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210.0話 焼肉屋さんで

 71.0話と72.0話の間に閑話を差し入れております。

 部分に直すと第83部分となります。

 古い話で課外授業の千穂たち3人娘の側のお話ですよ。


 尚、物語の進行上、特に影響ありません。


 『←』で戻ると大変な労力を要すると思われますので、1度、目次に飛んでから……を推奨致します。













ここより本編です。


   ↓

 


「このお肉、薄いけど美味しい! 生卵で食べる焼き肉なんて初めて!」


 千晶先輩って、冷静に見えて意外と興奮しやすいんだよね。


「すき焼きの割り下を使こうてはるみたいですねぇ……。せやから生卵なんやわ。なるほどですねぇ……」


「せやろせやろ。それ、ワイの1番のおすすめやで!」


 梢枝先輩と康平先輩って、一緒に食べに行ったりしないの……? 不思議な関係……。

 あたしたちの網を挟んでの距離のある会話。変なBGMとか流れてないから話しやすい。

 右の網では、お兄ちゃんと凌平先輩と康平先輩が網を囲ってる。

 あたしの前の網では、佳穂先輩がトング片手に焼きの専門家。食べながらだけど……。

 今は3枚の網を3人ずつで使用中。店員さんたち、全然、感じ悪くない。最初のって何だったのかな? お店出ようかみたいな雰囲気になっちゃったけど……。


「ほりゃ! 美優ちゃんも食べろー?」


「あ……はい」


 でも……。食べるの難しくなっちゃって……。


「焼けたぞー!」


「美優ちゃん? お箸借りるね?」


 あ。千穂先輩。

 千穂先輩は、噂の薄切りのお肉をクルクル巻いて、生卵を付けて……、あたしの口に……。


「美優ちゃん、あーん」


 あ……。ちょっと恥ずかしいけど、千穂先輩なら……。


「あーん」


 小さな先輩はいつも通りの優しくてふんわりした微笑みで、あたしの口にお肉を運んでくれた。


 これ……。


「すっごく美味しいです」


 憂先輩の頭があたしの肩に乗ってなかったら、大声出しちゃってるほどおいしくて……。


「薄いからどんどん焼けるぞー? 次は千穂行けー?」


「あ。うん。憂にも食べさせてあげたいんだけど……」


 ふんわり笑顔が今度は苦笑いに。憂先輩は、こんな風に表情変わる人が好きなのかな? 千穂先輩を見て研究しないと……。


「2時間もある。30分ほどは寝かせるといいだろう。今日は、興奮していたのか、昼寝もほとんどしていないからな」


 凌平先輩。憂先輩が好きだって……。スポーツも勉強も出来るし、カッコイイし……。


「残り30分でラストオーダーやから、30分寝かせてあげても30分あるわ。その時間に合わせて色々と注文すればええやろ。憂さん、そないにようけ食べられへんし」


 康平先輩も気配り出来て、頼りになって……。ちょっと怖い外見だけど、それ以上に優しくて……。


「ほれ、千穂? お皿ぷりーず」


 佳穂先輩も憂先輩の事が好きなんだよね? 面白くて、スラッとしてて、面白くて……。あれ? 面白いばっかり?


「ありがと」


「はい。生卵」


 今度は千晶先輩がすかさず生卵の……お皿? ……を手渡し。


「ありがと」


 千晶先輩はどうなんだろう? 過呼吸の時は、最初に動けた人。あの事故寸前だった時に……。


「美優さん? 大丈夫ですかぁ? 肩凝りますえ?」


「大丈夫です。軽いから……」


 梢枝先輩。中等部の『憧れの先輩』No,1。才色兼備って、梢枝先輩みたいな人の事言うんだろうな……。


「あ。おいし」


 ちっちゃい声。千穂先輩、可愛いです。


「無理すんな?」


 お兄ちゃん。この中で1番、何考えてるのか分からないのがお兄ちゃん。お兄ちゃんは憂先輩の事、どうしたいんだろ?


