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214.0話 お土産大放出

 あけましておめでとうございます。

 本年も宜しくお願い致します。















 


 ―――11月25日(土)



 蓼園市。その住宅地に隠れ家のように存在する施設がある。

 その施設は注目度を再び高めた旧立花家にほど近い。


 更衣室内では、絶世の美少女が着替えの最中である。


「――さむ」


 ……なんて事はない、例のバスケ施設である。


「何を急いでんだか……。ちょっと待てば暖房効くのに……」


 いそいそとスカートを降ろし、すぐに片足を上げた。これからスパッツ着用である。

 何気に毎日スベスベ系のショーツだ。これが彼女の趣向に合致しているのである。因みに本日はライトブルーだ。


 右足を通すと続けて左足を上げ……ゴンと聞こえた。

 バランスを崩し、よたよたと壁に向けて蟹歩き。そのまま、壁で止まったのである。


「――いた」


「反応遅いわ!」


 ペチンとおでこを叩かれ、体の位置を修正されると動きを再開。3~4分丈ほどの黒スパッツを引き上げ、すぐさまショートパンツを手に取った。

 急いでいる。彼女にとっての全力かもしれない。


「――さむ」


「2度目……。どころじゃないか」


 この日、ついに冷え込んだ。朝から幾度となく、寒い寒いと主張している。何度、言っても気温は変わらないが、言ってしまう気持ちは分からんでもない。


「お姉ちゃん――はやく――!」


 憂には急がねばならぬ理由がある。

 会いたくて会いたくて仕方がないのだ。




「――ただいま!」


「憂! おかえり!」


 早速、バスケユニ姿で駆け寄った千穂を見送る面々は、苦笑いだ。エレベータが開き、同じバスケユニの憂を見た途端に、ゲームを投げ出した。ボールをキープし、千穂と対峙していた美優など、どうすればいいんだろう……と、挙動不審である。


「千穂――!」


 満開の笑顔が花開いた。

 千穂が小さな左手を差し出し、その左手と憂のより一層小さな手が繋がれた。

 丸一日ぶりに互いの手を繋いだ瞬間だった。


 ……そして、はにかみ笑い合う。


「……ご馳走様」


 ゲームは完全に中断されてしまったようだ。

 今、ここに居るのは、ほぼいつものメンバーだ。しかしながら、京之介の姿が無い。元々、京之介の特訓の為に始まったバスケ会だが、これでは本末転倒である。彼としては千穂と顔を合わせづらいのだろう。


 ご馳走様と呟いたのは佳穂だ。未だに待っている立場の彼女からして見れば面白くない事、この上無いはずだ。


「憂……。いいから……進んでくれ……。重い」


「全くだわ」


「――んぅ? ごめん――!」


 エレベーターの出入り口で立ち止まっていた憂が慌てて進む。

 ……手は繋がれたままである。


「みんな――! おみやげ――!」


 テンションが高い。実は行きの道中……? 空中……? つまり、行きの旅路後もこんなテンションになった。

 ヘリのせいだ。

 人生初のヘリコプター。これが遠出に不安のあった憂だが、問題なく終わった要因だ。憂となっての初めての遠出。プールへのお出掛けでは、憂の様子がおかしくなったが、原因は不明のまま。この情報のお陰で控えられていた遠出は何だったのか。

 そう言えば、キャンプの時にも問題なかった気がする。


 憂と千穂を横目で見つつ、重そうなお土産袋をぶら下げた姉と兄がようやく、全員に姿を晒した。

 姉は1つ。兄は2つ。両手に紙袋をぶら下げている。


 ……憂だと両手でようやく1つ抱えられるレベルかもしれない。もしかしなくても幼児のように引きずって歩いてしまいそうである。


 関東圏。某県からの帰りはもちろん空路だった。飛び立った蓼園総合病院屋上ヘリポートに降り立った。

 この時点でとっくに超ごきげんさんである。

 出迎えた母と兄。伊藤や院長が『どうしたんだ? この子は?』みたいな顔をするほどだった。


 ご機嫌の理由も単純だ。

 前日の15時には研究所での検査は終わった。わざわざ正面玄関からマイクロバスに乗り込み、マスコミの前に姿を晒した。囲み取材など行われなかった。マイクを向け、口早に質問したところで憂の返答は期待できない事をマスコミも理解しているのである。


