度は私が憂の涙を拭ってあげる。



「憂も……だよ……?」



「――ぅ――うん――」



「約束。私も……探すから……」


 私だって憂だって、女の子同士より、普通に子ども産めるほうがいいんだから……ね?


「――うん。ぅぐ――」


 絡み合う小指と小指。

 おかしいな。今、別れたばっかりなのに……ね。







【憂にフラれた】千穂


 ……立花さんとの晩御飯は今週いっぱいまで。

 立花さんと私たちとの合同家族会議で決定。


 今日は、ほとんど食べられなかったなぁ……。憂も。愛さんも、みーんな口数少なくって……。

 憂のご家族は憂の決断を支持。私が全部話したから……。


 宙ぶらりんだった私と憂の交際にケジメを付けて、憂とは基本的に学園内での交流に留めること。

 2人はそれぞれ、他の恋愛の可能性を探ってみること。

 憂への危険が遠ざかったら……。遠ざかったって憂が判断して……。その時までに好きな人が変わっていなかったら、もう1度。今度は憂から告白してくれるはずだ……ってこと。


『千穂がそう決めたのならね。僕は反対しないよ。反対して欲しいのならこっそり教えて』


 これが私のお父さんの意見。


 佳穂【どう言う事!?】


 女の子同士。別に悪いことじゃないと思うけど……。お母さんに2人ともなれなくなっちゃう。問題はそこ……。


 千晶【なんて返そうか困ってたら佳穂が生えた】


 憂が好き。今も変わらなく好き。

 でも、私は憂との恋愛しか知らない。


 梢枝【今日、おかしな事を吹き込まれたようですねぇ……。ウチは遥さんに用事が出来ました。また後でお話しますえ?】


 佳穂【今はそんな冗談、笑えない。千穂? それって本当?】


 おかしな事……。たぶん、色々と相談したんだと思う。憂って本当に総帥さんの事、信頼してるから。その上で出した結論は正論……。


【私もこのままじゃいけないと思ってたから……】千穂


 悲しくて辛いけど……。


 梢枝【……そうですかぁ。本当にそう思われているなら何も言いませんえ? でも、結論が性急すぎる気ぃしますわぁ……。焦りはる気持ちは判りますけど、それはどうなんですか?】


【本当だよ】千穂


 梢枝さん……。

 そんな事ないんだよ?

 今までいっぱい考えたんだよ?

 憂と離れてどうするかとか、いっぱい。

 性急すぎるって思われてもね。

 別の選択肢を拾っただけなんだよ?


 千晶【世間体とか気にする必要ないと思う】


 あはは。忙しいや……。薬を持ってる4人で作ったグループ。


 佳穂【納得いかない。抗議するよ。あたしは】


 抗議してもね。憂が決めちゃったんだよ。私と距離を置くって。それで本当に私たちの危険度が下がるかは解らないけど……。


【拓真くんがね。言ってたよね?】千穂


 千晶【佳穂のこと、止めないよ?】


 梢枝【大切だから安全なところに置いておきたい男心、ですえ?】


 そう。だからそれで憂が安心出来るのなら……。憂が安心出来るなら、少し……。ほんの少しだけ離れるだけ。


【学園では今まで通りだよ。だから元に戻るだけ】千穂


 違うのは……ね。

 憂と私がはっきりと付き合ってない……って、なった……だけ。


 梢枝【今から、千穂さんのお部屋に伺っても宜しいですかぁ?】


 佳穂【……元に戻ってないじゃんか】


 少し離れてみるだけ……。


 千晶【佳穂にとってはチャンスじゃない】


 他の誰かを見てみるだけ……。


 佳穂【でも! なんか違う!】


 …………。


 千晶【千穂? もっと話聞かせて? 色々とおかしいよ。憂ちゃんから言いだしたんだよね? 学園は今まで通りって? どうなってるの?】


 佳穂【千穂?】


 梢枝【千穂さん?】


 あ……。ぼんやりしてた。









 千穂の気持ちを大いに動かした憂は、時を同じくして、チャットで顛末を伝えていた。

 誰かに聞いて欲しかった部分があるのだろう。

 選んだ相手は……。一番付き合いの長い男だった。


 拓真【おまえ、それでいいんか? ひっこし? きもちはわかるが、なっとくはできねぇ】


【でも、千穂にケガさせたくないから。ケガだけじゃなくて】憂


 拓真【ボウガン向けたヤツなんか、ほんのひとにぎり】


 拓真【ミスって、そうしんした。ほとんどいないぞ】


【もっといるかも】憂


 拓真【となりに、もどってくるなら、俺はおまえにからむぞ?】


 拓真【俺にまで、きけんとか、いってんなよ?】


 拓真【ひっこしたら、俺のへやに、こい】


【どうして? それじゃだめ】憂


【あんぜんになるまで、はなれて】憂


 拓真【ことわる】


【拓真!】憂


 拓真【おまえがおころうが、どうしようが、俺のかってだ。みんなが千穂ちゃんみたいに、ききわけいいとおもうなよ】


 拓真【あー。勇太と京之介を、5くみにもどってこさせねーとな】


 拓真【へんじ、かえせ】


【なんでじゃまするの?】憂


 拓真【こっちのせりふだ。ばか】


【馬鹿って! 拓真が馬鹿だ!】憂


 拓真【とにかく、もどってきたら、いっかい、俺の部屋な】


 拓真【おまえと、つらあわせて、はなしたい】


 拓真【おい】


【わかった。いっかいだけ】憂



 ………………。


 このように憂と周囲の在り方が大きな転機を迎えた一日だった。


 原因は……。


 すれ違い、だ。


 憂としては、一時的に距離を置こうとしていただけの筈だ。千穂との交際を曖昧なままに。

 対する千穂は心の余裕を失った。世界的な動きに同調する憂を何とか繋ぎ止めようと、不必要な領域にまで踏み込んだ。


 すれ違って以降は、両者が互いに心の奥底で燻らせていた想いを発露させた。


 結果、お似合いの2人は、心内に1つのケジメを付けた。全てはお互いの可能性を広げる為に……。







 あとがきです。




 2人の恋に1つの区切りが付きました。

 章立てをしていない『半脳少女』ですが、区切るならば、ここで1つの章が終了。


 ―――そして最終章へと突入致します。

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