「優しいお兄ちゃんでんなぁ」


「……そんなんじゃ「シスコンかー!? たくまんは妹コンプレックスなのかー!?」


「佳穂っ!! あんたは黙って焼いてなさい!!」


「いくらなんでもそれは酷いぞー?」


「たくまん「なるほどな。妹コンプレックスならば、憂さんに対する過保護の説明も「違う!」


 ……珍しいかも。お兄ちゃんが声荒げるなんて。


「はい。美優ちゃん、どうぞ」


「ありがとうございます」


 千穂先輩、本当に世話好きなんですね。またあーんで口に運んでくれた。熱くないようにふぅふぅしてくれてるし……。

 あ。このお肉も美味しい。


「千穂ちゃんも。もっと食べないと」


 えっと……。結衣、先輩……? 左の網で梢枝先輩と千晶先輩とご一緒中。千穂先輩のお隣さん。

 いきなり凌平先輩に電話があって、開始数分後に合流した先輩。

 部活サボってきたって……。先回りして、偶然ばったりと出会う予定だったけど、トイレに行ってる時にお店に入っちゃったみたいって……。


「はい。あーん」


「え? 私は手が空いてる「あーん」


「結衣ちゃ「あーん」


「……あーん」


 ……なかなか個性的な先輩ですね。千穂先輩、困った顔しながらでもちゃんと食べてあげて……。憂先輩は押しに弱いほうがいいのかな? 強く押せない人なんだけどな。


 あれ……? 左肩が軽くなって……。あ。憂先輩、ずれちゃった。前にずりずりと……。あは……かわいい……。


「あ。憂? そんなにずれるとスカート……」


 ……。


 めくれちゃってますね。パンツぎりぎり? 綺麗な太ももが全開。照れちゃいますよ……。もうちょっとめくれたら疑惑の部分……。

 あたしは……。憂先輩、どう見ても女の子だから気にしてないけど。


 ……男子のままだったら、そのほうがいいのにとか思うくらいだし……。


「……ちょっと、憂?」


「――んぅ――?」


 あ。起こしちゃった。千穂先輩……。もう少し寝せてあげようって話したばっかりなのに……。


「千穂――! だめ――!」


 おめめぱっちり開いちゃった憂先輩は、スカートの裾に伸びる千穂先輩の悪い手を払って……。


「……憂?」


 あ……。ちょっと怒っちゃった……。

 ……逆だから。めくれ上がっちゃった憂先輩のスカートを下げようとしてあげてたのに、めくろうとしてたと思われたら……。


 ……あたしなら勘違いされてもいいかな? 憂先輩だし。


 千穂先輩に目で怒られた憂先輩は、お尻を今度は後ろにずりずりして、元通りに。無言です。千穂先輩と目を合わせられず、真正面の佳穂先輩を見る。


 あたしも同じような事あったら、ちょっぴり怒ってみよっと……。




「はい、憂ちゃん。ふーふー……してね」


「佳穂――ありがと――」


 言われた通りにふぅふぅ。一生懸命、ふぅふぅ。可愛すぎです。先輩。


『千穂――ありがと――。おこして――くれて――』


 佳穂先輩に目配せされた憂先輩は千穂先輩にお礼。

 上手な仲直り。


「おいしい――!!」


 ひと口、小さいです。先輩。


 ……憂さんとか心の中で呼んでもいいのかな?


「『うまっ!』……って、言わなくなったよね」


「言ってたのか?」


「聞いた記憶がないよ?」


 佳穂千晶先輩でも……?


「あれ? そうだったかな?」


 千穂先輩は誰よりも距離が近いから……。


「こいつワザとか?」


「むかつくぞー! いちいちのろけやがってー!」


 小首を傾げた千穂先輩に、いつものツッコミ……。3人、仲良しさん……。 


「おいしい――よ? 美優ちゃん(・・・)――?」


 ……やっぱり、憂先輩、忘れちゃってるんだ。寂しい……けど、仕方ないんですよね……?


「憂ちゃんは……呼んで……あげんのか?」


 え? 佳穂先輩? 誰かに聞いたのかな?

 前に立ち去る時に言った言葉……。あの時、佳穂先輩、居なかったよね?

 誰か覚えててくれたんだ……。


「美優ちゃん、呼び捨て……して欲しい……って」


 ……あ。ささやかれちゃった……。


「でもね。憂が『ちゃん』付けしてるのって、お姉ちゃんとお兄ちゃんだけなんだよ?」


 え?


「きょうちゃんがいるぞー?」


 それって……。


「そこは話が別でしょ……」


「うん。女子の中では美優ちゃんだけなんだよ? お姉ちゃんも話が別だから……」


 ……特別って……事? あたしだけ……?