 ……話が逸れた。ご機嫌の理由だ。

 憂は総帥閣下の接待を受けた。観光地こそ回っていないが、土産物屋、スポーツ専門店、洋服のショップなど巡り、締めには寿司……。

 県外での旅行を満喫したのである。



「あーい。とりあえずこれ、みんな1つずつだそうだよ」


 ご当地の饅頭。チョコレート。甘党の憂らしいチョイスだ。


「憂ちゃん、ありがとー!」

「おー! サンキュな!」


 中略させて頂く。人数が多い。


「これだけじゃないよ。なんか個別にお土産選んでてさ。どう見ても持ち切れないから、配達でね。今日の夜か明日辺り届くと思うよ」


「……え? 全員分……?」

「憂ちゃん、お金大丈夫かー?」

「何だか申し訳が無いな……」

「住所、どうしたんだ?」


 千穂、佳穂、凌平、拓真……と、どんどんと出てくる言葉を前に、愛が手の平を向け、制した。他の面々も何か言おうとしていた。姉に聖徳太子的な能力はない。


「えっと……ね。住所は遥さんの手帳にあった。あはは。みんな悪い事しないようにね。全部、知られちゃうかも。あ。遥さんは総帥さんの秘書さんね」


 マジかー。嘘でしょ……。そんな声をスルーするともう1つ。佳穂の質問に答えた。

 ……何気に愛も剛もバスケユニ姿である。やる気満々らしい。


「お金は……。今回のアルバイト代で賄えてるから大丈夫だよ。みんなを置いて楽しんじゃった……とか、ホテルで少し凹んだ時があったから気にしないで受け取ってあげて」


 ……この時はまだ知らない。

 宅配された憂からのお土産の品がコートやバッグなど、それなりに値の張る品であると言うことを。


『憂さま? 現在、この方はこのような品が欲しいようです』


 ……こんな感じで秘書がアドバイスを与えていった。



 愛は、総帥の手前、言い出せなかったのだ。


 総帥の金銭感覚はおかしい。セレブリティな生活をしていればそうなってしまうのだろうが、それが憂に感染っていた。


 ……それだけの額面を受け取ってしまった。


 これは自宅に戻ると『お預かり』されてしまった。賢明な判断である。福沢諭吉に釘付けとなった過去の憂を取り戻してくれる事を祈る。


「――あれ?」


 小首を傾げた。兄の持つ紙袋を覗き込んでの行動だ。

 ……その中には1セット余っている。


「なんで――?」


「梢枝……ちゃう?」


 その梢枝は現在、蓼園市に帰還中だろう。

 離れて行動しているが、学園外では総帥に付けた護衛がいるので問題ない。彼女らの現在の任務は学園内に於ける警護……のはずだ。


「梢枝――もう、わたした――」


 そして見回し始める。


「千穂――佳穂――千晶――」


「康平――凌平――」


「拓真――圭佑――勇太――」


「美優ちゃん――」


「――あれ?」


 ……誰が居ないのか判らないらしい。しかし、これは誰にでも起こり得る事態だ。憂だから……と、言うわけではない。


 あらためて「美優ちゃん――。佳穂――千晶――千穂――」と、女子勢の列挙。


「梢枝は――まだで――康平――凌平――」と、護衛組……? 凌平は違うのだが、憂の認識としては、それに近いのかもしれない。


「拓真――圭佑――勇太――」


 ……以前ならば、拓真の次には勇太の名前が挙がっていたのだろうが、一緒にいる時間の都合か何かで、順番が変わってしまったようだ。とは言っても、勇太は気にした様子を見せていない。