「――うぅ――み、み――み――う?」


 呼びにくそうにどもってる憂先輩の唇を千穂先輩の指先がぷにゅって押さえて……「それでも『ちゃん』付けは……嫌?」


 ちょっと身を乗り出して、テーブルに肘ついて、あたしの顔を斜めに見上げる千穂先輩……。


「……そのままが……いいです。美優ちゃんで……」


「いいの――!?」


 あは。憂先輩、嬉しそう……。呼び方変わるのって、関係が変わるみたいだから?


「ぎゃー!! 豚さん、焼いてたら火がー! 火がー!」

「きゃっ!!」

「おぉ――すご――」

「目がー! ……みたいな言い方やめなさい!!」


 ……めちゃ燃えてる……。焦げちゃいそう……。


「慌てるな。良くあることだ」

「……前髪、焦げてないかな?」


 えっと……。なんであたしに……? どう、かな……?


「大丈夫です、よ? たぶん」

「たぶん!?」

「ぎゃー! スカートがー! スカートがー!」

「ほら! 佳穂! これで拭いて!!」

「これも。使って!」

「なんや!? 何しとんのや!?」

「憂さん! 大丈夫ですえ!?」


 ……あはは。何だろう……この状況。

 炭火の炭に油が垂れて……。火が出て……。前屈みだった千穂先輩は前髪の心配で……。佳穂先輩のスカートに思い切りタレが零れちゃった事に気付かないで……。


「お客様! 大丈夫ですか!?」


 店長さんまで駆け付けて……。


「問題無いっす。すみません」


 お兄ちゃんと凌平先輩は、落ち着いてて……。


 ……あたしは何も出来なくて。




「あーあ……。シミが……」

「千穂ぉー!? 何とかなるかー!?」

「ん。大丈夫。前髪、焼けてないよ」

「結衣ちゃん、ありがと。とりあえず、佳穂? お手洗い行こうね?」

「はーい……」


 暗ーい顔で立ち上がった佳穂先輩のスカートの前側は、酷いことになってました。アレンジの紺でもこれ。純正は白だからホントに怖い。


「僕も行こう」

「しゃーねぇな。憂は……ここに居ろ」

「拓真はん? 凌平はん? 十分に気ぃ付けや?」

「あぁ……」

「任せて貰おうか。憂さんは頼む」

「梢枝ちゃん? メール?」

「えぇ……。一応(・・)、連絡しておきました」

「千穂――?」

「ちょっと……行ってくるね」


 憂先輩、寂しそう……。あたしもそんな顔されたいな……。


「――うん。はやく――ね?」

「くそー! 何故だかムカつくー!」

「……誰がシミを作ったのかな?」

「佳穂ちゃん」

「……はい。ごめんなさい」

「いってきます」

「――いって――らっしゃい――」


 憂先輩は、ちっちゃいばいばい。

 先輩方4名はお手洗いに立たれました。こう言うショッピングモールのお手洗いって、お店にない事多いから不便……。




「美優ちゃん、ちょっと。質問。いい?」


「はい。なんでしょうか?」


 結衣先輩。サッカー部の数少ない特待生……? 凄い人? なんか不思議な雰囲気の人だけど……。

 トング片手に焼いて取り分けてって……、しながらの質問。初対面だから緊張……。


「たく……。えと、お兄さんって、憂ちゃんの事、どう思ってるの?」

「ほい。憂さん、こっちも……食べや?」

「あたしも知りたいくらいです……」


 ホントに……。自分の兄ながら何考えてるか分からないから……。


「千穂ちゃんの最大のライバル。拓真くんじゃない?」


 ……え? 憂先輩とお兄ちゃん?

 想像は何度かした。でも、考え始めたらいつも優先輩とお兄ちゃんの映像に切り替わっちゃって……。


「難しい顔。ごめん。要らない事聞いた」


 ……あれ?


「……もしかして」


「ん?」

「え?」

「なんや?」


 ……呟いただけなのに。結衣先輩はともかく、千晶先輩も康平先輩も聞いてたんだ……。

 梢枝先輩はポーカーフェイス。でも、視線はしっかりとあたしに……。憂先輩は康平先輩と結衣先輩がどんどんとお皿に取っちゃうから、ングング一生懸命、お肉と格闘中。


「あたし、憂先輩に……」


 隣をチラ見。お肉を頬張って、幸せそう……。

 ……言っちゃっていいのかな? みんな知ってるだろうし、いいよね……?


「お兄ちゃんって、あたしが相談すると凄い勢いで止めるんですよね」


 何のことかは……分かるよね?