「あ――!」


 拓真の片眉が跳ね上がり、勇太と圭佑は顔を見合わせ肩を竦めた。

 気付いてしまった。誰が居ないのか。


「きょうちゃん!」


 キョロキョロと見回すと、ある一角を首を傾げて指差した。

 そこにあるのはお手洗い。居ない理由としては、可能性あり……だが、残念ながら外れである。

 位置的にたまたま目を向けられた美優がふるふると首を横に振ると「――どこ?」と、よりによって千穂に問いかけた。


「……来てないよ。今日は……」


「なんで――!?」


 1番答えづらいのは千穂だ。間違いない。聞く相手が悪いが、憂には知らぬ事であり、仕様がない。


「それは……」


 案の定、詰まってしまった……が、誰1人として助け舟を出せない。


 京之介の告白を知っているのは、拓真、圭祐はもちろん、梢枝との情報共有をしている康平。後日、本人から告げられた勇太。

 男子たちに『千穂が振ったから』など言いにくい事この上ない。


 一方の女子は、佳穂と千晶が『2人の間で何かあったんだろうな』と、推測している程度だ。


「「「………………………………」」」


 統合すると、誰1人として答えられない現象が発生する事となった。梢枝の不在が悔やまれる。彼女なら巧く誤魔化してくれる事だろう。


 ……京之介が千穂に告白した……などと知れば、憂と京之介の間に取り返しのつかない亀裂が生じる恐れがあるのである。


「――さぼった!」


 ……助かったと思ったのが大勢居そうだ。


「きょうちゃんの――れんしゅうなのに――!!」


 プンスカと怒り始めた。興奮で紅潮していく。


「ボク――おこった――!」


 言われなくても分かっている。全員が、だ。


「憂? ほらよ」


 何やらベンチにスタスタと歩いていった拓真がとんぼ返りしてきた。

 そして、差し出したのはスマホである。


「ありがと――!」


 怒っていてもきちんとお礼を言える良い子……なのか?