「ふむ。ふむ?」


 みんな見てる……! 言わないほうが良かったかも……。


「そいで?」


「もしかしたら……。憂先輩の事、やっぱり好きで……。だから邪魔しようとしてるのかな……って……」


「ほう……。なるほどなー。ぶっちゃけ、ワイも梢枝も拓真はんの事は、よー分からんのや。把握しようとはしてるんやけどなー。みんなの恋模様ももちろん知ってまっせ? はい。憂さん、待ちに待ったステーキ肉ですわ。適度に……冷めて……まっせ?」


「おぉ――。たべて――いいの?」


 大きいまま。切ってあげたほうがいいかもです。


「ええですえ?」


 あ。かじり付いた。

 あははは……。噛み切れないんじゃ……噛み切れた……。

 あー。お口の周りが汚れちゃった。


「そうですねぇ……。愛さんとの約束がありますからねぇ……。本気の恋と、そうでないものの区別は付けさせて貰ってます……」


「男子だった憂さんやさかい、遊びで突入は……ってな」


「2人とも、美優ちゃんはまだ中学生ですよ?」


 千晶先輩は憂先輩のお口を拭きながら……。それ、あたしだけのけ者になっちゃいます……。


「えー? 半年後。美優ちゃんも高校生。可哀想だよ」


 結衣先輩は、あたしのフォローしてくれて……。お肉をパクッと。


「ちょっと恥ずかしいけど……大丈夫です」


「なるほどですねぇ……。拓真さんはホンマに分からず、困っております……。参考にさせて頂きますえ? ところで結衣さん?」


「ふぁい?」


 結衣先輩。お肉頬張ってのお返事はちょっと……。


「凌平さんに惚れましたえ?」


「ふぁい!?」


 もぐもぐもぐ……。ごっくん。結衣先輩も可愛いかも。


「違う。違うよ? あたしは憂ちゃん。えるおーぶいいーゆー。千穂ちゃんも好き」


 ……え? え!? 結衣先輩って百合先輩!?


「……だ、そうです? 安心しましたえ?」


 …………?

 梢枝先輩はこの場唯一の男性。康平先輩を見ておられました。意味、分かりません。


 ……!


 ……康平先輩と凌平先輩? 嘘だよね?

 あ。康平先輩が結衣先輩狙いって線も……?


 ……そっちにしとこ。怖いから。




「ごちそうさま――でした」


 デザートのみかんシャーベットを美味しそうに食べ終わって、ぴったりと手を合わせてのご馳走様。憂先輩、良い子……。


「あと、5分ありまっせ」

「そうですねぇ……。折角やし、時間ぴったりに出ますえ? 憂さんも、お腹きついでしょう……」

「そうだね。私も少しだけでも長くここにいたいかな?」

「じゃあ、喋るぞー!」

「あんた、いっつも喋ってるでしょうが」


 佳穂先輩のスカートのシミは、たいぶキレイになってたそうだけど、濡れちゃったし……で、お着替え。梢枝先輩がどこかに電話したら、私服がお手洗いに届けられたって……。電話1本で新品の服が届く体制って凄い……。


「会計は1人千円頼むわ。美優ちゃんは500円でええで? オーバーした分はお姉さんに返すわ」

「そんな悪いです。ワンコインで焼き肉とか「俺が出す」

「おー! 拓真はん、男やわ! お兄ちゃん、優しい「康平……?」

「たくまんが怒ったぞー!」

「だね。珍しい」

「……やめてあげよ? 千晶も乗らないの!」

「何故だかわたしだけが怒られた」

「あたしは怒られないぞ?」

「それは。佳穂ちゃんのキャラ。うらやましい」

「ぽかぽか殴られるぞー?」

「美味しい場面だと喜んでいないか?」

「……そんな事、ないぞー?」

「間があった」

「あったね」


 ――――。


 ――。



「ありがとうございましたー! またのご来店、お待ちしておりますー!」


 お会計した康平先輩と梢枝先輩が並んで店外へ。

 その後ろを千穂先輩とあたしで、憂先輩の両手を引いて……。きっと、あたしの後ろにはお兄ちゃん。


 ……こんな時間まで遊んだの、初めて。

 やっぱり、蓼学の生徒も少……な、い。


 …………。


 ……少し離れてたけど、ヤケに目に付いた男の人。

 その人は、お店の近くのベンチに座ってて……。

 隣にも人が座ってるのに、その人だけが目立ってて……。


 あたしたちのほうを見ると、嬉しそうに鞄を開いて……。


 何かを取り出して、それをあたしたちに向けた。



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