「タップしろ」


 もう通話の相手も表示されているらしい。憂の細い指先が拓真の指示通りに動く……と、耳に当てた。スマホがやたらと大きく見えるが通常サイズのはずだ。


『拓? どうしたの? 今日は行かないって言ってたよね?』


「きょうちゃん――! えっと――! ぅえ――あぁぁ――!!」


 怒り再発。言葉が出て来ないらしい……。空いている右手で、頭をわしゃわしゃしてしまった……が、そんな事はどうでもいい。

 問題の京之介は『憂!? なんで!? ちょ! 拓真に代わって!!』と混乱中である。


「うぅ――。うううぅ!!」


『ちょっと!? 憂!? 聞いてる!?』


 混乱し、憂に普通の速度で話しかける京之介。しかも電話越しであり、表情は不明。憂とのコミュニケーションは不能状態である。


 憂も憂で立ち直れない。

 他の面子はなかなか口を出せない。千穂と京之介の溝は時間が埋めてくれるはずだ。間には本当に入りづらい。下手こけば、憂と京之介の仲にまで飛び火する。



「憂? 落ち着け? どうどう。はい、深呼吸……」


 こうして姉が何やら悟ったような顔で憂を宥め始めると、憂の手元の拓真のスマホは、ツーツーツーと音声を発し始めた。






 ……ある意味、平和な学生たち+αとは反対に、蓼園市市役所は騒乱が起きていた。

 先週の土曜同様、前日の金曜に続き、デモが行われた。


 梢枝の予言そのままに、そのデモに対するカウンターデモがあり、更にはそのカウンターデモ参加者を糾弾する勢力もあり、事態は混迷を極めた。


 この一連のデモンストレーションを受け、蓼園市市長が任期を残し辞意を表明した。


『確かに混乱を招いてしまう結果となりましたが、市政の長として、彼女に戸籍を与えられた事は何ら後悔しておりません』


 市長のこんな言葉が印象的だった。







 得心したかのような姉がそこに居た。

 千穂の俯く様と、周囲の友だちの反応から察してしまったのだろう。


「千穂ちゃん? 帰ったら色々と教えてくれる?」


「え……っと。つまらないと思いますよ?」


「拓真――もっと――はやく――!」


 イライラしている憂はコート内に居た。あれからタブレットを回収し、京之介にメッセージを送りまくっているが、返信は皆無。

 憂の激に応えるかのように、更にインサイドに切り込むと圭佑を経由し、その拓真の手に収まった。

 直ちにレイアップシュートに持ち込むが、ゴール下は勇太の主戦場。そのシュートは叩き落される……。


 ――と、思った瞬間だった。


 拓真の手が1度、引っ込んだかと思えば、飛んだままゴールをスルーし、空中で姿勢を入れ替え、再度、反対の手でシュートが放たれた。

 ふわりと柔らかくゴールに吸い込まれるボールを見届けると、憂の目が見開かれる。


「きれいな――だぶるくらっち――」


「なんだー!? 何をしたんだー!?」


「あー……。拓真の十八番(おはこ)がー。1年半ぶりかー?」


「相変わらずディフェンス泣かせだよなぁ……」


「拓真――! いい――! もういっぽん!」


 期待に応え、やって退けた拓真だったが、更なる期待を向けられ、苦笑いを浮かべたのだった。



 その封印が解かれたダブルクラッチにより、憂は機嫌を直してくれたように思えた。

 千穂や愛でさえ、そう思ったはずだ。


「きょうちゃん――はやく――あう――」


 本日の練習終了後には、しっかりと憶えている事が判明した。


「明日、部活あるぞ?」


「ちょ。圭佑……。お前、酷くね?」


 そろそろ5組に戻ろうかな……なんて思っていた勇太は、只今、京之介に付き合う形でA棟1年7組に在籍中。どうにも上手くいかないものである。




「そっかぁ……。付き合おう言われたんだね」


「……はい。憂は拓真くんと付き合うのがベターだって……」


「……まぁ、その方が健全ではあるよね。ん? 憂にとっては不健全なのか? 全く……ややこしい子だねー! 帰ったら意味なくツッコミ入れてやろ」


「え? それ、憂はぽかーんって……。あはは……想像したら面白い……」


 漆原家の千穂の部屋。そこにパジャマ姿の千穂と部屋着姿の愛が居た。

 本当に話を聞くべく、妹のような千穂の部屋を訪ねたのである。

 憂は今頃、寝始めただろう時間帯の事だ。


「……………………」

「……………………」


 千穂はそれ以上の事を切り出せない。愛も何を言ってあげていいのか分からない。

 どことなく、距離感を感じてしまった両名なのだった。




 続いて立花家。憂の部屋……。


 297:女の子になったら自分の体触るよな?

 298:触らない訳がないだろ

 299:あんな美少女に俺もなりてー! ちやほやされてー!

 300:スベスベのぽよぽよなんだろうなぁ……

 301:それは美少女じゃなくてもそうだろ


 憂は1つの技能を身に着けてしまった。

 姉も千穂も不在を良いことにエゴサーチ中である。


(スベスベ――)


 おもむろにパジャマの中に手を突っ込んだ。伸びた先はショーツではなく、もっと下だ。

 憂は自分の足の感触が好きなのだろう。


(――きもちいい)


 ……手触りの事である。これは強調しておかねばならない。


(――千穂も――?)


 サワサワしている。憂にとっては難度の高い漢字を使った文章の遣り取りだが、生憎、片仮名だったので読み取ってしまったらしい。


(――お姉ちゃんも?)


 今の皮膚を得て1年足らずの憂。

 そんなスベスベツヤツヤ肌と比べられては愛が可哀想だ。


(ふれさせて――くれるかな――?)


 ズボンを抜いだ。白い肌が露わになる。

 もう1度、憂の小さな手が大腿に触れ、その柔らかな肌は沈み込む。上から下へ。下から上へ。何ら抵抗なく指が滑る。


(――むり! おこる――よね?)


 ……そうでもないかもしれない。成長だと捉え、それくらいの事はさせてあげるだろう。過去には胸に顔を(うず)めさせたほどだ。


(千穂――)


 手が上に上にと上がっていった。


(さわってみたい――な――)


 何処をだ? 手の止まった箇所は胸の部分だ。


(ボク――ちいさい――から――)


 千穂も十分に小さいが憂よりはしっかりと女性の胸である。


(うぅ――だめ――ねる――)


 中身が健全な男子としては、その方が良いだろう。




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